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「東京」と呼ばれた北宋の古都「開封」 [河南省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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開封の町の入口にそびえる城壁です。この町の代表的景観です。朝日に輝く城郭がみごとでした。ここは北宋の時代に「東京」と呼ばれていた古都「開封」です。開封の記事はいくつか掲載する予定にしています。鄭州を朝早く出発して開封に8時4分に着きました。上の写真は8時35分の城壁の写真です。

開封は日本で言うと京都のような町で、あちらこちらに古いお寺が点在しています。京都と特に違うのは黄河が氾濫し都が何度も泥に埋まったために、京都に比べると昔のままに残っている建物は掘り出されたか復元されたもので、古い街並みは少ないのですが、歴史のある観光都市であるところは同じです。
ガイドさんや三輪自転車で町を案内してくれる人が沢山います。でも中国はあまりにも広いので訪れる日本の観光客の人は少ないと思います。クリックすると拡大それだけに、ここに来れたことはすごく有意義でありました。それでもネットで見ると開封を訪れた記事がいくつか出ていました。やっぱりすごいです。写真は城壁西門の大梁門と思われます。
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冒頭の城壁の朝もやの中の写真です。
開封は河南省の省都・鄭州から東に70kmです。北には殷の都の遺跡「殷墟」のある安陽があり西の龍門石窟のある洛陽とは反対側です。車で1時間半です。
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霞む門を拡大いたしました。
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鄭州のホテルから開封の大相国寺までの車のルートです。
クリックすると拡大実は鄭州から開封に向かうときに以前に紹介した幻想的な太陽に出会ったルートなのです。鄭州の町でタクシーと交渉してこの町に訪れました。半日貸切で250元でした。ところが帰りにタクシーの運転手さんに悲劇が! 
前の車に付いて変則ローターに入った途端におまわりさんに呼び止められました。進入禁止だったのです。罰金は200元! もちろん前の車も同じでした。半日も我々に付き合ってガソリン代と駐車料金を考えるとどう見ても儲けは0円です。なんとなくがっくりしていました。ホテルに着いて50元をプラスしてあげると、ものすごくうれしそうでした。もともとの相場は300元なのでお互いに気持ちよく別れるのもいいものです。
   鄭州(郑州) Hotel Sofitel Zhengzhou
   開封(开封) 大相国寺
   鄭州~開封


鄭州から上海のフライトが午後だったので早起きしてここまで足を延ばしてみる価値がありました。タクシーの運転手はこの町には詳しくないので最初に訪れた「包公祠」から地元の、この三輪自転車に乗って町を廻ることにしました。タクシーとはこの町で最大の寺院である大相国寺で待ち合わせることにしました。これに私が乗っています。

ここは開封府と言われ北宋時代の役所にあたるところです。入口を正面から撮ったものです。開封府の文字が印象的でした。
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斜めから撮りました。城壁に囲まれていました。建物自体は最近復元されたものです。
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開封も観光に力を入れ始めたようです。昔の建物を復元した施設です。洋風に言えばテーマパークです。ここは外から撮りました。沢山の建物があることが分かってもらえると思います。


そのテーマパークの中に入りました。その時の入場券です。
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左の地図の赤色に塗られた部分が河南省で、右の河南省の地図で橙色に塗られたところが開封市です。安陽市の人口は527万人で、人口密度は818人/km²の町です。驚いたことに、日本の戸田市と伊賀市と伊勢市と下諏訪市の4つの市が姉妹都市となっています。
河南省には、中国八大古都のうち、4つの古都があります。殷の都の安陽と、東周から長く都が置かれた洛陽と、宋の都であった開封と、殷の都邑であった鄭州です。
ちなみに中国八大古都とは西安、洛陽(洛阳)、南京、北京、開封(开封)、杭州、安陽(安阳)、鄭州(郑州)です。開封は宋の時代には東京と呼ばれていました。西京に相当する西安は漢代(BC200年)に長安と命名され唐代の7世紀には世界最大の都市に成長しました。西都、西京、大興、中京、京兆、奉元と呼ばれた時期もありました。明の時代から西安と呼ばれるようになりました。
  四大古都 : 西安、洛阳、南京、北京
  六大古都 : 西安、洛阳、南京、北京、开封、杭州
  七大古都 : 西安、洛阳、南京、北京、开封、杭州、安阳
  八大古都 : 西安、洛阳、南京、北京、开封、杭州、安阳郑州
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開封が首都であった北宋は960年から1127年まで167年間続きました。その頃の開封は世界最大級の都市でした。国号は宋ですが、金に開封を追われて1127年に首都を臨安(現在の杭州)に遷都した後の南宋(1127~1276年)と区別して北宋と呼び分けています。北西には西夏(1038~1227年)で、北東には遼(916~1125年)がありました。南西方向には大理(938~1253年)があり、西に吐藩と書かれているのは633~877年に繁栄したチベットの王朝で、滅亡後もチベット地域を表す言葉です。南の大越は1054~1804年までのベトナムの正式な国号です。

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海を渡る

これぞ中国という建物の数々が素晴しいですね。
歴史を感じます。
by 海を渡る (2011-02-20 18:12) 

SORI

海を渡るさん こんばんは
あまり知られていない町だと思います。そんなこともあり、開封の町の記事は沢山掲載させてもらいましたが、今回の記事が最後です。半日の旅でしたが堪能させてもらいました。
by SORI (2011-02-20 18:19) 

youzi

开封、現地の方に案内してもらいましたが、
ココに行った記憶がありません。
行ってないのかな?
by youzi (2011-03-06 01:28) 

SORI

youziさん こんばんは
城壁は残っているようですが建物は最近復元されたものが多いと聞きました。もしかしたら復元前なのかも知れません。 私も三輪自転車のおじさんに案内してもらいました。
by SORI (2011-03-06 01:37) 

なんだかなぁ〜!! 横 濱男

タクシーの運転手も慣れない道だとヘマをしちゃいますね。
気持ちよく別れるのは良いことですね。
嫌な気持ちを引きずるよりはいいかも。。
by なんだかなぁ〜!! 横 濱男 (2015-07-19 20:50) 

リンさん

こんな古都があるんですね。中国って本当に広いですね。
歴史も勉強になりました。
by リンさん (2015-07-19 23:26) 

SORI

なんだかなぁ〜!! 横 濱男さん おはようございます。
200元は4000円相当で物価から考えると数万円に相当するので痛かったと思います。
by SORI (2015-07-20 05:54) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
古代から大陸は征服の繰り返しだったことを実感させられます。栄えたころには開封(東京)は世界最大級の規模だったそうです。
by SORI (2015-07-20 05:57) 

ちゅんちゅんちゅん

おはようございます!
気持ちよく別れる・・・同感です(^^)
旅はそうでありたいです✿
by ちゅんちゅんちゅん (2015-07-20 07:20) 

SORI

ちゅんちゅんちゅんさん おはようございます。
半日一緒だと親しくなります。朝早く着いたので、どこも空いていませんでしたが、朝の町の風景を見ることが出来ました。
by SORI (2015-07-20 08:10) 

はらぼー

宗教建築はどれも特徴がありつつも荘厳さがあり、
やはり素敵ですね。
by はらぼー (2015-07-22 05:41) 

SORI

はらぼーさん おはようございます。
こんな場所が、訪問した近くにあるとは驚きました。行って見てよかったです。歴史の勉強になりました。
by SORI (2015-07-22 07:42) 

ayu15

開封は東京なんですね。地図見たら 西京より確かに東ですが北京南京の位置と比べると「中京だわ~」とつこっ込んでしまいました。
by ayu15 (2015-07-23 12:21) 

SORI

ayu15さん こんにちは
確かにそうですね。都(首都)に「京」を使うとは日本と同じですね。日本は平安京、平城京、京都、東京ですね。
by SORI (2015-07-23 13:48) 

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