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鶴岡八幡宮 [鎌倉]



鎌倉では鶴岡八幡宮の神苑ぼたん庭園を紹介しましたが鶴岡八幡宮自体はこちらで紹介いたします。鶴岡八幡宮は、あまりにも有名なので、ご存じの方も沢山おられると思いますが、私のように一度も行ったことがなかった人のために写真を掲載いたします。私は鎌倉が初めてでした。上の写真はJR鎌倉駅から鶴岡八幡宮へ真っ直ぐに伸びている若宮大路の真ん中の歩道です。

真っ直ぐに歩いてくるとここに来ます。この写真は鶴岡八幡宮の入口に大鳥居側からJR駅側を撮ったものです。


上の写真の場所から鶴岡八幡宮側を撮ったものです。ここからが境内ということになります。この鳥居は「三の鳥居」です。
言葉の通り「一の鳥居」と「二の鳥居」があります。「二の鳥居」は「三の鳥居」と同じように朱色の大鳥居です。「一の鳥居」は石の鳥居です。


右の朱色の鳥居が「二の鳥居」で、白く見えるのが「一の鳥居」です。
三つの鳥居を緑のマークで示しました。上から「三の鳥居」「二の鳥居」「一の鳥居」の順です。空色のマークは鶴岡八幡宮境内の中のいろんな建物などです。マークをクリックすると名前を表示します。
三つの鳥居ともに徳川四代将軍家綱によって御影石の石造で建てられていましたが、関東大震災で三つともに倒壊しました。現在の鳥居は「一の鳥居」のみ1937年に元通りに石造りで再建されて、残りの二つはコンクリート造となっています。
「一の鳥居」はJRの線路越えたところで歩いたルートからは、はずれていて写真を撮らなかったので右の「一の鳥居」の写真のみネットから拝借いたしました。
一の鳥居から本宮まで線を引いてみましたが3つの鳥居と本宮が、一直線に並んでいることがわかりました。

より大きな地図で 鶴岡八幡宮の鳥居 を表示
三の鳥居の下から鶴岡八幡宮を見た景色です。雨や曇りの天気が続いていましたがこの日(4月18日)だけきれいに晴れました。おかげで素晴らしい景色に出会えました。
太鼓橋があります。


その太鼓橋ごしに見た鶴岡八幡宮です。この太鼓橋は、1182年(寿永元年)、源平池が造営された際に架けられたものと考えられているそうです。当時は朱塗りの板橋であったことから、「赤橋」(あかはし・あかばし)と呼ばれていました。


太鼓橋の横からの姿も紹介します。


太鼓橋脇から見た鶴岡八幡宮です。


参道を歩きながら見える鶴岡八幡宮の景観です。屋台がある景色も神社の参道の風物です。


鶴岡八幡宮側から入口の大鳥居の方向を見た景色です。


入口で清めを行う手水舎(てみずやorちょうずや)は立派でした。水盤舎(すいばんしゃ)とも呼ばれています。


柄杓(ひしやく)が置かれた脇には
 手水の作法
  先ず 両手を清め
  次に 清水を掌(てのひら)に受けて口をすすぎます。
      柄杓(ひしやく)には口をつけないでください。  社務所
と書かれていました。


鶴岡八幡宮の本宮(上宮)です。
大石段の左側に四角く清められた場所が有名な大銀杏があった場所ですが2010年3月10日4時40分頃に、強風のために根元から倒れました。
倒壊したことを忘れないようにネットの写真を拝借して右に掲示しました。


源実朝は1219年(建保7年)1月27日に源頼家の子で八幡宮の別当を務めていた公暁によって大石段で暗殺されたそうですが、その時に身を隠していたのが、この銀杏の木であるとの伝説があり、隠れ銀杏という別名がありました。ただし、あくまでも伝説で真意はわかっていません。1955年に神奈川県の天然記念物に指定され、鶴岡八幡宮のシンボルとして親しまれていました。樹齢は800年とも1000年余とも言われていました。
倒れた大銀杏は3つに切断され、根元から高さ4メートルは元あった場所から左7mの場所に植えられました。その株もこの写真で確認できますが、ほんとうに大きな銀杏の木だったことが実感できます。右の写真はネットから拝借した元気な頃の大イチョウです。近未来Ⅱさんの記事へTB→ポチッ


鶴岡八幡宮は、源頼朝が鎌倉に幕府を開く100年以上前の1063年(康平6年)に、源頼義が「源氏の氏神」である京都の「石清水八幡宮」を由比郷鶴岡に勧請した鶴岡若宮(由比若宮)がその始まりです。
1180年(治承4年)に鎌倉に入った源頼朝は、鶴岡若宮を小林郷北山(現在の地)に遷して「鶴岡八幡宮新宮若宮」とし、武家の都市づくりの中心に据えたそうです。
1191年(建久2年)に火災によって焼失しましたが、頼朝は若宮を再建するとともに、大臣山の中腹に本宮を新造し鶴岡八幡宮とし、現在の本宮(上宮)と若宮(下宮)のある姿になったそうです。
こちらが本宮(上宮)へ登る大石段の右側(東側)にある若宮(下宮)です。


若宮(下宮)は横からでは全体がわからないので上から見た屋根の写真を紹介します。若宮や本宮があることはネットで調べて知りました。このときはきれいな曲線の屋根の写真を撮っただけでした。そして後で。若宮の屋根であることを知りました。


こちらの写真は本宮(上宮)に上がる大石段です。正面が鶴岡八幡宮の象徴である随身門です。


随身門からの景色です。大石段の正面下には舞殿があります。下拝殿とも呼ばれます。ここから沢山の人が本宮の写真を撮る場所でもあります。正面方向がJR鎌倉です。オリジナルの大きな写真では3つの鳥居が一直線に並んでいるのがわかりました。


舞殿のななめ横からの姿です。境内入口の大鳥居から最初に見えるのがこの舞殿だったのです。


随身門の両側には随身(貴人警護にあたる武人)が鎮座していました。


随身門脇には沢山の絵馬がかけられていました。これだけ並ぶと見事でした。


随身門をくぐるとすぐに本殿です。


本殿の屋根も芸術的でした。


本宮の回廊(宝物殿前)には7基の神輿(みこし)が並べられていました。、本宮の神輿が3基、若宮の神輿が4基だそうです。神幸祭で渡御する神輿は本宮の3基だそうです。
これらは桃山期から江戸初期のものと考えられ、若宮の神輿は本宮の神輿よりやや小柄で簡略化されているそうです。7基ともに神奈川県の有形民俗文化財に指定されています。1821年(文政4年)の火事では、諸堂は焼失してしまいますが、神輿は英勝寺に移されて無事だったと伝えられています。


本宮脇には明治天皇鎌倉御野立所と書かれた石碑がありました。明治6年4月15日に日本で初めての陸軍攻防演習が鎌倉で行われたそうです。その時に明治天皇は4月14日に鎌倉に行幸し、八幡宮裏の大臣山から閲兵された記念碑だそうです。この小道の奥が、その場所なのでしょうね。


ここから境内で気になったものを紹介いたします。左側の2つの丸い石は鶴亀石です。石の真ん中にたてられて説明書きには「記 相模國風土記稿に水をもって石面を洗う時は鶴亀の紋様が輝きあらわれると記され 大変めでたい石である」とありました。右の石の柵で囲われたところは由比若宮遥拝所です。


由比若宮遥拝所と鶴亀石の近くにあるのが白旗神社です。1200年(正治2年)に北条政子が朝廷から「白旗大明神」の神号を賜り創建したのが、白旗神社(祭神:源頼朝)と伝えられています。源頼家の創建との説もあるそうです。黒漆塗極彩色の社で「武衛殿」と呼ばれた。「武衛殿」の扁額は、幕末の島津藩の実質上の最高権力者島津久光の筆と伝えられています。
最初は鶴岡八幡宮上宮の西側にありましたが1885年(明治18年)に源実朝を祀る柳営社と合祀され、現在の場所に遷されたそうです。現在の祭神は、源頼朝と源実朝だそうです。例祭は5月28日に行われるそうです。


奉納(奉献)された沢山の酒樽も見事でした。


鶴岡八幡宮の参道の途中に右に折れの道があり、その道の両側に沢山の旗がありました。それは旗上弁財天社に向かう道でした。 旗上弁財天社の源氏池に浮かぶ島に建てられた神社です。
源頼朝の旗挙げに家運長久の守護神として弁財天が現れ霊験があったと伝えられ、北条政子が建立した伝わっているそうです。


こちらが源氏池の中の島に建つ旗上弁財天社です。参道や島には、奉納された源氏の二引の白旗が並んでいるのが印象的でした。
弁財天は仏教の守護神であることから、明治の廃仏毀釈で破壊されましたが、鶴岡八幡宮創建800年にあたる1980年に、文政年間の古図をもとに現在の社殿が復元されたそうです。
祭神は「多紀理毘売命(たぎりびめのみこと)」「市寸嶋比売命(いちきしまひめのみこと)」「多岐都比売命(たぎつひめのみこと)」です。

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コメント 8

木洩れ陽

おはようございます。
太鼓橋、通れないようになっちゃったんですねぇ・・・
以前は通れたと思うんですが。。。
石の橋&急な傾斜な橋なもんで、子供心に「上りづらいなぁ」と思った覚えがあります(^^ゞ
by 木洩れ陽 (2012-05-12 09:30) 

SORI

木洩れ陽さん おはようございます。
昔は通れたのですか。通ってみたかったです。
初めての鎌倉よかったです。
by SORI (2012-05-12 09:40) 

まほ

海外各地の教会も見事ですが、日本の神社もなかなか良いですね。
数々のお写真を拝見して、つくづく思いました。
ニュースで見た大銀杏、あんな姿ですがだいぶ上に伸びていますね。
植物の生命力はすごいです。
広くて長い参道さえ、すごく立派に見えます。
鶴岡八幡宮は何度か訪れているのに、何も存じませんでした。
お恥ずかしいです。
ありがとうございました。
by まほ (2012-05-13 02:20) 

SORI

まほさん おはようございます。
ブログに載せるために調べていろんなことがわかりました。本当ならば先に調べてから見に行くともっと、いい写真が撮れると思うのですが、いつも写真が先で調べるのが後です。やっぱり、それで自然でいいのかな。
撮り損ねないように、気になったものはなるべく撮るように心がけます。
by SORI (2012-05-13 03:27) 

スミッチ

5年ぐらい前に一度いったぐらいですが、2枚目の場所面白くて私も写真を撮った気がします。沢山の酒樽も記憶に残っています。これも写真を、そのころはまだフイルムだったような気が
by スミッチ (2012-05-13 22:37) 

youzi

イチョウの木、細い枝が沢山出てきていますね。
凄い生命力がありますね。
沢山の力をもらえそうですね。
by youzi (2012-05-13 23:09) 

SORI

スミッチさん おはようございます。
写真で思いだしてもらえてうれしいです。快晴で素晴らしい雰囲気でした。やっぱり酒樽は印象的ですね。

by SORI (2012-05-14 06:11) 

SORI

youziさん おはようございます。
細い枝がまた大きくなるのに、また千年ですね。
生命の連鎖を感じてしまいます。
by SORI (2012-05-14 06:13) 

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