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新たな手ぬぐい入手 [話題]



2013年1月29日掲載 タイトル:新たな手ぬぐい

家内が実家に帰省した時に新たに手ぬぐいを3枚いただいてきました。この手ぬぐいは以前に紹介したものと図柄が一緒で「東山三十六峰」を題材にした手ぬぐいです。貴重な手ぬぐいが2枚になりました。ただし以前紹介したものと橋げたの形が少し違うのと色も少し違うので、別のものであることがわかりました。

クリックすると拡大こちらは、柄はちがいますが前に紹介したことがある家内が、5歳の時に習っていた日舞の先生の手ぬぐいではないかと言われていました。
ただし手ぬぐいに書かれている文字(右)の頭2文字は藤間と読めます。日本舞踊の藤間流の手ぬぐいのようですが家内の先生は花柳流のはずなので、もう少し調べてみるつもりです。日本舞踊には五大流派があり、それは花柳流、 藤間流、 若柳流、 西川流、坂東流です。
悩んでいる時に森田惠子さんからコメントをいただきました。どうやら日舞を観に行ったときに配られたもののようです。森田惠子さん、ありがとうございました。 


いぶすき温泉の手ぬぐいです。こちらも古そうです。指宿温泉(いぶすきおんせん)は、鹿児島県指宿市東部(旧国薩摩国)にある摺ヶ浜温泉(砂蒸しが有名)、弥次ヶ湯温泉、二月田温泉などの温泉群の総称です。家内の両親は九州の熊本出身なので、いぶすき温泉に行く機会があったのだと思います。
この手ぬぐいだけ他の手ぬぐいよりも長さが短かったです。

2012年4月9日掲載 タイトル:手ぬぐい
クリックすると拡大
流行りの塩麹を作るのに木綿の布がいいとのことなので家内の実家から手ぬぐい(手拭)を送ってもらいました。今は手ぬぐいに触れる機会はほとんどなくなったと思いますので紹介いたします。沢山の手ぬぐいを貰ってきましたが上の手ぬぐいが一番気に入りました。部屋に飾ろうと思っています。この手ぬぐいは京都のものであることはわかりますが出所は残念ながらわかりません。左下の「延と東山 六六峰 悠に鴨水 清冽流 良題」が謎めいた言葉です。一番後ろに書かれている「良題 京都」で検索してもそれらしいものは出てきませんでした。上の日本手ぬぐいはクリックすると拡大するように設定いたしましたので、是非とも写真をクリックしてみてください。

追伸 2012年4月11日
手ぬぐいコレクターの 「じゅんいちさん」からコメントをいただき冒頭の手ぬぐいの出所を教えていただきました。「東山三十六峰」を題材にした手ぬぐいだそうです。確かに36つの山の名前が書かれています。掲載してして次の日に教えていただけるとは思ってもいませんでした。ありがとうございます。なんと同じ手ぬぐいを持っておられました。下のポチッをクリックしてみてください。
じゅんいちさんの記事はこちらです。→ポチッ 古手ぬぐい 手ぬぐい
コメントをここで紹介いたします。手ぬぐいは京都の和紙など扱う会社「長谷川松寿堂」が、あつらえた者だそうです。お店も紹介いたします。
house-1.jpg  店名 ㈱長谷川松寿堂 HPの図柄にも「」の落款がありました。→
  住所 京都市中京区三条通高倉東入桝屋町57
  電話 075-255-1515 FAX:075-231-1571
  HP  http://www.h-shojudo.co.jp/
はじめまして、一応手ぬぐいコレクターをやらせて頂いている者です。
一番最初の京都の手ぬぐい、実は同じ物を所持していますw
見た瞬間、ここにもあったか!と思いました。
この手ぬぐいは「東山三十六峰」を題材にした一条でして、左下の漢文は東山三十六峰(延々東山六六峰)…六六峰→6×6=三十六か?…と鴨川の流れ(悠々鴨水清冽流)を唄った内容ではないでしょうか。
で、京都の和紙など扱う会社「長谷川松寿堂」が以前何かであつらえた手ぬぐいだとの証言も洛中で得られたので恐らく出所は間違いないであろうと思っています。
そうですね、この柄は額なんかに入れて飾ると良いでしょう。
by じゅんいち (2012-04-10 23:09)
東山三十六峰
比叡山 御生山 赤山 修学院山 葉山 一乗寺山 茶山 瓜生山 北白川山 月待山 如意ヶ岳 吉田山 紫雲山 善気山 椿ヶ峰 若王子山 南禅寺山 大日山 神明山 粟田山 華頂山 円山 長楽寺山 双林寺山 東大谷山 高台寺山 霊山 鳥辺山 清水山 清閑寺山 阿弥陀ヶ峰 今熊野山 泉山 恵日山 光明峰 稲荷山

私は記憶がないのですが手ぬぐいはいろんなお店や企業が一般に配っていたそうです。こちらは書かれている通り有馬温泉の古泉閣の手ぬぐいです。
今の呼び方は「有馬温泉・元湯 古泉閣」で立派な湯宿でした。それでは古泉閣を紹介いたします。
  店名 有馬温泉・元湯 古泉閣
  住所 兵庫県神戸市北区有馬町1455-1
  電話 078-904-0731 Fax 078-904-3481


またまた追伸です。2012年4月12日
有馬温泉・古泉閣の手ぬぐいに対してじゅんいちさんから新しいコメントをいただきました。折ると袴(はかま) になるとのことなので下のように折ってみました。一文字だけ反対だった意味も分かったし、意味のある5文字「知足者常富」が出現しました。


今、一平がどのようなお店で存在するのかしないのかわからないので「一平 22-0189」で検索してみました。なんと出てきました。電話番号が0280-22-0189で茨城県古河市横山町1丁目にある一平という中華料理のお店のようです。先代は和食割烹料理店を、やられていたとのことなので、その時代の手ぬぐいだと思います。昭和39年(1964年)から中華に転向したそうです。今のお店を紹介いたします。
  店名 中華料理 一平(山口 功さん)
  住所 茨城県古河市横山町1-11-23
  電話 0280-22-0189
  営業 11:30〜14:30(LO 14:00) 17:00〜21:30(LO 21:00)
  休日 毎週月曜 第三月火連休
  記事 http://www.e-koga.info/int/2010/12/post_56.html


東丸神社は学徳成就と書かれていることから京都市伏見区深草薮之内町36の伏見稲荷大社内にある学問の神様として広く信仰を集めている東丸神社のようです。


こちらにはお店の名前が書かれていませんがハートマークが特徴的です。ハートの銀行と称された第一勧業銀行の手ぬぐいだと思います。今は第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の分割・合併により、みずほ銀行となっています。


「花柳 藤胡蝶」と書かれていることから日本舞踊の花柳流の藤胡蝶さんの手ぬぐいだと思います。家内が5歳くらいの時に日舞を習っていた先生だと思うとのことでした。


こちらは新聞の販売店からもらったものだと思います。日本経済新聞も手ぬぐいを配っていた時代があったのには驚かされました。


こちらは熊本県熊本市に本店を置く肥後銀行の手ぬぐいです。
肥後銀行は1879年(明治12年)に 第百三十五国立銀行として設立されその後、九州商業銀行(1899年)→熊本銀行(1918年)→肥後協同銀行(1925年)→肥後銀行(1928年)となりました。今でも熊本の地方銀行として活躍しています。


1970年の大阪万博の手ぬぐいです。今から42年前の手ぬぐいだと思うと感激です。他の手ぬぐいも同等の年代かそれ以上のものだと思います。
大阪万博の正式名は日本万国博覧会(にっぽんばんこくはくらんかい Japan World Exposition)で、国際博覧会史上アジアで初めて開催された日本で最初の国際博覧会でした。略称はEXPO'70で、大阪府吹田市の千里丘陵(約350ha)において1970年3月14日~ 9月13日まで183日間開催され、当代一の規模を誇ったそうです。総入場者数は6,421万8,770人で、2010年中国・上海で開かれた上海万博(7278万人)に抜かれるまでは万博史上最多でした。
日本(1970年 1.4665億人)と中国(2008年 13.4457億人)の人口差を考えると驚異的な入場者数であったことがわかってもらえると思います。


このような「同期乃桜」と書かれた手ぬぐいもありました。右のように4つに折って頭に巻いたのだと思います。実際に使われたことをシミが物語っています。おそらく家内の親父さんが使われていたのだと思います。


kazuさんのコメントで、今年の1月29日に参加させていただいた下高野の辻切り作りで手ぬぐいをかぶっている方のことを思い出しました。確かに田舎の方ではまだまだ手ぬぐいが活躍していることを知りました。


手拭の出所で場所ががわかったところを地図に書き込んでみました。
マークをクリックすると名前を表示します。

より大きな地図で 手ぬぐいの出所 を表示
長寿の心得の手ぬぐいも紹介いたします。
        長寿の心得
     人生は山坂多い旅の道
 還暦 六十才でお迎えの来た時は只今留守と云へ
 古希 七十才でお迎えの来た時はまだまだ早いと云へ
 喜寿 七十七才でお迎えの来た時はせつな老楽これからよと云へ
 傘寿 八十才でお迎えの来た時はなんのまだまだ役に立つと云へ
 米寿 八十八才でお迎えの来た時はもう少しお米を食べてからと云へ
 卒寿 九十才でお迎えの来た時はそう急がずともよいと云へ
 白寿 九十九才でお迎えの来た時は頃をみてこちらからボッボッ行くと云へ
    気はながく 心はまるく 腹たてず 口をつつしめば 命ながらえる



のれんにした手ぬぐいも紹介いたします。


2012年9月21日追伸 タイトル:新たな"手ぬぐい"の紹介です。

今年の4月に家内の実家から送ってもらった手ぬぐいを掲載いたしました。私の実家にも古い手ぬぐいが残っているのではないかと期待して探してもらいましたが、2枚しか残っていませんでした。両方ともに百貨店(デパート)のものでした。こちらは大阪・梅田の阪急百貨店のものでした。「上方花舞台」と書かれています。検索してみると今でもおこなわれており、「上方花舞台は大阪の国立文楽劇場で2010/02/04(木)に行われる パフォーミングアーツ、寄席・演芸のイベント」と書かれていました。

こちらは真赤な寿の文字が書かれている手ぬぐいでした。左下に黒い文字で三越製と書かれていることから三越デパート製で、稲垣誠夫さんのおめでたいことで配られたのと推察いたします。
ネットで名前を検索してみると日本圧延工業㈱の代表取締役社長および会長をされた人のようです。このように昔は気楽に手ぬぐいが配られたようです。全部残っていたらなかなかのものだったと思います。

インドからの帰国便 [機内 CY]



インドから夜行便で帰国しました。行きのフライト同様に直行便でした。緑色のラインが飛行機が飛んできたルートです。(露出の関係で黄色にも見えます。)

飛行機は行きと同様に小さい飛行機で、これは最後列から撮ったものです。席を数えていただくと9列しかないことがわかっていただけると思います。


行きは44席でしたが、帰りは全てビジネス席のため4席×9列+2席の38席でした。この日は特別にお客さんが少なくて8名でした。8名の客に対して客室乗務員(CA)は4名だったので贅沢なフライトになってしまいました。


夕食は次の2枚の写真です。この1枚目の写真が前菜で「スモークサーモンの薔薇仕立てとフォアグラのパテ」と「野菜の焼き浸し」です。
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メインデッシュは3種類の中から「ハーブ豚ロースとんかつ(580kcal)」を選びました。あとの2種類は「和牛フィレ肉のダイスステーキ ポリネシア風(360kcal)」と「ノルウェー産サーモンのポワレ 青ねぎの香りのソース(393kcal)」でした。行きのフライトでは最も低いカロリーの銀鱈の西京焼きを選びましたが帰りは一番高いカロリーのものを選んでしまいました。行きはビールだけでしたが帰りはワインも頼みました。
白ワインは「シャトー・ド・リュリー 2007」を飲みました。
赤ワインは「モンタナ・テラスィズ・エステート・ピノ・ノワーモ 2003」を2杯を飲みました。
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こちらか一眠りしてから出てきた朝食の「若鶏のけんちん汁と青菜のお浸し」です。これ以外に「パセリ風味のチーズオムレツとデザート」か「トーストのフレッシュフルーツ」か「若鶏のソーセージを添えたマサラ風のオムレツとフレッシュフルーツ」か「生麺タイプうどん」が選べます。
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行きと同様に外の景色を撮りました。


ムンバイ空港の人に教えてもらい全日空と同じスターアライアンスのルフトハンザ(Lufthansa)のラウンジが利用できました。今まで利用していたラウンジとは大違いでした。免税店の奥にあるため見つけにくいことを覚えておいてください。


先進国のラウンジと遜色ないのには驚かされました。もちろんビールも飲み放題です。

羽田空港からの富士山 [機内]



上海に行く前に関西に行きましたが、羽田空港のラウンジから外を見ると富士山がきれいに見えていました。一週間前の2013年1月20日の8時ごろでした。今までも時々見ることが出来たのかもしれませんが、これほどクリアーに見えたのに気が付いたのは初めてでした。正面に見える建物は国際線ターミナルです。

富士山が羽田空港からこんなに大きく見えるとは気が付きませんでした。


Google航空写真で羽田空港から富士山まで直線を引いてみました。
最高峰3776.24mまでの直線距離は約98kmでした。

より大きな地図で 富士山⇔羽田空港 を表示
余談ですがラウンジで珍しいパンに出会えたので紹介しておきます。カボチャのエクメックです。美味しくて3つも食べてしまいました。8時30分の早朝フライトなのでパンが置かれていたのかもしれません。


こちらは搭乗口からの富士山です。より飛行場の雰囲気を感じてもらえると思い、この写真を追加いたしました。写真に写っている右の航空機に乗って伊丹空港に向かいました。確か16番搭乗口だったと思います。


上の写真から切り取って拡大いたしました。飛行機とのツーショット写真です。


この日は空の上からも富士山がきれいに見えたようで機内放送で紹介していました。私の席は富士山とは反対方向で伊豆半島がきれいに見えました。写真は伊豆半島の西海岸側です。