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中世の町 シエナ [イタリア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると記事を表示シエナ(Siena)は街並みに中世の雰囲気があり、イタリアで最も気に入った町です。
上の写真はカンポ広場で町の中心にある大きな広場です。
扇状の広場で扇の要の部分から周囲の方に傾斜して高くなっていることから集会などに使われたものと感じました。そして要の部分に高い塔が建っているのです。
クリックすると記事を表示家内ともシエナが気に行ったみたいでした。

広場から撮りました。もちろん中世の姿をとどめる旧市街は「シエナ歴史地区」として世界遺産に登録されています。街の中心の扇状のカンポ広場は圧巻でした。
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写真のレストランで昼食となりました。
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昼食風景です。沢山のお客さんが食事をされていました。
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レストランからの景色です。 こちらでの昼食はツアーに含まれていました。雰囲気のいい場所での昼食でした。
イタリア旅行には家内とと3人(右の写真)で来ました。
レストランにはRISTORANTE PIZZERIA SPADA FORTEと書かれていました。 SPADA FORTEが店の名前ではないかと思います。パンを使った料理とメインデッシュのはローストポークでした。もちろんワインを頼みました。
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SPADA FORTEの名前からネットでレストランを探しました。
クリックするとネットを表示Located on the most elevated corner of Piazza del Campo in Siena, the Spada Forte restaurant is a typical Tuscan restaurant that also serves pizzas. Nicely perched on its private corner of the square, it enjoys a wonderful view of this unique location in the world. Not many tables are gathered outside under the Siena sky. Table cloths and earthenware glasses (one for water and one for wine) remember the customer that this is a restaurant that pays attention to comfort details but also that this is a land where its medieval past is omnipresent.

写真は街並みの全景です。シエナ(シエーナ)はイタリア共和国トスカーナ州中部にある都市であり、その周辺地域を含む人口約5万5000人の基礎自治体(コムーネ)です。中世には金融業で栄えた有力都市国家であり、13世紀から14世紀にかけて最盛期を迎えました。トスカーナ地方の覇権をフィレンツェと競い、またその経済力を背景として、ルネサンス期には芸術の中心地のひとつであったそうです。
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裏通りに旗が飾ってあるのはお祭りの関係
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こちらは裏通りです。 
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ここが町の入口です
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この道が町の中のメイン通りと思われました。
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お祭りのパレード
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街の境界のマーク(芋虫と?) と 紋章

携帯電話やワンちゃんの写真を見ると、こんな町でも暮らしている生活は普通の感じでした。
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シエナの町の遠景 ドゥオモやサンタゴスティーノ教会が見えます。この地方の丘陵上の都市と同様、エトルリア人の居住地に都市の起源があるとされていますが、シエナの古代の姿は明らかではないそうです。ローマ時代には主要な街道からも外れており、キリスト教が伝わったのも4世紀であったそうです。シエナが重要な都市として姿を現し、歴史の上に明確な位置を占めるようになるのは中世以降だそうです。
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城壁の飾りも趣きガあります。
シエーナ共和国は内部に貴族と市民の間の対立を抱えながら、外に最大のライバルであるフィレンツェとの抗争を繰り広げたそうです。教皇派と皇帝派の抗争ではフィレンツェが教皇派(ゲルフ)であったのに対抗し、シエーナは主に皇帝派(ギベリン)の立場に立っていました。1260年のモンタペルティの戦いで、シエナはフィレンツェに大勝を収めるも、1269年にはコッレ・ヴァル・デルサの戦いで大敗を喫しています。この敗戦を契機にシエーナでは皇帝派の政府が倒れ、フィレンツェとの関係が改善されたそうです。
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シエナの冒頭の写真のカンポ広場を中心にした航空写真です。


娘のバレンタインチョコはDelReY(デルレイ)でした。 [話題]



今日 2013年2月14日はバレンタインデー[黒ハート]
今年の娘からのバレンタインチョコはDelReYでした。
子供のころの娘です。→ポチッ

デパートで並んで直接買ったそうです。デパートの8階のフロアーの半分近いスペースにチョコレートの特設売り場が設けられて、いろんなお店が売りに来ていたそうです。


バレンタインン限定のハートショコラとダイヤモンド・ショコラの最強の組み合わせのチョコラでした。ダイヤモンド・ショコラはDelReyブランドを代表するもので中には柔らかなキャラメルのようなラベンダーガナッシュ(柔らかなチョコレト)が入った大変に美味しいチョコレートでした。外の固めのチョコレートと、中の柔らかなチョコレートの組み合わせがよかったです。ダイヤモンド・ショコラは、おそらくホワイトダイヤモンドダークだと思いますがピンクダイヤモンドピンクの可能性もあります。


真赤なハートショコラはまさにバレンタインのために造られたチョコレートのようでした。名前はレッドハートミルクのようです。DelReY(デルレイ)はベルギーの老舗のチョコレート屋さんだそうです。


家内と二人で食べるために包丁で半分に切ってみました。ダイヤモンド・ショコラと同じように中が柔らかなチョコレート(ガナッシュ)でしたがダイヤモンド・ショコラよりは若干固めでした。食べた瞬間、覚えのある甘酸っぱい味が口に広がりました。これはパッションフルーツだと叫んでしまいました。ネットで調べてみるとやはりパッションフルーツのガナッシュでした。この二つのチョコレートは食べてみて値打ちが判りました。ありがとうございました。

下高野の辻切り行事に参加させていただきました。 [風習・歴史]



2012年1月29日掲載 
タイトル:下高野の辻切り行事に参加させていただきました。

上の写真は八千代市下高野地区の辻切り(つじぎり)です。下高野の辻切りは以前に掲載させてもらいましたが、今回は藁の大蛇(大辻)を作るところから各辻に大辻を取り付けるところまでに参加させていただいて新鮮な経験をさせていただいたので報告いたします。私は下高野に住んでいるわけではないので異例のことだと思うのですが、以前に掲載したブログの記事「下高野の辻ぎり」がきっかけでした。
私の記事を下高野の辻切りの指導的立場の方が見ていただいてコメントを何度もやり取りをしたことで実現いたしました。

下高野の辻切りは1月の最終の土曜日か日曜日の制作されていますが今年は日曜日の2012年1月29日でした。そこで辻切りの制作場所で9時に待ち合わせをさせてもらったわけです。この場所が藁の大蛇を作る場所で私が行ったときは八千代市の広報の方と私を誘ってくださった方が来られていました。その後、徐々に人数が増えてきました。


すでに原料の藁が用意されていました。この藁は普通の藁ではなく実が出来る前に刈り取った藁で注連縄などを作るものだそうです。品種も3種類くらいを使い分けられていました。
来年の大蛇のための藁を作る種籾は右の写真のように大切に保管されていました。


先ずは蛇の頭を作ります。辻に取り付ける大蛇である大辻は10本程度の藁を束ねて編んで行きます。順番に藁の束を水平に置いていき前の藁を下側に折りたたんで水平の棚を7段作ります。この状態で10本の束を水平に置き現在の水平の束の両端を下に折り返すのです。水平の束は穂先を右→左→右→左と互い違いに置いていきます。


これが7段出来て完成したところです。つまり8束の藁で頭を作るのです。


皆さんで分担して大辻を6匹作るのです。


私は練習を兼ねて家庭の門に設置する小辻の頭を2種類作りました。藁を2本で作る小型のものと5本を使った中くらいの頭です。この写真は小さい方のものです。


作ったものを2つ重ねて頭が完成です。針金でしっかりと縛ります。


この辺りで甘酒を出してもらえました。米麹を使った本格的な甘酒です。


オカキも出してもらいました。醤油の香ばしい味でおいしかったです。鏡餅で作ったそうです。


いよいよ蛇の胴と尻尾を作り始めます。先ずは頭の後ろの藁の束を3つに分けます。その中の2つに藁を足しながらねじって編んでいきます。しっかりと締めこみながら作るので2人一組で編んでいきます。私も少し手伝いました。


クリックすると小辻を指導してもっているところ2本で尻尾まで出来上がったところで残った1っ本を藁を足しながら、ねじりながら巻きつけていきます。これは私も手伝いました。小さな写真の右側が私です。
小辻も同様に2体完成いたしました。うれしいことに1体をいただいたので家の入口に取り付けました。そちらは別と報告させていただきます。


静止画ではわかりにくいと思いますので動画を紹介いたします。


蛇が出来上がると挟みで飛び出た藁を切って表面をきれいにします。丁寧にすればするほどきれいな蛇が出来上がります。


その蛇を板で挟んで回転させるとやわらかな蛇が出来上がります。私も自分の作った小辻、2匹をやらしてもらいました。一通り経験することが出来ました。


こちらも動画をアップさせてもらいました。この作業は下高野の特徴です。他の地域と違う滑らかの雰囲気になります。


手前が出来上がった大辻です。今回は八千代市の広報の方2名以外に写真の趣味の方が3名来られていたので沢山のカメラの前での作業ととなりました。私は作業の合間に少しだけ写真を撮って今回の記事に掲載させていただきました。


ここまで作業が終わったところで一休みで昼食です。ビールを用意していただいていたのでいただきました。自家製のタクワンと白菜の漬物も出していただきました。


そしておにぎりです。お米を作っておられる方のおにぎりです。格別のおいしさであることは想像してもらえると思います。つい2つもいただいてしまいました。


自家製味噌のお味噌汁も出していただきました。昔から作り続けている自家製味噌だから美味しさも格別でした。


こころ温まる雰囲気を経験出来ました。


昼食を食べ終わると残りの作業開始です。京都の品種の大きな唐辛子を目と舌に使います。


ヒイラギと杉の枝と八千代市村上の山本神主さんからいただいた塞神(さえのかみ)の御札を刺して6体が完成です。6体のの大辻をじっくりとみてもらうために、こちらの写真はクリックすると拡大するように設定いたしました。
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下高野の方々が大辻を持って記念撮影もいたしました。八千代市の広報の2名の方と四街道市と千葉市と佐倉市の写真を趣味にされている方3名が写真を撮られました。八千代市の広報誌「やちよ」の2月1日号あるいは2月15号に掲載される可能性があります。←kazuさんから情報が入りました。掲載は2月15日号だそうです。


6体の大辻はこの地図の赤いマークのところに設置します。①~⑥の順番にみんなで取り付けにいきました。6ケ所全ての取り付け光景と取り付け後の大辻を紹介いたします。罫線でそれぞれの場所の写真を区切らさせていただきました。
クリックするとGoogle地図


に大辻を取り付けているところです。辻切りは集落へ入ってくる疫病や悪霊が侵入しないように行う行事で、災難を封じて五穀豊穣と郷内安全を祈願するものと教えていただきました。


取り付け終わりました。これではまた一年、しっかりと守ってくれるのだと思います。冒頭の写真は①番の辻切りです。ここは井野地区との結界の場所です。



となりのトトロ 引っ越しシーンつけ終わると軽トラックでの場所に移動しました。ここでの取り付け風景です。
軽トラックに乗せていただきましたが、アニメ「隣りのトトロ」の最初の引越しのシーンを思い出させてくれる経験でした。ただしアニメの中では自動三輪車でした。


去年のものは首が採れてしまっていたので、今年はしっかりと取り付けました。ここは上高野との結界になるのだと思います。



番の位置は離れた場所でした。米本方面の結界となる位置のようです。


取り付けているお札の塞神(さいのかみ;境の神)は「八衢比古神(やちまたひこのかみ)・八衢比女神(やちまたひめのかみ)・久那戸神(くなどのかみ)」の三柱の神様です。こちらの大辻は顔つきから結構、睨みがきいている気がします。



こちらが番目に取り付けた場所です。北方向の地域に睨みをきかせる場所のようです。


こちらも無事に取り付けが終わりました。お札はこの近くの人が持っているとのことなので後からつけるそうです。



の場所です。古い大辻を外して新しい大辻を取り付けます。古い大蛇は首が取れてしまっていました。頭と胴のつなぎの部分が弱いので今年は針金でしっかりと縛っておられました。


ここは先崎方面との結界のようですが、現在は本来の境とは違うので江戸時代の境であろう言われていました。



こちらが最後の番の場所です。古い辻切りは色が変わっていますが、しっかりと残っていました。


新しい辻切りを取り付けました。こちらは青菅地区方向の結界のようです。


2012年2月16日追記 
タイトル:下高野の辻切り 「広報やちよ」に掲載されました。
クリックすると大きな画像PDFを表示
広報やちよ2012年2月15日号の表紙です。画像を拝借させていただきました。画像では文字が読みにくいと思いますので枠内に転記いたしました。
上の画像をクリックするとオリジナルのPDFを表示します。
 広報やちよ → 全記事   2012年2月15日号
ワラの大蛇で災いを祓う 地域に伝わる伝統行事「辻切り」
昔から蛇は、神に関わる神聖な生き物とされてきました。市内を歩いてみると、道端にワラで作られた蛇が掛けられていることがあります。これは、病気や災いの侵入を防ぐため、集落の道の境にワラ蛇や注し めなわ連縄を掛ける「辻切り」という風習。
下高野地区では、手作業で刈り取った稲を使い、1月下旬に2メートル近いワラ蛇を作ります。かつては市内の多くの地域で行われたこの行事も、作り手の高齢化などが進み、続けられない地域が増えてきました。今年一年の村の安全を祈り、市内7か所で脈々と受け継がれているこの伝統行事。あなたの家の近くでも、見つけられるかもしれません。
写真 : 杉や柊ひいらぎの葉、魔よけのお札を刺し、トウガラシで目や舌を付ければ完成。下高野では6か所の境に供えます



2013年2月14日 6時追記 
タイトル : NHKニュース「おはよう日本」で辻切りが放送されました。

今朝(2013年2月14日)のNHKニース「おはよう日本」で八千代市下高野の辻切りが放送されました。昨年お世話になった方々が写っていました。うれしいです。
枠内が今回の放送に関するネットでの記載内容です。
2013年2月14日放送 5:00 - 6:30 NHK総合
NHKニュース おはよう日本 とれたてマイビデオ
内山昌一さんの撮影した映像を紹介。千葉県八千代市にて、地元の人達が集まり藁を使ってヘビを作る様子が映されていた。完成したヘビは街のいたるところに飾られる。これは「辻切り」と呼ばれる行事で、こうすることで災いが街の外から入ってこないと言われているという。

今回の放送は「とれたてマイビデオ」のコーナーで内山昌一さんが投稿されたようです。藁の蛇を作っている光景を見ると参加させてもらった時のことが思いだされます。今年も沢山の方が見学に来られていたようです。


是非とも皆さんもビデオを投稿してみてください。 送り先は
〒150-8001 NHKおはよう日本「とれたてマイビデオ」係 です。
NHKに代わってお願い申し上げます。


2013年2月14日 18時追記
タイトル : 下高野の伝統的な節分行事も放送されました。

今朝の5時27分に八千代市下高野の辻切りがNHKで放送されたことを報告させていただきましたが、同じ本日の昼ごろに辻切りに参加されている方の家の伝統的な節分行事がNHKで放送されました。番組は「こんにちは いっと6けん」です。

こちらのお家では焼いた鰯の頭とトゲのある草木を用意するそうです。ヒイラギや豆殻などと一緒にまとめた物をいくつも造ります。それらは神棚や祠(ほこら)に供えます。さらに大きなカゴにも取り付けつけて軒先にかけて鬼を捕らえるという行事だそうです。


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新天地 レストラン編 [上海]



フランス租界の時代の町並みを再現した新天地という場所が宿泊していたホテルから歩いて15分程度のところにあるということで行ってみました。実際に歩いてみると意外と遠くて撮った写真の時間で確認した結果35分かかりました。上海市街区の石庫門と呼ばれる場所で、フランス租界の時代の古い建物が残る地域を2000年に昔の景観を大切にしながら開発た場所で上海の観光名所の一つになった場所です。古く見えますが新しい建物が多いそうです。全て新しい建物ではなく歴史的な古い建物も残っていました。

古くて新しい町の景観を紹介いたします。全て2013年1月25日の写真です。
レストランや土産物屋が沢山ありました。夜のバーが最も有名だそうです。


9時45分ごろですが閑散としていました。沢山のお店も開いていませんでした。


風域のある路地もありました。


この噴水を中心にした場所が最も雰囲気が良いところのようです。


このような雰囲気のところなのでCafeに入りたくなりますが10時になってもお店が開いていませんでした。チェーン店のカフェが2店開いていましたが、ここでチェーン店はないであろうとさらに探しました。


ドイツビールの看板の素敵なお店もありました。入ってみましたがまだ開店してないと断られてしまいました。興業路をはさんで南側が「南里」と呼び北側を「北里」と言います。今回の写真は北里を中心に掲載しています。


ドイツビールのお店の向かいあるレストランが開店しそうな雰囲気なので少し待ってみました。待った結果10時30分に入ることが出来ました。お店の名前はFountainでイタリアレストランでした。


向かいがドイツビールノお店だったのでビールが飲みたくなりました。もちろんドイツビールで無濾過のビールでした。確か60元だったと思います。念願がかないました。


雰囲気的には屋外で飲みたかったけれども、まだ準備が出来ていなかったので屋内にいたしました。寒い時期ですが強力な傘型のヒーターが沢山置かれており、夕方を過ぎると夜の雰囲気を楽しむことが出来るのだと思います。窓際に座っているのが私です。


お店の中も洒落た雰囲気でした。ランチも食べてみたくなりましたが、話題の焼き小龍包のお店に行きたがったので、こちらのお店のランチは体験できませんでした。


11時15分ごろになって外国人の観光客を中心に人が増えてきました。でも開いているカフェやレストランはほとんどありませんでした。くレストランも沢山あることから、ここを訪れる時は夕方に来てみてください。


泊っていたホテルから新天地までのルートを地図で説明いたします。青いマークオークラ・ガーデン・ホテル( Okura Garden Hotel Shanghai / 花園飯店 )で紫のマークが新天地で、紫のラインがホテルから新天地まで歩いたルートです。今回利用させてもらったレストランFountainの場所です。航空写真になっている場合は写真の中の地図のアイコンをクリックしてください。中国の場合は地図と写真が500m程度連れています。マークは地図の状態で正確な位置を示します。黄色のマーク(紫のマークに相当)は航空写真モードにした時のレストランの位置です。
新天地はレストラン街だけでなくレストラン街の南に広がるショッピングセンター、事務所ビル、住居用マンションなどの2000年に開発された広いエリアを新天地と呼んでおり地下鉄10号線の新天地駅(新天地站)も南にあります。その中のレストラン街が特に観光地として有名になったようです。

より大きな地図で新天地を表示

昔なつかしい動物園 ハノイ [ハノイ]

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久しぶりに行った上野動物園を紹介した機会に海外の動物園を紹介いたします。ここはベトナムのハノイの動物園です。
この日は朝早くインドネシアのジャカルタを出てシンガポール経由でベトナムのハノイに入りました。ベトナム・ハノイで宿泊したホテルの窓から見えた池のほとりを散歩してみようと出かけてみました。実は池の周り全体が動物園になっていたのです。さっそく入ってみました。

入場料金は大人2000ドン(9円) 子供1000ドン(4.5円)で安さに驚きです。乗り物は5000ドン(22円)なのです。入場料に比べると高いです。そのせいか乗り物に乗っている人は少ない気がしました。入場するときに券に下のように半分破かれてしまうのです。半券をち切られた上に本券も破る意味は判りませんでした。


この動物園は子供の頃の懐かしい雰囲気を思い出させてくれます。外人は入っている感じはしませんが懐かしさを求めて入ってみるのも面白いかもしれません。


広い園内には沢山のケージがありました。これは鳥関係で大きな鷲や鷹などがいました。


いろんな遊びもありました。これは空気のボールに入って池の上を遊ぶものです。子供に人気がありました。写真をクリックしてみてください。


家族連れだけでなくカップルも多かったです。沢山の入場者が入っているけれど池のほとりはデートコース化されていて不思議と誰も歩いていないんです。


ダチョウやミューなどは広い敷地で飼われていました。


乗っている人は少ないけど乗り物の中では人気でした。


一番人気があったのがローラースケートでした。


結構いろんな種類の動物がるんです。トラ、ライオンや豹などもいました。


像さんも3頭いました。広い運動場はあるのですがこのときは繋がれていました。


動物園の正面入口ではお土産を売る人が待ち構えていました。私は裏門から入ったので入るときは攻勢には、ありませんでした。


小物のお土産は人気です。人が集まります。広い園内この前の道はみんなが通る場所などで場所もいいみたいです。


このソーセージはよく見かけました。園内のいたる所で売っていました。

空港第2ビル駅の京成電鉄ホーム [話題]



京成電鉄の北総線経由の成田スカイアクセスが開業したのが2010年7月17日でした。いつの間にか2年が過ぎました。成田スカイアクセスの開業に伴い京成の空港第2ビル駅はちょっと変わったホーム構成にになりました。これは乗る電車を間違えないようにすることも目的にあるようですが、最も大きな理由は同じ上野に行くのにルートによって料金が違うことが関係している思います。
空港第2ビルを出た後は別ルートを走り京成高砂で合流して上野あるいは押上まで行くのです。
ホームは1番線から4番線まであり、1番線と3番線が上り線(東京方面)で2番線と4番線が下り線(成田空港方面)なのです。上り線は1番線が成田スカイアクセス用で3番線が京成本線です。ただし、1番線と3番線は同一線路なのです。前の方が3番線で後ろが1番線なのです。上の写真は3番線から1番線に停まっているのは北総線経由の羽田行アクセス特急・京成3050形3051編成です。
私は3番線で電光掲示板に表示されている京成本線の上野行き快速特急を待っているところなのです。
上のまでの料金と時間を比較してみます。
 料金 空港第2ビル、成田空港→京成上野
  アクセス線 1200円     =1200円 アクセス特急
        1200円+1200円=2400円 スカイライナー(有料特急)
  京成本線  1000円     =1000円 快速特急 特急 普通 など
        1000円+ 400円=1400円 モーニングライナー(有料特急)
 時間 空港第2ビル→京成上野  成田空港からは+3分
  アクセス線  59分 アクセス特急
         41分 スカイライナー(有料特急)
  京成本線   74分 快速特急
         70分 モーニングライナー(有料特急)

ここまでの説明であれば特に問題はないと思われるのですが、私が乗る京成本線の快速特急が来て驚きました。それが下記の写真です。写真に写っているホームの柵が1番線と3番線を仕切っているのですが、後ろの2両が1番線側に出っ張ってしまっているのです。ご想像の通り3番線は6両編成分の長さしかないために、2両が1番線に出っ張るのです。ここでアクセス線への人がこの電車に乗ってしまうと大変なことになってしまいます。そのために駅員と車掌の人が目を光らせているのです。


電車に乗ってからすいている後ろの車両に移動して社内から写真を撮りました。
アクセス線が出来たころに海外から夜行便で帰ってきたとき始発駅の成田空港駅で京成本線の電車に乗って寝てしまって気がついたら次の空港第2ビル駅についていました。外を見るとアクセス線なので、乗り間違えたと思い急いでホームに降りてしまったことがありました。幸いにも電車の出発前に事情が呑み込めたために飛び乗っることが出来たことがありました。初めて利用する人が多い駅なので戸惑うことの無いようにすることが大切なことを感じてしまいました。


空港第2ビル駅そうなると気になるのが東京方面から来た電車から降りる2番線と4番線です。いつも京成本線の電車の一番前に乗ってきますが、電車が2番線のホームに出っ張ることはありませんでした。
実は右の図のように2番線+4番線のホームが1番線+3番線のホームより長いのです。したがって京成本線である4番線は正規の長さがあるために8両編成の電車でも問題なく泊まれるのです。
これは空港の地下に駅があるために、拡張工事範囲が限られたことによって発生した事象と想像しています。
京成成田駅への京成本線は駅を出た後に急に左側に曲がっているのも関係しているのだと思います。
初めて成田空港を利用した時は新幹線計画があったことから京成は空港内に乗り入れておらず、京成の成田空港駅(現在の東成田駅)からバスで空港に行きました。その後、新幹線計画はなくなりJRと京成が成田空港に乗り入れたのです。私が初めて海外に出たのが今から24年前の1988年でした。
その歴史を簡単にまとめてみました。
 1978年05月20日 成田空港開港
 1978年05月21日 成田空港駅開業(今の東成田駅)
 1991年03月19日 空港に京成線が乗入れ  新しい成田空港駅開業
 1992年12月03日 空港第2ビル駅開業 単線 1面1線ホーム
 2009年11月14日 1面2線ホームに改修
 2010年07月17日 アクセス線開業 現方式となる。

今回はお粥 [上海]



上海でよく泊まっていたオークラ・ガーデン・ホテル( Okura Garden Hotel Shanghai / 花園飯店 )では日本食店の山里で朝食を食べていました。この山里では朝食として、ご飯とお粥が選択できます。いつも1泊だけなので、ついご飯の方を選んでいました。今回(2013年1月24日~27日)は3泊だったので、ご飯とお粥の両方を食べてみることにしました。1日目は、今まで通りご飯にいたしました。

2日目は、何度か泊っていましたが、初めてお粥を注文いたしました。それが下の写真です。お粥はご飯茶碗によそいで食べます。
おかず(御数、御菜)に関しては、一点を除き、ご飯の場合と同じであることが判りました。小鉢、玉子料理、焼物、煮物、酢の物、味噌汁、香り物です。おかずで違うのは、ご飯の場合は焼き海苔がついていますが、お粥の場合は焼き海苔はなくて、お粥用の醤油あんがついているところが違っていました。


お粥が思っていた以上に美味しかったです。お粥の国だから、お粥の炊きかだか上手なのかもしれません。お粥に梅干しを乗せると最高でした。梅干しがあれば醤油あんは必要ありませんでした。


前日に食べたお粥があまりにも美味しかったので3日目もお粥にいたしました。毎日少しづつおかずが違いました。
朝食は宿泊料に含まれていますが、単独で食べると15%のサービス料を加えると216元(3240円)なので贅沢な朝食でした。もしかしたらさらに17%の付加価値税(消費税)が加わるかもしれません。そうすると3790円ということになります。


朝食には小魚の佃煮、梅干し、海苔の佃煮がついているので、この日は海苔の佃煮をお粥に乗せてみました。

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ホテルの会席料理 [上海]



上海は海外の町の中で本格的な日本食店が最も多い街だと思いました。それだけに競争も激しく味もよく値段も安いことで有名で、そんなお店に行って食べるのが楽しみの一つでもあります。2000円くらいでお店のメニューが食べ放題です。もちろん飲み物も飲み放題のお店も沢山あります。
それだけにホテルの日本食は高く感じてしまいます。
今回泊まったホテル花園飯店(Garden Hoeel Shanghai)はフランス租界地区にあることから、そのような日本食店にはタクシーで行くことになりますが、上海の夕食時はタクシーもなかなか来ないうえに渋滞が激しいことからホテルの日本食店で夕食を食べることになりました。花園飯店の日本食店は上海の中でも屈指のお店だと思いますので紹介させていただきます。

こちらのお店で単品で頼むとかなりの金額に行ってしまうことからコースにいたしました。6種類のコースがありますが、不思議と山里会席と寿司会席に希望が集まりました。私は山里会席を頼みました。
これが山里会席の前菜です。不思議なことに寿司会席の前菜とは内容が違っていました。この辺が日本食店「山里」のこだわりなのかもしれません。


やっぱり最初はビールですね。


椀物の具を不思議なものが入っていました。一見は豆腐のようでしたが弾力のある食感のものでした。生腑か胡麻豆腐のような感じでした。


定番の御造りはカンパチと鯛とマグロでした。


焼き物は西京焼きでした。


鍋物は3種類から選びました。3種類の鍋は蟹鍋と牡蠣鍋と鯛チリ鍋でしたが、私は蟹鍋を選びました。寿司会席には鍋物はありませんでした。


大きな蟹が沢山入っていました。これで一人鍋なのです。


こちらは別の方が選んだ牡蠣鍋です。味噌仕立てのつゆに沢山牡蠣が入っていたそうです。ただし身が少し小さいといわれていました。


天婦羅もありました。


最後の食事はいろんなものが選べます。私は寿司を選んでみました。


寿司会席の場合は最後の食事の選択はありません。これが寿司会席の最後に出てくるお寿司です。寿司会席の中の寿司だけのことはあるようです。


山里会席の中で別の人が選択した鰻丼です。


最後はデザートが出てきました。こちらは寿司会席も山里会席の場合も同じでした。唯一同じだったのがデザートと説明した方が正確かもしれません。前菜から途中の焼き物など料理では同じものはありませんでした。


「1920年代のフランス倶楽部で朝食」の気分 [上海]



この建物は今から86年前の1926年にフランス租界地区のフランス倶楽部として建てられ、今は花園飯店(オークラガーデンホテル上海)としてロビー・会議室・レストランとして利用されています。花園飯店の日本食店の朝食はすでに紹介いたしましたが、ホテルの中の中華料理店やビュッフェ形式でも朝食を食べることが出来ます。朝食ビュッフェは、この86年前の建物の中にあるコーヒーショップROSEで食べるので、今回(2012年2月23日)の朝食はビュッフェを選んでみました。

料理が並べられている部分です。部屋の中央に料理が並べられていました。


各テーブルにはお店の名前であるバラ(ローズ)が飾られていました。窓枠や柱などはフランス倶楽部時代の雰囲気が残っていました。


ビュッフェには洋風、和風、中華風のものが並んでいましたが、軽い食事にしたかったので選んだのがこの3品です。これは「うどん」です。つい、食べたものだけはフランス倶楽部の雰囲気ではないものを食べてしまいました。


和風の麺としては「うどん」以外には蕎麦と素麺が置かれていました。蕎麦も食べました。天婦羅は自分で好みで乗せるのでなしでもOKです。


上品な焼き飯があったので、そちらも食べました。


食事の後は紅茶をゆっくりといただきました。


コーヒーショップ前のロビーには昔の雰囲気が残っていると思います。正面がROSEの入口です。


ROSE前のロビーからは2階に階段が2本登っていました。


2階に上ってみました。柱の多さが昔の建物を感じさせてくれます。


下の写真が左の見取り図の赤い矢印から撮った2階のロビーです。
今も宴会場として使われている各部屋はドアが閉まっていたので紹介出来ませんが、全ての宴会場は86年前のフランス租界時代のフランス倶楽部の遺構を完全に再現した空間で、昔の雰囲気を味わうことが出来るそうです。奥の扉の向こうが一番大きなグランドボールルーム(GRAND BALL ROOM / 百花庁)です。昔の上海の雰囲気が減っていく中で貴重な存在になってきているのだと思います。


フランス租界の歴史ある建物が利用されたホテル [上海]



上海では旧フランス租界地区にある花園飯店(Okura Garden Hotel Shanghai)に泊まりました。ちなみに租とは外国人居留地のことです。

下の写真はネットから拝借した旧建築部で、建物の歴史は次の通りです。
上の写真の高層部分(1989年竣工)を除くと下記の建物と外観が同じとわかってもらえると思います。
 1926年:フランス倶楽部として建てられる。
 1940年代:アメリカ軍の所有となる。
 1949年:中華人民共和国成立後、国有化され文化倶楽部と改名。
 1959年:毛沢東主席が逗留。
 1970年代:錦江倶楽部に改名。
 1985年:オークラガーデンホテル上海の建設開始。旧建築物は改修
 1989年:オークラガーデンホテル上海が竣工。旧建築物はロビーに利用。
 1990年3月20日:オークラガーデンホテル上海、正式開業。


旧館部分の写真を紹介いたします。この写真はクリックすると拡大するように設定しているので今から97年前の建物をじっくりと見てもらいたいと思います。
クリックすると拡大

中国語で「優秀歴史建築(优秀历史建筑)」と書かれた石版が建物に取り付けられていました。このホテルは歴史的な建物に指定されていました。


説明文を拡大してみました。1924年~1926年に建設された建物だそうです。フランス租界は1849年に設置されて1943年8月1日に返還されるまで94年間続きました。その最盛期に建てられたフランスクラブだそうです。冒頭のホテルの高層ビル部分を除いた建物が1926年に完成した建物です。今でも玄関部分でありホテルのロビーでもあります。1989年に33階の高層ビルが出来たようです。


このホテルのことをホテル・オークラと言われたりオークラ・ガーデン・ホテル・上海と言われたりする場合もありますが、それは入口にMANAGED BY Hotel Okuraと書かれているようにホテル・オークラが指導管理しているためだと思います。


ここの特徴は1920年代の東洋のパリと呼ばれた景観が今でも残っていることです。これらの建物の中にも洒落た建物や歴史的な建物が残っています。ホテルの北側に広がっています。


もう一つのホテルの特徴がホテルの名前の通りに大きな庭園がの中に建っていることでした。この写真はホテルの最上階の33階から撮ったものです。ホテルの南側に庭園が広がっています。


航空写真も紹介いたします。

部屋からの景色を紹介いたします。北西方向です。旧フランス租界地区の向こう側に高層ビル群があります。


北東方向に沢山の高層ビルが立ち並んでいました。


こちらは南西方向です。


こちらは南東方向です。遠くに沢山の高層ビルが並んでいます。このように花園飯店の特徴はホテルの周りには大きな高層ビルのない昔の洋風な建物が建っている場所にあることです。


ホテルの部屋も紹介しておきます。入口方向から窓の方向を撮ったものです。


窓の方向から部屋を撮りました。


バスルームを通して部屋を撮りました。

上海租界(シャンハイそかい)
上海租界は1842年の南京条約により開港した上海に設定された外国人居留地のことで当初、イギリスとアメリカ、フランスがそれぞれ租界を設定し、後に英米列強の租界を纏めた共同租界と、フランスのフランス租界に再編されました。上海租界はこれらの租界の総称です。1920年代から1930年代にかけて租界は黄金期を迎えましたが1946年には上海にあった全ての租界は、太平洋戦争終結によって姿を消しました。

下記にリンクしております。
 フォートラベル(4travel.jp)様のオークラ ガーデン ホテル 上海

田舎料理の高級店 杭州 [淅江省]

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これがいきなり最初に出てきました。「里芋」、「南瓜」、「とうもろこし」、「さつま芋」のゆでたものです。塩をつけて食べました。素朴な味わいが美味しかったです。油を使っていないので中華料理とは思えない感じでした。
油を使わない料理が多いのが田舎料理だそうです。昔は油が高級だったからだと聞きました。健康にもよさそうなので、素朴で油の少ない料理が見直されているのかもしれません。上の写真はクリックすると拡大するので素朴さを拡大写真で見て欲しいです。

料理は素朴な田舎料理だけれど高級車が並ぶ郊外の高級レストランでの昼食でした。


前菜は6種類出てきました。ここで3種類、一番下で2種類を紹介します。
まさにモロキューです。味噌につけて食べました。


これも前菜です。魚のから揚げはビールに合います。


こちらも前菜です。蒸し鶏です。前菜と言うよりは料理の領域です。黒酢か醤油系のタレにつけて食べます。


ここからが本格的な料理です。出てきた順番に紹介いたします。田舎の家庭料理との説明でした。確かに宮廷料理ではないけれど結構立派な料理もありました。
羊の肉です。すごいボリュウムで肉もとろけるように柔らかく煮てありました。


白菜とおふの煮物です。これは家庭料理ポイかもしれません。


高菜と金華ハム と竹の子の煮物です。


魚料理です。中華料理では魚料理が高価なんです。


蟹です。上海蟹系の蟹です。日本だとモズク蟹ですね。蟹は高級なはずなのに大雑把に盛り付けてありました。普通は整然と並べて出てくるのです。


肉が太いけれど青椒牛肉絲(チンジャオロース) これも結構いけてました。


竹の子とニラを使った料理です。


材料は見れば判りますね。いろんな材料が入っています。サクサクした芋が特徴的です。


別の魚料理です。高菜と一緒に煮ています。


すごく太いフキですね。迫力のある料理です。


白菜の煮物です。全般的に見ると野菜が中心で、高級食材はないけれども高級車で遠くまで来て食べると言うことは、やっぱり中国でも健康思考になったためにこのようなレストランが流行るのかもしれません。油が少な目なのでローカロリーではあります。
確かに素朴に美味しい料理ではあるのですが、杭州の町の中心から遠いレストランに高級車が並ぶのが不思議でした。無農薬を売りにしているのか、あるいは高級料理店に飽きた人たちが来ているのか、聞くと素朴な料理を田舎で食べるのが静かなブームなのだと言われました。


杭州と言えば紹興酒の本場です。紹興酒で有名な紹興市まで67kmの距離なのです。本場のほんとうに美味しい紹興酒が飲めてよかったです。
ここは麺も有名と言うことで最後の締めはやっぱり麺

変わった前菜がありました。レンコンの詰め物と

ダイコンの漬物です。

紹興酒をネットで調べてみました。
紹興酒(しょうこうしゅ)は中華人民共和国浙江省紹興市付近で製造させる代表的な黄酒(ホアンチュウ、中国語で醸造酒の総称)です。
ちなみに蒸留酒の総称は白酒(パイチュウ)です。
鑑湖の水で仕込むので鑑湖名酒とも言うそうです。アルコール度数は14~18度で製法の違いによって、元紅酒、加飯酒、善醸酒、香雪酒の4種類があり、この順にドライで、日本でよく飲まれるのは加飯酒だそうです。
長期熟成させたものを古酒の総称である老酒(ラオチュウ、Lǎojiǔ)と呼ぶこともあるようです。
紹興酒の原料は糯米(もちごめ)、麦麹、酒薬(酵母や乳酸菌の種)、鑑湖の水、漿水、焦糖色(カラメル)だそうです。

上海料理には紹興酒 [上海]


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上海にに来て1日目の日本食の夕食を紹介いたしましたが、今回は2日目の上海料理の夕食を紹介いたします。2013年1月25日でした。中華料理は辛い味や濃い味が多い中で上海料理は素材の味をいかした上品な料理です。先ずは前菜の3品を紹介いたします。これはピーナッツです。日本の枝豆に相当する前菜で、これを選ぶということはお酒を楽しむことを前提とした夕食ということなのです。飾り付けも生の花が使われるなど高級な上海のレストランという雰囲気を出してくれています。

2品目の前菜はクラゲです。写真では判りにくいのですが厚肉のクラゲで、好みでタレにつけて食べます。このクラゲは普通ではちょっと味わえない美味しさの料理でした。
こちらのレストランの器はすべで白磁に統一されていました。料理だけでなく器も見てほしいです。


上の写真ではクラゲの食感が判りにくいと思いましたので拡大写真を掲載いたしました。普通ではちょっと味わえない厚肉の食感を伝えることが出来たでしょうか。クラゲの好きな人にとっては素晴らしい一品ではないでしょうか。


そして3品目の前菜のサラダです。中華料理でもサラダが普通に食べられる時代になってきました。最近よくサラタ゜が出てくるようになった気がします。


この日はシーフードを中心にした上海料理にすることを決めていたのですが、いきなり出てきました。大きな爪の蟹料理です。これ美味しいです。


中華料理出外せないのが鳥料理です。こんがりとローストした身をタレにつけていただきます。中華料理はいろんな地域の料理があります。それらで有名な中華料理を四大中華料理とか八大中華料理、さらに十大中華料理と呼びます。区別には諸説ありますが一般的に山東料理と江蘇料理と広東料理と四川料理を四大料理と呼びます。浙江料理と福建料理と湖南料理と安徽料理を加えたのが八大中華料理です。さらに北京料理と上海料理を加えたのが十大中華料理と呼ばれています。


上海は紹興市に近いことから、この日のお酒は紹興酒にいたしました。我々は中国のお酒と言えば紹興酒を連想いたしますが、広い中国からみれば紹興酒は一地域のお酒にすぎないのです。確実に紹興酒を飲むことが出来るのは上海や杭州の周辺地域なのです。 銘柄は有名な古越龍山を選びました。そして飲みやすい8年物にいたしました。


お互いに半強制的に乾杯をしながら飲むのが中国流ですが、上海などの都会では一人で自由に飲むのが浸透してきました。今回も、このようなセットが一人一人におかれました。中国ではお酒を一人で飲むのは失礼にあたると言われていましたが上海などはそのような感覚はなくなってきているのです。乾杯をしてもいいし一人で飲んでもいいのです。まさに日本流、欧米流に飲み方が変わりつつあるのです。


紹興酒は日本酒のように温めて飲みます。中国での呼び方判りませんが、まさに徳利(右)と、お猪口(左)です。徳利には工夫がされていました。少なくなっても冷めないようにお湯の入った器に徳利がおさまるようになっているのです。私は初めての経験ですが頻繁に上海に来ている人は最近増えたきたと話していました。


実は、もう一つ初めての経験がありました。それは食べる箸と取り箸の二種類が置かれていることでした。料理と一緒に取り箸や大きなスプーンが出てくるのは普通ですが、各自にも取り箸がおかれているのは初めてでした。ただし今回は各自に出てくる料理が多かったので、そんなに活躍はしませんでした。


ついに出てきました。中華料理の高級食材の代名詞である干しアワビ(乾鮑/干鮑)の姿煮です。これは何度食べても美味しいです。


美味しさを感じてもらうために切った断面のアワビを紹介いたします。煮込んだ汁はこれまた美味しいのです。


大きな活き海老の料理も出てきました。香ばしく焼かれていました。実は焼くというのは中華では珍しい料理方法です。


美味しさを感じてもらうために、こちらも拡大写真を掲載いたしました。伊勢海老ほどではないけれども、この海老は本当に大きかったです。


緑の野菜もいただきました。鮮やかな緑の野菜です。


締めは御飯物か麺類ですが、今回は先ずはお粥が出されました。


そしてもう一品が炒飯です。
シンプルですが美味しそうに見えませんか。美味しいのです。


そして半透明の白玉団子のデザートです。うすい甘みの定番のものですが、上海らしい上品な味わいのデザートでした。


最後はフルーツです。これは注文しなくても出てくるサービスのフルーツです。


店名を紹介いたします。上海市浦東新区陸家嘴環路1000号にある匯豊大厦の隣にあるビルです。大厦は日本ではビルディング(ビル)の意味です。
  店名 富淳飯店 Fortune Restaurant
  住所 上海市浦東新区金洲街 中国民生銀行大厦

太麺と細麺のラーメン屋さん [拉麺]


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初めてこちらのお店に来ました。副室長さんのブログでこちらのラーメン屋さんを紹介されていました。車で20分くらいで行けるのでさっそく行ってみました。
こちらのお店では太麺と細麺があるのが特徴です。味噌ラーメンを頼むとさっそく聞かれました。味噌ラーメンは太麺が合うような気がしますが、細麺が珍しいので細麺を選択しました。上の写真が細麺の味噌ラーメンです。驚いたことにイメージしていた細麺とは違っていました。なかなかインパクトのある麺でした。 クリックすると拡大

美味しく完食させていただきました。器も趣のあるものを使っていました。


お隣さんも完食でした。机や椅子もレトロな雰囲気を出しています。2人で来る人が多いお店です。こちらも定番のラーメンに餃子でした。


今回は子供と二人で食べに行きました。子供の頼んだのも細麺の塩ラーメンでした。
帰りがけに入口に太麺と細麺の注意書きがあるのに気がつきました。内容を紹介しておきます。
食券を渡す祭に太麺、細麺かを伺いますのでお申し付けください。 よく出るのは細麺ですが独特のこしのあるゴリゴリした食感になっています。それは卵を40%も使用しているためで(普通の卵麺は5%~10%です)良しも悪くも激しく好みの分かれる麺です。始めて来店のお客様や、もちもちした麺がお好みのお客様には、おすすめできません。 おすすめの麺は、太麺で平打の食べやすい麺です。加水率を抑えて上質の小麦粉を使い、麺の甘さを味わえるように仕上げてあります。なるほど、これは両方を味わってみる必要がありそうです。
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餃子も何種類かありました。これはヨシベー餃子
すこし緑色しています。春雨が入っていました。肉は鶏肉を使っているそうです。
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太麺が気になったので2008年10月18日、家族みんなで食べにきてしまいました。

太麺も確かになかなかのものでした。太麺と細麺が選択できるお店は沢山ありますが、今回のお店は太麺と細麺にそれぞれ独特の特徴があるので「太麺と細麺のラーメン屋さん」として紹介させてもらいました。

ここから下の写真は全て太麺のラーメンです。これは豚骨お魚ラーメンです。麺は太麺にしてみました。これはあまり評価が出ていなかったけれど私としては味噌ラーメンと同様に美味しく感じました。
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更に太麺の塩ラーメンも頼みました。塩味はそんなに感じられないスープですが、すこし甘みが感じられる美味しいスープでした。
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もちろん太麺の味噌ラーメンも頼みました。「豚骨お魚ラーメン」、「味噌ラーメン」、「塩ラーメン」と味が違うけれど、いづれも美味しいのに感心させられました。
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これは太麺の醤油ラーメンです。
太麺と言っても特別に太いわけではなくて細麺に対して太麺だと理解するほうがいいみたいです。
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さっぱり系の中華そば塩の細麺も頼んでみました。こちらにはチャーシューが2枚入っていました。私の好みから言えば、こってり系の「味噌ラーメン」、「豚骨お魚ラーメン」、「塩ラーメン」が薦められるようです。
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太麺と細麺を並べてみると太さの違いがわかってもらえると思います。


お店の外観は独特な雰囲気があります。
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外観だけでなく店内も独特です。照明は裸電球で古い木の机と椅子で古い看板が飾られたレトロ(Retro)な雰囲気のお店です。


夜の20時半ごろの店内です。上の昼間と違った雰囲気が味わえます。この時間帯になると待つことはなくすぐに座れるようです。


のれんの奥でラーメンを作っています。一人で食べに来る人も多かったです。


トイレの入口付近には昔のおもちゃなどが並べられていました。中も気になりますね。


ちょっと失礼して中も拝見させていただきました。 こちらも蛇口などレトロな雰囲気で統一されていました。こだわりが感じられました。


お店を紹介します。
 店名 ヨシベー 八千代店
 住所 千葉県八千代市大和田新田138-74
 電話 047-458-1289
 HP  http://www.yoshibe.jp/news.shtml
 営業 11:00~23:00(通常営業)
     12月30日  11:00~20:00
     12月31日  休 業
      1月01日   〃
      1月02日  11:00~20:00
      1月03日  11:00~20:00 
      1月04日  通常営業

こちらのお店は事前に券売機で食券を購入する方式なので迷わないように情報を記載しておきます。
 650円 ヨシベーラーメン醤油  とんこつスープ
 650円 ヨシベーラーメン塩   とんこつスープ
 680円 ヨシベーラーメン味噌
 780円 ゴマだれタンタン麺
 680円 とんこつお魚ラーメン
 600円 中華そば醤油      あっさりスープ
 600円 中華そば塩       あっさりスープ

トッピングはこちら
 400円 トロ肉チャーシュー
 300円 カタロースチャーシュー
 100円 味付玉子
 150円 ピリ辛高菜
 250円 辛ネギ
 200円 揚にんにく
 150円 自家製メンマ
 100円 のり
 100円 バター
 150円 替玉

トロ肉チャーシュー(400円)と肩ロースチャーシュー(300円)を別皿で出してもらい、みんなでトッピングしてみました。写真はトロ肉チャーシューです。食べ比べてみて最初からトッピングされているチャーシューは肩ロースチャーシューであることが判りました。トロ肉チャーシューは肩ロースチャーシューと違い、とろけるようなチャーシューでした。3~4人で楽しめる量なので複数で行くときはお皿に出してもらうことお薦めします。
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お皿からラーメンの器にトッピングしたトロ肉チャーシュー(400円)です。最初からのトッピングが肩ロースチャーシューではなくトロ肉チャーシューだったらもっと評判が上がること間違いないです。脂を気にする人のために選択出来るようにすれば、すばらしいと思いました。
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定番の餃子のメニュー
 480円 ヨシベー焼餃子(にんにくなし)
 380円 滋養焼餃子
 380円 水餃子(にんにくなし)

太麺、細麺の注意書きには追加があるので紹介しておきます。
太麺、細麺ともに天然かんすいをしようしている為、安全であり、いやな匂いもありません。麺の固さ、味の濃さ、香油の量などを承りますので、お申しつけください。

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2009年6月27日 タイトル:辛ネギとんこつお魚ラーメン
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久しぶりにヨシベーに行ってきました。
今日は太麺のとんこつお魚ラーメンに辛ネギをトッピングしてみました。チャーシューのトッピングは何度かお願いしましたが辛ネギははじめてだったので紹介いたします。

娘は半熟味付玉子を細麺のとんこつ塩ラーメンにトッピングしてもらいました。こちらのお店では元々玉子が入っていないので、このトッピングも値打ちがありました。この日は土曜日でしたが、すいていました。食券を買って店内に入ると3テーブルが開いており、好きなところに座ってくださいと言われました。時間は19時55分でした。午後の8時くらいなのがよかったのかもしれません。
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味噌ラーメンに揚にんにく200円もトッピングしてみました。 
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2009年1月15日 タイトル:トロ肉チャーシュー味噌ラーメン

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今日は味噌ラーメンにトロ肉チャーシューをトッピングしてもらいました。今までもトロ肉チャーシューは別皿に出してもらって4人で分けてトッピングをしたことがあったので美味しさをすでに確認済みでした。今回は1人で独占でした。麺は太麺を選択しました。
一緒に食べに来た子供は2008年12日27日にすでに紹介しているゴマだれ坦々麺を注文しました。

正月明けのためか、お客さんが多かったので30分近く待たされました。これは帰るときに撮った写真ですが、来たときには手前のスロープの端まで行列が出来ていました。



2009年1月6日 タイトル:とんこつお魚ラーメン 細麺です。
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こちらのお店では太麺と細麺が選択出来るのが特徴のお店であることはすでに紹介いたしました。細麺は卵を40%使用した硬い麺のため一般受けしないとのことで最初の味噌ラーメンのみ細麺で、その後は太麺を選択し下で紹介している通り、ほとんどのラーメンを食べて見ました。そこで再度、細麺に挑戦してみたわけです。
今回、食べたのは、とんこつお魚ラーメンです。

子供はとんこつお魚ラーメンの太麺を食べたので麺を横に置いて比べてみました。じっくり食べてみると細麺は確かにインパクトがあり同じスープなのに違うラーメンになるのが面白いですね。他のスープでも細麺を食べたくなってしまいました。

                            
ここは水餃子と焼餃子があります。焼餃子を頼むのが定番ですが、今日は家内の希望で水餃子を頼みました。焼餃子と違う食感の、もちもち感が良かったです。早く出してほしいし人は、こちらをお薦めします。


子供がラーメン意外にトロ肉ごはんを頼んだので掲載しておきます。こちらのトロ肉チャーシューはトッピングで食べて美味しいことはすでに報告済みですが、その丼です。
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2008年12月27日 タイトル:トッピングに驚かされました。
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こちらのお店では醤油ラーメン、塩ラーメン、味噌ラーメン、とんこつお魚ラーメンなどを食べましたが、まだ食べていない「ゴマだれタンタン麺」が気になっていました。
そこで、この日はゴマだれタンタン麺を注文させてもらいました。他のラーメンのようにチャーシューやメンマが乗ってくると思っていたので、ラーメンが出てきて驚きでした。見ての通りキャベツと肉味噌が前面に押し出されたラーメンでした。
そして、他のラーメンにまったくひけをとらない味でした。
キャベツと肉味噌も食べてみて納得でした。シャキシャキ感の残る程度に茹でられた(ほとんど生の)キャベツがよかったです。味噌ラーメンが680円に対してゴマだれタンタン麺は780円と、このお店で一番値段の高いラーメンのトッピングだけがキャベツだったことも驚いた理由ですが、最も驚いたのは「キャベツのトッピングで美味しくさせていること」にでした。

時間が12時15分ということもあり、この日も満席でした。お薦めのラーメンが一つ増えました。つまり「ゴマだれ坦々麺」と「味噌ラーメン(とんこつ)」と「豚骨お魚ラーメン」と「塩ラーメン(とんこつ)」は是非食べてみてほしいです。



2010年7月10日掲載 タイトル:お魚つけ麺

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先週の2010年6月27日から2010年7月2日にドイツとロシアに行っていました。2010年7月2日に帰国して無性にラーメンが食べたくなって、2010年7月4日の昼食に、よく利用しているラーメン屋さん(ラーメン ヨシベー)に行きました。ここでは新しいメニューが追加されました。クリックすると拡大今までは、つけ麺はなかったのですが、前回、同じく新しく追加された黒(マー油)ラーメンを食べたときに、このツケ麺があることに気がついていたので食べに来ました。
写真を見ての通り、大変に薄くて広い平たい麺でした。見た目も美味しそうでした。

右の写真が、つけダレです。麺とスープにこだわったつけ麺でした。

麺とタレを一緒に撮った写真も掲載いたします。こんな感じて目の前に並びます。今回もサービス券を持って行き半熟味付卵をつけてもらいました。お魚つけ麺には3種類の大きさがあります。今回頼んだのが、一番少ない2玉(780円)です。2玉以外に3玉(880円)と4玉(980円)がありました。
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なんといっても驚いたのが、この麺です。薄い平麺でコシがありました。クリックするとさらに拡大いたします。何かを練りこんだように見える粒粒は全粒粉(ぜんりゅうふん)と呼ばれる小麦粉を使っているためだそうです。小麦の表皮、胚芽、胚乳をすべて粉にしたものです。あのつぶつぶは主に小麦の皮の部分だと思います。胚乳だけを用いる通常の小麦粉と比べ栄養価が高く、薄力粉と比較して3倍程度の食物繊維や鉄分を含みます。ビタミンB1の含有量も高く、そのため、健康を目的として用いられることも多いそうです。そして不純物を多く含むため、粉の色はやや茶褐色を帯びることから、それら不純物による独特の風味と食感が出ているのだと思います。
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麺を食べ終わることになるとスープを出してくれました。このスープで、つけダレを薄めてスープとして飲むのです。


すべて、飲みほしてしまいました。


三人で食べに行きましたが、別の人が食べた中華そば醤油です。もう一人は黒(マー油)ラーメンを食べました。黒(マー油)ラーメンはすでに紹介しているので今回は掲載を省略いたします。
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2010年6月7日掲載 タイトル:サービス券に釣られました。

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今週も先週と同じラーメン店に行ってしまいました。先週、記事に書かせていただいたようにラーメンを食べて帰ってから半熟味付卵がもらえるサービスをやっていることを知りました。ちょっと悔しかったので今週も食べに行ってしまいました。お店の作戦に乗ってしまったわけです。先週は細麺を食べたので今回は太麺の黒(マー油)ラーメンにしました。サービスの半熟味付卵が乗っています。トロ肉ハーフサイズもトッピングしました。

これがサービス券の画面です。プリントアウトし持って行きます。7月31日までのサービスと書かれています。


今回も二人で行きました。もう一人の味噌ラーメンにもサービスの半熟味付卵を乗せてもらいました。
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券売機です。以前から追加されたのはトッピングでは「トロ肉ハーフサイズ(200円)」と「薬味ネギ(150円)」でラーメンでは「黒マー油ラーメン(680円)」と「お魚つけ麺」です。「お魚つけ麺」は2玉(780円)と3玉(880円)と4玉(980円)がありました。こちらのお店ではまだ、つけ麺を食べたことがないので、そのうちに食べに行くつもりです。もちろん半熟味付卵のサービス期間中に行ってみます。券売機の文字は読みにくいと思いますが写真をクリックすると拡大するのでわかると思います。
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2010年5月30日掲載 タイトル:黒(マー油)ラーメン

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昨日(2010年5月29日)、久しぶりに、近所のお気に入りのラーメン屋さんの中の一つであるヨシベーさんに行きました。するとこの新しいラーメンがメニューに加わっていました。名前は「ヨシベーラーメン 黒(マー油)」です。マー油がラーメンの上に浮いている黒い油です。にんにく油の一種だと思い検索してみました。やはり「焦がしにんにく油」のことを「マー油」とも言っているようです。材料は下記の通りで、つくり方はこちらです。(ネットに載っていたもので、こちらのお店のレシピではありません。)→ポチッ
  にんにく   2片~4片
  白葱     10cmほど
  玉ねぎ    1/8個
  豚の背脂  量として大さじ3~4くらい
  油       大さじ3
  ごま油     大さじ2
マー油の解説はここまでとして、肝心のラーメンの味ですが、他のメニューのラーメン同様に美味しかったです。いろんな味が楽しめるようになってうれしいです。前回は味噌ラーメンを食べました。上は標準の「ヨシベーラーメン 黒(マー油)」で680円でした。麺は細麺を選択しました。

この日はトロ肉チャーシュー(200円分)をトッピングいたしました。別皿(400円)で頼み家内と半分に分けました。最近ですが、半分(200円)でも注文できるようになったのは、うれしいです。ちなみに家内はとんこつお魚ラーメンを頼みました。とんこつお魚ラーメンはすでに掲載しているので、ここでのあらためての写真の掲載は省略いたします。ただしの文字をクリックすると写真を表示します。
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ヨシベーさんのホームページで半熟味付卵のサービスのことが書かれていました。
下記の枠内をクリックするとサービスチケットが出せる画面になります。その画面で「サービスチケット」と書かれたところをクリックしてください。
このページのコピーを持参の方1グループ4名様まで
ヨシベー特製半熟味付卵をサービスします。
(錦糸町店・八千代店・西葛西店にて有効)

有効期限 2013年3月31日



2011年8月19日追記 タイトル:夏だ! ピリ辛高菜をトッピング

昨日(2011年8月18日)は娘と二人で、少し離れているけれども、よく行くラーメン屋さんに行ってきました。普通にトッピングされているのはネギとメンマとチャーシューと海苔ですが今日はピリ辛高菜(150円)を追加いたしました。

150円と言っても二人で150円です。お皿で頼むとみんなでトッピングすることが出来ます。これでトッピングはバター以外は全て紹介したことになります。ネギとメンマとチャーシューと海苔以外に頼めるものが半熟卵とトロ肉チャーシューと辛ネギと揚げニンニクと自家製メンマに今回紹介のピリ辛高菜です。
これらの中で私のお薦めのトッピングはピリ辛高菜とトロ肉チャーシューです。


二人で頼んだラーメンは「とんこつお魚ラーメン」と「ヨシベーみそラーメン」です。こちらの写真が娘が頼んだ細麺の「とんこつお魚ラーメン」です。見かけによらずピリ辛高菜はラーメンに相性が良かったそうです。長年の研究で考え出されたものだと感じました。。


そして、こちらが私が頼んだ細麺の「ヨシベーみそラーメン」です。細麺と書いたのはすでに下の記事で紹介したように太麺と細麺が選択出来るからです。こちらにもピリ辛高菜は、よくあいました。辛いのが苦手な人でも大丈夫です。なぜならば娘は辛いのが苦手だけれども美味しいといって食べていました。


上の写真で半熟卵がトッピングされているのに気が付かれたと思いますが、これはネットで入手した半熟卵サービス券を提出して乗せてもらった半熟玉子なのです。画面をクリックして出てきた画面の中のサービスチケットの文字をクリックするとサービスチケットが表示されます。
クリックするとサービス券が掲載されているHPのNewsを表示 クリックするとサービス券が掲載されているHPのNewsを表示

半熟卵がサービスされるとなると少し離れていても、つい来てしまいます。お気に入りのラーメン屋さんが2店ありますが1店は10分程度で行けるのに対してヨシベーさんは20分なのですがサービス券があると、つい来てしまいます。そんな味わいの半熟卵でした。



2010年7月19日掲載 タイトル:夏期限定!肉みそゴマダレ冷やし坦々麺
が表示された写真はクリックすると拡大します。
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気になっていた「肉みそゴマダレ冷やし坦々麺」を食べに行きました。家内は、まだ食べていなかったので「お魚つけ麺」にしました。そして気になっていた「お魚つけ麺」て使われている平打ち麺に練りこまれているものも聞いてきました。答えは下の「お魚つけ麺」の記事のところに追記させていただきました。
上の写真が夏期限定の「肉みそゴマダレ冷やし坦々麺」です。

サービスの半熟卵を割ってみました。見事な半熟卵でした。そして、お店自慢の平打ち麺です。お魚つけ麺と同じ麺だと思います。表皮、胚芽、胚乳をすべての粉が入った全粒粉(ぜんりゅうふん)と呼ばれる小麦粉が使われているそうです。
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スープはかなり辛いけれども甘めの肉みそが混ざって飲み干せる味わいでした。

お店の入口においてある券売機の上に貼ってあった手書きの「肉みそゴマダレ冷やし坦々麺」の説明文を紹介します。
白ゴマを焦げないように香りが出る限界まで丁寧に炒り、本場の黒酢や当店自家製の漢方ラー油等でさっぱり味つけした、辛くもまろやかな冷たいスープに仕上げました。
麺は研究に研究を重ねた、黒い五つの素材を使用した黒ゴマ麺で、その上には、とれたてシャキシャキのサニーレタスをのせ、さらにその上には、千葉県柏市から取り寄せた、豚挽き肉を最高の調味料で、やや甘めに仕上げました。
ぜひ一度、ご賞味下さい。

上海の日本食 「肴処 廣」  [上海]



2013年1月24日から3泊4日で上海に行っていました。3泊なので当然ではありますが上海で夕食を連続3回食べることになりました。いずれも紹介したくなる料理でした。上海に到着した日の夕食は日本食でした。海外で日本料理店が持っても多い都市は上海だと思います。その中から私のために、今回のお店を予約していただきました。名前を聞き忘れてしまったので写真の中からお店の名前を探しました。お店の名前は「肴処 廣」です。念のためお店間名前と住所を上海の知り合いに問い合わせいたします。大切な食材に関しては日本から空輸し板前さんは日本人というお店なのでした。

料理は出てきた順番に紹介します。先ずは温泉卵でした。写真を撮る前に箸をつけてしまいました。(笑)
最初から、ちょっと失敗です。温泉卵なので写真は必要ないかなと最初思って箸をつけてしまいましたが、やはりすべての料理の写真を撮るべきだと方針変更したわけでした。でもおかげで黄身の色を紹介することが出来ました。不幸中の幸いなのかもしれません。


次は鮟肝(あんきも)です。白髪ネギとモミジオロシが合っていました。


いきなり大きな毛ガニが出てきました。新鮮な味わいだったのでおそらく活蟹だったのだと思います。6人で2ハイ(2匹)でしたが大きい蟹だったので十分な量がありました。


脚はもちろんですが脚の付け根の身も沢山入っていました。ほぐした身を一気にほうばりました。


刺身はタイと〆サバとトロでした。


トロは拡大写真を掲載いたします。


この色の瓶の青島ビールはお薦めです。中国のビールは青島ビールも含めてアルコール濃度は3%以下ですが、こちらは日本と同じ5%で味もいいのです。私は最後までビールでしたが他の人たちはお酒や焼酎を飲まれていました。


牛のタタキもいただけました。


牡蠣です。これは北の方の大連のものです。大連では魚介類の養殖が盛んで新鮮なものは大連のものがほとんどです。


牡蠣は拡大させてもらいました。厳選した食材であることが伝わってきました。


煮物も関西風でほっとする味付けのものでした。意外と料理人の腕がいる料理だと思います。


今回の一押し料理がこれです。大きな器にアワビ盛られてきました。


丸ままのアワビの刺身なのですがアワビの身には細かく切れ目が入れてあるために丸ままでもかぶりつくことが出来るのです。そして身の下にはちゃんと肝も置かれていました。


ハマグリのお吸い物もホッとします。


西京焼きも美味しかったです。


締めはお寿司です。左の器の中にはマグロとイカなどをあえた一品です。


この後にデザートのフルーツが出てきました。フルーツは今の時期には珍しい梨でした。上海の知り合いに聞いていた店名と住所の連絡が届きました。検索しても出てこないので、まだ知られていない名店のようです。
  店名 食事処 廣 ( 肴処 廣 )
  住所 上海市長寧区古北路81号


正月飾りの豫園 [豫園]



旧正月を正月としている国では今日(2013年2月9日)から正月休みです。旧正月である春節で多くの会社が2月9日~17日の連休となります。2月09日が除夕(日本でいうと12月31日)で2月10日正月初一だそうです。私は2013年1月24日から1月27日まで上海に行った来ましたが、帰国の前日の1月26日に有名な観光地でもある豫園(よえん)に行ってきました。豫園は上海市黄浦区安仁街に位置する明代の庭園ですが安仁街が素晴らしい昔の景観の建物があることから豫園に行くというと、庭園や安仁街に行くことの総称でもあるのです。そのため、今回の写真は正確には豫園の景観ではないのですがタイトルとして豫園を使わさせてもらいました。

そこに来てみて、こちらの写真のような沢山の飾り付けがありました。これらは正月のための正月飾りなのです。普段では見ることの出来ない光景なので、この飾り付けを中心に街の散策を紹介いたします。上の写真を拡大いたしました。


トンネルを抜けると昔の中国に入り込んだような錯覚におちいります。。


道の真ん中には露店が並んでおり沢山の提灯の飾り付けがされていました。


案内してしてくれた上海っ子に「いつもこんなに飾っているのですか。」と尋ねると「正月のための飾りですよ。」と教えてもらえました。今だけの景観だったのです。それともうすぐ旧正月なのだということを再認識いたしました。


飾りつけを行っていないところもありました。こちらの景観が普段の景観なのです。このままなのか、これから飾るのかはわかりません。


いろんな角度からの写真を紹介いたします。


テレビ局のレポーターの方も町を歩く人にインタビューをされていました。
女性のレポーターです。この角度だと私は写っていますね。マイクに書かれている文字は読みにくいのですが「新建无」に近い雰囲気の文字です。ネットでは「新建无」は出てこないので似ているけれど違う文字のようです。分る方がおられたら教えてください。


TVカメラは、いたるところで見かけました。こちらは男性のレポーターです。上海の方には、よく知られた方なのでしょうね。
こちらのマイクの文字は「五星体育」とはっきりと読み取れました。ネットでも「五星体育」は沢山出てきました。上海のテレビ局を調べると下記の通りでした。
东方卫视 新闻综合频道 娱乐频道 星尚频道 艺术人文频道 电视剧频道 第一财经 五星体育频道 纪实频道 上海外语频道(英語/日本語) 东方购物频道 哈哈少儿频道 炫动卡通卫视 上海东方电影频道 上海教育电视台 浦东广播电视台


男性レポーターがインタービーをしていた場所です。ここが庭園である豫園の入口の場所なのです。


反対側から見た庭園の入口の広場です。立派な中華の建物に圧倒されます。
下の写真で右端に写っている小さな建物が小龍包で有名な南翔饅頭店で、六本木ヒルズや西武渋谷店に支店を出したことで日本でも有名になりました。
現在は大阪、福岡、名古屋にも店を出しているそうです。写真の豫園のお店にはエリザベス女王、クリントン元米国大統領、ゴルバチョフ元ロシア大統領なども訪れたそうです。南翔饅頭店は豫園の一番の場所にあり、小龍包を買い求める人で常に50人程度の行列が出来ていました。


まさに庭園への入口です。我々は次の予定があったので庭園の方には入らずに街の散策を続けました。


こちらの広場の建物にも圧倒されますが、正月飾りもすごかったです。


飾り付けの作業をされているところです。偶然かもしれませんが派手な青い色の服を着ているので、すぐには気が付きませんでした。ここでは地味な服を着ているとよけいに目立ってしまいます。


ほんとうにすごい飾り付けの連続でした。


もちろん通りの景観も素晴らしかったです。

小さな入り江の風景 [マルセイユ]

が表示された写真はクリックすると拡大します。

クリックすると拡大
マルセイユで海を撮った場所の近くに小さな入り江がありました。小さな漁港のようです。入り江の入口には石積みの橋が架かっていました。

橋の上から小さな入り江の奥を撮りました。崖に沢山の家が建っているのが絵になる風景でした。その風景の中に丘の上の教会(左上)が見えます。この教会がマルセイユで最も有名な大聖堂だったのです。
クリックすると拡大

その教会が写った写真を拡大しました。教会の名前はNotre dame de la gardeです。ネットで調べると日本語では「ノートルダム・ド・ラ・ギャルド・バジリカ聖堂 」とか「ノートルダム大聖堂」とか「ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院 」と呼ばれていました。意味は「守りの聖母」だそうです。塔の上の金色の聖母(マリア)様が町と舟航の安全を見守っています。クリックすると、その聖母様がはっきりとわかると思います。
クリックすると拡大

下に降りてみました。その漁港からの景色です。この場所は気に入ったので何枚かの写真を紹介いたします。


また上に登って反対側の崖に建つ家を撮りました。


入り江の外側の風景です。右端に写っているのが、入り江の入口に掛かっていた橋です。そして海の向こうにマルセイユの町が見えます。
クリックすると拡大

ネットで見ていて、この小さな入り江が話題になったことを知りました。偶然ですが、入り江の入口の特徴的な橋で、わかりました。→ポチッ
クリックすると拡大2007年10月17日、漁師によって捕獲された推定2歳のナガスクジラが陸揚げされた場所でした。下の写真はネットから拝借しました。
この場所の名前が判りました。オーフの谷(LE VALLON DES AUFFES)と言うところで有名なPresident Kennedy断崖の奥の入り江に位置し、夕食には必須の場所!! だそうです。
ナガスクジラ

この場所は、この衛星写真で見てください。小さな入り江と書いたところです。サン・ジャン要塞やサン・ニコラ要塞の場所も判ってもらえると思います。
クリックすると拡大

入り江の衛星写真です。


愛蓮の海鮮焼そばセット [外食]



2013年2月8日掲載 タイトル:愛蓮の海鮮焼そばセット

動画別画面 → http://youtu.be/mYOitP5u5Q4
クリックすると拡大2013年2月5日に右の写真の門戸厄神に行きましたが、その時に創業年の確認を兼ねて愛蓮に昼食で訪れました。食べたのはランチメニューの海鮮焼そばセットです。この日の写真を動画にしてみました。ランチセットの値段は平日価格で1380円でした。ネットで調べると土日祝日は1580円のようです。下にも写真を紹介していますが是非とも動画のプレーボタンをクリックしてみてください。
結局は従業員の方に聞いても創業年は判りませんでした。右下の写真は門戸厄神駅近くから見える門戸厄神です。建物が増えて、ちらっとしか見ることが出来なくなりました。
クリックすると拡大 セットの内容
    海鮮焼そば
    ご飯 or サラダ  私はサラダを選択
    スープ
    杏仁豆腐
    大学いも


いつも料理の写真はフラッシュを使っていますが、今回はフラッシュのついていないカメラだったので少し雰囲気が違う写真となりました。動画に使用した写真のいくつかを紹介いたします。こちにがメインの海鮮焼そばです。


サラダにも沢山の具が使われていました。具だくさんサラダでした。こちらは希望で、ご飯にも代えることが出来ます。


こちらが、今回のスープです。玉子スープですが、やっぱりスープが付くといいですね。


シンプルですが、杏仁豆腐の味は素晴らしかったです。


美味しいお茶もたっぷりと飲めるのも、よかったです。


お店の全景と目の前にあった生簀と大学いもです。1人だったので生簀の前のカウンター席に座りました。開店は11時30分で、お店に入ったのが11時21分と、少し早かったけれど、そのために最初の客となりました。11時30分ごろから次々とお客さんが入ってきて15分程度でテーブル席は満席となり、生簀を囲むカウンター席が3割程度、空いているだけとなりました。


2013年1月15日掲載 タイトル:春巻のおいしい人気店

宝塚に帰省しているときによく家族で外食したのが、このお店です。最近は中国に行く機会が増えたので、私がいるときは中華料理の外食は減りましたが、久しぶり夕食を食べに行ってみました。

このお店で最も気に入っているのが春巻きなので最初の写真としてUPさせてもらいました。太いくて具沢山なのが特徴です。


お店の名前は愛蓮で、阪急の門戸厄神駅の近くにあり、この辺りでは昔から評判のお店です。
店内には大きな生簀があり、活魚の中華風の刺身が食べれます。今回は季節限定メニューでした。日本の中華料理店では、ほとんどのお店で餃子やシュウマイがありますが、このお店の点心系は春巻きだけなのが特徴と言えます。それだけ春巻きに自信があるのかも知れません。実は、こちらのお店は創業当初から気にいって利用させてもらってお店なのです。創業年が、いつからだったか忘れるくらい昔です。ネットで創業年を調べたけれど、まだわかりません。
 店名:愛蓮
 住所:西宮市門戸荘15番13号
 電話:0798-53-2457
 営業:11:30~20:30(O.S.) 土・日・祝日
     11:30~14:00(O.S.) 17:00~20:30(O.S.)平日


以前から、このお店の麺類も、なかなかのものと感じていました。今回は海鮮焼きそばにしましたが、どの麺を頼んでも美味しかったと思います。麺であれば値段も手頃なのでランチタイムには最高のような気がします。


拡大写真も掲載いたしました。

                            
こちらは定番のスープです。メニーでは五目酸味スープです。これも注文したくなる味です。


いつもならば、メインには、このお店の一押しと思われる鯛の中華風刺身を頼みますが、いつもいつも同じでは進歩がないので「鰒のオイスターソース煮」を頼んでみました。今回は春巻き、麺類、スープ意外は今まで頼んだことがないものばかりを注文したので全て紹介しておきます。


このお店には何度か来ましたが、なぜか麻婆豆腐はまだ頼んだことがありませんでした。せっかく外食に来たので家では作れない料理を頼みたくなるためだと思います。
いろんなところの麻婆豆腐を経験しているので、今回はつい比較のために注文したくなってしまいました。


芙蓉蟹(フーヨーハイ)も頼んでみました。これも初めて頼んだ料理でした。俗に言う「かに玉」です。


芙蓉蟹(フーヨーハイ)も拡大写真を掲載いたしました。今回は初めての料理ばかりでしたが、よくオーダーするのは鯛の刺身、海老のチリソース、ミンチ肉のレタス包み、牛肉とピーマンの細ぎり炒めなどです。

大手町の21階でフランス料理 [東京]



東京駅のすぐそばの大手町でフランス料理をいただく機会があったので紹介いたします。ちょっと本格的な雰囲気でした。

先ずは前菜です。その場で2種類が選択できます。私が選んだのが「エスカルゴフリット」です。サブタイトルは「香草バターの香りに運ばれて」と書かれていました。


もう一つの前菜は「飾りアミューズ」です。4種類の前菜が乗せられていました。


フランス料理だとやっぱりワインがほしくなります。先ずは白ワインを頼みました。無難なCHABLIS(シャブリ)を選びました。


スープはも2種類から選べました。私はシンプルなコンソメスープです。


こちらがポタージュースープです。グリーンのスープでした。


次は魚料理で2種類から選べるのですが、こちらは全員が写真の「舌平目ムース入りグラタン シリュフ・海老入り」となってしまいました。もう一つの魚料理は「真鯛のポワレ 2色ソース添え」でした。


舌平目ムース入りグラタンを拡大いたします。 


この辺りで2本目のワインとなりました。赤ワインはChateau Lynch Moussas 2004を頼みました。本格的です。赤ワインはデカンタに移してからグラスにいれます。


デカンタからグラスに注いでいるところです。


最後は肉料理です。肉料理も2種類からの選択でした。「リブアイビーフステーキ モザイク風」と「牛フィレ肉胡椒焼き コニャック風味」です。牛フィレは目の前で焼いてくれました。


こちらが「牛フィレ肉胡椒焼き コニャック風味」です。


私が頼んだのが。「リブアイビーフステーキ モザイク風でした。


拡大写真を掲載させてもらいます。


デザートも目の前でやってくれます。やっぱりデザートは女性のシェフに作ってもらえると雰囲気がいいですね。


こちらがデザートの「クレープのノルマンド風 カスタードクリーム入り」でした。


大人の雰囲気のあるお店でした。お店を紹介いたします。
 店名 LEVEL XXI 東京會館 レストラン・ベラージュ
 住所 東京都千代田区大手町2-2-2 アーバンネット大手町ビル21F
 電話 03-5255-1519
 営業 11:30~14:000 17:00~22:00
 休み 土・日・祝日

インドの石系のお土産 [インド]


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紹介する石系のお土産は、最近インドに行ったときに買ったものではなくて、昔、初めてインドに行ったころに買ったものです。上の写真の皿は定番の大理石の飾り皿です。鮮やかな石と貝が埋め込まれているのが特徴です。有名なタジマハールはこのような宝石が埋め込まれた大理石で建物全体が作られています。ほんとすごいと感心してしまいました。

上の写真はクリックすると拡大しますがクリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
クリックすると拡大

象さんの3重の彫り物です。網目の中にさらに象さんが彫られていて、その中の象さんも網目になっていて、その象さんの中にさらに象さんが彫られています。一つの石を根気よく彫ったなかなかの彫り物です。


大理石のコースターとケースです。一番上のように鮮やかな石が埋め込まれています。


コースターをもう一種類、紹介いたします。真中のものは上のコースターをケースに収めた状態のものでまわりに並べているものが紹介したいコースターです。


石系ではないけれどインドらしい壷も、思い出のお土産です。これ以外には木にラクダの骨を埋め込んだ像の置物やジュウタンなどをお土産屋さんに買わされました。

井野の梵天塚 [風習・歴史]



八千代市の下高野の伝統行事に参加させてもらい梵天塚(ボンデン塚)が出羽三山参り(奥州参り)に行った記念碑を塚に集めた場所であることを知りました。隣の地区である同じ八千代市の上高野にも梵天塚があったので紹介しましたが、八千代市の隣の佐倉市に梵天塚というバス亭があることを思い出したので行ってみました。

想像した通り、バス亭の場所に梵天塚がありました。それも15基もありました。場所は千葉県佐倉市の井野のあたりです。佐倉市の井野は八千代市の下高野の隣の地区でもあるのです。


15基の出羽三山参拝記念碑(三山碑)に記載されて参拝の日を調べてみました。
江戸時代の古い記念碑は供養塔という呼び方だったようです。
 文政 3年 2月    1820年
 弘化 4年11月    1847年
 明治 7年 4月    1874年
 明治22年 4月    1889年
 明治35年 7月17日 1902年
 昭和12年 7月20日 1937年
 昭和17年 1月 5日 1942年
 昭和26年 7月16日 1951年
 昭和29年 8月 1日 1954年
 昭和38年 7月26日 1963年
 昭和43年 7月28日 1968年
 昭和49年 8月 5日 1974年
 昭和62年 7月17日 1987年
 平成12年 8月27日 2000年
 平成12年        2000年


こちらの2基ともに平成12年の最も新しい記念碑です。同じ年のものがあるのは初めてでした。経緯は判りませんが左の碑の土台は新しいものなので別の場所にあったものを移動してきたものかもしれません。


こちらにも自転車で行ってみました。


すぐ近くには庚申塔もありました。こちらの塚には5基の庚申塔がありました。万延元年(1860年)、寛政4年(1792年)、文政10年(1827年)の文字が読み取れました。
結構、立派な庚申塔でした。庚申塔は今までにも沢山見つけことが出来たので、梵天塚に比べると庚申塔が建てられている場所は沢山あるようです。昔の小学校でも庚申塔を見ることが出来ました。


高野山のケーブルカー [高野山]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。


大坂のホテルから日帰りで高野山に行ったときのことです。上の写真はケーブルカーの下の駅「極楽橋」に停車中のケーブルカーです。
通称は高野山ケーブルと呼ばれていますが正式名は南海電気鉄道鋼索線あるいは略して南海鋼索線(なんかい・こうさくせん)です。今から81年前の1930年6月29日 高野山電気鉄道により開業しました。長い歴史の中で車両は1953年6月23日と1964年12月17日に取り替えられました。今の車両(コ11・21形)は3代目というわけです。つまり今の車両は47年間使われてきたことになります。2代目(コ1形)は当時としては採用例の少ないアルミ合金製だったそうです。

今回は高野山に登るケーブルカーだけでなく南海電鉄も紹介いたします。
高野山ケーブルカーは大坂の難波から南海電鉄の高野線とつながった路線なのです。つながったと言うよりは一部と言った方が正解です。


きっぷも一枚で高野山まで行けます。上のきっぷがJRとの乗り換え駅である新今宮から高野山までのきっぷで、下が高野山から終点の難波までのきっぷです。


高野線の電車からの景色です。大坂からの列車で山間に入ったあたりです。


もうすぐ極楽橋です。このあたりは単線なので駅で列車同士がすれ違うために待つことがあります。この電車も結構な傾斜で登っていきます。


極楽橋に着きました。ここでケーブルカーに乗り換えます。右の電車に乗ってきました。駅の標高は538mです。ホームは櫛形3面4線です。以前は当駅でケーブルカーに乗らないで乗降する利用客は2004年は1日あたり101人と稀でしたが、高野山町石道が紀伊山地の霊場と参詣道として世界遺産に登録されたのちは、散策コースとして下車する客も増えています。


クリックするとネットの記事を表示下の写真は、もしかしてと思い、駅到着寸前に電車の中から撮った橋です。調べてみると、これが駅名の由来になった極楽橋でした。この橋は不動坂という高野山への参道に通じています。現在の橋は1954年に架け替えられたものだそうです。右の写真はネットから拝借した明治時代の写真です。江戸・明治時代は不動橋と呼ばれていました。
明治・大正・昭和の極楽橋の写真をネットで見つけました。→ポチッ
クリックするとネットの写真を表示

ケーブルカーと列車は連絡されておりすぐにケーブルカーに乗ります。高野線の列車の極楽橋駅発着時刻に合わせて運行されているため運転間隔は不均等だが、おおむね10 - 40分毎に運行されています。ただしお年寄りでも大丈夫なように乗り換え時間は考えてあるので乗り過ごす心配は要りません。
さらに積み残しが発生した場合には当該便の7分後に臨時便が運転するそうです。その場合反対方向の便は実質回送便ということもあります。


ケーブルカーの先頭から前を撮った景色です。
 路線距離 :800m
 高低差  :330m
 最大傾斜 :56.82%(水平100mに対して高低差56.82m 29.6度)
 方式    :単線2両交走式
 軌間    :1067mm
 駅数    :2駅(起終点駅含む)
 所要時間 :5分


ケーブルカーは線路が真直ぐに近いところが多いけれども、高野山は山が入組んでいるためか大きなカーブがありました。


丁度真中で、上からのケーブルカーとすれ違います。


これが頂上の高野山駅です。ケーブルカーの車両の先頭には運転手さんが乗っています。2006年7月1日からは全線でPiTaPaとICOCAが使用できるようになりました。ケーブルカーでICカード乗車券が使えるのは、日本全国でここだけだそうです。


高野山駅の駅舎は1928年完成の木造2階建です。ケーブルカーの開業が1930年6月29日なので開業当初の建物ということになります。洋風建築を基調とする外観で、高野山の玄関駅らしい寺院風の宝形造の屋根を持っています。1階がコンコース、2階が待合室です。待合室には展望室があり、また高野線の歴代車両の写真などが飾られています。この駅舎は2005年に南海電気鉄道鋼索線高野山駅駅舎として国の登録有形文化財に登録されたそうです。一日の乗降人数は平均で1,982人だそうです。
ここから南海りんかんバスに乗り換えて高野山の町に向かいます。
クリックすると拡大
高野山でユネスコの世界遺産に登録された場所は大門、伽藍、金剛峯寺、徳川家霊台、金剛三昧院の各境内地、そして、奥之院全体と自然景観や森林までを含めて登録の対象です。
掲載させてもらった高野山の記事を紹介します。
タイトルをクリックすると記事を表示します。
  高野山と言えば精進料理 ←ぜひ体験を!
  高野山のメインストリート
  高野山の商店
  高野山真言宗・総本山  ←金剛峯寺
  お寺散策
  ちょっとした配慮
  枯山水
  南峰堂本舗
  高野まき
  大門
  本屋さん
  虎屋薬局
  総本山と大本山
  奥の院 ←お薦め場所
  高野山の入口 女人堂

ここからはケーブルカーの下りを紹介します。
高野山駅から見たケーブルカーです。これから乗るところです。


下りるときも先頭に乗りました。高野山駅を出るとすぐに急カーブが待っています。


15時37分と言えどもケーブルカーのあたりは暗くなりかけていることから写真に撮ると近い景色は流れてしまいます。


真中あたりで昇って来る車両とすれ違うところです。こちらの景色はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大

すれ違いを過ぎたあたりの景色です。


もうすぐ極楽橋駅です。


極楽橋駅からは有料特急「こうや」に乗りました。朝、大坂から高野山に行く時はは特急料金の要らない普通の特急でした。
クリックすると拡大

座席も特急らしいです。


休みの日の大阪梅田からの往復の例を掲載います。
行きは1時間54分で帰りは1時間48分です。意外と所要時間は短いです。


難波からのルートを表示します。


サンカノゴイ(山家五位)撮影隊 [生活風景]

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久しぶりに印旛沼のサイクリングロードを走りました。

突然にサイクリングロードで望遠カメラを持った方が沢山おられました。印旛沼の畔を約20kmほど走ったところですが、これだけのカメラが集まっていたのは、ここ一ヶ所だけでした。撮影対象を聞くと「サンカノゴイ」との答えが返ってきました。
皆さん、印旛沼の方にカメラを向けられています。
IMG_3568-480.jpg

少し停まって様子を見ていると印旛沼とはサイクリングロードを挟んで反対側の田んぼで「サンカノゴイ」」を見つけたそうで、すぐに田んぼ側へカメラや望遠鏡が向けられました。かなり遠くのようでシャッターを押す人はいませんでした。
IMG_3575-480.jpg

この画面の中にいるはずでが、とても識別は不可能です。


サンカノゴイがどんな鳥なのか気になったのでネットで検索いたしました。
クリックすると拡大絶滅危惧の貴重な鳥でした。
    名前   サンカノゴイ (山家五位)
    目     コウノトリ目 Ciconiiformes
    科     サギ科 Ardeidae
    属     サンカノゴイ属 Botaurus
    種     サンカノゴイ B. stellaris
    学名   Botaurus stellaris
    英名   Great Bittern
    その他  絶滅危惧ⅠB類(EN)
クリックすると拡大
鳥の写真はネットから拝借したものです。
場所はこちら


下記はネットでのサンカノゴイの説明です。
ユーラシア大陸中部、北アフリカ、南アフリカで繁殖し、冬期に北方の個体は、東南アジアやインド、アフリカに渡り越冬する。
日本では北海道と滋賀県(琵琶湖)、茨城県(霞ヶ浦)、千葉県(印旛沼)などで繁殖が確認されている。北海道では夏鳥で、他の繁殖地周辺では留鳥として生息するが個体数は少ない。このほか、本州以南の各地に、冬鳥として少数が渡来する。
全長は約70㎝、翼開長は125-135cmで、ずんぐりとした体形の大型のサギ類である。全身が黄褐色で、黒褐色の様々な形の斑が散在している。頭頂と顎線は黒褐色。体の下面は白みがかった黄褐色で、胸には暗褐色の縦斑がある。頸は短く見えるが、伸ばすと長い。足は黄緑色。雌雄同色である。

原酒 〆張鶴 [日々]



2103年2月2日に親戚の家に泊めてもらった時に、写真のお酒を飲ましてもらいました。こちらの家の旦那さんが白馬にスキーに行ったときに飲んだ、この酒が気に入って、家に帰ってからネットで購入されたのでした。

お酒の名前は「〆張鶴」で新潟のお酒でした。これだけ味の濃いお酒は初めてでした。なるほど気に入ってすぐに購入した理由がわかりました。こちらのお酒は、しぼりたての原酒のままで提供されています。そのため冷蔵庫での保管は必須で、一ヶ月以内に飲むことを推奨されていました。アルコール濃度は清酒としては珍しく20%でした。
店名 宮尾酒造株式会社
住所 新潟県村上市上片町5-15


やっぱり美味しい料理が食べたくなります。すき焼きをいただきました。お酒とスキーの話で盛り上がりました。


節分に恵方巻 [話題]



昨日は節分でした。2月1日から関西に来ていることから2月3日は実家で食事をすることにいたしました。そこで近くのスーパーで夕食を買ってきました。最近は節分でよく食べられるようになった恵方巻きを買ってきましたが驚いたことにスーパーで約30種類の恵方巻が売られています。数もすごい数でした。値段は2900円から380円で私は平均的な580円のものを買いました。煮あなごの太巻きでした。
恵方巻き(えほうまき)は節分に食べると縁起が良いとされる「太巻き(巻き寿司)」や、その太巻きを食べる行為で大阪地方を中心として行われている習慣だそうです。私が関西にいたことは知りませんでしたが、調べると恵方巻の呼び名は1998年にセブン-イレブンが全国発売にあたり、商品名に採用したことによるそうです。大阪地方の地元における名称として、単に「巻き寿司」や「丸かぶり寿司]」などだそうです。
起源・発祥は複数の諸説が存在しており定かではないそうです。

刺身は平目とサヨリとヤリイカを買ってきました。やはり関西は新鮮な刺身が気楽に食べれます。


やはりビールが飲みたくなります。




お気に入りのボールペン [土産]


みんこさんのボールペンの記事を見て急遽、写真を撮って掲載させてもらいました。実は同じメーカーのポールペンを長く使っていたのです。比較的的最近までJALの機内販売で5本(カラフル5色)一組で売られていました。残念ながら今は売られていません。
買った時期のはっきりしとした記憶はないのですが15年よりさらに前に5本組を3回買って何本かはプレゼントしましたが半分は自分で使いました。

みんこさんが紹介している通りメーカー名はCARAN d'ACHEと書かれていました。ボールペンは古くなってくるとインクが残っていても書けなくなってしまうことがよくありますが、このボールペンは今でもきれいにかけます。やわらかい感触の書き味がとても気に入っています。金属のボディーで重量感があるのも気に入っている理由の一つです。
ボールペンの起源を枠内に転記いたしました。
ユダヤ系ハンガリー人のジャーナリストのビーロー・ラースロー(László Bíró)が世界初の近代的ボールペンを考案し、1938年にイギリスで特許を取得。1941年にドイツを逃れてアルゼンチンに移住すると同国で会社を設立し1943年に同国での特許を取得してBiromeというブランド名で販売。イギリス空軍がこのペンのライセンス品(Biro)を採用し、高い高度を飛行中の使用に際してボールペンは万年筆よりも液漏れしにくいことが知られることとなった。

異国のお祭り [リヨン]

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フランスのリヨン(LYON)に行ったときに偶然ですが、お祭りに出会いました。ここはリヨンのサン・ジャン大司教教会前の広場です。このはフールヴィエールの丘の麓にあり、ここの古い町並みは世界遺産なのです。そこでお祭りをしていました。昔の雰囲気で物を売るバザーのような感じです。丘の上の白い建物はノートル・ダム・フールヴィエール寺院! この日は朝日にあたりきれいに見えました。

別の角度からです。右端にチラリと写っている建物がサン・ジャン大司教教会です。
Googleのビューで下の写真と、ほぼ同じ角度の画像を探してみました。見つかりました。→ポチッ
ちょっとビックリの機能です。画面は360度まわせるので試してください。右上の全画面ボタンをクリックしてから、からまわすと迫力があります。お祭りは、やっていないけれども街の雰囲気は感じられるかもしれません。
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休憩所 兼 売店で沢山の人が休憩していました。


試食をどうぞ! 


これは!? 占いかな??? お祭りに参加している人たちの服装が印象的でした。


白いのはパンにクリームチーズを塗った物です。茶色の方はジャムかな? この白い方は買って食べてみました。


白い方が3っになっているのは私が1個、買ったからです。1.5ユーロ


チーズを売っているのかな?


何かを書いているのです。


羽ペンを使って手紙を書いているのかな。子供たちに教えています。


ひまそうにしている人も


いろんな楽器を売っています。


見たこともないような巨大なパン つい撮ってしまいました。


同じお店でハムも売っていたので同じくパチリ


変ったお人形を売っていました。手作りですね。


こんなものも売っていました。買う人いるのかな。
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ここの街並みを紹介します。代表的な景観です。こちらではリヨンと呼ばしていますがリオンとも呼ばれることがありますね。パリからTGVで結ばれたフランスの南東部に位置する都市で、ローヌ=アルプ地域圏の首府、ローヌ県の県庁所在地でもあります。リヨンの近郊にはリヨン市の人口を含め、165万人が住み、都市圏としてはフランス第二の規模を持ちます。
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このあたりは世界遺産の街並みです。この場所での食事は雰囲気を盛り上げます。早朝の景色なので人通りは少ないけれど夕方は大変な人通りになります。
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中央の広場でお祭りが行われていました。マイナスのボタンをクリックし続けるとリヨンの場所が判ると思います。


MOTO GUZZI製の白バイ [イタリア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
ヨーロッパはイタリアも含めての白バイと言えばドイツ製のBMWばかりですが、イタリアのミラノでBMW以外の白バイを見つけました。それも珍しそうなバイクだったのでさっそく写真を撮りました。Polizia Stradale(交通警察)のマークが印象的です。お巡りさんも、ちょっと渋い感じの方でした。
有名なサッカー選手に似た人がいそうな感じです。怖そうにも感じますが、おばあちゃんに親切に話していました。
写真でネームプレートと見るとMOTO GUZZIの文字! このメーカの白バイは初めて見ました。と言うかこのバイクそのもの見るのがはじめてでした。
バイクは詳しくないけれどネットで見ると、どうもイタリア製らしくて、なかなか通なバイクって気がしてきました。もしかしてめずらしいバイクの写真を撮ったのでは? と思い投稿いたしました。
誰か知っている人が見てくれるといいんだけれど!
型番は850-T5 1983年~1984年モデルか1984年~1987年モデルクリックすると拡大のV型エンジンのバイクのようです。と言うことは29年~25年前の白バイということになります。この人が二十数年間愛用してきたバイクのような気がします。ネットで型番は850-T5を検索すると
 ずばり出てきます。→ポチッ 1段目の右側

別の角度からもう一枚
ヨーロッパでは白バイはいつも2台一緒に行動しています。なぜかこの白バイだけは1台なのです。このお巡りさんの雰囲気からなんとなく1人が似合っていると思いませんか。特別な人なのかもしれません。
場所はミラノのドゥオモの前です。写真のバックにドゥオモが写っています。
ネットで調べると、モト・グッツィ(Moto Guzzi )は、現存するイタリア最古のメーカーで1921年に設立された、イタリア・ロンバルディア州、コモ湖畔の村マンデッロ・デル・ラーリオに所在するオートバイメーカーで、ピアジオ社傘下だそうです。空冷縦置き90°Vツインエンジンとシャフトドライブの採用が同社のアイデンティティとなっているそうです。


ミラノの白バイで一番多いのは、この色合いのBMW製のこのバイクです。前々回の時に撮った写真も同じでした。バイクの横に、町の名前MILANOと書かれています。
クリックすると拡大

クリックするとローマのバイク色の違うのも走っていました。でもBMW製です。写真をクリックするとローマで撮った写真と同じバイクということが判ります。

学生時代の思い出の一品 [思いで]


もうすぐ新しい自転車を買って4年目になります。→ポチッ
そこで、自転車に関しての思い出の一品を紹介いたします。学生時代にクラブの後輩から送られたものです。クラブはサイクリング部でした。西暦XXXX年のことでした。その学生時代4年間の自転車の走行距離は6万kmになりました。夏休みの時など一人で走るときの一日の走行距離は平均260km程度で長いときは350kmでした。たくさんの思い出があります。それにしても寄せ書きは、もらった時よりも時代が経つと値打ちが出てくるものだと実感いたしました。

夏休みと春休みにクラブの合宿として走ったコースを紹介します。基本的にすべての合宿の待ち合わせ場所へは1人で走っていき、帰りも合宿の解散場所から一人で走って帰りますが、3年の夏だけは広島の因島で実習があって時間的な理由から列車(大阪→猪苗代湖 青森→大阪)を利用しました。ただし宝塚から因島へも自転車で行きました。
<1年生の夏> http://goo.gl/maps/qA1az 
宝塚(家)→京都→大津→敦賀→小浜→天橋立→丹後半島一周→久美浜→豊岡→和田山→福知山→宝塚(家)
<1年生の春> http://goo.gl/maps/SSV9J 
宝塚(家)→岡山→笠岡→広島→岩国→下関→行橋→平尾台→飯塚→福岡→唐津→長崎→諫早→雲仙道路→雲仙→島原道路→島原→(フェリー)→天草王橋→熊本→阿蘇→大観峰→日田→羅漢寺→下関→広島→笠岡→岡山→宝塚(家)
<2年生の夏> http://goo.gl/maps/JolKf 
宝塚(家)→敦賀→福井→高岡→白川郷→御母衣ダム→高山→朝日ダム→野麦峠→奈川温泉→白樺峠→乗鞍岳山頂→前川渡→松本→武石峠→美ヶ原→和田→小諸→松原湖→甲府→(車)→東京→静岡→名古屋→宝塚(家)
<2年生の春> http://goo.gl/maps/2ibxZ 
宝塚(家)→京都→名古屋→寝覚ノ床→諏訪湖→杖突峠→駒ヶ根→権兵衛峠→駒ヶ根→飯田→温田→新野峠→渋沢温泉→木ノ実峠→保古ノ湖→馬篭峠→保古ノ湖→名古屋→宝塚(家)
<3年生の夏> http://goo.gl/maps/0LV3f 
猪苗代湖→檜原湖→白布峠→南陽→蔵王→名取→仙台→鳴子→鬼首峠→横手→田沢湖→玉川温泉→十和田湖→八甲田山→青森
<3年生の春> http://goo.gl/maps/XXZqN 
宝塚(家)→彦根→中津川→塩尻→軽井沢→和美峠→内山峠→下仁田→塩ノ沢峠→十石峠→小海→馬越峠→信州峠→甲府→裂石→柳沢峠→青梅→静岡→宝塚(家)
<4年生の夏> http://goo.gl/maps/xX1MM 
宝塚(家)→敦賀→金沢→羽咋→七尾→糸魚川→白馬→長野→志賀高原→渋峠→新鹿沢→地蔵峠→車坂峠→青木峠→松本→乗鞍岳山頂→白樺峠→野麦峠→高山→岐阜→宝塚(家)

下の写真は乗鞍山頂を目指して松本近くの奈川渡ダムあたりの急坂道を登っているところでした。通常は体力の低い人のペースに合わせて隊列を組んで走りますが峠が近づくとフリーランとなります。自分が撮っているため自分自身が写っていないのは残念です。青いユニホームは私の次の学年までで、その後の年代からは黄色のユニホームになりました。4年生の夏の合宿でした。
クリックすると拡大

クリックすると拡大乗鞍岳山頂 3026m 学生時代に2度行きました。
乗鞍岳を下りるところの写真です。
このときのコースは次の通りでした。
宝塚→大津→敦賀→福井→金沢→羽咋→七尾→糸魚川→白馬→長野→志賀高原→渋峠→新鹿沢→地蔵峠→車坂峠→青木峠→松本→乗鞍岳→白樺峠→野麦峠→高山→岐阜→彦根→草津→宝塚 
左端に私が小さく写っています。右端の建物が2800mのところにある山小屋です。ここまでは車で登れます。この時代は舗装していない道もありました。わざわざ舗装していない方の道を登り降りしたのでした。その下りですがあまりの振動で一人の自転車のフレームが真っ二つになってしまいました。その後、その1年生の西野さんはバスと電車で帰りました。


この時の記念写真を6枚ほど掲載します。
左上から順番に長野 渋峠 車坂峠 地蔵峠 乗鞍岳山頂(剣ヶ峰) 野麦峠です。最後の1枚は乗鞍岳山頂に全員が揃う前の記念写真です。 
上で紹介の奈川渡ダムあたりの急坂道の写真もこの時に撮りました。
     

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こちらは2年生の時の乗鞍岳山頂(標高3026m)での記念写真です。


この写真は権兵衛街道です。卒業の年である4年生の春です。単独で走りましたが、3月15日でもこんなに雪が残っていました。雪崩の跡もありました。今は車が通れる道になっています。2003年には標高1162mの位置にトンネルも開通してさらに便利になりました。しかし、このときはまだ舗装すらされておららず車は通れない昔のままの道でした。有名な野麦峠もこの時代は車は通れませんでした。

クリックすると拡大権兵衛街道を登りつめると権兵衛峠(標高1522m)があります。上りだけでなく下りも大変です。
今は写真のような景観も見れないかもしれません。右の写真のように私は左側の雪の上に座って記念撮影いたしました。その写真から切り取ったのが下の写真です。


8月12日~14日の2泊3日写真は蓼科のあたりです。
走ったコースは八千穂→麦草峠→蓼科→すずらん峠→白樺湖→霧が峰(霧ケ峰)→諏訪→島々→徳本峠→上高地→安房峠→平湯峠→高山でした。


3年生の春です。写真は信州峠です。 下の写真のように南側の下り道は、雪が解けた後の泥に悪戦苦闘でした。北斜面の登り道は右の写真のようにようにアイスバーンで、こちらも大変でした。
宝塚→彦根→中津川→塩尻→軽井沢→和美峠→内山峠→下仁田→塩ノ沢峠→十石峠→小海→馬越峠→信州峠→甲府→裂石→柳沢峠→青梅→静岡→宝塚


私は信州峠の下り坂で車輪のシャフトを折ってしまいました。麓の鉄工所のおじさんに溶接でつないでもらいました。写真は修理したシャフトです。今となってはいい思い出です。


2年生の時の夏休みに行った白川郷もいいところでした。コースは下記で(甲府→東京)だけ友達の車で後は自走でした。
宝塚→敦賀→福井→高岡→白川郷→御母衣ダム→高山→朝日ダム→野麦峠→奈川温泉→白樺峠→乗鞍山頂→前川渡→松本→武石峠→美ヶ原→和田→小諸→松原湖→甲府→(車)→東京→小田原→静岡→浜松→名古屋→鈴鹿峠→大津→宝塚
東京からは、その友達と自転車で伊豆を走りました。

3年生の夏です。
猪苗代湖→檜原湖→白布峠→南陽→蔵王→名取→仙台→鳴子→鬼首峠→横手→田沢湖→玉川温泉→十和田湖→八甲田山→青森
写真は玉川温泉です。雨と霧の中で玉川温泉に着いて、この露天風呂に入りました。実は、この露天風呂は地獄めぐりのコースの中にあることが霧が晴れて判りました。霧が晴れてしばらくすると沢山の観光客の人が見て廻っていたため露天風呂から出れなくなりました。長時間の入浴になりました。
青森からは夜行列車で家に帰ったあと、家から因島まで自転車で走りましたが250kmを食事やトイレや信号待ちの時間も入れて8時間で走ったのは長距離単独走行の中では私の記録です。今のようにスピードメーターがないのですが、国道なので沢山の信号で停まらなければならないため、実際には、かなりのスピードで走ったことが想像できます。

今までに通った峠で記憶に残っている名前を掲載します。 宮城県と秋田県の県境にある鬼首峠での、むさい鬼首ばかりの記念写真です。少し洒落たつもりでした。徳本峠は上高地に入る昔の登山道にある峠です。     ( )内数値は標高です。
鬼首峠(820) 西峠(460) 野麦峠(1672) 小笠峠(419) 三本峠(239) 切詰峠(245) 大阪峠 白川峠(190) 木見峠(250) 小部峠 鈴鹿峠(357) 水越峠(517) 紀見峠(400) 竹ノ内峠 蔵王峠(550) 鍋谷峠(670) 河梨峠 和田峠(1531) 宇津ノ木峠 吉坂峠 武石峠(1830) 己斐峠 松本峠(1087) 小鳥峠(1002) 鯰峠 船坂峠 中山峠(310) 山中峠 古々山峠 武平峠(820) 吸上峠 山伏峠 風速峠 中峠 美女峠 天田峠 白樺峠(1640) 鳥尾峠 日見峠 椿峠 塩津峠 新軽岡峠 古坂峠(470) 関峠 佐夜ノ中山峠 平尾峠 万ノ峠 人形峠(583) 新小屋峠 蒲生峠 春来峠 八木谷峠 遠坂峠 鹿食峠 鳥居峠 塩尻峠(1055) 新野峠 杖突峠(1267) 十曲峠(500) 木ノ実峠(768) 馬篭峠(801) 内津峠 白布峠(1094) 船坂峠 発荷峠(631) 清滝峠 花背峠(750) 江文峠 鍵掛峠 穴虫峠(129) 大土峠 猪ノ子峠 坂井峠 浮峠 名月峠(270) 仏坂峠 逢坂峠 暮坂峠 堀越峠 野間峠 高見峠(899) 棒峠 小坂峠 荷坂峠(241) 榎峠(340) 添谷峠 長谷峠 仁科峠(900) 洞ケ峠 和美峠(984) 内山峠(1170) 塩ノ沢峠(1061) 十石峠(1356) 馬越峠(1650) 信州峠(1464) 柳沢峠(1472) 宮峠(782) 地蔵峠(1733) 車坂峠(1968) 渋峠(2172) 青木峠 笠取峠 桜峠 暗峠(455) 花折峠(591) 坂坂峠 桃観峠 比治山峠(230) はらいがため峠(580) 天王峠 夜久野峠(190) 徳本峠(2135) 水坂峠 姥神峠(1280) 権兵衛峠(1522) 河合峠(458) 麦草峠(2185) すずらん峠(175) 安房峠(1812) 平湯峠(1684) 百井峠(730) 旧花背峠(837) 御経坂峠(216) 笠峠(447) 栗尾峠 深見峠 堀越峠 地蔵峠 長峰峠(1503) 大門峠(1442) 八草峠(74) ホハレ峠(814) 冠峠(1050) 駒止峠(1135) 沼山峠(1784) 三平峠(1762) 金精峠(1843) 武石峠(1780) 評評峠 女寄峠(380) 傘松峠(1020)
地図にプロット中  http://goo.gl/maps/zlWof

あのころは西日本大学サンクリング連盟(略して西サ蓮)では各学校のサイクリング部から数百人が集まるラリーが年一回、各学校の持ち回りで行われていました。全体でも行動しますが小グループに分かれて行動もするのですが、そのメンバーで書いた寄せ書きも思い出のものとなりました。偶然ですが私が1年生の時に我々の学校が主催となりラリーが行われました。下記の写真は、その時の寄せ書きです。


その西サ蓮ラリーの小グループのメンバーでの記念写真です。いろんな学校のメンバーと一緒に走るのも楽しかったです。


西サ蓮ラリーで全体で並んでいるところの写真です。


西サ蓮ラリーでは気に入ったどうしで個別に写真を撮ることもありました。


一年間の主なイベントを思い出しながら記載しました。(公式レースは省略) 
なんと言っても夏合宿と春合宿がメインイベントです。
  新入生歓迎サイクリング        高野山サイクリング
  東京の学校との対抗戦とサイクリング  夏合宿サイクリング
  西サ蓮ラリー参加           秋の公開サイクリング
  学園祭のぜんざい模擬店        500km耐久レース
  他校との合同サイクリング       近隣地域の月例サイクリング
  伊勢神宮初詣サンクリング       春合宿サイクリング

自転車などの倉庫前          倉庫前で記念撮影

西サ蓮ラリー             西サ蓮ラリー整列

西サ蓮ラリー行進           他校との合同サイクリング

一年夏合宿 海上自衛隊舞鶴基地にて  高野山の裏道 他校と

学校前で 二年            合同ハイキング

秋の公開サイクリング         近隣地域の月例サイクリング

東京の学校との合同サイクリング    一年春合宿 島原

三年夏合宿 檜原湖にて        近隣地域の月例サイクリング

ビール・ジョッキ [土産]

写真の上のカーソルがはクリックすると拡大します。
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以前にドイツで買ってきたジョッキを紹介いたします。上はドイツで買って来たジョツキの中で一番の、お気に入りです。底には錫を巻いてあり実用的で落ち着いたデザインが気に入っています。

同じくドイツで買って来たジョッキを3っ紹介いたします。
最初は錫製です。
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次がガラス製です。このガラス製ジョッキと一番上のジョッキは飾り用ではなく実用的な食器と一緒に売っていたものです。
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別の陶器製のものです。これは主に飾り用ですね。でも家では時々使います。
なぜジョッキに蓋が付いているのかとドイツ人に聞くと「虫が中に入るの防ぐため」と答えられました。気が抜けないようにとの説も聞いたことがあります。
蓋があっても気は抜けるし、今は必要なさそうですが昔はハエが多かったのかも!屋外で飲む機会も多いし本当かも!
いづれにしても昔の話、今はレストランで蓋付きジョッキは出てきません。
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これはジョッキではありません。中国には蓋付きの湯飲みがありますがこれは冷めないようにするためだと思います。
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マレーシアのジョッキも錫製ですが蓋はありませんでした。
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水の都  朱家角古鎮 [上海]



2013年1月24日から27日まで上海に行ってきました。土曜日の1月26日に時間があったことから、長年の知り合いの人に車で上海の中心部から30km離れた場所にある水郷の町「朱家角」古鎮(古村)に連れて行ってもらいました。実は、この水郷の町には2007年3月23日にも、同じ人に連れてきてもらっていたのです。今まで、2007年の写真が手つかずだったので、よい機会であることから今回の写真を紹介する前に、先ずは2007年の朱家角古鎮を紹介いたします。後日、今回の2013年の朱家角古鎮を掲載いたしますので比べてみてください。
その朱家角古鎮(古村)は水の都(村)でした。ここの風景を味わってみてください。このあたりでは蘇州が水の都として有名ですが都会になってしまったのでここの方が風情があると中国人が話してくれました。
この町を、なんとなくベネチアと比較したくなります。

ここは千年の歴史があるようです。細い運河が沢山あり風情を感じさせてくれました。朱家角はジュージャージャオ(ZHU JIA JIAO)と呼びます。こちらの夜の景色はネットの中で千と千尋の神隠しで出てくる景観にそっくりだとの記載がたくさんありました。


これは名物だと思います。これとチマキを売っているお店が一番多かったです。これは骨付き肉を煮たもののようです。


運河の横にテーブルがあります。ここでお茶を飲むのもいいかもしれません。


細い運河を案内してくれる観光用の船です。ベネチア(ベニス)で言えばゴンドラになります。


沢山の小船(ゴンドラ)があります。明日は土曜日ですごく繁盛するそうです。今日は暇だと話してくれました。


お寺もありました。


さっそくゴンドラ(小船)に乗ってみました。


1隻を貸切で60元(930円) 乗り合いだと一人当たり5元(77円)です。この日は乗り合いでは人は集まらないので当然1隻を貸切りました。でも5元の券も貰えました。


最初は細い運河です。向こうの船もこちらの写真を撮っています。


沢山橋があります。


大きな運河に出ました。大きな橋が遠くに見えます。


その一番大きな橋に近づいて船の上から橋の写真を撮りました。


その橋の階段です。


その橋の上からの景色です。沢山のゴンドラ(小船)が出ていました。明日はすごいのだと思います。


村の中の路地はお土産屋さんでいっぱいです。


明日土曜日はここも人で埋め尽くされると思います。


村の中の通りです。ここにもお土産屋さんがありました。


木の彫り物のお店です。


漬物屋さんです。ここの漬物を買いに来るのも目的の一つでした。今は上海の町の中ではこれほど素朴で自然な漬物は手に入らないそうです。


この漬物が美味しいと聞いていたので5元ほど買いました。すごい量でした。大根の漬物です。食べるとまさにタクワンでした。タクワンは日本独得の物かと思っていましたが考えを改める必要がありそうです。ラッキョも中国のレストランで良く出てくるんです。


洗い物も運河でやっていました。観光の村ですが生活と密着している感じです。


自転車にとっては橋は不便です。担いで渡る必要があります。でもここに住んでいる人だと思いますが現代的な服装なところが、単なる観光地ではなくて生活を感じました。この写真は好きな一枚です。


このあたりは昔ながらの雰囲気だと思います。おみやげ物屋さんもありません。路地に洗濯物を干しています。


これは観光用ではなくて生活に使われている船です。形は似ています。


その生活場所から撮ったものです。


上海からの位置関係を紹介いたします。マークのところが朱家角古鎮です。

より大きな地図で朱家角古鎮を表示
追伸
2013年2月1日~2月7日まで関西に行っています。
ネットが使える時間が限られているので、niceやコメント、さらには記事の更新が減ってしまうこと御了承願います。