So-net無料ブログ作成

登録有形文化財 佐倉市 [千葉]



上の地図は6軒の佐倉市登録有形文化財の場所を示したものです。ピンクの境界線で囲まれている範囲が佐倉市です。
従来、建物など有形の重要な文化財を保護するために文化財保護法や地方公共団体の条例で文化財を指定する制度があり指定されたものを指定文化財です。
しかし急激に消滅しつつある近代の建造物の保護にあたっては、重要なものを厳選する文化財指定制度のみでは不十分であり、より緩やかな規制のもとで、幅広く保護の網をかけることの必要性が議論されて文化財指定制度を補うものとして1996年に文化財保護法が改正されて創設されたのが、文化財登録制度であり、登録された物件を登録有形文化財といいます。
佐倉市指定文化財は66件ありますが、そのうち建物は「鷲神社本殿附宮殿」と「密蔵院薬師堂」と「旧但馬家住宅」の3軒だけです。それに対して佐倉市登録有形文化財は6件ですがすべて建物です。そのことからも建物の保存が目的であることが分かってもらえると思います。余談ですが、すでに紹介した伝統的な風習である「青菅のどんどれえ」も佐倉市指定の文化財でした。

それでは佐倉市が登録している有形文化財の6軒を紹介いたします。緑色の文字は佐倉市ホームページ記載内容です。
山口家 山口家住宅(新町) 袖蔵及び店蔵   
山口家は裏新町通りの北側に位置し、道路に面して東側の店蔵と、西側の袖蔵と二つの蔵が接続して並んでいます。袖蔵の創建は棟札により明治29年(1896)10月と判明し、店蔵は後の増築と考えられています。袖蔵は意匠に優れており、敷居の傾斜により自動的にしまるくぐり戸があるなど、当時の大工の創意工夫がかいま見られます。
〔2000年2月16日市登録〕 内部の見学はできません。

三谷家 三谷家住宅(弥勒町) 主屋・袖蔵・座敷屋   
三谷家は旧成田街道に面し、江戸時代からの呉服太物を扱う老舗として佐倉に唯一残っている商家です。袖蔵の創建は棟札により明治17年(1884)と判明し、主屋もその頃には建っていたと考えられます。また、座敷屋は昭和10年(1935)位頃に建てられています。いずれの建物も近代の佐倉における有力商家にふさわしく造形的に優れた建物であり、出桁造の主屋と並んで袖蔵が建つ当時の商家の構えが残されています。
〔2001年5月16日市登録〕 内部の見学はできません。

石渡家 石渡家住宅(弥勒町)  主屋及び蔵   
石渡家は旧成田街道に面した明治時代から続く商家です。主屋は「みせ」と「すまい」からなり、「みせ」は大正5年(1916)、「すまい」は明治40年(1907)に建てられたことが判明しています。蔵は明治38年(1905)以前に建てられたと推定されますが、詳しくは不明です。出桁造の「みせ」(外観は一部改装)の東西の壁を漆喰塗にするなど、佐倉の町屋の特徴が残されています。また、蔵は屋根のつうじ棟や軒先に優れた意匠が見られます。
〔2001年5月16日市登録〕 内部の見学はできません。

藤嵜家 藤嵜家住宅(大佐倉) 主屋・洋館・文庫蔵・味噌蔵・表門・米蔵・馬小屋   
藤嵜家は江戸時代には名主を務めていた旧家です。主屋は大規模な直屋(すごや)で、建築年代は明らかではありませんが、江戸時代から明治の初め頃と推定されています。また、この住宅は上層農家の屋敷構えをよく残していて、中庭を囲むように主屋と蔵や門が建てられ、優れた一群の景観を示しています。伝統的な和風の環境に近代的な洋館が点描となり、趣のある調和を生み出しています。
〔2005年7月1日市登録〕 見学はできません。
こちらも含めて3軒には説明書きの看板はありません。いずれも、高い生垣で敷地が囲まれているので、生活されているプライバシーの問題もあり敷地の中の建物を見ることはできません。ただし、この辺りは古い建物があるので周りの散策は価値があると思います。

蕨家 蕨家住宅(先崎) 長屋門  
蕨家は江戸時代に代々名主を務めていたと伝えられる旧家です。長屋門は江戸時代末期に建築され、明治期に改造されたと考えられますが、佐倉の農村部の旧観がよく残されています。また、桁行8間半、梁間2間半と長屋門としては比較的規模が大きく、丁寧な工作が施された見ごたえのある建物です。
〔2005年7月1日市登録〕 内部の見学はできません。
こちらも周りには古い建物がたくさんありました。この辺りでは長屋門も多くみることが出来ます。こちらの長屋門が最も大きかったです。

齋藤家 齋藤家住宅(太田) 主屋及び蔵  
齋藤家が所在する太田地区は根郷地域の西端に位置しています。江戸時代には太田村と呼ばれ、根郷地域においても最も早い機会に水田が開けたと考えられています。齋藤家は、太田地区の有力地主の一つで、農業の他、蚕業もおこなっていた豪農でした。 この住宅は大正末から昭和初期に建てられ、間取りは下総地方における近世以来の形式を引き継いでいますが、新しい要素(狭い土間、側回りが開放的で間仕切にガラス入り板戸を建てる)も加えられていて、近代から現代に移行する時期における農家の変化を示しています。
〔2009年2月23日市登録〕 見学はできません。
ここは同じような古い立派な建物が沢山ある地域でした。これだけすばらしい建物が沢山残っているのには驚かされました。

時々、香取市の佐原(緑マーク)や佐野市(黄マーク)と混同されることがあるので佐倉市の場所を紹介いたします。赤マークが佐倉市です。
近年ではプロ野球巨人軍元監督の長嶋茂雄さんの出身地で有名です。幕末のころは全国的に見ても蘭学が盛んな町でした。