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世界遺産になった村 [安徽省]

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世界遺産となった宏村(ホンツゥン)を紹介いたします。場所は中国の安徽省で、有名な黄山のすぐそばにあり、黄山の後に、ここを訪れました。昔のままに村が残っていることから世界遺産にも指定されています。
先ずは、村の入口である上の景色に圧倒されます。え~!! て感じです。
兄弟村である西遞とも、また違う趣があり、迫力もありました。ほとんどの写真はクリックすると拡大写真を表示するように設定しておりますので、是非とも見てください。

池の真ん中に下の写真の橋があり、そこを渡って村に入っていきます。


別の角度から見た村です。この宏村には2度行く機会を得ました。全て一回目に行った時の写真です。2回目では新たな発見もありました。→ポチッ
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ここも路地が魅力的です。路地の脇にはきれいな水が流れています。これが水道です。村の西側を流れる川の上流から水を村に引き入れて村の中を通って冒頭の大きな池(南湖)に注ぎこまれています。
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沢山の路地を紹介いたします。
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迷路のようです。
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単なる観光地ではなくて生活が行われていました。
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水路に沿って道が出来ています。
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迷路のようですが水路のおかげて方向がわかります。水の流れていく方向に行けば冒頭の池に出ることが出来ます。
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村の真ん中にも小さな池がありその景色もきれいです。下の地図の丁度真ん中あたりの池です。池の名前は月池あるいは月沼です。
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池に写った建物の景色と壁の模様がなんとも言えない雰囲気を出しています。この月池と冒頭の南湖が村の温度と湿度を調整してくれているそうです。火事への備えでもあるそうです。
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村の航空写真です。
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村の地図です。赤いラインが大体の見学ルートです。 拡大した地図を見てもらうと水路がよく判ります。村の中心の池と入口の南湖の配置も良く判ります。
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もらった説明書によると、この村の歴史は千年前からの歴史があるそうです。
宏村(ホンツゥン、簡体字:宏村、拼音: Hóngcūn )は中国安徽省南部黄山南西にある村。2000年11月30日、オーストラリアケアンズで行われた第24回ユネスコ世界遺産委員会により、「安徽省南部の古代集落群」として、西逓村と共に世界文化遺産に登録されている。明清代の歴史建築が数多く残る村落で、家々をめぐる水路が完全な姿で残っており、「牛」の形に例えられる村の配置は徽州の村落の典型的な代表例だそうです。
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村の中は水路が整備されており、そこでは昔ながらの生活が見られます。今で言う水道です。そのころとしては近代的な村!
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池には洗い物をする場所もあります。


家の中も沢山の装飾が施されており、裕福な村であったことが想像できます。


専門家による撮影も行われていました。


大きな村なので市場もあります。市場を見ていると生活があることを感じます。


宏村で我々を案内してくれた案内嬢を紹介します。
       

初めて行ったころは宏村を検索してもほとんど出てきませんでしたが今は沢山出てきます。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の内容を紹介いたします。
安徽省南部黄山市にある黄山の南西麓に位置する。黟県の県城からは東北へ11kmの位置にあり、現在は宏村鎮がこの集落に置かれている。集落は黃山の余脈である雷崗山を背後にし、西に邕溪河と羊棧河に面している。全村面積は約28万平方m。
11世紀、北宋時代の政和3年(1113年)に汪氏一族により、集落が結成された。汪氏一族は、村が作られる前から宏村に居住し、今では汪氏一族の住まいとなっている。明朝の万暦頃に、村内にある泉を掘り、そこに川の水を引き入れ、南湖を造った。
清朝中期になると、当時の村名「作弘」が6代皇帝乾隆帝の名に当たるとして、「宏村」に改名された。村内には、清の建物がおよそ140現存する。これらの建物は全て、恵州を基盤とする設計がされている。
村内には水を供給する整備がされている。村の全景がはっきりと牛に例えられ、村内向かって西の丘が首、出入り口が角、村の前後の橋が足となっている。