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シドニーの しずかな朝 [オーストラリア]

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今日は8月31日です。
18年前のオーストラリアの特別な写真を紹介いたします。
シドニーといえばオペラハウスが有名ですね。
でもこの写真は特別なのです。オペラハウスの正面の広い階段の右端の方に白いものが写っているのに気が付いていただけると思います。

そう1997年8月31日のダイアナ妃の交通事故死を悼む花束です。
クリックするとネットの写真を表示します。丁度、事故があった直後にオーストラリアに行ったのです。その時に撮った写真でした。みんな本気で悲しんでいました。ここの国の人はイギリスへの思い入れは特別なものがあるように感じました。シドニーに1997年9月8日から9月13日まで滞在していて、今回紹介の写真は1997年9月10日に撮りました。つまり交通事故死から10日目の写真だったわけです。この年(1997年)には、さらに10月28日~11月1日と11月11日~11月16日にシドニーに行きました。
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上の写真を拡大いたしました。


オペラハウスの裏の景色も紹介いたします。ほんとうに静かな朝でした。ダイアナ妃は1986年と1990年と1995年の3度来日しました。
その1986年の最初の公式訪問は、ダイアナフィーバーと呼ばれる中での訪問でした。その訪日時に私の勤めている会社にも訪問してもらえましたので、鮮明な記憶として残っています。この時、24歳でした。
1986年5月8日午後7時40分に浩宮徳仁親王の出迎えの中、英国王室機で伊丹空港にダイアナ妃とチャールズ皇太子が到着され、宿泊先である京都大宮御所に向かわれました。翌日の5月9日にダイアナ妃が着た右の写真の日の丸の水玉ドレスは特に有名でした。5月10日午前に大阪や神戸を訪問され、午後には伊丹空港から東京に向かわれました。訪日のフィナーレを飾ったのは5月13日夜に皇居・豊明殿で行われた昭和天皇主催の宮中晩餐会で、晩餐会を終えた後の午後9時27分に羽田空港から帰国の途につきました。
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オペラハウスの航空写真も紹介しておきます。 A のマークのところに花束が置かれていました。 B のマークの位置から冒頭のオペラハウスの写真を撮りました。写真上のアイコンマイナスを数回クリックするとシドニーの町全体がわかってくると思います。

青ジソざんまい [料理]

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近くにある野菜の直売店「樫の木」で青ジソ(大葉 / 青紫蘇)を買ってきました。
これだけの量があって130円でした。

どれだけ袋に入っているのか気になったので枝から葉をとりながら数えてみました。数えながら上のケースに200枚(120枚+80枚)を入れたところです。残骸にもまだ沢山残っていますが、数えるのはここまでにいたしました。つまり、200枚以上の青ジソが入っていたわけです。
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残骸の青シソとキュウリで漬物の浅漬けを作りました。袋に青シソとキュウリに昆布茶を入れて軽くもんで作りました。キュウリとミョウガではよく作っていました。シソで作るのは初めてでしたが、違った風味でよかったです。
かつてはエゴマをシソと同属異種の植物としていましたが、現在の遺伝子学研究で両者を同種「ペリラ・フルテスケンス(Perilla frutescens)」の変種とすることが確定しているそうです。
   綱 : 双子葉植物綱 Magnoliopsida
   目 : シソ目 Lamiales
   科 : シソ科 Lamiaceae
   属 : シソ属 Perilla
   種 : エゴマ P. frutescens
 変種 : シソ var. crispa
 漢字 : 紫蘇
 学名 : Perilla frutescens var. crispa
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一緒におかずとして焼きナスも作りました。
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偶然ですが、伊丹空港で買ってきた大根の京漬物にも青シソが使われていました。
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ビールも美味しくいただきました。


翌日の昼食は青ジソ・スパゲッティーを作りました。大根おろしと、なめ茸を入れています。シソには沢山の種類があります。
 縮緬紫蘇   チリメンジソ f. crispa (Thunb.) Makino
 斑紫蘇    マダラジソ f. rosea (G.Nicholson) Kudô
 赤紫蘇    アカジソ f. purpurea (Makino) Makino
 青紫蘇    アオジソ f. viridis (Makino) Makino
 片面紫蘇   カタメンジソ 'Discolor'(栽培品種)
 縮緬青紫蘇 チリメンアオジソ 'Viridi-crispa'(栽培品種)
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上の写真では青シソが多すぎる気がしますが、混ぜてみると意外と丁度良い量でした。
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そうめんにも青ジソを薬味として使いました。
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沢山の青シソを細かく切って薬味にいたしました。
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全部混ぜたところです。
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その晩の夕食では青ジソ入り巻き寿司も作りました。
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イカと青シソの巻寿司と、まぐろと青シソの巻寿司です。
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巻き寿司は2皿作りました。
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イカのゲソは焼きました。
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やっぱりビールがいいですね。
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青ジソ入り焼きそばも作りました。これでも一皿に40枚は入っています。これは想像以上に美味しかったです。
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これは定番です。青ジソは冷奴にも合います。これで200枚+α の青シソを使い切りました。次は青紫蘇ジュースに挑戦してみます。
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冷奴に乗せた生姜は新しく買ったおろし金でおろしました。裏側の柄の部分には家内の名前を彫ってもらいました。
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一緒に作った肉ジャガには北海道の息子が送ってくれてジヤガイモ「きたあかり」を使いました。キタアカリは別名「黄金男爵 / クリじゃがいも」と呼ばれて北海道農業試験場におい1975年に「男爵薯」に「ツニカ」を交配してつくられたそうです。甘みがありシンプルにジャガバターすると美味しいそうです。
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オクラにはおぼろ昆布を乗せてみました。
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ブロッコリは柚子胡椒マヨネーズで食べました。
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インドの二階建てバスはボンネットタイプ [インド]

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前記事で、イギリスの二階建てバスを紹介いたしましたので、今度は、同じDNAであるインドの二階建てバスを紹介いたします。インドのムンバイ(ボンベイ)には二階建てのバスが沢山走っています。イギリスの影響だと思います。バスの形式も古いままです。いろんな色のバスがありましたが、やはり赤い色のバスが多かったです。今回は「インドの二階建てバス」というタイトルで掲載いたしましたが、「ムンバイの二階建てバス」というタイトルでもよかったかもしれません。

色は違うけれど形は同じです。昔のままの形だと思います。ムンバイは昔のイギリスの影響を受けて街並みも綺麗です。
二階建てバスは、英国およびその植民地で路線バスとして運行されました。現在も路線バスと運行されているのはロンドンなど英国内の都市、香港、シンガポール、インドのムンバイ、カナダのビクトリアやケロウナなどです。
クリックすると記事を表示インドに沢山の二階建バスが走っているのはイギリスの影響だと思います。イギリスの二階建バスが気になります。右の写真はロンドンに行ったときに撮った新しい二階建てのバスです。丸みが出来ていることとドアが自動になり前と真中についています。エンジンも後に移りボンネット式ではなくなりました。ロンドンの昔の二階建てバスを調べる必要がありそうです。
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右の写真はネットから拝借した昔のロンドンのバスです。ロンドンの36年前の写真が入ったWeb で見つけました。昔は左側の後部から乗り降りしていたのは今のインドと同じです。それと共通しているのが運転席の横です。エンジンが前に着いていて、乗降口が一番後ろにあるのは昔のイギリスのものと同じです。
世界の主流はワンマンバスなので、車掌が必要な乗降口が後ろにある二階建てバスが走っているのは、現在ではインドだけかもしれません。下の写真の乗降口を拡大いたしました。
エンジンが前にあっても一番前の面が垂直なのがインドの二階建てバスの特徴ですが、大昔にイギリスで同じ形式があったかどうか気になるところです。調べてみると垂直のものはありましたが形は違っていました。起源はイギリスの二階建てバスでもインドでは独自の発展をしたようです。  
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二階建てバスの製造メーカーはASHOK LEYLAND(アショック・レイランド)でした。Ashok Leyland はインドの商用車メーカーで、設立は1948年9月7日です。英国の植民地支配(1858~1947年)から解放されて1年目の設立だったわけです。
イギリスのオースチン・モーターの支援を受けて、1949年からマドラス近郊の工場でオースチン車の組立も行ないました。
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