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天津のキリスト教 [天津]

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清の時代の古い町並みに教会の文字を見つけました。天津市基督教会と書かれています。教会という文字はありますが、ここからは教会らしい建物は見当たりません。この扉を入っていくと教会がありました。
調べて見ると中国語の基督教はキリスト教でした。そうすると「倉門口堂」が教会の名前と言うことになるので「倉門口堂 天津」で検索すると沢山表示 されました。倉門口堂 は、1910年に建てられた、華北地区で初めての中国人が自ら建てた教会だそうです。
倉門口堂は結構、写真が掲載されていました。
住所は天津市東門内大街86號です。 

気になったので門を覗いて見ました。門の奥は昔ながらの古い路地ですが一番奥に教会の入口らしいものが見えたので路地の奥に入らせてもらいました。
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奥に入って驚きました。路地の一番奥に立派な聖堂がありました。皆さんが集まっているようでした。非常に不思議に感じてしまいましたが天津にはキリスト教に関わる歴史があったのです。
1858年の天津条約によって、清国内でのキリスト教布教が公認されると、宣教師たちは各地で布教を開始したそうです。特に天津にはイギリス、フランス、アメリカ、ロシア、イタリア、オーストリア、ベルギーなどの外国人の居住区があったことから、他の土地よりも布教が進められたのだと思います。そのような歴史から、今回の場所のような庶民の路地にも教会が残っているのかもしれません。
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ビルの谷間にも教会がありました。こちらは立派な教会です。この教会は天津西開教堂(あるいは老西開教堂あるいは天主教西開教堂 )と呼ばれ、天津でいちばん有名な教会だそうです。


建物の中ではミサが行われているようでした。厳格な雰囲気が漂っていたので、建物の中に入るのは遠慮させてもらいました。ここでは建物の中だけでなく庭でも、長時間お祈りが行われていました。

タグ:教会