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最後のお花見 [東京]



少し前のことですが、会社の設計事務所が数百人の組織ごと江東区から港区に移転することが決まって最後の花見でした。移転前の最後の花見を4月10日に会社の近くの緑道で夕方から、お花見をしました。上の写真は当日の昼休みに撮りました。
前記事で紹介した2016年4月1日に日本橋で昇進祝いをした人も、この記事の中の写真に写っています。そんなことから下書き状態であった本記事を再掲載いたしました。
会社から、ここまでは歩いて数分の距離なのに、今までは写真を撮りに来ることはありませんでしたが、今年のお花見は特別だったからです。
実は24年前の1992年に同じ江東区の別の場所からこの場所に事務所ごと移転してきたのですが、それ以来ほぼ毎年、20回以上の花見が行われてきました。それほど伝統的な行事になっていたのですが、今年が最後になってしまったのです。それは今年の12月に港区に24000㎡のビルを借り切って事務所ごと移転することになったからです。そのこともあり記念のために昼休みに花見が行われる場所の写真を撮りに来たのです。昼間から家族で花見をしている方もおられました。うらやましかったです。(笑)

緑道の雰囲気を味わってもらうために何枚かの写真を紹介いたします。冒頭の写真の反対側から撮ったものです。家族の中で車椅子の人がおじいちゃんだと思います。三世代のお花見昼食です。


お花見の時期だから、わざわざ昼食をここに食べに来ておられると方たちでしょうね。桜の木の幹の太さから歴史を感じます。この道には昔、電車が走っていて、廃止(1972年11月)されてから丁度44年が経ちました。ヤマザクラは数百年の古木になることがありますがソメイヨシノは特例的に樹齢110年120年のものがあるものの統計的に80年を超えるものは、ほとんどないそうです。それだけに左の木のように大切にされています。ソメイヨシノが人間の寿命に似ているのが不思議です。


まだまだ桜のトンネルが続きます。ソメイヨシノ(染井吉野)は江戸時代の染井村(豊島区駒込)の植木屋の圃場で、人為交配されて生まれた桜と言われています。基本的にソメイヨシノは種子では増えないため、すべて人の手で接木(つぎき)などで増やしたものだそうです。ソメイヨシノはクローン繁殖のため全国のソメイヨシノがほとんど同じDNAだというのも世界的にも珍しいと思います。


近所の人たちの生活道路でもあります。自転車で通っている方も沢山おられました。この通路を使ったお花見は近所の人にとっては迷惑かもしれませんが、恒例行事でみなさん気持ちよく歓迎してくれていることが提灯からも伝わってきます。


緑道の桜のトンネルを実感してもらえたでしょうか。縦長の写真にするともっと感じてもらえるかもしれないと思いこの写真を掲載いたしました。


緑道を横の道から撮りました。花のトンネルの中で花見をすることがわかってもらえると思います。夜だと花が見えなくなってしまうので昼間に撮りに来たわけです。


若い人が朝早く来てガムテープで場所取りをしてくれました。この写真の場所で夜に花見が行われました。左の緑の道が自転車専用道路で右の赤い道が歩道となっていますが花見の時期には花見をする人に解放されるのです。左側の自転車道路側の細長い場所を確保されていました。自転車道路と空き地がお花見として許されている場所で赤い歩道側はお花見禁止です。
この日は2つの部の有志40名が花見に参加しました。実は一つの部は4月11日に花見をする予定でしたが4月11日の天気予報は雨だったので合同で行うことにしました。私はもともと両方の部の花見に出る予定だったので両方に会費を納めていました。(泣)


花の形がわかる写真も紹介しておきます。花びらがすでに散り始めていますが、まだまだ満開であることがわかってもらえると思います。


会社が終わるとさっそく準備開始です。持ってきたビニールシートでは足らないので追加のビニールシートを持ってくるように携帯で電話しているところです。この時点で半分くらいがセツト出来ましたがまだ足りませんでした。シートは半分の状態ですがビールはすでに飲み始めました。このとき18時12分でした。


ビニールヒートを引いてテーブルにするダンボール箱を並べました。17時半に会社を出てて結局、本格的に宴会が始めることが出来たのが18時20分くらいでした。

下の写真のような雰囲気でした。やっぱの花見は盛り上がりますね。40人はやっぱり多いですね。一番向こう側が見えないです。右の写真のように段ボールの箱も沢山並びました。

ちょうちん(提灯)が点灯した直後の写真です。この写真は18時8分54秒に撮ったものです。18時8分4秒の写真では点灯していなかったので18時8分台に点灯したのは間違いありません。18時8分43秒の写真も点灯していました。


花見の宴会の雰囲気をお伝えするために開始から最後までを連続写真でお伝えします。顔がわからない小さな写真で恐縮ですが雰囲気がお伝え出来たでしょうか。
最初の写真が18時5分で最後の写真が20時17分でした。


満開を少し過ぎたくらいだったので花びらが沢山待っていました。偶然ビールのコップにも入ることがありました。もちろんそのままビールを飲みました。何かいいことがあるような気がしました。


準備されていた料理を紹介します。やっぱり暖かいおでんは外せないです。長い間にお花見用の備品も充実してきました。熱燗も、このコンロで暖めました。お寿司も定番です。


オードブルも用意されていました。ビールはすべてエビスビールでした。それ以外は冷酒に日本酒の熱燗に焼酎が準備されていました。


このな感じて他の方たちも花見をされていました。


クリックすると拡大桜以外の緑道も紹介しておきます。
この緑道には都電(城東電車)の線路が通っていて、この辺りは昭和2年から昭和47年11月まで電車が走っていたそうです。それが今は歩道と自転車道路になっています。その記念に下の写真のように車輪が置かれていました。車軸は昭和28年8月製造で右の車輪が昭和40年10月で左の車輪が昭和41年4月製造だそうです。右上の写真はネットから拝借いたしました。


クリックすると拡大ここは長州藩大砲鋳造場が近くあったそうです。ここで作られた3mの青銅製の大砲は下関の砲台に設置されていましたが、イギリス・アメリカ・フランス・オランダの連合艦隊に陥落されたときにパリに持ち帰られたそうです。その大砲のレプリカです。フランス海軍によって押収された長州藩の大砲の一部は、ナポレオンが眠るパリの廃兵院の中庭に展示されています。


ソメイヨシノ以外にもきれいな桜が咲いていました。こちらはピンクの八重の桜です。


こちらは真っ白の桜です。右下に紹介の大砲の先が写っています。


花見宴会が終わって3日目の4月13日の緑道です。お花見(4月10日)から3日後ですが、ずいぶんと花が散ってしまいました。プレーボタンをクリックすると花びら散っているところを見ることが出来ます。

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