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フランスのロワール地方にある右の写真のシャンボール城に関してその1その2の2つの記事を掲載いたしました。
その3として紹介したいのが、有名な上の写真の二重の螺旋階段(らせん階段)です。
二つの階段を使えば、相手に出会うことなく3階まで昇り降りができます。二重の螺旋階段に関して現代のものですが、判りやすい写真がネットにあったので右に紹介します。シャンボール城の二重の螺旋階段は広々としており、シャンボール城見学のハイライトとなっており、城の最上部から照らし出されています。フランソワ王によってレオナルド・ダ・ヴィンチがイタリアからフランス招かれて晩年まで過ごした時期であることから階段を設計にレオナルド・ダ・ヴィンチの構想が反映されたと考えるのは自然なことですが、確認する手立ては見つかっていないそうです。この種の構造を有する近代以前の建造物は世界的にも珍しいものですが日本にも存在します。それは、江戸時代である寛政8年(1796年)に建立された会津のサザエ堂です。本来は三匝堂(さんそうどう)ですが螺旋構造や外観がサザエに似ていることから通称で栄螺堂(さざえどう)あるいはサザエ堂と呼ばれたそうです。
栄螺堂は二重の螺旋階段で江戸時代後期の東北~関東地方に多数作られたものですが、現存は6つで、外から螺旋階段がはっきり判るのは会津の栄螺堂です。
栄螺堂の二重の螺旋階段が独自に考えられたものか、シャンボール城の二重の螺旋階段の影響を受けたものかは判らないそうです。右上の写真はWikipediaから転用させてもらった会津の栄螺堂です。堂の周囲が二重の螺旋階段になっています。
 シャンボール城 1519年~1547年建設
 会津さざえ堂  1796年建立

少し離れて見た二重の螺旋階段です。


2つの階段が見える角度からの拡大写真です。


シャンボール城を案内するガイドの方は、この螺旋階段の説明を必ず行うほど、シャンボール城の大切な存在となっているようです。


建物の中央に二重の螺旋階段があります。北の塔と西の塔のそばにも螺旋階段があります。赤丸()の部分が螺旋階段です。


螺旋階段は中央の高い塔の上まで続いています。


その螺旋階段の部分を拡大いたしました。この部分の螺旋階段のピッチから塔の部分の螺旋階段は二重ではないようです。


螺旋階段の中心は吹き抜けの塔になっていて、その周囲に螺旋階段が巻き付いています。


我々も説明を受けながら二手に分かれて登りました。


我々のガイトの方も登りながら説明をしてくれました。


私はもう一方の階段を上ってみました。


ここが中央の空間です。


登りながら写真を撮りました。


登ってきた方向を撮った写真です。


上に行くと螺旋階段の周囲は透明のステンドグラスで周囲が覆われる状態になり屋上に出ました。ここから、さらに上の塔に螺旋階段が続きますが、非公開の部分のようで、我々は登ることができませんでした。


こちらが屋上への出入口です。


屋上を見学した後、登ってきた二重の螺旋階段で下に降りるところです。


中庭の北コーナーと西コーナーにも見事な螺旋階段がありました。2階から見た北コーナーの螺旋階段です。


同じ北コーナーの螺旋階段の2階より上の部分です。


全景を紹介したいので縦長の写真で紹介します。


これが北コーナーの螺旋階段を下りてみました。この螺旋階段は一重であることが分かってもらえると思います。


螺旋階段から1階に降りてみることにいたしました。


こちらが1階から見た螺旋階段です。中央の二重の螺旋階段ほどではありませんが。こちらも見事な螺旋階段でした。