2023年7月31日再掲載 タイトル:何気ない町の風景 Dnepropetrovsk
前記事で過去記事を見ているとウクライナのDnepropetrovskの記事をいくつか掲載していたことを思い出しました。ここはロシアによるウクライナへの軍事進攻(侵略戦争)で占領まではいかなかったようですが戦闘地に近くウクライナ第4の都市でもあることから、ミサイルや砲撃により大きな被害を受けた場所であることから、再掲載したいと思います。美しい町並みと破壊された街並みを比べてみてください。ロシアの軍事侵攻により美しい街が破壊つくされたようです。これがDnepropetrovskの今の状態のようです。この写真はgattyimagesから転用させていただきました。クリックするとオリジナルを表示します。ビルが大きく破壊された複数の写真は2023年1月15日のロシアによるDnepropetrovskの住宅ビルへのミサイル攻撃で破壊されたものです。
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gattyimagesに登録されている写真を見ていると、こちらの2匹の災害救助犬がDnepropetrovskで活躍していました。犬種はコーギーとシェパードのようです。心温まる写真も必要だと思い掲載しました。写真をクリックすると3枚の写真を同時に表示します。


Dnipropetrovskの場所が空色マーク( 宿泊したホテル)のところです。ホテルとレストラン3つと大聖堂と空港にマークを付けています。1926年~2016年まではDnipropetrovsk(ドニプロペトロウシク/Днепропетро́вск)と呼ばれていましたが、今はDnipro(ドニプロ/Дніпро)です。Dnipropetrovsk Oblast(ドニプロペトロウシク州)の州都です。マークがあるところがドニプロ(Дніпро)です。


ドニプロの町の中心あたりの航空写真を紹介します。黄色マーク( )の大聖堂はドイツ料理店の傍のため、この縮尺だとマークが重なって見えません。着色文字をクリックすると記事あるいは写真を表示します。
 宿泊ホテル Reikartz Dnipro
 湖畔のウクライナ料理店 Xytıp Restorant
 リバーサイドレストラン COAST RESTAURANT AND LOUNGE
 ドイツ料理店 Shtrassepab
 大聖堂 Svyato-Troyitsʹkyy Kafedralʹnyy Sobor
 路面電車の写真を撮った場所
 ドニプロペトロウシク国際空港

 2023年7月31日 閲覧数:4,141 nice!:219 CMT:26 再掲載時
 2023年8月01日 閲覧数:4,267 nice!:244 CMT:30 06時05分
 2023年8月02日 閲覧数:4,418 nice!:266 CMT:49 09時29分

2011年8月26日掲載 タイトル:何気ない町の風景 Dnepropetrovsk
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

ウクライナの地方都市であるDnepropetrovskの朝の風景を紹介いたします。すでにこの町の路面電車教会などを紹介いたしましたが何気ない町並みを紹介いたします。こちらは石畳です。急な坂道の石畳で向こうからこちらに向かって登っています。車のタイヤで石畳がつるつるに磨かれているようでした。

古い建物が大切に使われていました。いったい何年前の建物なのでしょうね。


これが普通の景色なのです。Dnepropetrovskは日本語ではドニプロペトロウシクですが、一回では覚えられませんね。


広い歩道に、豊かな緑があふれる町でした。


このような感じの建物があふれていました。


大きな建物もありました。昔から豊かな町だったことを窺うことが出来た気がしました。


おばさんたちが掃除の合間に鳩たちに餌を与えていました。スカーフを頭に巻いているのは姿は、ウクライナを感じさせてくれる景色でした。


上のおばさんたちと道路を挟んだところの小さな学校らしい建物の壁に女性の先生らしい像が取り付けられていました。下の文字が読めると像の由来がわかるのでしょうね。クリックすると拡大します。ロシア語かウクライナ語だと思いますが1868年と1872年が読みとれます。さてどのようなことがかかれているのでしょうね。女性の名前はАлександра Михайловна Калмыкова(アレクサンドラ・ミハイロフナ・カルミコワ 1847年12月26日~1926年4月1日76歳)です。