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ニッカウヰスキー余市蒸溜所 [積丹 余市 ニセコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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2017年7月21日は9時50分着のフライトで新千歳空港に着いて長男家族と昼食を食べた後に積丹の宿に向かいました。途中で2ケ所に寄りました。1つが前記事で紹介したサクランボ狩りで、もう一か所が今回紹介するニッカウヰスキー余市蒸溜所です。上の写真が余市蒸溜所の正門です。
ここはNHKの朝ドラのマッサンの主人公で会った竹鶴政孝がウイスキーづくりの理想の地を求めて1934年にスコットランドに似た気候風土を備えていたこの場所に蒸溜所を建設したのです。つまりニッカウヰスキーの創業地なのです。建設当初の名前は大日本果汁株式会社でした。ウイスキーは熟成するには長い年月を必要とするため、先ずはリンゴジュースを作ってウイスキーづくりを支えようと考えて会社の名前を決めたそうです。敷地内には沢山の登録有形文化財や近代化産業遺産があることから訪問者を無料で受け入れる施設が整っていてウイスキーの無料試飲も出来るのです。

車から正門を見た後に観光施設の駐車場に向かいました。こちらはその駐車場の入口の道路です。さくらんぼ狩りをした山本観光果樹園からわずか4kmの距離でした。ここを見た後は、この日の宿に直行いたしました。
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駐車場エリアに入りました。正面の建物にレストラン樽と無料試飲ラウンジであるニッカ会館あります。
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単式蒸溜器(ポットスチル)のモニュメント(オブジェ)が広場の中央に置かれていました。表面が緑青(ろくしょう)色に酸化していることから本物の銅製の単式蒸溜器がオブジェに使われているように感じました。
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駐車場から先ずは散策ルートを歩いて正門に向かいました。正門の横にある受付で無料の試飲のための用紙をもらうのが目的でした。その後、来た道を戻りながら建物を見学いたしました。敷地エリアの中のお大きな建物のほとんどがウイスキーを熟成するための貯蔵建物です。ウイスキーの熟成には長い年月が必要なことから熟成樽の置場が沢山必要なのだと思います。右上の四角をクリックすると別画面で地図を表示するので、その地図を見ながら記事を読むと判りやすいと思います。
 ━━ 7月21日の車での移動ルート  空港→果樹園→余市蒸溜所→積丹の宿
 ━━ ニッカウヰスキー余市蒸溜所エリア
 ━━ 散策ルート 400m 往復:800m
  正門
  乾燥棟(キルン塔)
  蒸留棟
  混和棟
  粉砕・糖化棟
  醗酵棟
  旧事務所
  リタハウス
  旧竹鶴邸
  1号貯蔵庫
  ウイスキー博物館
  無料試飲ラウンジ(1階) レストラン樽(2階)
  ショップ ノースランド


こちらが余市蒸溜所に立てられていた案内図です。無料のガイド付き見学が9時から30分ごとに行われていることが書かれていました。所要時間は60分で正門横の見学者待合室で申し込むようです。
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正門から散策ルートに沿って順番に紹介いたします。冒頭の写真が、外側から見た余市蒸溜所のせいもんですが、こちらの写真は内側から見た正門です。余市蒸溜所を紹介します。
 名前 ニッカウヰスキー余市蒸溜所
 住所 北海道余市郡余市町黒川町7-6
 電話 0135-23-3131
 料金 無料
 操業 1934年(昭和9年) 83年前
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こちらが乾燥棟(キルン塔)です。
第一乾燥棟と第二乾燥棟は登録有形文化財&近代化産業遺産だそうです。
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乾燥棟では原料の乾燥が行われる建物です。説明板にはウイスキーの出来るまでの手順が書かれており乾燥は最も最初の段階の作業のようです。手順は、乾燥→粉砕→糖化→醗酵→蒸留→熟成→ビン詰め、と書かれていました。
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上の写真が第一乾燥棟で、こちらの写真が第二乾燥棟だと思われます。余市蒸溜所の特徴に石造りがあります。これは火災保険が安くなることもあったようです。
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クリックすると拡大こちらが蒸留棟( )です。
次の石炭直火焚き製法によるウイスキー製造は9月中旬に行われると書かれていました。
2017年7月6日付の「蒸溜所だより」によると7月1日~9月10日まで各製造工程の設備の整備工事を行っているとのことでした。どうやら整備期間を過ぎると建物の中に入れるようです。
これにより長期間ご覧いただけない製造設備が多くなっております。
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単式蒸溜器(ポットスチル)が並んでいる。こちらの建物も登録有形文化財&近代化産業遺産です。工事用シートの奥にもポットスチルがあるようです。ポットスチルの下には燃料の焚口があるように石炭直火蒸留が行われたそうです。会社を設立して2年目の1936年に蒸留を開始したそうです。余市蒸溜所のポットスチルは、スペイサイド地区の重厚な味わいの原酒を作っていたポットスチルを参考に作られたそうです。そこの代表的なウイスキーがLongmorn glenlivetだそうです。スペイサイド(Speyside)はスコットランド全土の約半数にあたる約50の蒸留所が存在するそうです。
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釜の上部に注連縄が施されているのは、竹鶴政孝の生家である竹鶴家が日本酒の蔵元(竹鶴酒造)であったことに由来しているそうです。
竹鶴家は古来から広島県竹原の三大塩田地主のひとつで、冬場に余剰の労働力を流用して1733年(享保18年)から酒造業も手がけて、現在も続いている竹鶴酒造となったそうです。姓の竹鶴も酒造業に由来しているようです。
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混和棟( )の内部では樽の製造工程やウイスキーの貯蔵や混和作業の様子が展示されていました。ここは昔はリキュール工場でもありました。2005年に国の登録有形文化財に認定されました。モルト原酒同士を混和することをヴァッティング(Vatting)と呼ぶそうです。ヴァッティングの目的により2種類に分類されます。樽ことに微妙に味が違うものを大樽に入れて均一化することと、もう一つが違う蒸留所のモルトをブレンドすることだそうです。前者はシングルモルトウスイキーとなり、後者はヴァッティングモルトウイスキー(ブレンデッドモルトウイスキー)と呼ばれます。ブレンデッド(Blended)とは使い分けられているようです。
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ヴァッティング(Vatting)とブレンデッド(Blended)に関してネット上の資料を元にして紹介します。大切なモルト原酒からウイスキーの味を決める大切な作業のようです。
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こちらが散策道路です。沢山の人が訪れていました。
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クリックすると拡大こちらが旧事務所( )です。
竹鶴政孝の事務所として1934年7月に建設されました。余市町の「指定文化財」です。企業内の建物としては北海道内で初めて文化財に指定されたそうです。こちらの沢山の人たちが30分ごとの無料のガイド付き見学だと思われます。
右の細長い写真は建物に横に建てられていた説明の木柱です。その柱には「余市町指定文化財 大日本果汁株式会社(ニッカウヰスキー㈱) 工場創立当時の事務所」と書かれていました。右の写真も下の写真もクリックすると拡大いたします。 
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歴史のある旧事務所の説明板です。工場創立当初に建てられたことが詳しく書かれていました。クリックすると読みやすい大きさに拡大いたします。
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沢山の見学者が去ってから撮った旧事務所です。ゆっくりと見学出来ました。今から83年前に小さな事務所から始めたことが実感されました。
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ガラス越しですが旧事務所の室内を見ることが出来ました。建物の外観は小さく見えましたが室内は気品がありきれいでした。
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こちらはRITA HOSUE リタハウス( 旧研究室)です。
工場建設前の1931年に建てられた元の地主であった但馬八十次の邸宅でしたが、1934年の蒸溜所開設時に事務所およびウイスキー製造の研究室として使用されたそうです。建物は登録有形文化財&近代化産業遺産です。建物名前のリタ(RITA)は竹鶴政孝がスコットランドに滞在中に親交深めて1920年1月8日に結婚した奥さんの名前(竹鶴リタ)からつけられたと思われます。結婚前も通称はリタでしたが正式名はジェシー・ロバータ・カウン(Jessie Roberta “Rita” Cowan)でした。リタハウス以外のリタに由来する施設や商品として、リタ幼稚園、リタロード、ニッカバー リタ、ニッカ アップルブランデー リタ 30年、リタハイボールがあります。
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旧事務所の近くでは熟成樽を運ぶフォークリフトにも出会えます。写真を撮ると運転している方が挨拶してくれました。散策路を横断するのでガードマンの人が交通整理をされていました。リタハウスも近くにあります。
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リタハウスと旧事務所とフォークリフトが写った写真があったので紹介します。
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こちらは旧竹鶴邸( )です。
1935年に竹鶴政孝・リタ夫妻の住居として工場内に建てられました。その後に余市町の郊外山田町に移設されましたが2002年に再び工場内に移築・復元されたそうです。玄関ホールと庭園が一般公開していました。こちらも登録有形文化財&近代化産業遺産でした。
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クリックすると拡大こちらが竹鶴邸の玄関ホールです。
ニッカウヰスキーの創業者の竹鶴政孝は広島県賀茂郡竹原町(現・竹原市)で酒造業・製塩業(現在の竹鶴酒造)を営む竹鶴敬次郎の四男五女の三男として1894年6月20日に生まれたそうです。酒造りの第一歩は兄二人が酒づくりを敬遠していたこともあり、大阪高等工業学校(現在の大阪大学工学部)の醸造科に進学したことでした。1916年3月に卒業を待たずに大阪市の摂津酒造に入社し頭角を伸ばしてきて社長の阿部喜兵衛と常務の岩井喜一郎の命を受けて単身スコットランドに赴き、グラスゴー大学で有機化学と応用化学を学ぶことになり積極的にウイスキー蒸留場で実習を行ったそうです。竹鶴政孝のこの現地修行が成功していなければ、現在の日本のウイスキーは実現していなかったといわれるほどでした。クリックすると拡大
1920年1月8日にリタと結婚し、同年1920年11月に帰国しました。その後、世界恐慌などにより摂津酒造を1922年に退職し、現在の桃山学院高等学校で教鞭をとっていました。そこに寿屋(現在のサントリー)の社長の鳥井信治郎から声がかかり、竹鶴の技術によって1924年11月11日に山崎蒸溜所を竣工させ、竹鶴はその初代所長となったそうです。それから約束の10年経ち1934年3月1日に退職して、自分がウイスキー造りの理想の場所とした余市に大日本果汁(現在のニッカウヰスキー)を設立するに至ったそうです。
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部屋の奥から見た玄関側の写真です。左に竹鶴政孝と妻の竹鶴リタの写真が飾られていました。
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玄関ホールに竹鶴邸の模型がありました。右の建物が玄関ホールで左の建物が住居部分です。
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玄関ホールから見た玄関部分です。洋風な雰囲気がありました。
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ウイスキーの熟成樽の貯蔵庫群だと思われます。
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こちらも貯蔵庫だと思われました。
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散策路沿いに創業時に建てられた1号貯蔵庫( )がありました。見学用に開放しているため、空樽を設置しているそうです。こちらも登録有形文化財&近代化産業遺産です。
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1934年当時の貯蔵庫と思うとロマンを感じます。このような熟成樽の貯蔵庫を見たのは2度目となりました。クリックすると拡大初めて見たのがアメリカのケンタッキーのバーボン工場でした。そこにも巨大な貯蔵庫群がありました。その時に知ったのがスモールバッチ(Small Batch 少量生産)のバーボン(Bourbon)でした。その時の記事はこちらです。→ポチッ
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こちらがウイスキー博物館( )の入口です。
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ニッカウヰスキー余市蒸溜所のパンフレットの中にウイスキー博物館の配置図(館内図)があったので紹介します。上の写真はINと書かれた部分から入ったところです。


ここの一番奥で有料ではありますが貴重な余市モルトの試飲が出来ます。
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クリックすると拡大最後に訪れたのがニッカ館の2階にある無料試飲ラウンジ( )です。案内板には試飲会場と書かれていましたが、会場と呼ぶよりはラウンジと呼ぶ方がふさわしい雰囲気なので試飲ラウンジと書かせていただきました。下の写真で右の方が入口で、そこの入口の方に名前を書いた用紙を渡して3種類の無料のウイスキー等を受け取りました。つまみは自動販売機でビーフジャーキーを買いました。建物の1階はレストランになっていました。
左の方に水や氷や炭酸水が置かれていました。さらに飲み放題のジュースも置かれていたので子供も大満足でした。ここで有料なのは自動販売機のつまみだけでした。
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こちらが3種類の無料ウイスキー等です。アップルワインは普通のワインではなくウイスキーのようにきついものなので調べてみるとアルコール度数が22%でした。どうやらアップルワインにアップルブランディーをブレンドしているようでした。
 左側 竹鶴
 中央 スーパーニッカ
 右側 アップルワイン
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我々のテーブルです。私と息子が試飲のウイスキーを飲んだのでここからは息子の奥さんが運転いたしました。
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2階の試飲ラウンジからの余市蒸溜所の景色です。遠くに見える建物は貯蔵庫のように思われました。
ニッカウヰスキーの「ヰ」が気になって調べてみました。「ヰ」自体は日本語の「わ行」の2番目の音節で片仮名(カタカナ)の一つです。平仮名(ひらがな)では「ゐ」で、発音は「イ」と同じです。WHISKYは元々は「ウヰスキー」と書かれる事が多かったそうです。竹鶴政孝は会社登録するとき、水が命なので「ヰ」ではなく井戸の「井」を使った「ニッカウ井スキー」にしたかったそうですが、形が似ていたことから、役所がその頃の一般的な書き方のウヰスキーだと思い会社名は「ニッカウヰスキー」になってしまったそうです。ただしニッカの第一号ウイスキーの商品名「NIKKA WHISKY」は日本語表記が「ニッカウ井スキー」となっているそうです。
  わ行:わ (う) ゑ を   ワ行:ワ (ウ) ヱ ヲ


ニッカウヰスキー余市蒸溜所で長男家族と楽しく過ごした写真を紹介します。私は5枚目と8枚目の写真に写っています。4枚目と5枚目は同じ場面で4枚目は私が撮って、5枚目は息子の奥さんが撮った写真です。
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ニッカウヰスキー余市蒸溜所の場所をGoogle地図で紹介します。
  ニッカウヰスキー余市蒸溜所      7月21日
  山本観光果樹園   さくらんぼ狩り  7月21日
  みさき       赤ばふん生うに丼 7月22日
  汐さいの宿・海浜館 泊まった宿    7月21日~22日
  新千歳空港              7月21日 7月23日
 ━━ 新千歳空港 A B 汐さいの宿・海浜館  7月21日移動ルート