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太陽の塔の内部見学 第77回ハイク [大阪]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事で大阪モノレールの万博記念公園駅から太陽の塔の内部への入口までの景観を紹介しましたが、いよいよ太陽の塔の内部を紹介したいと思います。右の入口は地下にあるのですが、本記事の説明上は統一するために1階と表現させていただきます。1階(実際には地下)あるいは1階(地下)と表現している場合もありますが、すべて同じ最下部の階です。

太陽の塔の内部見学を予約していただいた方が手に持っているのか予約確認のQRコードをプリントした紙です。もちろんQRコードをスマホ画面で出して入館券と交換もできます。受付を行うのは代表者1名のみで他の人は待っています。


これが入館予約QRコードです。もちろん個人情報の保護のためにコード模様は変更しております。
建築基準法による安全確保のため入館できる人数は30分で80人(16人 X 5回)としていることから、10時~17時で1120人(1日)になります。貴重な体験だと言えると思います。


そしてこちらが我々の入館券で、人数分の11枚をもらい各自が持ちます。入館時間は「10時30分から11時00分」と書かれています。裏面に入館開始時刻の20分前には太陽の塔受付窓口に来るように書かれています。入館開始時刻は10時30分なので、10時10分までに受付をする必要があります。したがって、余裕を見て10時に受付に来れるように駅での待ち合わせ時間を9時45分にしたのでした。入館すると記念のスタンプを裏面に押してもらいました。
太陽の塔の英文はWikipedia にも書かれていませんでしたがTOWER OF THE SUN MUSEUMであることが判りました。
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皆で改札を通るところです。この時、10時13分でした。


入ってすぐに岡本太郎の直筆の太陽の塔の構想図が展示されていました。
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クリックすると拡大その構想図を紹介します。1967年06月01日の時点では現在の太陽の塔とは違うイメージですが、徐々に似てきて来るが判ります。7月17日で初めて近いものになり9月09日の構想図は現在の太陽の塔に近くなったことが判りました。6枚の内5枚はクリックすると拡大いたします。
 1967年06月01日    1967年06月20日    1967年06月26日
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 1967年07月17日    1967年08月08日    1967年09月09日
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1967年09月09日の額付きの構想図を紹介します。クリックすると面積で16倍に拡大するように設定しました。拡大してみると沢山の落書きが書かれているのが判ると思います。
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構想図が展示されていたトンネルを過ぎると第4の顔が展示してある部屋に出ました。地上には現在、未来、過去を表した顔(太陽)が表現されていますが、内部の1階(実際には地下)に第4の顔がありましたが、万博終了後は閉鎖され行方不明となったそうです。解体業者の証言により1977年頃に神戸市立王子動物園内の施設に移設され、その施設が解体された1984年に夢洲に埋め立てられた説が有力だそうですが、それ以上は判っていないそうです。元の図面は残っていないので、写真や関係者の聞き込みを元に
 第1の顔 正面の白い顔 現在の顔
 第2の顔 金色の顔 太陽の顔 未来の顔
 第3の顔 黒い太陽 過去の顔
 第4の顔 地底の顔 地底の太陽 太古の太陽
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残念ながら第4の顔は、元の図面は残っていないため、写真や関係者の聞き込みを元に復元されたそうです。この場所には万博開催時には世界中から集められた神像や仮面が展示されていていました。現在はその一部が展示されていて残りは国立民族学博物館に展示されています。
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この場所は生命の樹のある中央の吹き抜けエリアに入る待機場所でもあるのです。中央のエリアには16名単位で入ります。中に入ると各階におられる方から説明がありその説明が終わると、上の階に上がっていくのです。我々より先の16名の人が説明を受けて上の階に上がるまではここのエリアで待機するのです。単に待機するだけではなく自由に写真撮影や動画撮影が出来ます。列から離れて作品と列の間のスペースを自由に使って撮影することも許されています。ただし、フラッシュと三脚は禁止です。先ずは、ここで撮った写真を紹介したいと思います。
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ここの展示物のことを説明していただいた方から自由に撮影してよいことを聞いて私も含めて皆さん撮影されていました。
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暗いので露出調整してみました。
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左右のコロナが写った写真です。人が沢山いるので難しいのですが、やっと取れました。
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万博開催中の第四の顔の写真を見たい方も多いと思いますので写真をネットから転用させていただきました。女性のユニホームで昔の写真であることが判っていただけると思います。色は金色のように見えます。復元された第四の顔の形はコロナも含めて正確に再現されているようです。


顔の部分と背景の部分は色んな模様と色に変わります。左右のコロナの部分には背景のプロジェクトの色が映し出されないので、顔の部分と背景は別のプロジェクターが使われているようでした。背景はコロナの下に置かれている装置から映されているものと推測されます。
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色んな模様に変わりました。
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顔の部分を拡大いたしました。
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動画でも紹介します。


自由に撮れるので左側からも撮れます。
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展示されていた像や仮面の写真も沢山撮りました。
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こちらは大きな像でした。
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世界中から集められたそうです。
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こちらも不思議な像です。
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鮮やかに色付けされた仮面もありました。
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集められた数は650点にもなるそうです。その一部が万博開催中も太陽の塔の内部に置かれたそうです。
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我々の前の16人が階段を登り始めましたので、我々も中央のエリアに入る順となりました。我々のグループは11人でタイミングが悪ければ2つのグループになってしまうのですが、幸いにも1つのグループになることが出来ました。他に5名の人が16名の中に入ったわけです。手ぶれもありますが、人が動いているので、ぶれたようです。


これが生命の樹です。現在は太古からの生命の模型が183体ついています。生命の樹の高さは45mです。左側には40mまで上がる階段が沢山見えます。
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木の根元にはポリプやアメーバーや海ユリが配置されていて、幹の最下段には三葉虫が取り付けられていました。
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内側の壁が赤いろであり照明も赤色のようでした。
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写真が撮れるのは1階(地下)のみのためか、皆さん写真を熱心に撮られていました。1階以外が写真禁止なのは安全のためです。吹き抜けの部分を高さ40mまで階段を歩いて昇るので、写真撮影に気をとられて転倒や転落をすると怪我だけでなく命にかかわるからです。


動画で太陽の樹を紹介します。


1階の景色を紹介します。
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中央の白いものはアメーバーを表しているようです。入館前にエレベーターを使うことを伝えるとシールを服に貼ってくれます。シールが貼ってあると説明が終わると係りの人がエレベータに案内してくれます。高さ40mを上る自信がない方は事前に申し出て、シールを貼ってもらうことも忘れないようにしてください。エレベーターを使用する場合は、すべての説明が聞けません。エレベーターの止まらない階でも説明があるからです。説明が抜けるのは1回か2回だったと思います。
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耐震強度を上げるために壁は200m厚くしたそうです。内側の音響効果のための凸凹のパネルは当時の最新のものが、使われているそうです。いろんな場所で使い分けられているとの説明もありました。
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こちらが三葉虫です。
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右の説明板はネットから転用させていただいた当時のものです。
クリックすると拡大 三葉虫時代
  三葉虫 サソリ オーム貝 巻貝
  アンモナイト
  オルトセラス・ペルキドウム
  キルトセラス・デクリオ
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三葉虫時代より上の部分でクラゲや魚類があります。うえ
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当時は292体(33種)の生物模型があったそうです。安全性を考えて現在は183体にしたそうです。29体を修復し、153体を新規に制作したそうです。合計すると182体(=29体+153体)ですが、1体は長い年月を感じてもらうために修復しないでそのまま取り付けたそうです。是非とも探してみてください。自分で見つけることは難しいと思いますが、心配いりません。ちゃんと説明してもらえます。当時の生命体の模型は電動で動くものが多かったそうです。292体のうちの約40体が動いていたそうです。現在は動く模型はありませんが、当時よりもリアルに作られているそうです。
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より上も入れて撮った写真です。
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上の写真と同じ場所を撮った写真でも壁の色が違うので、照明が変化しているのだと思います。
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写真撮影が許されている1階(実際には地下)から精一杯のズームで首長竜(水生爬虫類)や恐竜時代を撮った写真です。これより上にはブロントザウルスなどの大型恐竜や哺乳類や類人猿や人などが展示されていたのですが、さすがに1階からは撮ることが出来ませんでした。
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最も大きな恐竜ブロントザウルスの写真をネットから転用させていただきました。これは現在ではなく修復前の写真ですが、この模型の重さは1トンにもなり、口もパクパクと動いていたそうです。今のブロントザウルスの口は動きませんでしたが、大きなブロントザウルスは他の模型と比べても抜きんでた存在感がありました。


生命の樹上部のゴリラのみは経年を表すため頭がもげ、内部機構が出た状態で展示されています。本写真は内部が改装前に撮られたものですが、この状態で展示されています。こちらの写真もネットから転用させていただきました。
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太陽の塔の内側の一番頂部の写真をネットから転用させていただきました。


クリックすると拡大当時は階段ではなくエスカレーターでした。耐震性を上げるために重量のあるエスカレーターは階段に付け替えられました。エレベーターは当時と同じように設置されているので足の不自由な人や車椅子の人でも見学は出来ます。エスカレーの写真はネットから転用させていただきました。当時のエレベーターは国賓専用でした。
 当時 エスカレーター+エレベーター   見学後は大屋根展示室へ
 現在 上り階段+エレベーター+下り階段 見学後は下り階段で下りる
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当時の国賓用のエレベーターの写真もネットから転用させていただきました。エレベーターはB1、1F、2F、3F、4F、5F、6Fの7ケ所に止まりました。当時の1F(地下)が今回の記事で1階(地下)と表現している場所と同じ階です。写真の右の図は当時の太陽の塔の内部を表しています。ネット内の昔の写真を見ていると1Fから2Fへは現在と同じようなカーブした階段で上がり2Fから6Fに4本のエスカレーターを乗り継いで昇っていたように感じます。
現在、第四の顔(地底の太陽)は1階(地下)に展示されていますが、当時はさらに下の階のB1にあった地下展示室にありました。
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クリックすると拡大右の図のように当時は太陽の塔の右腕の内部にはエスカレータが設置されていて大屋根に作られた空中展示室に移動するのが見学ルートでした。現在は右腕のエスカレータは撤去されていて見ることが出来ませんが、左腕に設置されていた非常階段は現在も残されているので腕の内部構造も含めて見学中に見ることが出来ます。ただし、1階(地下)しか写真を撮ることが出来ないので、下のエスカレーターと非常階段の2枚の写真はネットから転用させていただきました。
  右腕のエスカレーター        左腕の非常階段
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現在の太陽の塔の内部の図です。左腕部の非常階段は描かれていますが、右腕部のエスカレーターはありません。クリックすると万博開催中の内部の図を別画面で表示するので比較してみてください。面倒ですが内部見学には事前予約が必要ですが、その予約の前にユーザー登録が必要です。尚、予約に空きがある場合に限って当日券の販売も行っているそうですが、休日は予約の空きはないようです。平日の朝早くにぶらっと行ってみるのはいいかもしれません。
 予約方法説明 → ポチッ
 ユーザー登録 → ポチッ
 内部見学予約 → ポチッ (クレジットカード必要 支払完了で予約成立)
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見学が終わって下り専用階段で1階(地下)に下りてきました。1階の展示室が下のように、ちらりと見えました。写真を撮っている場所の左側にお土産などを売っている売店があります。入館券が無くても売店には入れたと思います。
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入った入口と同じところから外に出ます。ガラス戸に地上までの階段が写っています。
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入口ドアから階段側を撮った写真も紹介します。ここを下りてきて内部見学の後に上がっていきました。QRコードで受付を行ったのが10時07分で、受け取った入館券で内部に入ったのが10時13分で、見学後にこの場所に出てきたのが11時00分でした。したがって47分間の内部見学ツアーであったことになります。
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地上に出て太陽の塔を見上げた景色です。
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最初に目指したのは太陽の塔 第77回ハイク [大阪]

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9時45分に万博記念公園駅に右の奢侈をの11名が集合して最初に目指したのは太陽の塔でした。今回の第77回ハイクのメインイベンとは太陽の塔の内部の見学でした。事前予約の結果は入館受付は10時で内部見学は10時30分から約30分間と設定されていたのです。そのために太陽の塔に直行したのでした。ちなみに太陽の塔の内部の入館料は700円でした。これは予約した時に11人分をまとめて払っていただいたので、その人に700円をアドで渡しました。
クリックすると拡大万博記念公園(自然文化公園 兼 日本庭園)の入園料は260円なので合わせると960円が必要となる予定でした。

本記事では万博記念公園駅から太陽の塔()までの航空写真に書き込んだ薄紫色ラインを紹介したいと思います。昔の大屋根(108m X 290m)があった場所を薄緑色に着色いたしました。大屋根の位置は右の昔の航空写真から判断いたしました。


万博記念公園駅から地上に降りるスロープを進みました。
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スロープからはモノレールの車両や軌道を見ることができました。真っすぐが南茨木駅方向で、左に曲がっていくラインは阪大病院前方向です。
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地上に近づいたあたりから撮った太陽の塔です。
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地上まで下りると万博記念公園の案内図があったので撮りました。その案内図から今回の記事の範囲を切り取って掲載いたしました。現在地と書かれた場所から中央橋を通って、先ずは公園の中央口に向かいます。
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案内板の近くから見える観覧車REDHORSE OSAKA WHEEL(レッドホース・オオサカホイール)です。
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こちらが中央橋の入口です。自然文化園と書か菊書かれていました。その奥に万博記念公園中央口と書かれた看板もありました。
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中央橋の上からの景色です。左側は帰る人のためのスペースです。皆さんきちっとマナーを守っておられました。
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公園の中央口です。自然文化園中央口と書かれていました。
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改札機の間を通って入ります。
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この日はラッキーなことに無料デーで260円は必要ありませんでした。調べてみると毎年3回(3月、9月、11月 計4日)行われているそうです。偶々、その日に当たったわけです。今後の参考に2019年の無料開放デーを紹介します。
 2019年03月10日(日)
 2019日09月14日(土)
 2019日11月16日(土)と17日(日)
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中央口を入ると太陽の広場で、正面に太陽の塔が建って(立って)いました。正面の白い顔は現代を表し、金色の顔は未来を表しています。
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さっそくみんなで記念写真を撮りました。
クリックすると拡大第76回に引き続き小形の三脚を持ってきたので11名全員の記念写真を撮ることができました。私は右端です。今まではコンパクトカメラ(コンデジ)で撮っていましたが、正月に9名が実家に集まるので今回と兼ねて、重たいけれでも一眼レフのカメラを実家に持ってきたのでハイキングにも持参いたしました。
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入場した時は沢山の人だったので写真に人が入ってしまうので、帰るときに撮った太陽の塔の写真も紹介します。
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少し角度が違う写真も紹介します。今は太陽の塔は単独で立っていますが、万博開催当時は大屋根がありました。赤い稲妻はガラスモザイク製だそうです。
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大屋根があったころの写真をネットから転用させていただきました。太陽の塔と大屋根の諸元を紹介します。大屋根は太陽の塔の左腕とはエスカレータで結ばれ展示室(空中テーマ館)が設けられたそうです。その空中テーマ館は世界的な建築家である黒川紀章が担当いたしました。大屋根は1979年に解体されました。大屋根の一部が右下の写真のように保管されていました。
 太陽の塔
  設計者  岡本太郎
  構造設計 坪井善勝、吉川健、植田昌吾などのプロジェクトチーム
  構造形式 鉄骨鉄筋コンクリート構造、鋼管シェル構造
  施工   大林組、竹中工務店、藤田組
  階数   2階
  高さ   70m
  着工   1968年12月
  竣工   1970年2月
 大屋根
  設計者  丹下健三
  構造   鋳鉄のボールジョイントでパイプをつないだトラス構造
  構造形式 鉄骨鉄筋コンクリート構造、鋼管シェル構造
クリックすると拡大  施工   大林組、竹中工務店、藤田組
  高さ   30m
  幅    108m(東西)
  長さ   290m(南北)
  重量   約4200t
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金色の顔(未来)の部分を拡大いたしました。
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記念写真を撮り終わると太陽の塔に向かいました。
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太陽の塔も少しづつ横向きになってきました。
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斜め横から見た太陽の塔です。
万博開催25周年記念の目玉として1994年に表面の汚れを落とすなどの大規模改修が行われたそうです。その際は取り外された赤色の稲妻と緑色のコロナのタイルは、2006年7月に大阪城公園で2007年10月に万博公園でそれぞれ開催されたイベントで、ストラップとして限定販売されたそうです。2007年からも再び内部・外部の改修・補強が行われ外面は現在の姿になったそうです。
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真下近くまで来たので見上げた写真も紹介します。
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金色の顔を拡大いたしました。太陽の顔と名付けられていて軽量化のためにガラス繊維強化プラスチックで作られているそうですが、今でも金色に輝いています。
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太陽の塔の裏側にも顔が描かれていています。この顔は黒い太陽と名付けられ過去を表しています。そのため過去の顔とも呼ばれています。この黒い太陽の顔は信楽焼の陶板製だそうです。周囲のコロナは表の赤いコロナとおなじくガラスモザイク製だそうです。
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遠くから撮った過去の顔(黒い太陽)の写真も紹介します。
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裏側にある黒い太陽に興味を持たれた方が多いので、顔の部分を拡大してみました。クリックするとさらに特別に大きく拡大するようにいたしました。
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内部に入る入口まで来ました。階段とスロープがありますが、こちらの写真はスロープです。
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こちらが階段ですが、到着した10時の時点で「本日の当日券は完売いたしました。(Today's tickets are all sold out.)」と張り出されていました。
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階段を下りていくと建物の入口ドアに着きました。太陽の塔の内部に関しては次の記事で紹介したいと思います。
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立てようの塔をいろんな角度から紹介したので真横からの写真も紹介します。
太陽の塔は万博終了後に取り壊される予定でしたが、撤去反対の署名運動などもあり、5年後の1975年1月23日に永久保存が決めたそうです。その後は老朽化の進行と、その維持費が増加し維持費の確保も難しくなっていましたが、懸命の努力が払われてきたそうです。そんな中で内部の再公開のために2016年10月から耐震補強・内部復元工事が実施され、2018年3月19日より再公開が実現して有料化も行われました。有料化により太陽の塔の維持に少しでも助けになることを期待しています。
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上の写真は遠見の丘にある展望タワーから撮った写真です。こちらは遠見の丘展望タワーから肉眼で見た時のイメージの写真(焦点距離:24mm)です。上の写真は105mmで撮った写真を切り取って拡大した写真だったのです。400mmのレンズだと上の写真はもっと鮮明に撮れたと思うのですが、重たいので今回は実家には持ってきていませんでした。
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追伸
2019年12月20日~2020年1月8日まで関西に行ってきます。12月22日には母と山口県に墓参りに行き、12月26日には神戸の人達との忘年会が神戸駅の近くの居酒屋であり、年末年始は子供や孫たちが実家に集まることから長い期間の関西滞在になります。その間は皆様のところへの訪問が難しくなると思います。
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万博記念公園まで山田駅から歩きました。 第77回ハイク [大阪]

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先日、私にとっては2回目の参加となる第76回ハイクの記事を掲載させていただきましたが、その1ケ月後に第77回ハイクがあり、私にとっては3回目の参加となりました。第77回ハイクのメインイベントは大阪の万博記念公園の中にある太陽の塔の内部に入ることでした。太陽の塔の塔の内部に確実に入るためには事前にネット予約をしておく必要があるので、7月に神戸三宮で行われた飲み会で参加者を募って、11名が参加いたしました。代表の人に11名の予約をしていただいて実現したわけです。下記は第70回からのリストです。私は第72回に初めて参加させていただきました。
先頭の☆マークが参加あるいは参加予定のハイクです。ハイキングに参加するきっかけは2018年12月26日の忘年会への参加でした。
    ☆2018年12月26日(水) 忘年会 権太
 第70回 2019年01月19日(土) 兵庫七福神巡りハイク
 第71回 2019年03月16日(土) 金比羅宮参拝と讃岐うどんを賞味するハイク
☆第72回 2019年04月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
 第73回 2019年05月18日(土) 奈良斑鳩の里での散策ハイク
 第74回 2019年06月15日(土) 神戸にある世界の宗教寺院巡りハイク
    ☆2019年07月16日(火) 夏の親睦会 燦(SUN)
 第75回 2019年09月20日(土) 神戸鶉野飛行場跡各種設備など散策ハイク
☆第76回 2019年10月19日(土) 京都洛西の竹林と古墳巡りハイク
☆第77回 2019年11月16日(土) 太陽の塔の内部見学(予約)と周辺散策ハイク
    ☆2019年12月25日(水) 忘年会 権太
 第78回 2020年01月16日(木) 神戸井植記念館と周辺散策ハイク
 第79回 2020年01月30日(木) 京都迎賓館と周辺散策ハイク
☆第80回 2020年02月15日(土) 丹波篠山散策ハイク

このハイキングに参加できるのは、関西に来ていて実家の宝塚に泊まるときですが、7月にこのハイキングが決まっていたので、関西に来る日を調整してあわせました。待ち合わせは大阪モノレールの万博記念公園駅で9時45分でした。実家のある逆瀬川から万博記念公園駅に行くのは蛍池駅(阪急・宝塚線)で大阪モノレールてに乗り換えていくのが唯一の方法と考えていましたが、今回のまとめ役の方から南茨木駅(阪急・京都線)で乗り換える方法もあるとの連絡が来たのでさらに調べてみると山田駅(阪急・千里線)で乗り換える方法もあることを知りました。9時30分着でまとめてみたところ出発を5分早めれば130円安く行けることが分かったので、一旦は山田駅で大阪モノレールに乗り換えて万博記念公園駅に行くつもりでしたが、山田駅から万博記念公園駅は1駅だけなので山田駅から下記の橙色のライン(━━)を歩いて行くことにいたしました。歩くことで、さらに200円節約できて蛍池駅経由と比べると合計で330円節約となりました。歩く距離は1.66kmのみでした。逆瀬川を8時13分に乘ると山田駅に9時6分に着くので万博記念公園駅には9時30分には着けますが、余裕を見て10分早く実家を出ました。紫色のアイコンは万博開催時の臨時駅(万国博西口駅、万国博中央口駅)があった場所を示しています。
          逆瀬川から       神戸三宮から
 蛍池駅・経由  650円(8:38発 乗換2回) 760円(8:30発 乗換2回)
 南茨木駅・経由 570円(8:33発 乗換3回) 650円(8:30発 乗換2回)
 山田駅・経由  520円(8:33発 乗換4回) 600円(8:30発 乗換3回)
 山田駅から徒歩 320円(8:13発 乗換3回) 400円(8:10発 乗換2回)


実家の家から逆瀬川駅まで行く時の宝塚駅方向(北方向)を撮った写真です。この日が快晴だったことが分かっていただけると思います。
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こちらが逆瀬川駅です。左に逆瀬川が流れています。
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逆瀬川の上流方向の景色です。
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逆瀬川駅を8時3分の電車に乗って4つの路線を使って山田駅に行きました。
 逆瀬川→(阪急今津線)→西宮北口→(阪急神戸本線)→十三→(阪急京都本線)
 →淡路→(阪急千里線)→山田
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今津線から神戸本線への乗換駅である西宮北口駅に隣接してある阪急の車両基地です。
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武庫川を渡っている時の写真です。左端に見えている山は六甲山の東の端にあたります。山が途切れている辺りを武庫川が流れてきます。
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十三駅の京都本線です。
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淡路駅です。この電車で十三から淡路にに来ました。
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淡路駅は大阪メトロ(旧大阪市営地下鉄)と相互乗り入れを行っている起点の駅です。写真の右の方向が阪急京都本線で、左に別れているのが大阪メトロ堺筋線です。大阪メトロの正式名は大阪市高速電気軌道です。つまり大阪メトロ堺筋線の正式名は大阪市高速電気軌道堺筋線になるわけです。市営からの民営化は2018年4月1日に行われました。大阪市高速電気軌道株式会社の株は大阪市が100%所有(資本金:2500億円)しています。
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5分待っていると大阪地下鉄(大阪メトロ)の堺筋線からの電車が来ました。この大阪メトロの車両に乗りました。千里線には阪急の車両と大阪メトロの車両が走っているのです。
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堺筋線の阪急乗り入れ部分の路線図です。大阪メトロの電車は千里線全線(淡路~北千里)と京都線の一部(淡路~高槻市)に乗り入れています。クリックすると堺筋線を含めた全線の路線図を表示します。
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山田駅に8時54分に着きました。地下通路を使って反対ホームにある東改札口に向かいました。1970年3月15日~1970年09月13日に開催された大阪万博(日本万国博覧会)のために今の山田駅の北720mの場所に臨時で万国博西口駅が作られ、大阪万博が終わった翌日(1970年09月14日)に廃止されましたが3年後に現在の山田駅ができた経緯があります。
 1969年11月10日~1970年09月14日 万国博西口駅(309日間)
 1970年03月15日~1970年09月13日 大阪万博開催(183日間)
 1973年11月23日~現在        山田駅(46年以上)
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万博開催中の臨時駅であった万国博西口駅が気になったのでネットから写真を転用させていただきました。この駅が現在の山田駅の北にあったわけです。
クリックすると拡大49年前の当時の電車や服装も興味深いです。私の伯父さんが宝塚の家に長く泊まって何度も万博を見に行ったと母が今でも話してくれますが、逆瀬川から阪急だけで行けるので、この駅を利用していたのだと思います。
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道路まで出て山田駅の東口を撮った写真です。券売機の左側に「阪急のりば(東口)」と書かれています。
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駅の前の道路から大阪モノレール方向を撮りました。大阪モノレールの山田駅が写っています。
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こちらが大阪モノレールの山田駅です。
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大阪モノレールの山田駅の方に行くと少し遠回りなってしまうので検索して出てきた最短ルートを歩きました。
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モノレールの下が遊歩道になっていました。
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こちらがモノレールの下の遊歩道です。
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最初は殺風景でしたが紅葉したイチヨウがあると癒されます。
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太い道路を横切りました。
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竹林もありました。千里は沢山の竹林があることで有名です。竹林を見ると一か月前に歩いた洛西の竹の径を思い出します。
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ここから先のモノレールの下には歩道が無くなるので横断歩道を渡ったところを右に曲がりました。
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横断歩道を渡ったところで進行方向を撮りました。大阪モノレールの車両基地の上に架かる橋を渡りました。
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大阪モノレールの車両基地の上に架かる橋の上から太陽の塔の方向を撮りました。写真が少し霞んでいるのは橋に取り付けられた安全柵の金網です。
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橋を渡り切って大阪モノレールの車両基地を撮りました。左端に写っているのが渡った橋です。
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少し歩くと高さ日本一の大観覧車REDHORSE OSAKA WHEEL(レッドホース・オオサカホイール)が見えてきました。 観覧車の仕様等を紹介します。
クリックすると拡大 高さ 123.0m
 直径 114.7m
 重量 2130トン
 乗員 424名
 耐震 免震構造(観覧車としては世界初)
 施工 阪和興業
 開業 2016年7月1日
左に見えている建物は大阪モノレールの車両基地内に建てられている本社ビルです。大阪モノレールを運営している会社は大阪高速鉄道(株)です。資本金は約145億円で、株主は大阪府(65.1%)、阪急(2.7%)、京阪(2.7%)、近鉄(2.7%)、他自治体(豊中市、茨木市、吹田市、摂津市、守口市、門真市)、他17社(銀行3、関電、大阪ガス、他鉄道会社4、商社2、家電3、三井住友海上、日立、川重)です。日立と川重は車両を納入しています。
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万博記念公園駅の前にある駐車場まで来ました。
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待ち合せている駅が見えてきました。
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クリックすると拡大万博記念公園駅に到着いたしました。
到着時間は9時20分で、集合時間の25分前でした。
万博記念公園の正式名は日本万国博覧会記念公園ですが、我々は短く万博公園と呼んでいるので記念の文字が入った万博記念公園の呼び方には少し違和感を感じます。日本万国博覧会記念公園と呼ぶ人はさすがに少ないと思います。
右の図は日本万国博覧会のシンボルマークです。
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階段を上って改札口のフロアーから歩いてきた方向を撮った写真です。陸橋の下を抜けてきました。そこに駐車場の入口があったのです。
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こちらが改札口です。時計が9時20分を指しているのが分かっていただけると思います。
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待ち合わせ時間の9時45分までは時間があったので駅から公園に向かうスロープから太陽の塔を撮りました。
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ズームを最も引いた形で撮った写真です。直接目で見た時のイメージに近い写真です。公園と駅の間には遠い方から大阪中央環状線上り(道路)、クリックすると拡大中国自動車道、大阪モノレール3線があります。写真に写っていませんが大阪モノレール3線の真下に大阪中央環状線下り(道路)があります。大阪万博が行われた49年前の1970年の時は右の写真のように大屋根から太陽の塔の首より上が突き出している景観でした。当時を思い出しました。
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驚いたことに万博開催中は北大阪急行電鉄(北急)によって千里中央駅から臨時線(1970年2月24日~9月14日)が引かれて、この場所に万国博中央口駅が作られていたのです。臨時線は中国自動車道上り線の敷地を一時的に借りて作られたそうです。最も間隔の狭いときは2分半間隔で運転されていたそうです。本写真はネットから転用させていただきました。
万博会場へのアクセスは万国博中央口駅に加えて、すでに紹介した阪急千里線(当時は千里山線)の万国博西口駅(臨時駅)と阪急京都線の南茨木駅(当時は臨時駅)からのシャトルバスの計3ケ所があったそうです。3ケ所だと思っていましたが、かずのこさんのコメントで4ケ所であることが分かりました。万博開催中は国鉄茨木駅に万博東口駅の副称が付けられ、会場までバス連絡をしたそうです。万博前は茨木駅には快速電車は停まりませんでしたが、開催中は臨時に快速列車を停車させ、万博終了後に正式な快速停車駅に格上げされたそうです。3年後に作られた山田駅の場所は万国博西口駅跡から南720mです。
 北急 万国博中央口駅 臨時駅    直結・徒歩 万博終了翌日に廃駅
 阪急 万国博西口駅  臨時駅    直結・徒歩 3年後に山田駅新設
 阪急 南茨木駅    新設駅    連絡バス  現在も南茨木駅
 国鉄 万博東口駅   茨木駅の副称 連絡バス  現在は茨木駅
写真の中のモノレールは会場内を環状に走っていた万博モノレールで現在の大阪モノレールではありません。電車が停まっている場所が現在の中国自動車道の上り線ということになります。上の写真と位置を比較してみてください。
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太陽の塔を拡大いたしました。是非とも大屋根を想像してみてください。
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太陽の塔を撮ったスロープです。
私を除く10名の内9名は9時30分の電車で来られました。残りの1名が9時40分の電車で到着して全員がそろった時の写真が右です。
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後輩の結婚式に出席 ホテル阪急インターナショナル [大阪]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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2019年6月吉日に会社の後輩の結婚式がホテル阪急インターナショナルでありました。新郎は会社での私の後輩になっていたわけですが、今は新郎とは関東と関西に分かれています。ただし、中国に行ったときに何度か会う機会もあり、神戸でも数回ほど飲み会(会食)で会う機会がありました。そんな中で結婚が決まったとの報告を2018年11月の飲み会「20種類のワイン飲み放題」の時に聞かされ、クリックすると拡大2019年2月13日に右の写真の大阪マルビルの四川料理・御馥で、結婚相手の紹介を兼ねて数人で会食をしました。その関係で結婚式に招待していただき参加させていただきました。うれしいことに新郎新婦を含めて知っている人が結婚式に19人も参加されていました。その内の18人は元々は東京で私の元にいた人でした。今はその中の17人が、私が入社した時に配属になった神戸の事業所に勤めているという偶然で、久しぶりに会う人も多く、楽しく過させていただきました。クリックすると拡大上の写真が結婚式が行われたホテル阪急インターナショナルです。結婚式が行われたチャペルは5階で披露宴会場は6階でした。結婚式場に向かう途中の阪急電車の中から撮りました。右の電車の写真は出発した逆瀬川駅のホームで撮った阪急電車です。

14時半から結婚式(下の写真と小さな4枚の写真)が始まりました。
披露宴は16時からでした。プライベートのことなので結婚式や披露宴の写真などは紹介できないので、本記事では披露宴で出された料理を紹介したいと思います。ただし雰囲気を感じていただきたいので本人や出席者が特定できない範囲で紹介したいと思います。


これがホテル阪急インターナショナルの披露宴会場です。
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クリックすると拡大クリックすると拡大こちらが新郎新婦席です。
ケーキカットは大きな写真で紹介したいところですが、この大きさで我慢してください。花のデザインはクリックすると拡大新婦のお色直しで着替えたドレスの色とぴったりでした。
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今回は新郎新婦も含めて出席者は80名でした。主賓のあいさつで近い位置の人は全員が向こう側を向いているので本写真を使わさせていただきました。
大

テーブルの中央のお花です。
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私の席のセッテングです。シャンパングラスに小さな赤いバラの花が入っているのが印象的でした。
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シャンパングラスを拡大いたしました。
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さらにバラの部分を拡大いたしました。小さくてもきれいな形の花を使っているのに驚きました。
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そのバラの花が入ったグラスにシャンパンを注いでいるところです。
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シャンパンが注がれバラが浮いたシャンパングラスです。
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みんなで乾杯です。
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クリックすると拡大最初の料理が出てきました。
料理の名前は「生ハムとメロンのカクテルスタイル ポトル酒の香りグリッシーニとともに」です。素晴らしいウエディングドレスも右に紹介いたします。みんなが投げた花びらが白いウエディングドレスに乘り、刺繍のように見えたので後ろからの写真を紹介します。クリックすると大きく拡大いたします。
Prosciutto con melone e grissini
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料理の部分を拡大いたしました。
ゆったりとした席のスペースに大きな皿が使われているケースが多かったので、デザートも含めた7皿は全て全体と拡大の2枚の写真で紹介いたします。
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こちらは2番目に出てきた「鰹と甘海老のカルパッチョ 野菜のマリネ添え 香草風味のオリーブオイルヴィネグレット」です。
Insalalata di tonno all’olio extra vergine d’oliva
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飾り付けがきれいきれいでした。結婚式にふさわしい色彩でした。
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やっぱり白ワインがほしくなります。タイミングよく白ワインを入れていただきました。
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3番目は手長海老の料理でした。料理の名前は「ラングスティーヌのソテーとレルン風味リゾット トマトコンフィのスキャンピのソース」です。
Risotte aiia limone e scampo
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ここで右側の外側から2番目に置かれていたスプーンを使いました。
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こちらが4番目の料理です。メインの魚料理に位置づけられる料理です。名前は「鯛と帆立貝の地中海風 オリーブとトマトの香り イタリアンパセリの芳醇な香り」です。
Pesce alla mediterraneo
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80人に食べごろの料理を出すところはさすがです。この時間帯は白ワインとビールをいただいていました。
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肉のメイン料理の前の5番目の一皿です。これは「ブラッドオレンジのグラニータ」です。
Gramita di arance rosse
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魚料理と肉料理の間に入れることで舌を休める役目もあるのかもしれません。
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6番目が肉料理「仔牛のアッロースト マルサラ酒ソース ポルチーニ茸とマリーユ茸のクレーマ」です。分厚く切ったローストビーフです。柔らかな肉だから出来る料理と言えます。
Arrosto di vitello alla salsa di Marsala
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写真のピントは野菜の方に合ってしまいました。
今回の新郎の会社のメンバーは神戸勤務であることから高級な神戸牛のステーキをよく食べています。結婚式を請け負っているホテルは、それに負けないような肉料理を出さなければならない使命があるのだと思います。今回は、ソースと柔らかなお肉で対抗していることが伝わってくる美味しい肉料理でした。
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デザートは7番目となります。カフェと一緒に出されました。今回のデザートは「テイラミス」でした。
Tiramisu
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ティラミスも拡大いたしました。新郎新婦は途中の料理は、あまり手がつけられなかったようですが、やっと落ち着いて食べられていました。
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コースはフランス料理のようですが、フランス語では一部だけの翻訳なのでイタリア語で翻訳すると全て出てきました。
 料理名のGoogle翻訳 → イタリア語翻訳 フランス語翻訳
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クリックすると拡大クリックすると拡大下の大きな写真がホテル阪急インターナショナルの入口です。右の小さな写真が披露宴が終わって帰られる方とあいさつをしている場面でクリックすると拡大す。
 名前 ホテル阪急インターナショナル
 住所 大阪市北区茶屋町19-19
 電話 06-6377-2100
 最寄 阪急梅田駅 茶屋町口 徒歩3分
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タグ:結婚式
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空からの大阪城 [大阪]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事で2015年8月7日のフライトJL3005の離陸を紹介したので、今回は着陸を紹介します。JL3005は成田空港から伊丹空港に飛んでいるフライトで、私の家が羽田空港よりも成田空港に近いことから関西に行くときによく利用するフライトなのです。
伊丹空港への着陸で窓の景色で特出すべき景色の一つが大阪城です。いつも通路側の席をとっていることから、私にとってはめったに見れない景色なので写真を撮りました。夕方で暗くなってきたので写真は鮮明ではありませんが丁度いい角度で写真が獲れました。以前に動画で空の上からの大阪城を紹介したことがありますが、やはり大阪城に関しては静止画の写真の方がきれいに撮れます。

上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックの面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
日本には小さな城跡も含めと数千のお城が残っています。その沢山の城の中で、天守閣があるのは下記の91ヶ所のみです。その天守閣は5種類に分類されており、大阪城は復興天守になります。名古屋城は鉄筋コンクリート製を解体して木造天守閣が建てられることになりました。2022年12月には外観復元天守から日本で6番目の木造復元天守に格上げされます。世界遺産・姫路城の補修工事中の記事はこちら→ポチッ
 現存天守   12天守 姫路城 彦根城 松本城 犬山城 松山城 .. 
 木造復元天守 5天守 白河小峰城 掛川城 白石城 大洲城 新発田城
 外観復元天守 9天守 名古屋城 大垣城 広島城 和歌山城 岡山城 ..  
 復興天守   14天守 大阪城 岐阜城 岸和田城 小倉城 岩国城 ..
 模擬天守   51天守 洲本城 郡上八幡城 富山城 大多喜城 今治城 ..
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高層ビルに囲まれた大阪城の景観も意外と趣があります。豊臣秀吉が見たら驚く景色でしょうね。大阪城には江戸期の櫓や門などが現存しており、城跡は国の特別史跡に指定されています。昭和初期に復興された天守閣は登録有形文化財になっています。
クリックすると拡大現在の大阪城の天守閣は1931年に建てられた鉄筋コンクリート製の復興天守です。オリジナルは豊臣秀吉によって1583年に築城されました。
右の絵はWikipediaから拝借した豊臣時代の大阪城(金城/錦城)の天守閣です。
 1583年 築城 複合式望楼型
 1626年 再建 独立式層塔型5重5階地下1階
 1868年 廃城 幕末の混乱時に出火し消失
 1931年 復興 独立式望楼型5重8階
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大阪城を過ぎたあたりから着陸して21番スポットに着くまでの動画を撮りました。プレーボタン( )クリックして飛行機に乗った気分になってください。伊丹空港は晴れているとの機内放送がありましたが、降下途中に景色が霞んできて突然の雨に会います。雨が窓ガラスをつたっているのが判ると思います。着陸すると雨は降っていませんでした。


飛行ルートをGoogle地図に書き込んでみました。
   飛行コース  6 大阪城  1 伊丹空港  10 大阪駅
クリックするとGoogle地図を表示

2015年2月4日にも同じJL3005から動画を撮りました。同じ時間帯でも夏と冬での明るさの違いに驚かされました。この動画は、オリジナルの着陸までの動画から大阪城あたりを切り取ったものです。右端に天守閣が現れて左側に消えるまでを切り取っています。画面の下から1/3~1/4の位置に大阪城が小さく写っています。
オリジナル動画はこちらです。 → ポチッ 着陸まで

空からの大阪の夜景 [大阪]



2015年2月4日は夕方のフライトで関西に来ました。前回(2014年12月22日)、同じフライトに乗った時に通路側(15C)の席でしたが大阪の夜景がきれいだったので、今回は窓側の席(15A)にいたしました。奈良の上空です。黒っぽく見えるところは葛城山です。右端の黒っぽく見えるところが生駒山の南端です。18:03

生駒のあたりを超えているところです。18:04


大阪平野に出ました。18:06


着陸の瞬間までの空からの大阪の夜景の動画をお楽しみください。いろんな景色を見ることが出来ます。18時07分から5分26秒の動画です。
  2分13秒後 大阪城        
  2分45秒後 大阪駅前の高層ビル群
  3分15秒後 淀川  
  5分07秒後 伊丹空港着陸の瞬間


飛行ルートをGoogle地図に書き込んでみました。クリックするとGoogle地図を表示します。
  ━━━━ 飛行コース  1 伊丹空港  10 大阪駅  6 大阪城
クリックするとGoogle地図を表示

万博公園のハス池 [大阪]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大関西に帰省していた7月に、万博公園で行われていた早朝観蓮会に行ってきました。ミツバチたちも沢山ハスに訪れていました。写真をクリックすると拡大するようにして再掲載いたしました。

場所は万博公園の日本庭園の蓮池でイベント中は6時から開園なので5時55分に来ると沢山の人の行列が出来ていました。通常は9時30分~17時です。


日本庭園の中の蓮池は6250m²の広さがあり沢山の花が咲いていました。はす池の景観をいくつか紹介いたします。
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ハス池の中央には池を見るための通路(回廊)が設けられています。
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今がハスの花が一番沢山咲いている時期なのだと思います。
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ハス池にはピンクの色の花と蓮と白いハスの花が咲いていました。
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ハス池の中には葉が水面に浮かぶスイレンも沢山見ることが出来ます。
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写真を撮る人たちも沢山来られていました。


花が開く瞬間を狙っているのでしょうか。


池の中の回廊でもカメラを構えている方を見かけました。


池の中にはカルガモ達も気持ちよさそうに泳いでいました。小さなヒナたちが大きくなったのだと思います。


上の写真ではカルガモさんの顔がよく見えないと思いましたのでカルガモさんの写真を追加掲載させてもらいました。


上から2枚目の写真で沢山の人たちが並んでいましたがお目当ては象鼻杯(ぞうびはい)だったのです。


このようにハスの葉に入れられたお酒を茎を通して飲むのです。象鼻杯は、ハスを茎の途中で切り落とし、そのハスを用いて葉に酒などの飲み物を注ぎ反対側の茎の切り口の部分から葉に注いだ酒などを飲むものです。象鼻杯、象鼻盃、象鼻杯席、象鼻盃席あるいは碧筒杯(へきとうはい)ともいわれているそうです。また、ハスを用いて飲む酒は蓮酒とも呼ばれています。


お酒をハスの葉に入れているところです。お酒でなくお茶でも飲ましてくれるので車で来た人も雰囲気を楽しむことがで出来ます。


こちらのハス池には、「大賀蓮」「舞妃蓮」「ネール蓮」など26種1200株の花ハスが植わっているそうです。種類はわかりませんが、花を紹介いたします。真白な花です。ハスは早朝に開いて昼には閉じてしまうそうなので午前中の早い時間帯に行くのがきれいな花を見る必須条件です。
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花びらが広がった姿もきれいです。
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左のように花びらが散ってしまった花もありました。蓮は独特な実がなりますね。
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冒頭の写真と同じ花ですがミツバチの位置が違います。
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クリックすると拡大早朝観蓮会の詳細は下記の通りです。
 日程: 7月6~22日の金・土・日・祝
 時間: 6時~ ※荒天中止
 場所: 日本庭園 はす池
上の写真のようなウチワがもらえました。

蕾の写真も掲載いたします。白い花の蕾ですが少しピンクも入っています。
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白い花の開いた姿です。上の白い鼻とは別の種類のようです。
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こちらはピンクの花の蕾です。
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参考にネットで掲載されていたハスの花が咲く瞬間の映像を紹介します。蕾の状態から3分間の間に花が開いていきます。

大坂と言えば串かつ [大阪]

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この日のお昼の昼食は「ぼてぢゅう」のお好み焼きにしたので夕食も大坂らしいものと思い決めたのが梅地下の串カツでした。カウンター席で二度つけ禁止のソースが入ったステンレスのケースが思い出されますが、外人の人には難しいと思いテーブル席のある串カツ屋を梅地下(梅田地下街)を歩きながら探しました。大きな串かつの張り紙を見てお店に入りました。さっそく串かつ(メニューでは串揚げ)を頼みました。右の写真はネットから拝借

大坂の梅地下の特徴は生のキャベツと野菜のステックがついてくることですが、こちらのお店でも出てきました。梅地下の伝統は生きていました。


これは野菜とウズラとタコの串カツです。
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これはキスの串カツです。こちらのお店の価格は1本がほとんどが180円以上なので、けっして安くはありません。でも、ゆっくりとテーブルで落ち着いて食べれました。
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こちらのお店はメニューを見ると焼き鳥と串カツの両方を売りにしているようなので焼き鳥も頼みました。焼き鳥も串カツも美味しかったです。
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焼き鳥や串カツ以外の料理もあったので、頼みました。


偶然に入ったお店でしたが、味はなかなか良かったのとネットで調べても詳しい掲載がほとんどなかったので、お店を紹介させてもらいます。ネットで調べると同じ名前のお店が梅田駅近辺に7軒(実際には10軒以上あると思われる)もあるので、今回のお店を地図を掲載させてもらいました。旗のマークのところのお店です。他の「むさし乃」は焼き鳥が専門のところが多いようです。
 店名 むさし乃 東店
 営業 12:00~23:00
 電話 06-6360-6528
 場所 梅田地下街 イーストモール
 住所 大阪市北区小松原町梅田地下街4-2
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大阪でお好み焼き ぼてぢゅう [大阪]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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久しぶりに大阪のお好み焼き店「ぼてぢゅう」に入りました。関西に住んでいたころは、お好み焼きを食べに「ぼてぢゅう」によく食べに行きましたが、関東に引っ越してからは、ご無沙汰していました。
今回、大阪を外国の人に案内する機会があったので、大阪の味を知ってもらおうと昼食は「お好み焼き」にすることにしました。急に決めたことなので「ぼてぢゅう」以外は思いつきませんでした。とりあえず携帯で宿泊していたホテルの近くのお店を探しました。私が頼んだのは上のネギモダンです。

入ったお店は阪急三番街地下2Fにある1969年(45年前)に開店した梅田店で伝統のカウンタースタイルのお店でした。来たときは満席で入れなかったので店の前に一人残ってウインドショッピングをしてもらいながら席が空くのを待ちました。すぐに席があいたので携帯電話で連絡してお店に集合しました。
阪急三番街が1969年11月30日に開業と同時に出来たお店なので阪急三番街も45年が経つのだなと妙に懐かしく感じました。
お店に入って、さっそく焼いてもらい始めました。カウンター席のおかげで大阪の雰囲気を味わってもらえました。
お店の名前をぼてゅうと思われている方も多いと思いますがぼてゅうが正解です。つまりではなくてなのです。なぜ「」なのだろうと調べてみました。
お好み焼きをテコで「ぼて」とかえし、さらに「ぢゅう」と焼くことが語源だそうです。
でも、ヂュウヂュウ焼く(2)と書くよりも、ジュウジュウ焼く(42,800)と書く方が多いので「じ」と「ぢ」の違いの説明にはなっていないかもしれません。括弧内数値はYahooでの検索件数です。
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外国人にはメニューの写真を見て好きなものを選んでもらいました。お好み焼きを食べに来たのですが、みなさん焼そばを頼んでいました。確かに外国の人から見たらこちらの方が美味しそうに見えるのかも知れません。
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別の外国人が頼んだのもモダン焼でした。お好み焼きの種類ではありますが、これも純粋なお好み焼きではないですね。
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せっかく外国の人に、純粋な、お好み焼きを紹介したかったのですが、思惑が外れてしまいました。そこでシンプルなお好み焼きを追加で頼んで味わってもらいました。もちろん皆さん、お好み焼きも、焼ソバも、モダン焼きも、大満足でした。もしかしたら私が一番食べたかったのかもしれません。
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お好み焼きにはビールですね。グビ、グビと何杯も飲んでしまいました。この日の夕食も大坂名物の串カツにいたしました。


店舗数を調べてみました。「ぼてぢゅう」が有名と思っていたら、実はお好み焼きチェーン店で店舗数で最大のが「道とん堀」です。2011年と2014年を比較すると両方ともに地道に延びてきている感じがします。
専門の人が作るのが「ぼてぢゅう」に対して「道とん堀は基本的に自分で作るお店です。みんなで楽しく自分で焼くのを楽しむか、専門の人に焼いてもらうのか、その時その時」に決まってくるのだと思いました。料理店として別物で比較するのは次元が違っていたような気がしました。
実は「道とん堀」は家から車で3分で行けるところにあるほど千葉に浸透しているけれど「ぼてぢゅう」は1店舗もなかったのですが、現在は酒々井アウトレット店を含めて3店舗が出来ました。
         ぼてぢゅう      道とん堀
       2011年 2014年   2011年 2014年
海外6    12    0    5   
大阪15    18    4    3   
東京13    21    29    25   
神奈川5    9    24    23   
埼玉2    3    30    34   
兵庫2    4    3    2   
愛知1    3    7    8   
山梨1    0    3    3   
岡山1    3    2    2   
奈良1    1    1    1   
千葉0    3    22    25   
その他0    7    165    170   
合計47    84    290    301   

お店を紹介いたします。
 店名 :ぼてぢゅう 梅田店
 電話 :06-6374-2254
 営業 :11:00~22:00
 住所 :大阪市北区芝田1-1-3 
       阪急三番街 B2F
 開店 :1969年(昭和44年)
 系列 :ぼてぢゅうグループ   
 特徴 :カウンター席のみ
 
「ぼてぢゅう」のなかでも「カウンター席のみ」のお店は珍しいです。

「ぼてぢゅう」は、終戦(1945年8月)から10ケ月目の1946年6月(68年前)に大阪市西成区玉出で西野栄吉さん(左の写真)が創業したお店だそうです。
その後、紆余曲折を経て、分家として「ぼてぢゅうグループ」と「大阪ぼてぢゅう」が出来て、本家は「ぼてぢゅう総本家」として続けて、長く3社で「ぼてぢゅう」の名前が使われていました。ところが2009年5月に「ぼてぢゅう総本家」が破産をして、「ぼてぢゅうグループ(東京フード)」が商標権などを引き継いだそうです。今回食べたお店は、我々が一番よく知っている「ぼてぢゅうグループ」です。その「ぼてぢゅうグループ」は、現在の社長の栗田英人さんの父である北村貞次さんにより1962年7月に創業したそうです。
クリックするとマヨネーズの説明お好み焼と言えばマヨネーズですが、それを最初に始めたのが西野栄吉さんでした。その味の噂からタカラジェンヌ達の贔屓(ひいき)のお店になったことがきっかけで大阪中に評判が広がり、現在の「ぼてぢゅう / BOTEJYU」につながったそうです。本白黒の写真は「ぼてぢゅう」のホームページから拝借させていただきました。
クリックすると拡大クリックすると拡大

ニサンザイ古墳 [大阪]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

飛行機の上から大阪平野を見ると沢山の前方後円墳に気が付かれる方が多いと思います。その中の一つに2014年2月8日に行ってみました。それが紹介するニサンザイ古墳です。上の写真はGoogle地図のニサンザイ古墳の航空写真です。

ニサンザイ古墳の周豪で幅12mx長さ45m以上の古墳時代最大の橋脚後の柱跡が新たに発見されたことが2016年1月27日に堺市文化財課から発表がありました。枠内がその掲載記事です。2013年の記事→ポチッ
幅12メートル、古墳時代最大の橋跡 大阪・堺のニサンザイ
日本経済新聞 2016/1/27 21:29
2013年に橋脚跡とみられる柱穴が見つかった陵墓参考地「ニサンザイ古墳」(堺市北区、5世紀後半)の周濠(しゅうごう)から、新たに柱穴5カ所が見つかり、堺市文化財課が27日発表した。橋は幅約12メートルで、長さは45メートル以上だったと推測でき、古墳時代最大の木橋と分かった。 全長約300メートルの前方後円墳で全国7番目に大きく、大王墓とみられている。橋は古墳の中心線上にあり、白石太一郎大阪府立近つ飛鳥博物館館長は「水をたたえた古墳での埋葬方法は分かっておらず、葬送用の橋ではないか」と推測、古墳の築造過程や葬送の様子を知る遺構となりそうだ。 2013年の調査で後円部近くに7列の柱穴を確認。橋は丁字形の可能性もあったが、昨年10月からの調査で対岸側でも7列の柱穴があることが分かった。今回の柱穴は直径66~92センチ。また、木製埴輪(はにわ)の一種「笠形木製品」も1点出土した。 古墳時代の木橋の跡は群馬県高崎市の三ツ寺I遺跡や石川県小松市の千代・能美遺跡で見つかっているが、いずれも橋幅は5メートル以下と考えられている。 陵墓や参考地は宮内庁が管理しており、周濠の調査例がほとんどない。ニサンザイ古墳の周濠は堺市が所有していたため発掘調査した。一瀬和夫京都橘大教授は「ほかの巨大古墳でも同様の施設があるのではないか」と期待を寄せた。〔共同〕

前方後円墳は3世紀から7世紀頃にかけて盛んに造成された形式で「円形の墳丘(後円部)」と「方形の墳丘(前方部)」を組み合わせた日本独特の特徴の古墳です。大きすぎて地上からの写真では、前方後円墳の形の実感を伝えるのは難しいのですが、少しでも全景を伝えらるの角度を周囲を一周して探しました。クリックすると拡大そのひとつが「方形の墳丘」の後ろ斜めからの写真です。北西方向の方向から撮りました。上の航空写真で言えば左上方向からの写真です。この写真では、左奥の方向が「円形の墳丘」です。右の前方後円墳の模式図はWikimediaから拝借いたしました。
 名前  ニサンザイ古墳
 形状  前方後円墳
 規模  全長290m 
      円墳径156m 円墳高さ24m  
      方墳幅226m 方墳高さ22.5m
 築造  5世紀後半
 被葬者 名前不明
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ニサンザイ古墳の周囲の土手を一周いたしました。2014年2月8日と言えば関東では観測史上1~2番の積雪があった日ですが関西では前日の夜から降り始めて当日は、この写真の程度の積雪でした。
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こちらの写真はもう一方の「方形の墳丘」の斜め後ろからの写真です。右奥がの方向が「円形の墳丘」です。
方向的には南西方向(左下方向)からの写真です。
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ニサンザイ古墳の周囲は住宅地であり散策路が整備されていました。
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こちらが円墳の部分です。
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円墳の正面より少し右側に池を渡る通路がありました。ただし入口には鍵がかけられており中には入れませんでした。
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ニサンザイ古墳は大阪府堺市北区百舌鳥西之町3丁にある前方後円墳で日本で8番目の大きさです。ただし世界最大の仁徳天皇陵の築造以降5世紀後半に限れば日本最大の古墳であることから、当時の大王の墓と考えられています。百舌鳥古墳群の大型古墳の中では最も時代が新しいそうです。
現在の周濠は一重ですが二重目の濠が一部確認されています。2012年に墳丘裾の護岸工事の際に行われた調査では、現在の墳丘の端から5m外側の濠の底から本来の裾部分が見つかったことから全長が300mを超えていた可能性もあるとされています。「ニサンザイ」は「ミサンザイ」、すなわち「ミササギ(陵)」の転訛したものと考えられているそうです。周囲には聖塚古墳や舞台塚古墳などの小古墳である陪塚が点在しているそうです。
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西側公園になっており子供とお母さんが雪遊びされていました。


東側は墓地になっていました。見えている森の部分がニサンザイ古墳の円墳の部分です。大阪府泉南郡岬町淡輪にもニサンザイ古墳というなの古墳があります。そちらは「淡輪ニサンザイ古墳(たんのわニサンザイこふん)」とよばれており、今回紹介の大阪府堺市百舌鳥西之町のニサンザイ古墳は「土師ニサンザイ古墳(はぜニサンザイこふん)」と呼ばれています。
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墓地の中には沢山の石碑が積み上げられていました。
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ニサンザイ古墳の北西方向には百舌鳥古墳群があり、その中に日本最大の仁徳天皇陵(大仙陵古墳)があります。仁徳天皇陵が一般的な呼び名ですが正式には大仙陵古墳(だいせんりょうこふん)だそうです。大仙陵古墳は築造年代は5世紀前期~中期とされており、日本最大(全長486m、高さ35m)の前方後円墳であり、墓域面積では世界最大でもあります。周囲の古墳と共に百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)を構成しています。ちなみに履中天皇百舌鳥耳原南陵は日本で3番目の大きさだそうです。
 百舌鳥古墳群の構成  (全長100m以上は数値を記載)
   大仙陵古墳(仁徳天皇陵)(486m)
   履中天皇百舌鳥耳原南陵(365m)
   反正天皇百舌鳥耳原北陵(148m)
   ニサンザイ古墳(290m)
   御廟山古墳(203m)  
   いたすけ古墳(146m)
   長塚古墳(102m)  七観音古墳     源右衛門山古墳
   永山古墳(100m)  菰山塚古墳     収塚古墳
   狐山古墳      銅亀山古墳     グワショウ坊古墳
   銭塚古墳      竜佐山古墳     寺山南山古墳
   旗塚古墳      樋の谷古墳     孫太夫山古墳
   塚廻古墳      丸保山古墳      
   鳶塚古墳(復元)   原山古墳(復元)
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大阪駅から関空までの小さなバス旅行 [大阪]



海外に出るのに久しぶりに関空を利用しました。
そして大阪駅から関空へは空港行きのリムジンバスに乗りました。車窓から外を眺めていると以外に楽しいものです。ちょっとした旅気分を味わえるので紹介いたします。大阪駅を出発して高速道路に乗る前にすぐに見えるのがこの建物です。

高速道路に乗ると古い建物が沢山見れます。最初に目に飛び込んで来たのは日銀大阪支店です。


日曜日の早朝のため車もほとんど見かけませんでした。


中之島公園あたりは歴史のある建物を高速道路から沢山、見ることが出来ました。きれいな橋は難波橋(なにわばし)で通称ライオン橋 とよばれているようです。橋の向こうに見えるレンガ造りの建物は中之島中央公会堂 のようです。


大阪港のあたりを通ります。沢山の中古の建設機械にスクラップの山が目に飛び込んで来ました。どこかの国に輸出でもするのかな。


発電所の高い煙突です。日本を支える産業地帯に入っていきます。


まさに産業道路です。化学会社の大きな工場が続きます。


水中貯木場も沢山見かけました。浮かんでいる材木の量は少ない気がしました。


関空の目の前に来ました。


車の窓からは沢山の飛行機が見えてきました。