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この南京錠の意味は? [黄山]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

この時は成田ではなく羽田から関空経由で中国に入りました。
そして、すでに紹介している世界遺産黄山に来ました。断崖絶壁の部分には安全のために鎖が取り付けられていますが、その鎖に南京錠が沢山付いていました。
この願掛け南京錠の意味は? → なんとなく想像つきますが答えは最後に

さらに南京錠の付いた鎖の写真を紹介します。


ほんとうに沢山の南京錠が付けられていました。鎖に直接、南京錠を取り付けたいために最近は長いシャックル(Shackle)の南京錠が多くなっているようです。


こちらは20年前の1995年9月7日に同じ黄山に来た時の写真です。この頃からすでに沢山の南京錠が鎖に取り付けられていましたが、今に比べると少ないです。この時はデジカメはなかったのでアルバムの写真を掲載いたしました。


この場所が最も南京錠の数が多かった場所です。
下は100m以上の垂直壁で、鎖に囲まれている部分はオーバーハングしています。ここに立って記念撮影をいたしました。
髪の毛が寝癖でちょっとかっこ悪いけれども、いい記念になりました。カバンも落とさないようにタスキにかけて歩きました。


20年前の1995年9月8日に同じ場所で撮った写真がありました。今回は上の写真のように霧で景色が全く見えませんでしたが、晴れたらすばらしい景色であったことが判ってもらえると思います。


迎客松が一番有名ですが、この写真の松も有名な松の一つです。この写真を見れば、願掛け南京錠の意味が分ってもらえると思います。
願掛け南京錠の答えは次の通りです。
クリックするとかく拡大恋人同士(もちろん夫婦も)で南京錠を鎖に付けて鍵を谷底に投げるのです。決して離れることがないとのことです。確かに鍵を探し出すことは出来ません。
この松の名前は「連理松」で2つの松がくっついているのです。南京錠を付けるにふさわしい夫婦松だったのです。松の上の方を撮っていなかったので右の写真をネットから拝借させていただきました。連理松は黄山・十大松の一つです。十大松とは迎客松、望客松、陪客松、送客松、黒虎松、 連理松、探海松、臥龍松、竪琴松、団結松です。


有名な黄山の景色を紹介しておきます。是非とも写真をクリックしてみてください。
この景色に向かって二人の思いの鍵を投げるのです。
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こちらも黄山(ふぁん・しゃん)の景色です。
西洋の錠前がなぜ南京錠と言われたのか調べてみました。「暮らしのことば新語源辞典」の記載内容は下記の通りでした。
わが国では外国から渡来したものに古くは「から(唐・韓)」を冠することが一般的であったが、近世には「南京豆」「南京虫」「南京更紗」などのように「南京」を冠することが多く、「南京錠」も同様で、外国から渡来した錠前の意で命名された。
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どの景色をを見ても幻想的でした。ここまで来て南京錠を鎖につけてみる価値がありそうです。カップルで是非とも着てみてください。
左の断崖の天辺に乗った小さな岩は「猿石」と呼ばれています。黄山に住んでいた猿が人間の娘に恋をして、下界を眺めている内に石になったと言い伝えられています。数年前に、この猿石が倒れて、なおす工事が行われたと聞きました。
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このようなところも歩きます。両方ともに同じ場所です。左が下から撮った写真で右が上からの写真です。霧のために下が、まったく見えませんでしたが上も下も100m以上の垂直の壁だそうです。晴れていたら相当に怖かったと思います。以前に紹介した美人のガイドさん(赤い服の人)は慣れた感じで軽やかに歩かれていました。
クリックするとガイドさんを拡大します。

航空写真で黄山を紹介します。このあたり一体が黄山です。ほんの一部だけ人が近づけることが判ります。今までにロープウェイは3本とも乗りました。乗った回数は12回です。この時は太平ロープウェイで登って玉屏ロープウェイで下りました。
   北海賓館 宿泊したホテル
   訪れた絶景スポット 清凉台 白鵝峰 飛来石 光明頂 蓮花峰 迎客松
   太平ロープウェイ 1回 3704m長 1997年7月完 オーストリア製
   玉屏ロープウェイ 3回 2012m長 1996年9月完 オーストリア製
   雲谷ロープウェイ 8回 2804m長 1986年5月完 日本製
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より大きな地図で 黄山 を表示
以前に「4分間だけの景色」というタイトル紹介した景色です。クリックすると記事を表示します。
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日の出の時間帯の景色です。こちらもクリックすると記事を表示します。
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タグ:南京鍵 黄山

黄山の「岩」と「松」 [黄山]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大クリックすると拡大黄山を一言で言えば「岩」と「松」と「雲」の芸術です。今までに紹介した景色は天気が「霧」であったことから右の写真のような「雲」を中心とした幻想的な景色を紹介しました。
黄山には20年前から6回ほど来ていることから、ここでは晴れた日の写真が含まれる昔の写真を中心に「岩」と「松」の魅力的な景色を紹介したいと思います。上の写真は見事に晴れた時の写真です。

こちらでは8枚の写真を2秒間隔で表示いたします。黄山の山々は古生代(5億4200万~約2億5100万年前)の間にできたそうです。その後、1億年以上の歳月の間に氷河や風雨による岩石の浸食が繰り返され、現在のような断崖絶壁の景観ができあがったそうです。代表的な景勝ポイントとしては蓮花峰、光明頂、天都峰、煉丹峰、獅子峰、始信峰、鼈魚峰、西海群峰、東海奇景、筆峰、筆架峰、芙蓉嶺、玉屏峰、鰲魚峰、清京台、白鵝峰、皮蓬、迎客松、黄山温泉、一線天、蓬莱三島、鯽魚背、天都峰、竜頭石、酔石、飛来石、九竜瀑、百丈瀑、人字瀑、鉄線潭、五竜潭、翡翠池、神仙洞、慈光閣、玉屏楼などがあります。黄山(ファンシャン/こうざん)は1990年に世界遺産に登録されました。


こちらの写真の黄枠の中を注目してください。この次の写真は黄枠の部分を拡大したものです。写真をクリックすると拡大します。
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こちらが上の写真の黄枠部分を拡大したものです。人が立っているのが判ってもらえると思います。我々の仲間3名が、隣の岩場の上に登った写真です。ここに行くためには、かなり下りて登ることが上の写真から判ってもらえると思います。


こちらの写真が、向こう側(黄枠の部分)に渡った仲間が、我々を撮った写真です。一番右側の水色のズボンを履いているのが私です。いい記念になりました。この後、我々も上の写真の岩場に登りました。


解像度が悪くなりますが人のいるところを拡大いたしました。私も含めて仲間5名が写っています。一人が手を振っています。
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こちらも有名な観光スポットとです。岩場の上に大きな岩が乗っています。この大きな岩が飛来石です。飛来石が乗っている峰には飛来峰と名前がついているようですが、わざわざ飛来峰とは呼ばずに飛来石と呼んでいるようです。


上の写真から飛来石の部分を拡大いたしました。人が写っているので飛来石の大きさが判ってもらえると思います。完全に平らの岩場の上に不安定な形で乗っていることも判ってもらえると思います。


もちろん飛来石のところまで行き、記念写真も撮りました。右の写真で飛来石の大きさが判ってもらえると思います。
クリックすると拡大クリックすると拡大飛来石には金色の文字が書かれていました。右の緑色の文字の写真はネットから探しました。金色の文字の方は右下の写真の文字の部分の縦横比を調整したものです。 文字の色が違うのは色を塗り替えたか変色したのだと思われます。文字は「畫境」あるいは「書境」あるいは「晝境」だと思われます。第一候補の「畫境(画境)」の意味は次の2つです。
 ①絵にかかれた境地・雰囲気
 ②絵をかくときの心境


きれいに晴れた写真は少ないので、こちらも掲載させていただきました。こちらの写真は、次の南京錠をテーマにした記事にもつかわさせていただきます。


縦長の写真で黄山の「岩」と「松」を紹介します。クリックすると拡大します。
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黄山には3本のロープウェイがあり、いずれも乗りました。いずれも乗ったゴンドラからの景色です。
  名前           完成   全長  高低差 
 云谷索道(雲谷ロープウェイ) 1986年5月 2804m 773m 日本製
 玉屏索道(玉屏ロープウェイ) 1996年9月 2012m 750m オーストリア製
 太平索道(太平ロープウェイ) 1997年7月 3704m 1015m オーストリア製
雲谷ロープウェイ 1995年9月7日に初めて乗りました。
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玉屏ロープウェイ 完成した年、1996年10月17日に初めて乗りました。
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太平ロープウェイ 2006年3月20日に初めて乗りました。
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黄山の最高峰である莲花峰(蓮花峰 1864.8m)に登った時の写真です。右の写真は籠に乗っていますが、念のため2台の籠を雇っていて、試しに莲花峰からの下りの一部で少しだけ乗った時の写真です。登りはすべて歩きました。



こちらは1回目(1995年9月7日 左)と3回目(1996年9月27日 右)に来た時に皆で撮った記念写真です。右の写真は雲谷ロープウェイの乗り口で撮った写真です。こちらの写真もクリックすると拡大いたします。
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タグ:黄山

有名な「迎客松」の前で昼食 [黄山]



この日は黄山の上の北海賓館を出発して、その周辺を散策した後、白鵝峰に行き4分間の景色を見た後に光明頂を通り、険しい道を下りて中国で最も有名な松の一つである迎客松まで来ました。その迎客松の前にある玉屏楼賓館で昼食をいただきました。上の写真は鶏肉とチンゲンサイの料理です。

迎客松のところに行ったことがある人でもこんなレストランあったかな! と思う人も! でもあったんです。すべてガイドのサイさんの旅行会社がアレンジでした。食材や水を運び上げるのが大変な場所ですがフルコース料理を出していただきました。食事の部屋は玉屏楼賓館で一番の部屋に案内していただきました。


フルコースの料理の一部を紹介いたします。山の料理だけあっていつもよりは野菜や茸が沢山、使われていたような気がします。
 野菜とキノコの料理                肉の煮込み料理、

 スープ                        ハムと野菜の炒め料理

 高菜の漬物と筍の炒め物            ダックの皮と竹の子料理


レストラン玉屏楼賓館で我々の部屋の担当服務員の女性を紹介いたします。心のこもったおもてなしも素晴らしかったです。そして有名な黄山の迎客松のすぐ横で食事が出来たことは素晴らしい記念になりました。


さすがに運動の後はビールがうまい。ビールの名前はズバリ「一品黄山」でした。 上の写真の料理以外にも沢山の料理を出してもらいましたが、運動したおかげなのか料理は全て平らげてしまいました。右の料理は、この辺りの渓流で採れる魚の清蒸です。 もちろん活きた魚を料理しているので身はプリプリで新鮮です。
     

ビールのラベルに描かれているのが、この「迎客松」です。もちろん記念撮影をいたしました。下の写真とビールのラベルの絵を比べてみてください。迎客松は、玉屏楼左側にある樹齢800年、高さ10メートルの黄山のシンボル的な松で、岩肌に根を張っています。 片方だけ伸びる枝は、まるで人が腕を伸ばし、訪れる客人を歓迎しているように見えるので、この名前がついたそうです。1994年には人民大会堂の東の大広間にも黄山の画家である劉暉作の国画「迎客松」が飾られたほど有名な松です。このときは松の治療か、手入れかのためか足場が組まれていました。


クリックすると拡大今回の黄山散策の右の写真のメンバーの中に20年前からの親しい人が3人一緒だったのです。出会ったのは1995年4月12日と1995年9月5日でした。その3名の記念写真を迎客松を背景に撮らせてもらいました。もちろん写真掲載の了解をいただいています。最後の写真は私です。



懐かしい3人の中の2人との20年前の記念写真です。上の3人の内、どの人か判りますか。左の人はいつも眼鏡をかけているのですが、この写真を撮る時だけ眼鏡を外したのは、いまだに謎です。


食事をして迎客松で写真を撮った後は玉屏ロープウェイ(玉屏索道)で霧の中を下りました。
ほんとうにいろんな意味で濃度の濃い黄山散策となりました。
すばらしい思い出になると思います。


オレンジ色のラインのロープウェイを降りた後は車で近くの世界遺産の村である宏村を見た後、黄山市内で食事をして、黄山空港から夜のフライトで上海に移動いたしました。翌日に日本に帰りました。
つまりこの日の行動をまとめると北海賓館→清京台→周辺散策→北海賓館(朝食)→黄山景勝地散策→白鵝峰→光明頂→険しい道→迎客松(昼食)→玉屏ロープウェイ→車→宏村(世界遺産)→黄山市内の食事→黄山空港→飛行機→上海、とハードスケジュールとなりました。
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光明頂 黄山第二の主峰  [黄山]


写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

上は世界遺産・黄山で、第二の高さの峰である光明頂の石碑の文字です。石碑から海抜1860Mの文字が読み取れます。

この石碑は下記の地図のの位置です。泊まっていた北海賓館の周りを散策した後に、赤いラインの道を歩いて黄山で最も有名な松である迎客松を目指しました。黄山の最高峰は標高1864.8mの莲花峰(蓮花峰)です。黄山の高い峰への道は単独で険しいのですが、驚いたことに、我々が歩いた道の途中に黄山で第二の高さ1860mを誇る峰である光明頂があったので紹介します。第二の主峰でありながら光明峰ではなくて光明頂なのは地形に関わっているようです。


光明頂では全員で右の記念写真を撮りました。明代普門の和尚は、かつて光明頂の上に大悲院を創建し、現在残るその遺跡は、華東地区で標高が最も高い場所にある気象台として使用されている。 光明頂の名前の由来は、高くて広々としており、日光照射時間が長いことから光明頂の名前が付けられたそうです。 ここからは、東海奇景、西海群峰、煉丹峰、天都峰、蓮花峰、玉屏峰、鰲魚峰など諸峰を眺めることができます。この峰の特徴は他の峰が尖った形をしているのに対して 地形が平坦なことです。黄山の日の出と雲海を鑑賞するベストスポットの一つとなっていると書かれていました。光明頂の石碑で記念の写真を撮ってもらいました。
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こちらは光明頂からの景色ではありませんが、光明頂から歩いて10分ほどのところにある峠からの景色です。位置的に光明頂に近い場所から南方向の景色です。
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上の写真の右の辺りを拡大いたしました。少し時間が違うので雲の形は若干ですが違います。
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こちらは光明頂からの景色です。歩いてきた北方向の景色です。


こちらが遺跡の上に建つ黄山気象観測所です。
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こちらが光明頂から見た南方向の景色です。確かに手前のほうはなだらかな景観です。
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こちらは遠方の景色です。さすが最高峰との差が僅か4.8mの高さです。


岩場が安全に歩けるように鎖が張られていました。この鎖を持って岩場を歩きました。一番上まで登って記念写真を撮りました。
アドベンチャーを感じさせてくるの岩場でした。
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光明頂から見た南方向の景色をさらに2枚紹介します。
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やはり雲と松と岩の景色でした。天気がよかったらすばらしい景色のような気がします。
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黄山山頂の朝食 [黄山]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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黄山の夕食を紹介したついでに朝食も紹介いたします。黄山山頂の夕食も豪華でしたが朝食もなかなかでした。

朝食は大回転テーブルのため料理が判りにくいと思い半分づつ拡大写真を掲載します。こちらが左側で
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こちらが右側でした。
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食事の部屋は山の上とは思えないほど豪華ですね。
黄山山頂の昼食も掲載しました。ここ黄山は世界遺産です。


宿泊した北海賓館です。少しずつ増築されているのがわかってもらえると思います。


北海賓館は裏黄山の有名な景観の場所が近くに沢山あります。朝食前にみんなで見に行った場所を紹介いたします。早朝に朝日を見に行った清凉台も近くにあります。
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我々が前日に登ってきた太平ロープウェイが見えます。
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景色はすべて北方向の景色です。裏黄山あるいは後黄山と呼ばれています。
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どこまでも続いていました。
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黄山の景観である岩と松と雲です。
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特に早朝であったこともあり、どの景色をを見ても幻想的です。猿石が見えます。
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こちらも有名な場所です。
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こちらは1995年9月7日に同じ場所を撮った景色です。初めて黄山に来た時の写真です。20年前なので、まだデジカメはありませんでした。何度見ても、ここの景色は飽きません。写真をクリックしてもらうと、この写真が1995年9月7日に撮られたものだと判ると思います。この時、中国は3回目で9月4日から9月9日まで滞在していました。
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黄山での荷物運び [黄山]



世界遺産である中国・黄山での食事いくつか紹介しましたが、それらのホテルには車が走れる道路がつながっていないために食材も含めて荷物はすべて人力で運びます。かなりの重さのものを運んでいます。天秤棒以外にもう一本の棒を使うのが特徴です。両肩に荷重を分散させるのとバランスをとる為のに、この棒を使うようです。

これはホテルのシーツを運んでいるところです。軽いので楽そうに、ほとんど走っていました。水の汚染を防ぐために地上で洗濯するそうです。最近は結構環境に気を使い始めました。後ろの人は人を運ぶための籠を担いでいます。厳しい坂なので必要な人も沢山いるのです。いざとなったら頼めます。私の写真が使われている記事(HP)を見つけました。→ポチッ
私の記事の写真は皆さんに自由に使ってもらうつもりで掲載しているので利用して掲載しても問題はありません。


こちらは私がはじめて黄山に来た20年前の1995年9月8日の写真です。担ぎ方は昔から変わらないですが、この頃は1人100kgを運んでいました。


こちらも昔の写真ですが、ほんとうに大変そうでした。黄山の最高峰は1864mです。100kgの荷物を担いで標高差1500m以上を登るとは信じられない体力です。さすがに頻繁に休憩しながら歩かれていました。このときに運んでした荷物は散策路の整備やホテルを建てるための資材が多かったと思います。


地図内の赤いラインが昔から荷物を運び上げられていた登山道です。


云谷索道(雲谷ロープウェイ)の山上の駅である白鹅岭から南にある黄山の最高峰の莲花峰(蓮花峰)の方向の写真です。正面の高い山が蓮花峰か、あるいは天都峰かもしれません。地図の赤いラインから照合すると、この写真の左下方向から写真を撮っているあたりに登ってくる登山道で荷物を運び上げています。大変な仕事であるとわかってもらえると思います。前記事で紹介した黄山の険しい道を見ると、黄山を見て歩くことが出来るのは長い間の沢山の人による資材の運搬や道を作る努力によって達成できたのだと思いました。
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タグ:黄山 荷物

黄山の道 [黄山]


                    
名峰「黄山」の表黄山裏黄山などを何度か紹介させていただいていますが、ここでは黄山の道を紹介いたします。ロープーウェイで山に上がっても山頂の散策の道は険しいです。特に上の写真の部分は険しくて有名。

この場所で道を下から見ると、急な道であることが判ってもらえると思います。


同じ場所を上から見るとこの景色です。 この上に丸い石があるのです。
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その上の部分の写真です。岩の割れ目を歩いて下ります。黄山の山頂近くで泊まっていた北海賓館から黄山の松で最も有名な迎客松に行く道の途中に、今回紹介の険しい道がありました。


道は遥かかなたに続いています。岩の尾根を左上に向かって登っているのがわかってもらえると思います。この道が黄山の最高峰である莲花峰(蓮花峰)に登る道かもしれません。
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岩に張り付くような道が多くあります。この道壊れることはないかな。と心配しながら! でも景色はすばらしいのです。岩から道が張り出しているので、知っていたら歩けない人もいるかもしれません。


人が下りて行く写真だと迫力が伝わるかもしれません。いかがですか。歩いている人は、霧で下が見えない方がいいかもしれません。


こちらの道も迫力があります。やはり岩から道が張り出しています。


これが黄山の一部分の地図です。上のオレンジのラインのロープウェイ(太平索道)で黄山に登り赤色ラインを歩き、下側のオレンジラインのロープウェイ(玉屏索道)で黄山を下りました。途中の北海賓館に泊まりました。1995年9月8日のことですが、右側のロープウェイ(云谷索道)は初めて黄山に来た時に乗ったロープウェイです。そのロープウェイの車体は驚くことに日本製(川崎重工業製)でした。その時はロープウェイは1本だけでした。北海賓館は標高1630mあたりにあります。クリックすると広範囲の黄山の地図を表示します。
   名前                 完成     全長    高低差 
  云谷索道(雲谷ロープウェイ) 1986年5月 2804m  773m
  玉屏索道(玉屏ロープウェイ) 1996年9月 2012m  750m
  太平索道(太平ロープウェイ) 1997年7月 3704m 1014.5m
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体力的に自信のない方のためには籠が用意されていました。


こちらが表黄山あるいは前黄山です。
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そしたこちらが裏黄山あるいは後黄山です。
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タグ:黄山

夕食の薬膳スープ [黄山]



すこし古い記事だけれど再掲載させていただきます。
世界遺産の中国黄山の山頂のホテル北海賓館の夕食に出てきた薬膳スープ 食べ終わった後に知りました。レストランの入り口に大きな壷があり蓋を開けてみてスープを発見!!

この壷の中で暖められています。
         

壷の中に棚があり小さな壷がずらり並べられていました。壷の一番下には炭が置かれて暖められていました。
         

紫のマークの位置に北海賓館が建っています。このあたり一体が黄山です。空色のマークは下で紹介している黄山の写真を撮った場所です。清凉台と白鵝峰です。
クリックすると地図を表示
より大きな地図で 黄山 を表示
北海賓館を拡大いたしました。紫のマークの絶対位置は上と同じです。近くには以前に泊まったことがある西海飯店もあります。
クリックすると地図を表示

北海賓館から朝食前に見に行った日の出の時間帯の景色です。
写真をクリックすると記事を表示します。
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以前に「4分間だけの景色」というタイトル紹介した景色です。
こちらも写真をクリックすると記事を表示します。
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黄山山頂の夕食 [黄山]



舞うの記事で薬膳スープを紹介させてもらったので、その食事を紹介します。
世界遺産の黄山山頂の北海賓館で夕食を食べる機会を得ました。最近は人気の場所なので山頂で泊まるれる人は限られた人数になってしまうので貴重な経験でした。 13名だったので沢山の種類を食べることが出来ました。
ここは車はこれないため、これらの料理の食材はすべて人が担いで運び上げたものです。高い山の山頂でこれほどの料理が食べれるとは思ってもいませんでした。貴重な料理であることから、前菜を除いた全ての料理を出てきた順番で時間も入れて紹介いたします。

先ずはスープから ただし、この前に前菜が10品程度でます。この時点から経過時間をカッコ内に書いています。
                                       18:19(0分後)


細い筍と金華ハムの料理です。
                                       18:21(2分後)


豚の角煮のようなおいしい料理でした。料理の名前は红烧肉か东坡肉だとyouziさんに教えていただきました。
                                       18:25(6分後)


これは変わっています。素材はグリーンピース カップの中にスープ カップを持ち上げるとスープが流れ出してグリーンピースと混ざります。写真は少し持ち上げてスープを流したところです。
                                       18:26(7分後)


山菜中心の食事でした。これはゼンマイかな?
                                       18:29(10分後)


この料理の名前も判りませんが、山の食材が多いです。
                                       18:30(11分後)


ここで料理長さんが紹介されました。                                  
   18:32(13分後)

魚にお茶葉をまぶして笹の葉っぱをかぶせて料理してあり香ばしかったですね。なかなかいい料理でした。
                                       18:33(14分後)


肉団子が入ったスープです。 ここで少し料理の間隔があきました。こちらの料理の名前も youziさんに教えていただきました。こちらは狮子头だそうです。
                                       18:45(26分後)


お皿の三段重ねで料理を食べます。すべて取り分けてくれるので食べやすいけれど食べすぎてしまいます。
                                       18:49(30分後)


香ばしい料理です。
                                       18:54(35分後)


いろんな野菜の入った料理でした。珍しく煮物のような調理方法でした。
                                       19:03(44分後)


紹介した薬膳スープもあります。 写真をクリックするとサイさんが説明してくれます。
                                       19:05(46分後)


変わった道具も使っています。
                                       19:08(49分後)


前の料理から50分後にしめに入りました。菜めしそのもの!
                                       19:58(1時間39分後)


サイさん曰く「基本的には安徽料理だけれど日本人なので味を薄くしてあるみたい。」確かに美味しかったですね。さらに野菜を2品
                                       20:02(1時間43分後)


                                       20:04(1時間45分後)


翌日の朝の6時10分のホテル(北海賓館)近くの景色です。早起きしたおかげで、この夕食のメンバーの中で私だけが見ることが出来ました。
写真をクリックするとその時の記事を掲載いたします。
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名峰「黄山」の水墨画 [黄山]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

この絵は名峰「黄山」の水墨画です。黄山には今までに6回来ていますが、お土産を買ったのは1回だけでした。それがこの水墨画です。
20年前の1995年9月8日に初めて黄山に行ったときに水墨画を2枚買いました。その中の一枚が上の水墨画です。こちらは黒の墨だけの水墨画でした。

絵だけを持ち帰って下のように2枚共に日本で額に入れました。
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もう一枚の水墨画がこちらです。こちらは、少しだけ青い色がつけられています。少し青みがかかった水墨画に目が行き最初に、こちらの青みがかかった水墨画を買いました。そして水墨画らしい水墨画と言うことで上の絵を買いました。


額に入れた状態も紹介します。写真は少し斜めからになってしまいました。正面だと表面にカメラが反射してうまく撮れなかったのです。


どちらの画にも名前のところに嘉福寫と書かれています。「嘉福寫」は「嘉福が書いた」という意味なので嘉福という名の人の作品です。2枚は同じ作者のようです。この水墨画は黄山の麓のホテルで購入しました。有名な人の画には偽物が多いので気になっていました。もちろん偽物がでるような有名な作者なのかどうかも、まったく判りませんでしたが、雰囲気が2枚とも気に入っていました。
クリックすると拡大最近、この作家の方を黄山でガイドしてもらったサイさん(右の写真の方)に調べてもらいました。 驚いたことに、この作家の方は元は男優で、今は画家だそうです。そのような経歴なので、画家としては有名ではなかったことから、偽物はほとんどないとのことなので安心しました。
名前:劉嘉福(刘嘉福) 北京の人 落款の字は「嘉 福」
ネットで調べてみると1988年の日本の映画「敦煌」に、この人の名前がありました。サイさんにも映画「敦煌」に出演している劉嘉福であることを確認いたしました。

敦煌では敵軍の将軍の役 範將軍
中国映画芸術家学会会員 1943年4月1日うまれ
北京電影制片廠の俳優。1943年4月1日うまれ、北京市の人、回族
1966年に北京電影學院を卒業し、北京映画撮影所俳優劇団に配属し以来20部以上の映画に出演
出演した主要な作品                            
《南征北戰》(團長)、《牛角石》(拖拉機手)、《年輕的朋友》(團長)、《紅雨》(玉柱)、《海上明珠》(大海)、《海囚》(唐金德)、《雙雄會》(劉學敏)、《蘇祿國王與中國皇帝》(紀剛)、《敦煌》(範將軍)、《蘭天劍》(工程師)、《山鄉驕子》(四旺)、《泉水默默地流》(方蘇)、《嶽臨城下》、《雷雨》など 現在、中國電影表演藝術家學會會員。
右の写真(劉嘉福さん)はネット から拝借しました。 

敦煌のキャスト
西田敏行、佐藤浩市、中川安奈、新藤栄作、原田大二郎、三田佳子、柄本明、綿引勝彦、蜷川幸雄、鈴木瑞穂、田村高廣、渡瀬恒彦、辻萬長、頭師孝雄、頭師佳孝、伊藤敏八、竹村晴彦、松村冬風、加藤和夫、洪学敏、劉嘉福、趙汝平、高?、李澤泉、旺堆、熱依木、鳥木絢人、天田益男 、重水直人、高橋成悟、池上尚吾、澤山雄次、矢山治、佐々木文夫、山田明郷、森岡隆見、木村栄、長沢遼、鞆森祥悟、宮坂ひろし 、夏坂祐輝、山田博行、竹之内啓嘉、大木戸真治、小林清志、峰恵研、勝生真沙子、阿南美佳 、木原清久、内田大貴、久世七曜会、丹波道場、

映画「敦煌 」のあらすじ(ネットより)
北宋のころ主人公、趙行徳(佐藤浩市 )は科挙の最終試験を受けるため首都開封にやってきた。行徳に出された問題は「西夏対策を述べよ」であったが、西夏が単なる辺境だと思っていた行徳はまともに答えることが出来ず、受験に失敗する。 敦煌DVD
失望感のあまり自暴自棄になっていた行徳は、ひょんなことから西夏の傭兵、朱王礼(西田敏行 )に拾われて、漢人部隊の書記となった。辺境だとばかり思っていた西夏はシルクロードの拠点として仏教文化の華開く砂漠のオアシスだった。こうして月日は流れた。やがてその才能を認められた行徳は、恋人であるウイグルの王女・ツルピア(中川安奈 )の庇護を朱王礼に託し2年間留学することとなった。しかし留学期間が延び、ようやく西夏に戻ったときには、ツルピアは既に西夏の皇帝李元昊によって見出され、力ずくで取り決められた妻としての輿入れの日だった。婚礼の席上、ツルピアは隠し持っていた剣で謀反を企てようとするが李元昊に見破られ失敗、そのまま城壁から身投げしてしまう。失意の行徳をよそに、朱王礼は皇帝への反乱を決行し、戦死する。行徳は敦煌の文化遺産を戦乱から守ることを決意する。

                              
写真と比べてどうでしょうか。水墨画はタイトル世界遺産 4分間だけの景色で紹介した下の写真の表黄山を山の下から描いた感じです。
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こちらは裏黄山の早朝の景色です。記事世界遺産 幻想的な朝の景色に出会えました。でも黄山の景色を紹介いたしました。
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それ以外の黄山の景色です。写真をクリックすると拡大します。
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1990年には中国芸術学会から劉嘉福山水画集が出版されており画家としても有名になってきたと思われます。
日本のネットサイトで劉嘉福の水墨画の写真を見つけました。押されている印はそっくりです。この水墨画は(株)縁のホームページの商品紹介の中にありました。絵は掛軸で掛軸の寸法は縦155cm x 横53cmから山水画自体の寸法を類推すると65x43cmになります。我家の山水画の寸法は額に入っているので正確には判りませんが、こちらも類推ですが2枚共に64x42cmなので、ほぼ同じ寸法と言えます。我家の画の方が繊細で柔らかな感じがします。
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中国のネットサイトでも劉嘉福の水墨画も出ていました。一番左の水墨画は私の2枚目のように色が使われいる上に画風も似ています。黄山松云と名付けられた掛軸で2008年春の競売会に出品され2008年4月29日に競売が成立した作品です。作品は掛軸に貼られている画で、130×64.5cmと比較的大きいです。作品の種別は国画とのことです。
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世界遺産 4分間だけの景色 [黄山]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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早朝の黄山を紹介させてもらったので、こちらも紹介させていただきます。
霧に覆われ始め次の瞬間には景色は霧で覆われ見えなくなってしまいました。ここは黄山の南側で南側一帯は表黄山と呼ばれています。北側の裏黄山も魅力的でしたが表黄山の、この景色も息を呑んでしました。今回まで黄山は桂林と同じ石灰岩と思っていましたが実は花崗岩なのです。花崗岩が風化してこんな景色が!!! 自然現象とは言え関心してしまいます。黄山は松と雲と山の世界でした。
写真の記録から見ると上の写真は9時6分30秒に撮影したものです。

この下の写真は9時7分29秒(59秒後)でした。上の写真に比べると雲が増えているのがわかると思います。ほんの1分間で景色が変わっていきました。
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この写真は9時9分16秒(2分46秒後)でした。これも冒頭の写真とは僅かな時間差です。この後すぐに山の景色が見えなくなりました。これらの景色を見ることが出来たのは4分間でした。まさに4分間だけの景色でした。
ここは白鵝峰(峰は正確には山へんに令)という場所です。
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私の写真が次のホームページに使っていただいたので紹介いたします。You Tubeのメール機能で写真利用希望の連絡はいただき承諾させていただいた結果ホームページ完成の連絡をいただいたわけです。そのホームページを紹介いたします。お父様のために息子さんが作られたそうです。
 名前 平岡整体院
 URL http://seitai-hiraoka.com/index.html

日本のTVでも頻繁に黄山が取り上げられるようになりました。
TBS THE世界遺産~黄山  「雲海わき立つ天下の名景」
安徽省南部の大小72の峰々からなる「黄山」。美しい景色の黄山は、中国随一の名山と称えられ、李白を初めとして、この地を訪れ魅了された詩人や画家は数知れず、多くの優れた詩や芸術作品が生み出された。1990年、自然と文化の複合遺産として世界遺産に登録された。現在、中国十大風景名勝の1つに数えられ、年間約200万人の観光客が内外から訪れる。雲海 「瀑布雲」と呼ばれ、巨大な雲の滝が山々の間を流れ落ちるように見える絶景は圧巻。
水墨画 地元で水墨画を描き続ける画家を取り上げ、いかにして雲海が描き出されるかをカメラが捉えた。

世界遺産 幻想的な朝の景色に出会えました。 [黄山]

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前日の夕方にロープーウェーで世界遺産の黄山の山頂へ! それも特別に営業時間外の運行をしてもらって山頂のホテル北海賓館で一泊しました。
上の写真は、その前日の状態です。
山頂は霧! 嫌な予感! ほとんど何も見えなかった前年の再現!か?

でも前年と違うのは時間帯! 去年は50km離れた市内のホテルから朝出発したこと! 時間的な違いに僅かな期待!
だけど次の日の朝も霧 う~~ 残!!!!!!!!!
その日の日出の予定時間は6時10分
霧で景色は見えそうもなかったけれど、とりあえず御来光スポットの清凉台に行くためホテルを5時30分に出発し、 懐中電灯を頼りに! ではなくて携帯電話の液晶画面の光を頼りに清凉台まで!(懐中電灯を忘れただけのこと。) 5時40分の時点では暗闇と霧で全く見えない状態でした。
ところが5時51分に突然、霧が晴れ始め幻想的な景色が現れ始めました。暗いけれど遠くの山の形がわかります。写真をクリックするとより判りやすいと思います。
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6時02分に撮ったものです。本当にラッキーでした。ガイドのサイさんもホテルを出発する時から、今日は景色が見えないと思います。と何度も言われました。日の出少し前です。 こちらで、最も気に入っている写真です。是非ともクリックして拡大写真を見てください。
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6時10分です。丁度 日の出予定時刻です。もちろん雲と霧で太陽は見えませんが幻想的な景色が明るくなってきました。 こちらもクリックすると拡大します。
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6時22分です。日の出から12分経つと随分と明るくなりました。こちらもクリックすると拡大します。
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ちなみに写真の女性は今回の我々のガイドのサイさん。日本語が上手の上、美人!ブログに載せることの了解をもらいモデルになってもらいました。もちろんサイさんもこのブログは見れます。


5時34分にフラッシュを使って写真を撮りました。霧の深さがわかって貰えると思います。確かに、この霧であれば、サイさんの言われる通り、遠くの景色はまったく見ることが出来ないはずでした。


5時51分にサイさんと記念写真を撮ると、こんな感じでした。 暗いけれど霧が晴れて遠くに山が影が見えるのが判って貰えると思います。ここは中国の世界遺産 黄山です。


黄山は日本語では"こうざん"と読みますが、最近では日本人同士でも、中国語読みの"ファンシャン"と呼ばれることが多くなった気がします。黄山は広大な154km²の範囲に標高1864mの蓮花峰をはじめとした千数百mを超える沢山の山で構成されています。
明るくなって扇子松(Fan Pine tree)の前で記念撮影をしました。
この後は北海賓館に戻って朝食にしました。
皆で朝食を食べた後に、この場所でみんなで記念撮影をいたしました。早朝の話をすると皆さん残念がられていました。
サイさんにお子様が生まれたと、人伝に聞きました。サイさんおめでとうございます。

赤い防寒着は北海賓館が貸してくれたものです。


さらに、この時の仲間の一人で、中国をはじめとして多くの国に何度も一緒に出張した人(XXさん)が、2015年1月17日に結婚いたしました。
XXさんおめでとうございます。右の上側の写真が黄山でのXXさんとサイさんで、下側がXXさんの結婚式の写真です。顔が判らないように小さな写真にさせていただいたおります。偶然ですが、私は同じ日である2015年1月17日に中国の安徽省で別の人(YYさん)の結婚式に参加させてもらい、二次会ではXXさんとYYさんの二次会をインターネット回線を使ってつなぎ、両方の二次会に参加できる予定でしたが、残念ながら日本側のネット回線の不具合のためにXXさんのソーシャルネット二次会には参加できませんでした。
右および下が中国での二次会の会場の写真です。新郎(YYさん)と新婦席の後ろの大きなスクリーンにXXさんの二次会会場の様子が写り出されるはずでした。ちなみにXXさんもYYさんも日本人です。縁があることに結婚式に参加した安徽省は本記事の主題である黄山があるところです。