実家での夕食は「てっちり」でした。 [話題]



今年も大晦日となり最後の記事になりました。今年は意識して365記事を投稿いたしました。今年もお世話になりました。よいお年をお迎えくださいませ。大晦日(おおみそか)は1年の最後の日です。天保暦(旧暦)など日本の太陰太陽暦では12月30日、または12月29日だそうです。現在のグレゴリオ暦(新暦)では12月31日です。2016年12月22日から12月29日まで関西に行っており、その間は宝塚の実家に泊まっていました。12月23日と27日は懐かしい人たちとの飲み会でしたが、その他の日は「はりいか」や「ステーキ」の記事で紹介した通り実家で食事をいたしました。そこで最後の夕食の日となる12月28日は「てっちり」(ふぐ鍋)にすることにいたしました。2001年以前に正月に実家に皆で行ったころの大晦日は「しゃぶしゃぶ」でしたが、狂牛病が問題となった2001年以降は、魚屋さんで大きなフグさばいてもらい「てっちり」と「てっさ」を食べるのが習慣となっていたのです。12日24日にステーキを食べたことから、実の日は「しゃぶしゃぶ」ではなく「てっちり」にすることにいたしました。
一見、「てっさ」のように見えますが、フグの刺身ではありません。コチの刺身です。12月30日頃になると店頭に一匹が並んで「てっさ」と「てっちり」にさばいてもらうのですが、まだ早かったようです。でも雰囲気は「てっさ」でした。

フグの皮は、今までは鍋に入れてしまっていたので溶けてなくなってしまっていました。今回は湯引きして細く切って単独でいただくことにいたしました。本当はモミジオロシを使いたいところですが、手間を省いて一味をふり掛けました。この上からポン酢をかけて食べましたが、大正解で美味しかったです。

皮以外は「てっちり」にいたしました。

野菜類はオーソドックスに春菊とシメジにいたしました。

先ずは、コチの薄造りからです。付いていたモミジオロシとポン酢でいただきました。てっさ(フグ刺し)の雰囲気でいただきました。

トラフグと言えば福岡なので一番搾り 飲みくらべセットの中の福岡のビールにいたしました。

先ずは骨付きのフグを投入いたしました。

これが骨付きのフグです。

別の部分の身です。骨付きは面倒ですが、やっぱり美味しいです。

福岡のビールが無くなったので、次は滋賀のビールにいたしました。

身の部分も投入しました。やはり魚チリの中でもトラフグは格別です。

今回は最も流通しているトラフグですが、フグには沢山の種類があるそうです。日本近海だけでも数百種類のフグが生息しているそうです。種類によって毒を保有している部位が異なり、食用になる部位が全く無いものもいるほど怖い存在です。そのために食用可能なフグとされているのは条件付きで22種だそうです。トラフグ属の学名はTakifugu(タキフグ)であるが、昔はFugu(フグ)とされていました。トラフグ属は25種が知られていいます。大きさは種により15cm~70cmですが、トラフグはその中でも最大の70cmです。トラフグ属の25種のすべてふぐの学名の中にTakifuguあるいはFuguが使われているのには驚きました。分布は太平洋とアジアに限られています。トラフグの分布は太平洋北東部です。
トラフグ属(Takifugu)の25種はトラフグ、コモンダマシ、コウライフグ、フタツボシフグ、カラス、暈環多紀魨、アカメフグ、ムシフグ、サンサイフグ、クサフグ、タキフグ、メフグ、メガネフグ、圓斑多紀魨、ヒガンフグ、コモンフグ、マフグ、ナメラダマシ、ナシフグ、アミメフグ、ショウサイフグ、ゴマフグ、ナシフグ、シマフグです。下記の表で着色したフグがトラフグ属です。

科 : フグ科 Tetraodontidae
属 : トラフグ属 Takifugu
種 : トラフグ T. rubripes
種類(種名) | 部位 | |||
筋肉 | 皮 | 精巣 | ||
トラフグ | 〇 | 〇 | 〇 | |
カラス | 〇 | 〇 | 〇 | |
シマフグ | 〇 | 〇 | 〇 | |
カナフグ | 〇 | 〇 | 〇 | |
シロサバフグ | 〇 | 〇 | 〇 | |
クロサバフグ | 〇 | 〇 | 〇 | |
ヨリトフグ | 〇 | 〇 | 〇 | |
イシガキフグ | 〇 | 〇 | 〇 | |
ハリセンボン | 〇 | 〇 | 〇 | |
ヒトヅラハリセンボン | 〇 | 〇 | 〇 | |
ネズミフグ | 〇 | 〇 | 〇 | |
ショウサイフグ | 〇 | X | 〇 | |
マフグ | 〇 | X | 〇 | |
メフグ | 〇 | X | 〇 | |
アカメフグ | 〇 | X | 〇 | |
ゴマフグ | 〇 | X | 〇 | |
ハコフグ | 〇 | X | 〇 | |
クサフグ | 〇 | X | X | |
サンサイフグ | 〇 | X | X | |
コモンフグ ※1 | △ | X | X | |
ヒガンフグ ※1 | △ | X | X | |
ナシフグ ※2 | △ | X | △ |
※2 ナシフグは有明海、橘湾、香川県及び岡山県の瀬戸内海域で漁獲されたものの筋肉並びに、有明海及び橘湾で漁獲され、長崎県が定める要領に基づき処理されたものの精巣に限ります。
今日、12月30日にクリスマスプレゼントをいただきました。 [日々]



私は2016年12月22日~12月29日まで関西に行っていてクリスマスは実家で過ごしました。12月29日に家に帰ってきて、今日12月30日に家内からクリスマスプレゼントとして2つの袋を渡されました。大人になってからは、誕生日プレゼントはありますが、クリスマスプレゼントとなると、初めてのような気がします。当然ですが、大人になってから初めてなので家内から貰ったのも初めてということになります。記念のプレゼントになります。
中には写真のセーターが入っていました。家内は娘と一緒に選んだそうです。うれしいですね。明日から長男家族と、次男が家に来るので使えそうです。娘は年末からベトナム旅行に行っているので年末年始は残念ながら会えません。

一番搾り 飲みくらべセット [話題]



実家の宝塚に帰省していて、実家に買ってあったビールが無くなってきたので2016年12月26日に駅近くのスーパーにビールを買いに行きました。そこのビール売り場で上の箱を見つけました。
12本入りですが、普通の一番搾り3本と9工場の特徴のあるビールが1本づつ入ったセットでした。つまり10種類のビールの味を比べてみることが出来るのです。

熊本工場の一番搾りを飲んだことがあって、味も色も普通のビールと違うことを知っていたので、迷わず買いました。熊本づくりを飲んだのは2016年11月11日と11月21日でした。

各工場の9種類のビールを積み上げてみました。左上から
名古屋 北海道 福岡 岡山
取手 神戸 滋賀 横浜 仙台

9種類の内、3種類を飲みました。こちらが神戸づくりです。こちらのビールには兵庫県産の山田錦(米)が使用されているそうです。地元産の山田錦のすっきりとした味わいを活かして、フルーティーな香りのビールに仕上げているそうです。

こちらが福岡づくりです。こちらは福岡県産の麦芽が使用されているそうです。仲間とワイワイ飲むのにぴったりの、福岡県産麦芽を100%使用した力強い味わいの一番搾りだそうです。

そして滋賀づくりです。こちらは滋賀県産の大麦麦芽を一部に使用しているそうです。滋賀県産大麦麦芽のすっきりしたうまさを、じっくり堪能できる一杯に仕上げたそうです。3種類を飲んだ中で滋賀づくりが、最もすっきり(ドライ / あっさり)した味わいの特徴のあるビールでした。

ネットで書かれていた9工場のビールの味の特徴を枠内に転記する形で紹介します。パーセンテージ(%)はアルコール濃度を表しています。
北海道千歳工場 5% 北海道米使用
北海道の一番搾りは、夏の大自然をイメージしたという爽やかな味。北海道産の米を使用した澄み切った味わいが特徴的だ。ビールの相方として定番の鶏のざんぎと合わせて頂いたが、揚げ物の油をスッと流してくれるような、スッキリして飲みやすい一番搾りだ。
仙台工場 5% 宮城県産ササニシキ・東北産ホップ使用
仙台工場は、東北産ホップをふんだんに使用した華やかな味。また、宮城県産のササニシキを使用しており、後味もスッキリしている。気仙沼秋刀魚の冷やしアヒージョと一緒にいただくと、ビールがまるでワインのように香る好相性であった。
取手工場 5.5%
実は日本一の生産量を誇る農産物の多い茨城県からは、豊かな食材に負けない味を目指した取手醸造所の一番搾りが誕生。通常より多い5.5%のアルコールと、柑橘系のホップが香るフルーティなビールとなっている。れんこんをたっぷりのチーズ、ソーセージと合わせてカレーソースにあえたカリーブルストと一緒にいただくと、香りの強いカレーとの相乗効果でより高く香るビールであった。
横浜工場 6%
横浜工場の一番搾りは、アルコール度数が6%と少し高めのビール。カラメル麦芽による甘めの味と、濃い目の琥珀色に仕上がったビールは、いろいろな料理とマッチしそうな包容力のある味わいだ。歴史的にも洋食や中華など、多様な食べ物を受け入れてきた横浜だからこそのビールといえるだろう。
名古屋工場 5.5%
味噌カツや手羽先など濃い味の料理が多い名古屋からは、味も色も濃いビールが誕生。料理に負けないほど濃い味わいが特徴的で、濃い味の料理と競い合うかのような名古屋らしいビールとなっている。食べつつ飲んでいると、どちらも延々と進んでしまいそうなビールだ。
滋賀工場 5.5% 滋賀県産大麦麦芽一部使用
滋賀工場は、母なる湖と大地の恵みを活かした一番搾り。滋賀県産の豚肉をつかったソーセージに合わせて一緒に頂いても味が負けておらず美味。しっかりした後味で余韻も楽しめる本格的なビールだ。
神戸工場 5% 兵庫県産山田錦使用
兵庫県産山田錦を使用した神戸工場の一番搾りは、華やかに香る上品さがなんとも神戸らしいビール。主張しない繊細な味わいは女性にもオススメ。明石タコとトマトのブルスケッタと合わせると気分はビアパーティだ。
岡山工場 5% 岡山県産雄町米使用
岡山工場の一番搾りは雄町米を使用したキリッとした上品な味わいのビール。食材が豊かな“晴れの国おかやま”の風土に合う、食べ物を引き立てるようなビールに仕上がっている。スッとキレてあとに引かないスッキリした飲み口で、濃い味の料理にもよく合う。
福岡工場 5% 福岡県産麦芽使用
麦どころ九州・福岡工場からは、麦にこだわった一番搾りが登場。味は少し濃い目だが、飲みやすく、華やかな香りが感じられるビールで、多様な九州の食に合わせてグイッといける。
タグ:ビール
はりいか [料理]



2016年12月22日は実家のある逆瀬川駅の近くのスーパーで珍しいイカを見つけたので買いました。
徳島県で獲れたイカでした。値段が安いのにも驚きました。買ったお店は光洋・逆瀬川店です。

こちらがイカの表側です。お店でもさばいてくれるのですが、自分でさばくことにいたしました。ハリイカはコウイカの種類です。だからコウイカとも呼びます。コウイカ目はぜんせかいで120種類以上が見つかっているそうです。ハリイカと呼ぶのは主に西日本で、関東ではスミイカとも呼ばれています。
界 : 動物界 Animalia
門 : 軟体動物門 Mollusca
綱 : 頭足綱 Cephalopoda
上目 : 十腕形上目 Decapodiformes
目 : コウイカ目 Sepiida

胴とヒレの部分は刺身にいたしました。

イカは種類によって食感も味も違うことがよくわかりました。ハリイカはコリコリした食感で淡白な味わいのイカでした。

やっぱりビールが飲みたくなります。

ゲソの部分は焼きました。必要なら後で塩をつけるつもりで、あえて塩も何もつけないで焼きました。ハリイカのゲソは肉厚でフワフワとしていて格別に美味しかったです。塩を付けないで焼いたのも正解でした。

お袋は具だくさんの味噌汁を用意してくれました。

オクラもありました。

漬物もビールに合いました。

エヴァンゲリオン新幹線 [話題]



お袋と一緒に、実家の兵庫県の宝塚にある実家から日帰りで、山口県の周防久保駅の近くにお墓参りに行ってきました。
JR宝塚駅までタクシーで行った後、行きは宝塚→新大阪→広島→新岩国で行き、新岩国駅からは叔父さん(母の兄弟)が車で墓まで往復してくれます。3月、8月、9月、12月の年4回の恒例行事ですが、今回、帰りの新岩国駅で珍しいラッピング新幹線に出会いました。待合室にポスターが張られていたので、すぐにエヴァンゲリオンのラッピングだとわかりました。
こちらがエヴァンゲリオン新幹線のポスターです。
山陽新幹線の企画で、「エヴァンゲリオン」の監督である庵野秀明氏の監修と、メカニックデザイナーである山下いくと氏の車両デザインによるそうです。正式名は「500 TYPE EVA」車両で、車内では乗車中にエヴァンゲリオンの世界観をテーマにしたコンテンツがたのしめるそうです。

エヴァンゲリオン列車は反対車線に停まっていました。こちらが進行方向(博多方向)です。

こちらが東京方向です。

新岩国駅には追抜きのための線路が中央に設けられていて「こだま」が長く停まる駅でもあります。ちょうど東京方面(広島方面)の新幹線が通りました。

すぐに我々が乗る列車(こだま744号14時29分発)が到着いたしました。我々が動き始めると同時ぐらいに向かいのエヴァンゲリオン新幹線も動き始めました。急いで列車が見える側のドアの窓のところに行きました。

急いで窓から写真を撮りました。

なんとか間に合って冒頭の写真を撮ることが出来たのです。少しタイミングがずれると、この写真は撮れませんでした。

窓からの景色です。錦帯橋かかかっている錦川です。

広島駅から乗り換えて新大阪に向かいました。写真は走っている新幹線から撮った福山城です。

この日はクリスマス(2016年12月25月)でした。販売員の方もサンタクロースの帽子をかぶられて、雰囲気を盛り上げてくれていました。

クリスマスイブは山垣のステーキ [肉]



クリスマスイブの2016年12月24日は宝塚の実家に来ていて夕食はステーキにすることにいたしました。今までに何度か紹介したことのある山垣畜産のヒレ肉(ヘレ肉)を買ってきました。
この日(12月24日)も行列して買いました。通常の肉屋さんだと1.5倍の値段が付くので人気のお店なのです。
大行列になるのは12月29日からでお店が開いている12月31日の午前中まで大行列が続くそうです。12月29日に千葉県の家に帰るので12月28日に同じヒレ肉(ヘレ肉)を1kg買って千葉県に持ち帰る予定です。12月31日に子供たちが集まるので、その初日に食べるつもりなのです。

早速、肉を切りました。お袋が1枚で、私が2枚食べるつもりで3枚に切りました。350gを買うつもりでしたが379gになってしまったので量が多くなってしまいました。そのかわりたっぷりと食べることが出来ました。

にんにくも6片の青森産のものを買ってきました。1片を使ったの、残りの5片は12月31日用に持ち帰るつもりです。

ニンニクのにおいを脂(油)に移すためにニンニクをスライスして焼きました。焼けたら順番に取り出します。

その油で肉を焼き始めました。

調味料はコショウだけにいたしました。肉の味を感じるために塩は使いませんでした。必要ならば食べるときに使うつもりでした。
肉は厚いので強火で表面をしっかり焼いた後は弱火にして7分ほど焼きました。3cm以上の厚さなので念のため包丁を入れて焼き具合を確認いたしまし
た。写真はひっくり返したばかりの時です。。

肉が焼きあがるとさらに移して、ソース作りです。フライパンの肉汁に赤ワインとウスターソースを入れて、3KWの強火で短時間に煮詰めました。時間をかけるとステーキが冷えてしまうため最強火で煮詰めるのです。ワインのアルコールに火が付くこともあります。

ステーキの上に最初に焼いたニンニクを乗せて、熱々のソースをかけて出来上がりです。ブロッコリーはステーキの横で焼きました。

こちらが肉の断面です。ピンク色にきれいに焼けました。

もちろんビールをいただきました。

もう一枚のステーキの断面も紹介します。

ジャガイモサラダはお袋が用意してくれました。

いつもならば、ケーキを買ってくるのですが、荷物が多くて持ち帰るときにケーキが型崩れする可能性があったので、デザートは夙川のエルベランのクッキーにいたしました。

こちらが、夙川で買ってきたエルベランのクッキーです。クリスマスの時期は、バラ売りはしてもらえなかったので箱入り(105枚)を買いました。箱には10種類が入っていました。

12月21日は柚子風呂 [話題]
お土産は肉まん(豚まん) [土産]
28年ぶりに関西で駅そば 阪急そば 西宮北口店 [蕎麦]



2016月12月22日に関西に移動いたしました。昼を過ぎていたので阪急電鉄の西宮北口の駅そば「阪急そば」で蕎麦をいただくことにいたしました。関空に下りて南海、地下鉄、阪急と乗り継いで来ました。阪急の梅田駅で電車に乗って西宮北口経由で逆瀬川に行く途中でした。
長く関西に住んでして実家も兵庫県の宝塚にあるのですが、関西の駅そばは久しぶりでした。実は28年前の1988年11月に関東に転勤したのでした。関西に来ることは多かったのですがその間に駅そばを食べたことがなかったのです。つまり関西の駅そばは28年ぶりだったわけです。
関西の蕎麦のつゆと言えば昆布だしで、写真のように透き通っているのが特徴です。久しぶりに堪能いたしました。

私の座った席からの景色です。停まっている電車は今津線の宝塚行きです。高校2年から結婚するまではこの電車に乗って通いました。就職してからも勤め先が神戸だったので、この電車で通っていました。つまり実家から芦屋と大阪と神戸に通った懐かしい電車なのです。
昔は今津線と神戸大阪本線は線路が十字に横断する珍しい路線でしたが、今は安全に円滑な運行を行うためか、今津線は今津~西宮北口と西宮北口~宝塚の2路線に別れて横断することはなくなりました。2路線に分かれているのも珍しいと思います。写真は西宮北口~宝塚の路線側です。

電車を見ながら、さっそく蕎麦をいただきました。これがなかなかのおいしさでした。特に昆布の味が効いたつゆ(汁)は久しぶりで美味しかったです。
食べたのは海老がたっぷり入った海鮮かき揚げ蕎麦でした。これで370円(税込み)はうれしいですね。券売機で注文するのではなく、席に座ってメニューを見たから店員さんに注文して、食べ終わってから勘定(支払い)なのもよかったです。

つゆ(汁)の味を実感していただきたいので、さらに拡大いたしました。

ついつい汁をすべて飲んでしまいました。

他の蕎麦の価格も紹介します。うどんも同じ値段です。にしんそば(510円)と十割ざるそば(540円)を食べてみたくなりました。見ての通り暖かいお蕎麦が圧倒的に多いです。やはり駅そばと言えば温かいお蕎麦なのだと思います。
温かい蕎麦 冷たい蕎麦
かけそば 260円 ざるそば 460円
月見そば 340円 おろしそば 520円
わかめそば 340円 山かけそば 540円
きざみそば 340円 鴨せいろ 560円
きつねそば 350円 +80円で十割そば
とろろ昆布そば 340円
海老天そば 370円
海鮮かき揚げそば 370円
肉そば 470円
カレーそば 490円
鴨なんばん 490円
にしんそば 510円

麺も自慢のようです。冷たい蕎麦の場合は80円をプラスすると蕎麦粉100%の十割そばを食べることが出来るとのことでした。お店を紹介します。阪急そばは1967年(昭和42年)に阪急電鉄十三駅構内に近畿私鉄で初めての立ち食いそば・うどん店として十三店を開いたのが始まりだそうです。
店名 阪急そば若菜 西宮北口店
住所 兵庫県西宮市高松町6-20 西宮北口駅構内 今津線ホーム
電話 0798-64-1565

タグ:蕎麦
シャンボール城 その2 城内編 [ロワール]



すでに掲載させていただいた「シャンボール城 その1」ではシャンボール城の外観の写真を掲載させてもらったので、本記事「その2」では城内編としてシャンボール城を紹介いたします。上の写真はフランソワ1世の寝室です。シャンボール城はフランソワ1世の在位時代の1519年に建設が始まり、彼が亡くなる年まで28年間も建設が続きロワール渓谷最大の威容を誇る城となりました。建設が始まった当初はフランソワ1世の狩猟小屋を始まりとした城だったそうです。いずれにしてもフランソワ1世によって建てられた城なのです。

フランソワ1世(フランス王)
生涯 1494年09年12日~1547年03月31日
在位 1515年01月01日~1547年03月31日 20歳~52歳
改めてシャンボール城の上空からの航空写真を掲載させてもらいました。その1での記事では航空写真は全て北方向を上にさせていただきましたが、回転させて城への入口か真下になるようにいたしました。

シャンボール城の設計図です。シャンボール城は中央の本丸と、周囲を囲む壁のような長い建物と4つの巨大な塔から成りたっています。東と南のコーナーの塔は細長い壁のような建物と同じ高さまでです。
本丸は4つの大きな塔と中央の高い塔で形作っています。 城全体には部屋が440、暖炉が365、階段が74あります。本丸の中心に有名な2重の螺旋階段があり、そこをを中心に1階と2階に十字にホールを形成しています。

入口を入ってすぐの部屋です。城は全て石で出来ていると思われがちですが、意外と多くの城が、実は天井兼上の階の床の強度部材は写真のように木材で出来ているのです。

同じ部屋の床に近い部分です。上の写真を一緒に見てもらうと天井が高いことが判ってもらえると思います。この部屋を出ると広い中庭に出ました。

こちらか入口の部屋の前から右(北東)方向を見た景色です。ロワール地方には何十の城がありますが、シャンボール城はフランス王国自身が建設した数少ない城の一つでもあります。

こちらは同じ場所から左(南西)方向を見た景色です。

中央の本丸に相当する建物に圧倒されます。全体を撮ることは出来ません。城の上の沢山の塔に圧倒されます。

こちらが中央の塔です。

巨大な4つ円筒の塔の頂部の塔です。

中央の少し右の部分が城の外から入って来た入口の部分です。フランス国旗で判ると思います。

中央の建物に入ると、有名な螺旋階段に出会います。この二重らせんの階段は相手に出会うことなく3階まで昇り降りができるので、広々とした階段はシャンボール城見学のハイライトでもあるので別途紹介したいと思います。

階段脇の1階のへやです。最初に客を招き入れた部屋だと思われます。現在でも城の周りには、52.5k㎡の森林公園が広がり、31kmの壁で囲まれた禁猟区にはアカシカが生息しています。昔はそのアカシカが狩猟の最大の対象だったようです。

沢山の狩猟の絵と、沢山鹿の首のはく製が飾られていることからもフランソワ1世の狩猟のための城であったことが覗えました。

中央の階段を中心に4方向にロビーが配置されていました。そのロビーの一つです。ロビーは石がむき出しに日程ました。一階のロビーの天井は木製で平でした。

小さな部屋もいくつかありました。

一階を見学した後は有名な二重の螺旋階段を上って2階に向かいました。

螺旋階段から見た先ほどのロビーです。

そのロビーを拡大いたしました。

別の方向のロビーの写真も撮りました。螺旋階段を中心にこのようなロビーが配置されているのです。

2階にも同じようにロビーが配置されていました。ただし2階のロビーは天井が違います。アーチ状の天井に沢山の彫刻が彫られていました。

これは螺旋階段を中心にした上の写真とは反対方向のロビーです。

天井の見事な彫刻を紹介します。

壁にかかっている大きなタペストリーを正面から撮りました。像も描かれていました。

そのタベストリーを拡大してみました。牛の後足の部分です。

城の中は沢山の廊下がありました。こちらの窓ガラスは見事でした。

迷路のような廊下もありました。これはこれで見事でした。

こちらの部屋の天井の飾りも見事でした。フランソワ1世の紋章であるサラマンダー(火とかげ)がたくさな彫られていました。

正面から見た彫刻群です。

ドアにもサラマンダーが彫られていました。

その彫刻は拡大いたしました。左はフランソワ1世(François Ⅰ)のFだと思われます。右がサラマンダーです。サラマンダー(Salamander)は四大元素を司る四大精霊のうち、火を司るものです。手に乗る位の小さなトカゲ(もしくはドラゴン)のような姿をしており、燃える炎の中や溶岩の中に住んでいるとされています。もちろん想像の動物です。ただし実在する両生類の中に英名でSalamanderと名付けられた動物がいます。

壁のサラマンダーの彫刻を拡大いたしました。

この部屋の奥がフランソワ1世の寝室です。入口の奥にベッドが見えています。

上の写真の入口から入ってすぐのフランソワ1世の寝室の景色です。

フランソワ1世の寝室にはもう一つベッドが置かれていました。

大きな暖炉がありました。暖炉は365基あったそうですが城が大きいく天井も高いことから城全体としては暖房が行き届かなかったそうです。

ベッドがよくみえる角度からの写真です。

もう一つのベッドもよく見える写真です。ほとんどの家具、壁掛け、食器などは狩猟旅行のたびに特別に持ち込まれたそうです。そのために多くの家具は、分解して容易に持ち運べるように考慮されていたそうです。。

ネットの写真を確認すると、この絵の場所にフランソワ1世の肖像画がかけられていた時期もありました。

椅子の飾りが心象的でした。

こちらの天井ね木製でした。

天井の写真をもう一枚紹介します。

こちらのドアにもサラマンダーが彫られていました。

別の部屋ですがフランソワ1世の肖像画が飾られていました。

こちらはキッチンと思われます。広い城なのでキッチンも沢山あったと思います。城の周りには村や集落がなかっために、狩りの獲物の以外には食べ物も手に入らなかっことから、狩りのごとに2000人分を一度に運び込まねばならなかったそうです。

キッチンのコンロが大きく写った写真です。窓の部分は水を使うところのようです。

キッチンの暖炉です。

こちらの部屋も見事でした。暖炉の上の絵はフランソワ1世です。フランソワ1世の後はされた荒れたそうですが、ルイ14世は巨大な本丸を改修し、城に調度品を備え付けさせたそうです。さらに300頭の馬の厩舎を作らせ、狩猟に出かけたり、モリエールなどの名士を毎年数週間滞在させたりできるようにしたそうです。

赤い壁の廊下もありました。

そこの石の飾りです。

別の廊下も紹介いたします。こちらは石の壁でした。

こちらも趣がありました。

2階のバルコニーに出てみました。

そのバルコニーからの景観です。

上をを見上げると、こんな感じでした。螺旋階段の塔です。北のコーナーと西のコーナーにこの螺旋階段がありました。写真は北のコーナーの螺旋階段です。

この後、屋上に上がり、その後に地上の中庭まで下りました。その中庭から同じ場所あたりを見上げてみました。上と同じ北のコーナーの螺旋階段を地上から見上げました。

その知事要の中庭の同じ場所から別の方向を見上げた写真です。

今まで窓ガラスは建物中からばかりの紹介でしたが、建物の外からの窓ガラスを紹介いたします。

場所は違いますが内側から見た窓ガラスです。


この中庭では我々以外にも沢山の人達がガイドの人達から説明を受けていました。右側のコーナーの塔は螺旋階段です。

離れて同じ場所を撮りました。

中庭の端まで行って同じ場所を撮りました。

中庭から建物中に入るための階段です。

階段の中に入ってみると王室の馬車が沢山保管されていました。馬具もありました。

手押しの井戸ポンプがあったので珍しくて写真を撮りました。

中庭の端まで行って24mmの広角で撮っても中央の建物の全景が撮れません。

上の部分を撮りました。

4つある丸い巨大な建物の上の部分です。

出口には売店があり、その売店で解散でした。その後は自由でバスでの待ち時間が決められていました。売店には沢山のワインやシャンパンが売られていました。写真には写っていませんが写真の左側の壁に沢山のワインが並べられていました。テーブルの上に並べられているのはシャンパンです。シャンパンはシャンパーニュ(Champagne)地方特産のスパークリングワインのことです。ボトルにはCHAMPAGNE NAPOLÉON TRADITIONと書かれています。Champagne地方で作られていることから正真正名のシャンパン / シャンパーニュということになります。Champagneはシャンボール城から西北西方向に直線で約100km(車で116km)の距離にある町で、フランス全体から見れば近い町と言えるため、こちらでシャンパンが売られているのが判ります。

追伸
2016年12月22日早朝から12月29日夕刻まで関西に行きます。その間はネット事情の関係から皆様のところに訪問できなくなることをお許しください。
ご馳走は笑顔でした。 [東京]

以前に来たことのあるお洒落な鉄板焼き店「いいもん倶楽部」で、10月19日に懐かしいメンバーが集まって食事会をいたしました。
3年数ケ月ほど海外に赴任していた人の帰国の慰労会でした。
こちらのお店の従業員の方の笑顔が素敵だったので撮らしていただき掲載の了解をいただきました。笑顔で雰囲気を盛り上げてくれました。ありがとうございます。
前回は「プリプリの牡蠣バター」を紹介いたしましたが、今回は「プリプリの帆立バター」です。新鮮な大型の貝柱が印象的でした。

さっそく焼き始めました。

焼き方は牡蠣の時と同じようにいたしました。

やっぱり、このタレにつけて食べると格別です。

もちろん牡蠣バターも頼みました。今回は3人分なので迫力があります。

焼く時も迫力がありました。沢山あるので前回のものよりも小さく見えますが、前回同様に大粒の美味しい牡蠣でした。

定番の海鮮焼きも頼みました。

こちらは焼きそばです。

カルビも頼みました。

やっぱりビールです。この日もビールを沢山いただきました。焼酎のボトルも2本空けてしまいました。5人の内、私も含めて2名が最後までビールだったので、この日も沢山飲んだことが想像してもらえると思います。

お好み焼きも二種類頼みました。ちょっと変わったお好み焼きです。

こんな感じで乗せてみました。トマトは意外と美味しいですね。洒落たお好み焼きでした。

こちらはたっぷりのネギが入ったお好み焼きでした。

鉄板焼きばかりではなく烏賊のお刺身もあります。これは「炙りしめさば」です。

一番最初に頼んだのがモヤシナムルでした。

前の記事の中で、そのうちにキムチを紹介すると書いていました。なかなか美味しいキムチでした。

Googleのストリートビューを紹介いたします。
2011年4月17日掲載 タイトル:プリプリの牡蠣バター


最近、見つけたお気に入りの鉄板焼屋さんでは、海鮮焼など魅力的なメニューがいくつかあります。その中で一番のお気に入りなのが牡蠣バターです。食べに行ったのは2011年3月31日と少し前なのですが紹介いたします。
牡蠣にバターにモヤシ中心の野菜のシンプルな料理ですが、こちらで用意されている牡蠣は家庭ではなかなか手に入らない大粒のプリプリの牡蠣です。

溶けたバターで牡蠣を焼きます。同時に横で野菜も焼き始めます。

牡蠣は、少し焦げ目が付くように香ばしく焼きます。大粒の牡蠣が7つで950円とは安いと思います。さっさく家でもやってみました。似た感じの味に出来て美味しくいた出しましたが、この大きさの牡蠣はスーパーなどでは手に入れることは出来ないので、知る限りにおいて、このプリプリ感はこちらのお店でしか味わうことが出来ません。

牡蠣が焼けたところで野菜を乗せて少し蒸らすようにします。ここで塩とコショウで味付けをします。この牡蠣は仕入れている数が限りがあるようで、今までは追加で注文しても、なくなってしまって代わりにホタテバターになってしまうことが多かったです。

出来上がったところでお店の特性のポン酢系の美味しいタレにつけて食べます。このぽん酢も市販では味わえないものでした。焼き方を説明していますが、お店の人が要所要所で手助けしてくれました。

店内の写真です。お店は若い人や女性に人気があるようでした。お皿が置いてある席は予約が入っているところです。予約が入っていない席は我々の席を含めて3テーブルだけでした。19時ごろには満席になることが多いようなので断念して帰っていかれるお客さんをよく見かけます。
予約をしない場合は早めに行くことをお薦めします。我々は早かったので一番目に入ることが出来ました。

入口も洒落ています。通路の奥に入口があります。

立て看板には
月曜日 メンズDay
ワンドリンク+サービス餃子
水曜日 レディースデー
ワンドリンク+ソフトクリーム
焼かなくても気楽に飲める店
と書かれていました。

お店を紹介いたします。
店名 いいもん倶楽部 ( IIMON-CLUB )
住所 東京都江東区東陽5-26-10 東陽町駅から5分
電話 03-3649-8197
営業 17:00~23:00(LO 22:30)

2011年4月19日掲載 タイトル:海鮮焼とカキ天


カーソルが
の場合はクリックすると拡大
こちらはアスパラバターです。左の状態で出てきます。左が焼いているところですがバター以外の味付けは塩とコショウです。


こちらは豆腐ステーキです。アスパラバターも豆腐ステーキも牡蠣バターをつけて食べたポン酢系のたれにつけて食べました。タレが美味しさのポイントです。


焼そばも頼みました。アスパラバターや豆腐ステーの写真はクリックすると拡大するので是非とも拡大したものを見てほしいです。


やっぱりビールです。この日はビールが特に美味しくて沢山飲んでしまいました。

こちらが最後に頼んだ牡蠣天(カキ天)です。天婦羅ではなくて牡蠣のお好み焼きだったのです。

こちらも立派な大きな牡蠣が使われていました。横で香ばしく焼いた牡蠣をお好み焼きに乗せます。この後にひっくり返してさらに焼きます。大坂のお好み焼きのようにフワフワに焼き上げるため決して押さえることはしません。

もう一度、ひっくり返してソースと鰹節とノリをかけて出来上がりです。大粒の牡蠣が盛り上がっています。


キムチの写真を撮っていれば完璧だったので、ちょっと残念です。この次に行った時に写真を撮ってこの記事に追加させてもらいます。
値段は16900円になってしまいましたがビール代が11000円なので料理代は3名で5900円と沢内容と山食べたわりには安かったと思います。
ネットで検索しても食べログ系に沢山出てくるのに驚きました。みなさん気に入っているようです。
お店を紹介いたします。
店名 いいもん倶楽部 ( IIMON-CLUB )
住所 東京都江東区東陽5-26-10
電話 03-3649-8197
営業 17:00~23:00(LO 22:30)
2011年4月22日掲載 タイトル:「プチトマト肉巻き」に「きゃべ丸」


プチトマトを三枚肉で巻いたものです。これは2011年3月9日(水)に食べたものです。
お気に入りの鉄板焼店の2011年3月31日に食べた料理はすでに紹介いたしましたが、紹介したもの以外の料理の写真を紹介します。この日もすでに紹介した「海鮮焼き」や「牡蠣バター」をたべました。
真ん中あたりに並んでいるのが「じゃがバター」です。その上に並んでいるのが「プチトマト肉巻き」が焼けたものです。アルミホイルが気になりませんか。

そのアルミホイルの中身が、この「きゃべまる」です。キャベツだけですが、これが意外と美味しいのです。これはちょっと食べてみる価値があります。丸々キャベツなので、きゃべ丸と名前をつけたのでしょうか。

肉系も上カルビ、上ハラミとホルモンが用意されています。写真はホルモンです。これも、なかなかいいものが用意されていました。

お好み焼き屋さん系の料理3品紹介いたします。これはお好み焼きの「ねぎ焼」です。

これは焼きうどんです。この日は人数が多かったのでいろんなものを食べることが出来ました。

関東ならではの「もんじゃ」です。ドーナツ状の土手を作って仕上げていきます。もんじゃの作り方に関しては以前に照会した記事を見てください。→ポチッ

この日はレディースデーの水曜日(2011年3月9日)で女性にはソフトクリームのサービスがある日です。そのソフトクリームをデザートとしていただきました。

フレンドリー2010さんの岡山→広島→福岡にトラックバックしています。
めし日記さんの牡蠣のバター醤油ソテーにトラックバックしています。
初めてのスイス旅行 [スイス]

スイスには今までに4度行きました。初めてスイスに行ったのは今から24年前の1992年11月7日(土曜日)でした。この時は11月3日(火)から11月11日(水)までドイツのマンハイム(Mannheim)に滞在していて土曜日と日曜日に時間が空いたので、初日の土曜日にスイスに行ってみることにいたしました。その時の写真を紹介いたします。ドイツのマンハイムから列車での日帰りで列車の短い旅行でした。日曜日は、やはり列車でケルンとボンに行きました。
日帰りで行ったスイスの場所はチューリッヒでした。このころもヨーロッパには何度も行きましたが、すべてドイツでした。ドイツ以外に行ってみたくて日帰り列車旅行を決行したのでした。
マンハイムからチューリッヒへの列車のルートです。




━━ マンハイム駅 ~ チューリッヒ駅 本来のルート
━━ Olten駅まで間違って行ってしまったルート
━━ Olten駅から戻ったルート
━━ Olten駅からミラノ(イタリア)までのルート
引き続き写真を紹介します。チューリッヒ湖に流れ込むリマト川の景色です。

チューリッヒは湖に流れ込む川の畔の街なので水の景色が印象的でした。街の景色を撮りたくて丘に登って撮りました。

冒頭の写真もリマト川の川岸の景色でした。

さらに水のある景色を一枚紹介いたします。

景色ばかりではなく露店の雰囲気も紹介いたします。

列車で国境を超えるわけですが、そのときの列車内のパスポートチェックはこんな感です。もちろん列車は走りながらチェックします。ただし、パスポートを見るだけでスタンプなどは押しません。




乗り換えたOlten駅です。

海外では出国検査の後に安全検査が行われるところが多いですが、日本の空港は出国審査の前に荷物の安全検査が行われます。そんな中で荷物の取り忘れの人をよく見かけます。多い時は出国審査に並んでる時間の間だけで2人もみかけました。

初めてスイスに行った時に印象に残っているのは、すでに紹介したスイスのお巡りさんでした。映画に出てくるような雰囲気で、印象的だったので、お願いして写真を撮らせてもらいました。
写真をクリックすると拡大いたします。

チューリッヒ駅ではスイスのマークの入った機関車の前で記念写真も撮りました。

もう少しチューリッヒの景色を紹介します。

チューリッヒ湖に近づくと川も広くなります。もう湖の雰囲気です。

路面電車が走る景色です。

左が私の写真ですが、右が一緒に行った友人(同期入社)の写真です。


スイスのOlten駅からイタリアのミラノ駅までの列車のルートをGoogle地図に紫色のライン(━━━━)でプロットしていて下記のようなループがあったので参考に掲載いたしました。ヴァッセン(Wassen)という町の近くです。機会があったら列車に乗ってみたくなりました。
毒をもって毒を制する料理 成都より [成都]



中国の成都の夕食で生まれて初めて"ドクダミのサラダ"を食べました。生のドクダミは食べたことがある人は少ないと思いますので紹介いたします。最初は躊躇しましたが、半信半疑で思い切って食べて見ました。意外と食べれたので2~3枚食べました。あの"どくだみ"のにおい(匂いor臭い)があったので家の庭に生えているドクダミであることを確信しましたが、意外とにおいは気になりませんでした。是非とも写真をクリックしてみてください。まさに、タイトルの「毒をもって毒を制する料理」でした。
においが気にならなかった理由は四川独特のドレッシング(たれ)だと思います。唐辛子を使った辛いドレッシングがにおいに勝っていたのではないかと思います。いい経験が出来ました。

この日の夕食はドクダミのサラダ以外に20皿ぐらい料理が並びました。お皿の上にお皿を積み重ねるほどの料理の量でしたが、その中から美味しかった2品を紹介いたします。下の2枚の写真もクリックすると拡大します。
これは四川料理のひとつで、日本でも有名な回鍋肉(ホイコーロー)です。日本ではキャベツなどの野菜が使われることが多いのですが、四川の本物はネギのようなニラのような独特の野菜である蒜苗(ソンミョウ)を使うそうで、これが四川本場のホイコーローと教えてもらいました。この回鍋肉は美味しかったです。

これも有名な料理だそうです。高菜と魚の料理です。名前はわかりませんでした。でもみんこさんに料理の名前を教えてもらいました。「酸菜魚」だそうです。

みのむし軍団 高圧送電線補修のプロフェッショナル [送電線]



高圧線に何かぶら下がっています。一見、ミノムシのように見えるので、前からミノムシと呼んでいました。
ちなみに日本の高圧送電線の標準は右に3本と左に3本の計6本の組み合わせです。右か左のどちらかだけに電気を流していて、片方は予備になっています。
鉄塔の向こう側にも2つあります。上の写真でもよく見ると鉄塔の向こうに見つけることが出来ると思います。ここは鉄塔と鉄塔のスパンは517mです。

拡大してみると人間でした。沢山の袋をぶら下げて、袋の上で作業をしているのです。ミノムシと呼んで失礼いたしました。高圧線の補修をするプロフェッショナルの方たちだったのです。

別の角度から見てみました。片方は予備になっているために電気が流れていない方を補修することが出来るのです。ここは鉄塔と鉄塔のスパンは413mです。移動だけでも大変な作業だと思います。

よく見ると、送電線から取り外した「らせん状の太い針金」を袋に入れているところです。

らせん状の太い針金の正式名はスパイラルロッドです。電線に巻き付けて風音防止だそうです。着雪による被害防止にもなるそうです。電線の着雪は大きな上下振動の原因になるとのことでした。ぶら下げている網は、手に持っているスパイラルロッドを落とした時に地上に危険が及ぶのを防止するための落下防止の網だと思われます。おそらく工具などはひもで体につながれていると思います。

上の写真は太陽が逆光方向のため、太陽がカメラ側に来るまで待ってから撮ったのがこちらの写真です。

作業のやり方は静止画の写真では分かりにくいので動画を撮りました。古いスパイラルロッドを取り外す作業であることが判ると思います。
作業員の人は右に移動しながら作業を行っていることが判ってもらえると思います。ただし動画は7分53秒と長いため、早送りの動画も用意いたしました。
クリックすると早送りを表示 → 6倍速 36倍速
こちらは別のチームです。こちらも古いスパイラルロッドを取り外す作業です。右側の人がスパイラルロッドを緩めて、左の人が取り外して袋に入れているのです。上の動画と下の動画のプレーボタン( ► )を両方クリックして同時に見ると時間の節約になります。こちらも早送りの動画を用意いたしました。
クリックすると早送りを表示 → 6倍速 36倍速
スパイラルロッドを袋に入れているところです。

スパイラルロッドの取り外しや取り付けは大変な作業ですが、強風時に電線から発生する風切り音(電線風音)の防止対策として,1973年から既設の電線にスパイラルロッド(弦巻素線)を巻きつける方法が適用されてきたそうです。このスパイラルロッドによる風音対策は電線自重や風圧荷重の増加,コロナ騒音の増加という課題が生じたために,電線自体に突起を設けた低風音電線である左図の送電線が1987年に実用化されたそうです。さらに風音低減特性とコロナ騒音が標準電線と同等な特性を併せ持つ低騒音電線が開発され,

右の写真のように反対側の3段をよく見るとスパイラルロッドは巻き付いていないようなので、すでに過去に交換された可能性が高いです。

動画を撮っている時に偶然ですが、上空を飛んでいる飛行機が撮れました。開始から41秒後に画面の左下から飛行機が入ってきます。
飛行機が写っている瞬間の動画から画面を切り取りました。

kazuさんのコメントで送電線の取替工事であることが判りました。こちらはスパイラルロッドを外していた2日後の2016年12日18日(日曜)に撮った写真です。冒頭の鉄塔から南方向に413m離れた場所に建っている隣の鉄塔です。鉄塔に沢山の人が登って作業をされていました。

よく見ると、すでに送電線の取り外しを行っていました。3段の一番上の送電線はすでに碍子と送電線が離れていました。

一番上の送電線を別の角度から大きく撮りました。4本共に滑車に吊り下げられていました。

上から2番目はまだ取り外し作業中のようでした。

一番下は準備だけで作業には入っていませんでした。

高い鉄塔には、このリフトで登ります。動力はエンジンで自力で登って行きます。4枚上の写真にも写っています。

さらに一つ南側の鉄塔では、送電線を滑らせる準備が終っていました。

その4つの滑車の部分を拡大いたしました。

さらに一つだけを拡大いたしました。複数の鉄塔分の準備が出来たら、かなりの長さの送電線を一気に滑らせて、交換するのだと思います。滑らせるところは見ものですが、気がつくことが出来るかどうかが問題です。

今回の送電線の鉄塔をプロットしてみました。今回の高圧送電線は房総変電所と新京葉変電所を結んでいることがプロットしてみて判りました。送電線名は房総線で電圧は50万ボルト(500KV)です。1966年に日本初の500KV設計で、275KVで運用し、1973年から500KVでの運用に変更しました。東京電力初の500KV送電線でもあります。鉄塔数は110基です。
送電容量は43年前の1973年当初は鋼心アルミ合金より線ACSR 410mm2×4導 体で310万KWの 送電容量だったそうです。その後、材質を変えることでを有していたそうです。その後の従来のACSRと同サイズで鋼心耐熱 アルミ合金 より線TACSR410mm2×4導 体を使用し,430万kWに増大したそうです。今回の送電線の交換は容量アップが目的かもしれません。送電線の取替工事拠点の鉄塔(

現在の関東の500KV以上の送電線マップ→ポチッ





アクセス解析 検索エンジからYahooの表示が消えました。 [SNS]


集計するためにSo-netのアクセス解析機能で、毎日、数値を記録しています。ところが昨日(2016年12日16日)の検索エンジからYahooが消えていました。今までYahooからの検索が一番多かったので驚きました。12月17日も表示されるのはGoogle(17)だけです。12月18日はGoogle(14)とGoo(1)だけです。
皆さまのところはどうでしょう。→12月16日 16日~19日の積算
下が12月1日の検索エンジンを表示させたアクセス解析の画面です。このようにyahooが一番多いのです。googleも12月1日に比べると12月16日は少なくなっていました。
実際に「向山トンネル」で検索してみると出てくるので、検索できなくなったわけでもなさそうです。→ Yahoo Google
「向山トンネル」で出てくる私の記事は「入口と出口の名前が違うトンネル 共榮トンネル / 向山トンネル」です。

検索ワードも12月1日に比べると12月16日は、288→9へと極端に減っていました。12月14日までは12日1日と同程度なので12月15日に何かが変わったと感じました。


訪問者数は同程度でした。ページビューは少し減っていますが同程度のレベルの差です。関係があるかどうかは判りませんが2016年11月17日にアクセス解析の表示方法が一部変更になりました。→ポチッ


168日間をプロットしてみると昨年の9月からYahooが減ってきているのが判りました。その前はyahooだけで約350のアクセスがあったのです。12月16日から18日までYahooの0が続いています。12月16日から1月1日までの合計でも4件なので平均0.24件/日となります。

So-netを始めた2009年5月5日からの7年7ケ月間の推移も紹介します。今回の急激な落ち込みは異常な気がします。

こちらはアクセス解析ではYahooからの検索がないことになっている2016年12月16日のページ別のアクセス数です。この中で★マークを付けた記事は①と②の推測理由から検索エンジンからアクセスされたものと推測されます。1167まで続くなかの45までの集計のため359件以上なので、9件しか検索エンジンからアクセスがないとなっているアクセス解析と矛盾します。
検索数計算(★の訪問者数合計)
359=101+40+21+20+18+10+10+14+13+10+10+8+7+9+・・
推測理由
① 過去記事
② 訪問者数とページビューの数値が接近している

リンク元の画面からも検索エンジンから沢山のアクセスがあることを示しています。一部だけを乗せていますが184行目までのYahooとGoogleとDocomが入ったアクセス数を集計してみました。このことから検索エンジンから645アクセスがあったことを示していると思われます。
★ 29種(行) 280アクセス Yahoo
★ 54種(行) 339アクセス Google
★ 20種(行) 26アクセス Docomo

2017年1月27日追伸
タイトル:検索元の仕様変更が関係しているようです。
2017年1月25日に発信されたSo-netさんからの情報 What's new? から、アクセス解析で検索エンジからYahooの表示が消えましたのは検索元の仕様変更が関係していると感じました。その予想が正しいとすれば、現在解決出来る手立ては無いようです。その内容を枠内に転記いたします。【重要】アクセス解析の検索ワードについて [pickup]
いつもご利用いただきありがとうございます。
検索元の仕様変更(検索結果のSSL)に伴ってアクセス解析の検索ワードを取得することが出来なくなっております。
取得出来るよう調査を行っておりましたが、現状取得するすべが無い状況です。
大変申し訳ございませんが、よろしく御願いいたします。
2017-01-25 19:28 nice!(49) トラックバック(0)
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しじみ納豆めかぶ汁 [料理]



時々、作るのが上の味噌汁です。名付けて、「しじみ納豆めかぶ汁」です。しじみの味噌汁に納豆とメカブを入れただけの簡単な味噌汁です。
用意するのはこちらです。プラス、ネギも用意いたします。つまり味噌汁は即席のものです。
即席しじみ汁 神州一味噌
ひきわり納豆 おかめ納豆
めかぶ カネキ吉田商店

納豆とメカブは味噌汁に入れる前に粘りが出るほどよくかき混ぜます。それぞれパックの半分を入れます。付いているタレは使いません。普通の納豆ではなく、味噌汁になじみやすい、ひきわり納豆を使うのがポイントです。メカブには、アルギン酸やフコイダンなどの、ぬめり成分やミネラル、エイコサペンタエン酸などの不飽和脂肪酸を葉部より多く含んでいます。医学的には証明されていませんが一般的には健康的な食品とみなされています。納豆はビタミンKや良質タンパク質や食物繊維が豊富なうえ、血栓を溶かす酵素が含まれており、こちらは健康的な食品の代名詞のような存在です。

粘りが出た納豆とメカブを入れて完成です。最後にネギを散らします。熱湯を使うと、納豆とメカブが冷たいので、丁度飲みやすい温度になります。しじみ汁、納豆汁、めかぶ汁を一度に食べれるアイデアでした。しじみ汁の小袋1つには肝臓に作用するオルニチン(C5H12N2O2)が30mg入っているとのことです。30mgはシジミ80個分だそうです。
かき混ぜると、とろとろの美味しい味噌汁になります。

本当に良い時代 참 좋은 시절 [歌]


是非ともプレーボタン( ► )をクリックして見てください。

歌手:イ・ムンセ 이문세(Lee Moon Sae)
作詞:キム・ヨンア 김영아
作曲:ユン・イルサン 윤일상
適用:ドラマ「本当に良い時代」の主題歌
名場面集 → ポチッ 右上の写真は歌手のイ・ムンセです。
主題歌「本当に良い時代」の歌詞を枠内に紹介します。
歌の中で何度も出てきて、頭の歌詞でもあるトゥヌヌルカマヨ(두눈을감아요)が気になりました。日本語では「目を閉じています」のようです。
目を閉じていますあなたが見えますよ夢のように
きらめく私のその時代、君がいます
どう過ごしています元気ですか
君もたまには自分のことある時あります
私は未だに君のことがある時は
なぜか2ボールで熱がするんです
目を閉じていますあなたが見えますよ夢のように
これはすべて過ぎ去った昔の話にうん
またとないでしょう、私には君ほど良くなる人
きらめく私のその時代、君がいます
目を閉じています
いつも話できませんでしたねあまりにも目がまぶしい
それだけ君をたくさん好きだったか見て
長い歳月のどこか一度は会うことになるでしょう
その時私たちはどんな語で挨拶しましょう
目を閉じていますあなたが見えますよ夢のように
これはすべて過ぎ去った昔の話だけど…
またとないでしょう、私には君ほど良くなる人
きらめく私のその時代、君がいます
目を閉じています
君があります
두 눈을 감아요 그대가 보여요 꿈처럼
반짝이던 나의 그 시절 그대가 있죠
어떻게 지내요 잘 지내고 있나요
그대도 가끔은 내 생각 날 때 있나요
난 아직까지도 그대가 생각이 날 때면
왜 그런지 두 볼에서 열이 오르죠
두 눈을 감아요 그대가 보여요 꿈처럼
이제는 모두 지나버린 옛날 얘긴데 음
다시는 없겠죠 내겐 그대만큼 좋아 질 사람
반짝이던 나의 그 시절 그대가 있죠
두 눈을 감아요
늘 말을 못했죠 너무나 눈이 부셔
그만큼 그대를 참 많이 좋아했나봐
긴 세월 어딘가 한번은 만나게 될까요
그때 우린 어떤 말로 인사할까요
두 눈을 감아요 그대가 보여요 꿈처럼
이제는 모두 지나버린 옛날 얘긴데
다시는 없겠죠 내겐 그대만큼 좋아 질 사람
반짝이던 나의 그 시절 그대가 있죠
두 눈을 감아요 음
그대가 있죠
最終回の主題歌が流れているエンディングの場面を紹介します。下の車が走っている場面以外は、すべて静止画の組み合わせで構成されていました。



下記はドラマ「本当に良い時代」で主人公たちの結婚式の場面の動画です。ここで流れる挿入歌も心地よいです。
この挿入歌を最初から最後まで聞きたい方は①をクリックしてみてください。動画の出だしの二人のあいさつアンニョンハセヨの言葉が印象的でした。
挿入歌:悲しみも過ぎたら 슬픔도 지나고 나면 → ① ② ③
歌手 :イ・ムンセ 이문세(Lee Moon Sae)
作詞 :キム・ヨンア 김영아
作曲 :ユン・イルサン 윤일상
出演 :キム・ヒソン(AOAミナ) イ・ソジン(パク・ボゴム) ( )は高校時代
別の挿入歌 → Beautiful Times 아름다운 시절
Heart Only For One Person 한 사람을 위한 마음

挿入歌「悲しみも過ぎたら / 슬픔도 지나고 / After the sorrow passes」の歌詞も紹介します。
どの辺まで来ているのかきた道振り返って見る韓国語でも「悲しみも過ぎたら」の歌詞を 紹介します。
遠くに置いてきた記憶が私の心に言葉を歩いてくる
あれほど忘れたくても心がうろうろしたのは
悲しみも過ぎてからは春の日差しのような思い出になるのに
悲しくても君がいて、まぶした時間を暮らした
一緒にというそれだけで輝いてた私たちの過ぎた日
悲しくても君がいて、まぶした時間を暮らした
一緒にというそれだけで輝いてた私たちの過ぎた日
時が過ぎて、ある日ふとこの瞬間を振り返ってみると
私たちはどのような懐かしさで胸に残っているだろうか
またまた私のそばに来てくれるかな。春のようにきらびやかなその時代
貧乏な私の心の中にもいっぱいにとどまってくれることを
遠い後日、誰かが私に私の生を聞いてきたら
過ぎたすべての瞬間瞬間が涙を誘うほど美しかったと
君を会って温まったと
君がいて本当に良いアッノラコ
어디쯤 와있는 걸까 오던 길 뒤돌아본다
저 멀리 두고 온 기억들이 나의 가슴에 말을 걸어온다
그토록 잊고 싶어도 마음이 서성이는 건
슬픔도 지나고 나면 봄볕 꽃망울 같은 추억이 되기에
서글퍼도 그대가 있어 눈부신 시간을 살았지
함께란 그것만으로도 빛났던 우리의 지난 날
서글퍼도 그대가 있어 눈부신 시간을 살았지
함께란 그것만으로도 빛났던 우리의 지난 날
세월 지나 어느 날 문득 이 순간을 돌이켜보면
우린 어떤 그리움으로 가슴에 남아있을까
또다시 내 곁에 와줄까.. 봄처럼 찬란한 그 시절
가난한 내 마음속에도 가득히 머물러주기를
먼 훗날 누군가 내게 내 생을 물어온다면
지나온 모든 순간순간이 눈물겹도록 아름다웠노라고
그대를 만나 따뜻했노라고
그대가 있어 참 좋았노라고
シャンボール城 その1 シャンボール城に到着いたしました。 [ロワール]



フランス旅行6日目のロワールの城めぐりツアーで2つ目に訪問したクロ・リュセ城(Château Clos Lucé)の次の訪問地はシャンボール城(Château de Chambord)でした。シャンボール城はロワールの城めぐりツアーの最後の訪問場所でもあります。バスから降りて最初に見えた景色が上の写真です。
家と家の間にあるのがシャンボール城です。城の建物の部分に工事用の足場が見えます。どうやら補修工事が行われているようです。
シャンボール城は現在は、世界遺産「シュリー・シュル・ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷」に含まれていますが、1981年から2000年までは単独で世界遺産に登録されていたほどの城なのです。
地図内のバスの駐車場(






━━ 城内見学前の散策ルート(行き)
━━ 城内見学後の散策ルート(帰り)


民家を抜けて最初に見ることが出来た城の全景です。補修工事は残念でしたが、城の一部だけなのは幸いでした。

上のシャンボール城の建物部分の全景の写真は、この航空写真の左端の少し上から撮ったものです。この航空写真の工事用の足場は現状に近いことから最近撮られた航空写真だと思われます。


11年前の近い構図は右の写真です。また訪問することが出来るとは思ってもいませんでした。今回は一眼レフなので写真を沢山撮りました。天気の方は前回と同様に雨模様でした。この写真はクリックすると、いつもより大きく特別に拡大するように設定されています。PCが画面に合わせる表示になっている場合は、出て来た拡大写真をさらにクリックすると拡大します。

建物の真横に来ました。

シャンボール城は沢山の特徴のある塔ががあることが有名です。

この角度からの沢山の塔が見事です。

さらに入口側の方に近づきました。シャンボール城の特徴の一つが多彩な塔が沢山あることですが、なんとその塔の数は365本だそうです。一年が365日と関係あるのかもしれません。

丸い部分が城のコーナーの部分です。シャンボール城の建設は1519年に始まり1547年に完成しました。完成に28年を費やしたことは納得できる壮大な城でした。古典的なイタリアの構造に伝統的なフランス中世の様式を取り入れた、フレンチ・ルネサンス様式が特異な城で、ロワール渓谷最大の威容を誇りますが、元はフランソワ1世の狩猟小屋を始まりとした城でした。その頃のフランソワ1世の、主な居城はブロワ城とアンボワーズ城でした。

完全にコーナー部分まで来ました。右端にフランス国旗が立っている部分が城の入口部分です。こちらはクリックすると幅4倍(面積16倍)に特別に拡大です。

そのコーナー部分の上空からの3D航空写真です。クリックするとオリジナルを表示します。

正面側に回り込みました。こちらもクリックすると特別に大きく拡大いたします。

今回のガイドさんは説明が熱心なことから、これまでの2ケ所の訪問地のシュノンソー城とクロ・リュセ城では写真を撮る時間が短すぎたことから、この時は事前にお願いしてシャンボール城の正面から城の全景が撮れる場所まで行く時間をいただきました。かなり遠くまで来ましたが24mmの広角でも、まだ全景が撮れません。それだけシャンボール城は巨大なのです。ロワール地方の城の中で最大の城が、このシャンボール城です。こちらもクリックすると特別に大きく拡大します。

やっと正面から全景が撮れる位置まで来ることが出来ました。これが正面からのシャンボール城の全景です。こちらはクリックすると幅が10倍/11.7倍に拡大します。通常の拡大は幅で2倍(面積4倍)で、上の特別拡大が幅で3.5倍なので、10倍/11.5倍がいかに大きく拡大するかが判ってもらえると思います。クリックして出てくる写真はオリジナルのままで縮小しておりません。暗い中での遠くからの手持ち撮影なので手ぶれ機能は働いてはいますが解像度はもう一つです。それでも、このすばらしい城の雰囲気は伝わるのではないでしようか。


中央の部分です。こちらも幅4倍(面積16倍)の特別拡大です。

上の塔群の部分です。左右対称ではないことが判ってもらえると思います。こちらも特別拡大(面積16倍)です。

近づいて撮った塔群です。こちらも特別拡大(面積16倍)です。

こちらが右側です。

そしてこちらが左側です。

城への入口前からの左側の写真です。

こちらが城への入口です。出る時もこちらから出てきました。青いブレザー姿の人がフランス文化・歴史、言語学を熟知したガイドの高橋保さんです。何人かの人が遠くまで撮影に行っている間、持っていただきました。

電子レンジが壊れました。 [話題]



長年使っていた電子レンジが壊れました。臭いがしたとたんスイッチを押しても動かくなったのです。1995年製なので21年間頑張ってくれました。お疲れさまでした。それだけに粗大ごみ処理券を貼るのが可愛そうでした。8時ごろに家の前に置いておくと10時過ぎには持って行かれてなかったそうです。
電子レンジは、よく使うのですぐに買う必要があります。我家はガスオーブンがあるので、新しい電子レンジも、オーブン機能のついていない単機能レンジを買いたいと思ってカタログを集めましたが、選択肢はほとんどありませんでした。日本の大手メーカーで単機能レンジを出しているのはPanasonicとSHARPのみでした。TOSHIBAもHITACHIもオーブンレンジばかりで単機能電子レンジはありませんでした。カタログはもらわなかった三菱もネットで調べた結果では単機能電子レンジは無いようでした。
PanasonicもNE-EH229の1機種のみで、SHARPもRE-TS3とRE-T3の2機種のみでした。日本の大手以外ではHaier製とKOIZUMI製とTWINBIRD製が店頭に置かれていました。
お任せ機能(蒸気センサー)があって、庫内寸法の一番大きな機種を選定したのですが、結構、悩みました。前の機種に比べて外形の奥行きが5cmも大きいのです。手前に出っ張るので心配しましたが、実際に収めた結果としては、横の棚よりも若干出っ張りますが、気になるほどではなかったので安心いたしました。左側にあるのはトースターです。

少し離れて撮りました。思っていた以上にすっきりしました。21年前の電子レンジもお任せ機能(蒸気センサー)が付いており機能的には大差はありませんが、電子レンジの出力は大幅にアップしました。連続700Wで、1分30秒は850Wの出力でした。なんといっても庫内が大きくなったのがよかったです。

庫内寸法は幅315mm x 奥行353mm x 高さ206mmですが、左側が凹んでいるので実用的には幅は335mmありました。ガラス製の回転テーブルは280mmです。回転テーブルと右側の壁の距離15mmのため、最大回転で来る食品の長さは310mmと大きいのですが、回転軸の中心が、もう少し左にあれば330mmの長さの物が回転出来たと思うと、ちょっと残念な設計に感じました。
左側の凹みは本機種だけではなく、すべてのメーカーが採用していて、回転軸も左に寄っているいるメーカーも多かったです。

タグ:家電
防災グッツとしてLEDライトが支給されました。 (株)ムサシ製 AL-100 [話題]




コンセントに差し込んで充電するのですが驚いたことに非接触充電でした。
さらに驚いたのが、このLEDライト作っている会社が、我が家のワンコと同じ名前なのです。
会社名は株式会社ムサシです。なんとなく愛着がわいたので掲載させていただきました。


名前 ムサシ
生れ 2000年4月4日
年齢 16歳8ケ月
このLEDライトはAUTOに設定すると光センサーが働いて点灯します。停電などで電気が遮断されても点灯します。非接触充電なので強い地震などで仮にLEDライトが床に落ちることもあるとは思いますが、電気が遮断されることで点灯するのでライトが見つけることが出来そうです。

こちらが暗くなってナイトライトになった状態です。

機能の説明の説明がネットにあったので転用させていただきました。光センサーによりナイトライトになります。我家では、このLEDライトを支給される前から、5個のLED式のナイトライトを設置していました。それも目的に応じて4種類のナイトライトを使い分けているのです。

それでは4種類の5個のナイトライト(①②③④⑤)を紹介します。取り付けている目的は省エネとワンコ(名前:ムサシ 16歳8ケ月)のためなのです。ナイトライトを点灯していると夜に移動するときにメインの照明を使う必要がないので省エネになるのです。
またムサシが夜に階段を上り下りするとき暗いと足を踏み外す危険があるので、階段上(①)と中間(2(②)と階段下(③)にナイトライトを設置したのです。
省エネ ① ② ③ ④ ⑤
ワンコ対策 ① ② ③ 安全に階段を上り下りするため
利便性 ⑤ (④)
① LEDナイトライト
こちらは2階の廊下の階段前に前設置しているLEDナイトライトです。階段を上りきったところにあります。
タイプはAC100V 光センサー式です。暗くなると点灯します。定格0.2Wですが、結構明るいので廊下や階段の電気をつけなくても歩けます。


こちらはのタイプは乾電池式で、光センサー+人感センサー式です。光センサー+人感センサー式なので人やワンコが近づくと点灯します。結構遠くで動くだけで点灯するので非常に効果的です。階段途中にはコンセントがないので乾電池式にいたしました。ただし、実際には乾電池ではなく充電池を入れています。人感センサーというのは熱感知センサーです。受ける赤外線量の変化を捕えてスイッチが入ります。変化しない状態が続くとスイッチが切れます。


階段下の玄関ホールに取り付けたナイトライトです。形式はシンプルナスイッチ式です。形は①の光センサー付のナイトライトと全く同じです。ここのコンセントの位置は暗いため光センサー付にしても、点灯しっぱなしになるのでスイッチ式にしました。ここはスイッチを入れ忘れたとしても、すぐに気がつきます。仮につけっぱなしにしても電気代は0.2Wx8760時/年x25円/KW時÷1000W/KW=43.8円/年です。光センサー自体も電気を使うので0.1W~0.2WクラスのLEDの場合は意外とスイッチ式と光センサー式は年間では変わらないのかもしれません。

④ LEDナイトライト
こちらはリビングの高い位置に付けています。タイプは①と同じ光センサー式です。部屋にはいって移動だけならメインの照明をつける必要がありません。さらにメイン照明のスイッチの場所も分かるので、手で壁を汚すこともないのです。

⑤ LEDナイトライト
こちらは寝室の鏡台の上に付けているLEDナイトライトです。タイプはAC100Vの光センサー+人感センサー式です。これはベッドから起き上がるとナイトライトが点灯するようにしているのです。寝たまま手を上げて振っても点灯します。これは意外と便利です。低い位置では感知しないようにセンサーから少し離れた位置に本を積んでいます。ナイトライトの明るさでも気になる人にピッタリだと思います。私も明るいのは苦手なのです。

こちらが我が家で一番よく使っているLEDの懐中電灯です。小型ですが単四電池が3本でLEDが9個入っているので、屋外でも遠くまで見ることが出来ます。ワンコの夜と早朝の散歩の必需品です。停電の時は冒頭の防災グッツの懐中電灯(LED3個)で、こちらの懐中電灯(LED9個)を探しに行くと思います。

電池を使い果たした時のために手回し充電式懐中電灯も用意しています。
この手回し充電式懐中電灯は、有名なAnna Efverlundさんがデザインしたもので、リビングに置いています。写真をクリックと記事を表示します。

世界一周 [海外]


今までに北半球だけですが、世界一周をしたことが2度あります。初めての世界一周は東廻りで、2度目は西廻りでした。東廻りは時差で苦しみます。特にアメリカからヨーロッパに移動した時が最悪でした。マーク(

1度目 1992年 東廻り 3ケ国 日本→アメリカ→ドイツ→インド→日本
2度目 2005年 西廻り 5ケ国 日本→ヨーロッパ→アメリカ→日本
下のグラフは海外の年別の訪問回数です。日本の出国回数ではなく、日本以外の国の入国回数を海外の訪問回数と定義して作ったグラフです。したがって縦軸のタイトルは海外入国回数としています。
初めて海外に出たのは1988年2月29日(台湾)です。今から28年9ケ月前になります。その約29年間に29ケ国に272回訪問いたしました。グラフをクリックすると滞在日数のグラフを表示します。
海外入国回数 272回 / 29年間 平均 9.38回/年 初1988年2月29日
最多入国回数 24回 / 2006年 10ケ国 / 2006年
最多搭乗回数 83フライト / 2005年
最長滞在日数 93日/回 2002年12月10日~2003年03月12日 メキシコ
二位滞在日数 15日/回 2000年09月03日~2000年09月17日 タイ
三位滞在日数 14日/回 2002年10月27日~2002年11月09日 中国
合計海外滞在 1477日/272回/29年 平均5.43日/回 平均50.9日/年
上位海外滞在 131日/2002年 118日/2007年 105日/2005年
訪問国数 29ヶ国 / 29年間

国別回数のグラフを紹介します。右の写真は約29年前、初めて海外に行った時の写真です。撮ったのは1988年3月1日で、場所は台湾の羅東です。
初めての台湾訪問の記事 →ポチッ

37回 台湾
18回 アメリカ
16回 ベトナム
16回 韓国
13回 インド
10回 ドイツ
8回 フランス

参考に、今までに利用した空港を地図にプロットしてみました。数えてみると113の空港を利用したことになります。飛行機の利用回数は975回以上です。以上と書いているのは1999年12月30日より前の国内線は記録が無いからです。975回の内、国際線(海外の国内線も含む)は732回です。
地図内の

今までに訪れた町も地図にプロットしてみました。目的を持った訪れた町で、通過する町は含めていません。上の地図ではアンカレッジアにマークが入っていますが、この地図には入っていないのは燃料補給のためだけに着陸したからです。したがって利用回数が多いシンガポールも入国していないのでプロットしていません。地図の中のマークの数は333でが、日本国内はプロットしきれていないので今後数値は変わると思います。
今までに自転車で通った峠もプロットいたしました。現在のプロット数は155です。マークをクリックすると峠の名前を表示します。本地図で概ね自転車で走った場所が判ってもらえると思います。北海道を自転車で走っていないのは熊が怖かったからです。
走行距離は学生時代の4年間で6万キロです。
最初の世界一周を紹介します。ルートは次の通りでした。この時は7回飛行機に乗りました。残念ながらフライト名は記録していませんでした。記録し始めたのは1997年4月14日以降なのです。
7月11日 JL 成田→シカゴ
7月11日 シカゴ → ルイビル
7月14日 ルイビル → シカゴ
7月14日 シカゴ → フランクフルト
7月14日 車 フランクフルト → マンハイム
7月15日 車 マンハイム → フランクフルト
7月18日 フランクフルト → ニューデリー
7月20日 ニューデリー → ムンバイ(当時:ボンベイ)
7月21日 ムンバイ → 成田
ケンタッキー州のルイビルの町を流れるオハイオ川のクルーズ船です。川の向こう岸はインディアナ州です。写真の船に乗って食事をしながら夕刻のクルーズを楽しみました。その時の記事はこちらです。→ポチッ

マンハイムの隣りの町がハイデルベルグでした。そこを流れるネッカー川でもクルージングを楽しみました。その時の記事です。→ポチッ

まだデジカメはありませんでした。写真の中の'92 7 20から1992年7月20日の写真と判ります。ニューデリーからムンバイに移動した日の写真であることが判りました。この時の記事はこちらです。→ポチッ

2度目の世界一周のルートです。この時はヨーロッパを細かく移動したので、ヨーロッパ部分を拡大した地図も掲載いたしました。
これだけ廻ってもパスポートの印はアメリカの入国審査時だけのため、世界一周の証拠が残りませんでした。フランス、イタリアはパスポートを見せる場所すらありませんでした。
この時の旅の移動のフライトを紹介します。この時に初めて世界一周チケットを活用いたしました。12月5日のAF1912のみ世界一周チケットでカバー出来ないので別途手配いたしました。飛行機には10回乗りましたが9回までが世界一周チケットでした。
11月27日 LH711 成田 → フランクフルト
11月27日 LH3732 フランクフルト → チューリッヒ
11月27日 車 チューリッヒ → レンツブルグ
11月29日 車 レンツブルグ → チューリッヒ
11月29日 LH3723 チューリッヒ → フランクフルト
11月29日 車 フランクフルト → ハイデルベルグ
11月30日 車 ハイデルベルグ → フランクフルト
11月30日 LH4232 フランクフルト → パリ
12月02日 列車(TGV) パリ → リヨン
12月03日 列車(TGV) リヨン → パリ ロワール
12月05日 AF1912 パリ → ミラノ ベルガモ カサレ・モンフェラート
12月08日 LH3919 ミラノ → デュッセルドルフ
12月09日 UA436 デュッセルドルフ → シカゴ
12月09日 UA7834 シカゴ → ルイビル
12月13日 UA6884 ルイビル → シカゴ
12月14日 UA883 シカゴ → 成田(12月15日着)
この時はすでにブログ「ゆびとまSNS」を始めていたこともあり、下記の29の記事を掲載いたしました。ただし、そのサイトは閉鎖してしまったことから、So-netに再掲載したのでした。タイトルをクリックすると記事を掲載いたします。下の写真はロワールのシュノンソー城です。シュノンソー城には、この時と今年2016年の2回行きました。
11月28日 01. 冬のレンツブルク城
11月30日 02. 冬のハイデルベルグ城
11月30日 03. 素敵なドイツの家
11月01日 04. 凱旋門の上からの景色
12月02日 05. リオン(Lyon)の牡蠣
12月03日 06. パリのワンコ
12月03日 07. パリの牡蠣
12月03日 10. エッフェル塔の下でのアクロバット走行
12月04日 11. ミニシクラメンの原種
12月04日 12. 川の上に建つ城 シュノンソー城
12月04日 13. シャンポール城
12月04日 14. 小船のある風景 ブロワ城
12月04日 15. ロワールの森
12月04日 16. ダ・ヴィンチが暮らした家
12月04日 17. お城の見える古民家
12月06日 18. 美味しいイタリアンカプチーノに出会えました。
12月07日 19. ミラノから南西へ60km
12月08日 20. ミラノの日本食
12月08日 21. ミラノ中央駅
12月08日 22. ミラノのグランデ運河
12月08日 23. デュッセルドルフでもWeihnachtspyramideがありました。
12月09日 24. ブロッケン現象
12月10日 25. ケンタッキーはダービーとバーボン
12月10日 26. アメリカに来たなら709グラムのNew York Strip Steak
12月11日 27. ケンタッキーの朝
12月12日 28. ちょっと変わった日本食が一番人気
12月12日 29. 709gのステーキの翌々日の夕食はイタ飯でした。

ドイツとロシアへの旅 [機内]


成田空港の航空会社のラウンジです。この日はカレーライスが食べれる時間帯だったので、さっそく人気のカレーライスをいただきました。
飛行機では食べ過ぎになってしまうので控えるつもりでしたが「梅肉おろしうどん」もいただいてしまいました。

さらに明太子も一切れいただきました。なかなかいい明太子でした。

成田が12時15分発のフライトです。家を出てからホテルに着くのは19時間後と予想しています。予定表のテーゲルはベルリンの空港の名前です。今日はベルリンまで行きます。ベルリンもサンクトペテルブルグも初めての場所なので楽しみにしております。ロシアには何度も行きましたが、この時がロシアに初めて訪問した時のことでした。その前は家族でイタリア旅行に行った時に経由地として一度モスクワに着陸したことはありました。

そのロシアの訪問先のサンクトペテルブルク(Санкт-Петербург サンクトピチルブールク)は、もとレニングラードできれいな町と聞いています。レニングラード州の州都で、かつてのロシア帝国の首都でありました。
第一次世界大戦以降(1914年-1924年)はペトログラード(Петроград)、ソ連時代(1924年-1991年)はレニングラード(Ленинград リニングラート)とよばれました。
下のサンクトペテルブルクの写真はwikimediaから拝借いたしました。

デュッセルドルフでもWeihnachtspyramideがありました。 [ドイツ]

この日12月8日にイタリアのミラノからドイツのデュッセルドルフに移動しました。ドイツではクリスマスが近づくと沢山の露店が並ぶクリスマスマーケットが開かれて4週間続きます。したがってクリスマスマーケットは11月25日頃から12月22日頃まで行われます。クリスマスマーケットのことを、ドイツ語ではWeihnachtsmarkt(ヴァイナハツ・マルクト)と呼びます。Weihnachtsmarktは2つの単語から出来ています。Weihnachtsとmarkt(マーケット)です。そのことからWeihnachtsがクリスマスのことのようです。クリスマスのドイツ語はWeihnachtenです。Weihnachtsmarktを日本語訳するとクリスマス・フェアでした。そのクリスマスマーケットの中心的な位置に上の写真の飾りが飾られているのです。
この飾りの名前はドイツ語でWeihnachtspyramide(ヴァイナハツ・ピラミッド)です。このことから、このWeihnachtspyramideをタイトルに使わさせていただきました。Weihnachtsがクリスマスのことなので、日本語で上の写真はクリスマスピラミットということになります。確かに日本語訳をするとクリスマス・ピラミッドと出てきました。
したがってタイトルを完全に日本語で書くと「デュッセルドルフでもクリスマスピラミッドがありました。」

デュッセルドルフからはシカゴを経由してケンタッキー州のルイビルに飛びました。その記事はこちらです。→ポチッ
右はドイツからシカゴに向かった飛行機の中の写真です。
上と同じクリスマスピラミッドですが、露出を変えて撮りました。このすぐそばで夕食をいたしました。クリスマスマーケットではソーセージやホットワインも露店で売っていました。クリスマスピラミッドはエルツ地方が起源のドイツ特有のクリスマスデコレーションです。
ハイデルベルグでもクリスマスピラミッドを見かけました。スイスのホテルのテーブルの上にも小さなクリスマスピラミッドがありました。

それではデュッセルドルフ( Düsseldorf )のクリスマスマーケットの雰囲気をお伝えします。ほんとうににぎやかでした。

クリスマスツリーもありました。

ソーセージが美味しそうでした。

沢山の露店が並んでいることが判ってもらえると思います。

全ての物がイルミネーションで飾られていました。

川沿いのイルミネーションもきれいでした。

露店だけでなくドイツレストランも中に入れないくらいいっぱいで、みんな外で飲んでいました。

なんとかレストランに入って食べたソーセージとサラダです。もちろんビールを沢山飲みました。

こちらがハイデルベルグで行われていたクリスマスマーケットの中心にあったクリスマスピラミッドです。写真をクリックするとハイデルベルグの記事を表示します。11月29日

こちらがスイスのホテルのテーブルの上に置かれていたクリスマスピラミットです。こちらもクリックするとスイスの記事を表示します。11月27日

この時の旅の移動のフライトを紹介します。クリスマスピラミットに出会えたのは★マークの11月27日と11月29日と12月8日で、いずれも夜でした。下の地図にもクリスマスピラミッドに出会えた場所にマーク(★)をつけました。
この時に初めて世界一周チケットを活用いたしました。12月5日のAF1912のみ世界一周チケットでカバー出来ないので別途手配いたしました。
11月27日 LH711 成田→フランクフルト
11月27日 LH3732 フランクフルト → チューリッヒ
★11月27日 車 チューリッヒ → レンツブルグ
11月29日 車 レンツブルグ → チューリッヒ
11月29日 LH3723 チューリッヒ → フランクフルト
★11月29日 車 フランクフルト → ハイデルベルグ
11月30日 車 ハイデルベルグ → フランクフルト
11月30日 LH4232 フランクフルト → パリ
12月02日 列車(TGV) パリ → リヨン
12月03日 列車(TGV) リヨン → パリ ロワール
12月05日 AF1912 パリ → ミラノ ベルガモ カサレ・モンフェラート
★12月08日 LH3919 ミラノ → デュッセルドルフ
12月09日 UA436 デュッセルドルフ → シカゴ
12月09日 UA7834 シカゴ → ルイビル
12月13日 UA6884 ルイビル → シカゴ
12月14日 UA883 シカゴ → 成田(12月15日着)

クロ・リュセ城からシャンボール城への道 [ロワール]



フランス旅行6日目のロワールの城めぐりツアーで2つ目に訪問したクロ・リュセ城(Château Clos Lucé)の見学の後は、上の写真の駐車場から最後の訪問場所であるシャンボール城(Château de Chambord)に向かいました。写真の塀の右側がクロ・リュセ城の敷地です。
下記の地図でクロ・リュセ城(①


━━━━━━ クロ・リュセ城 → シャンボール城 58km
①

②

③

④

⑤

⑥

⑦

⑧

クロ・リュセ城(①


ロワール川は車の右側にあります。景色の中で一番撮りたかったのがお城だったので、対岸の景色を注意深く見ていました。

②

かなりの時間、森ばかりでしたが、城らしい建物が、森の中にありました。

ほぼ同じ場所で、もう一つ見つけました。撮影した時間から、場所をGoogle地図から探した結果リリ-・シュル・ロワール(Rilly sur Loire)という名の小さな町にあるCentre d'Accueil et de Soinsという施設の中央に建つ建物でした。上の写真の建物は、その施設に付属した教会(礼拝堂)でした。塔の上の飾り(風見鶏)をGoogleのストリートビューで探した結果、今回の施設名が判りました。

Centre d'Accueil et de Soinsの航空写真を紹介します。中央の建物が上の写真で写っていた城のような建物です。左端に写っている建物が2枚上で紹介した教会(礼拝堂)です。この写真は回転させており左方向が北です。
中央に城のように立派な建物がある施設Centre d'Accueil et de Soinsは調べてみるとホームレス保護施設でした。根拠はこちらです。→ポチッ
さすがフランスです。広い緑の敷地の中に、すばらしい建物が点在していて、中央に城のような建物があるホームレス保護施設に驚かされました。クリックすると広範囲を拡大して表示します。

③

さらにロワール川沿いに進むと、念願の城を対岸に見つけました。城の名前はショーモン城(Château de Chaumont)です。11世紀の初めにブロワ伯爵のユーデス2世によって建てられたそうです。

ショーモン城を拡大いたしました。

上のショーモン城の2枚の写真はレンズをズームした撮りました。本来、目で見る景色はこちらの写真です。中央より少し右にショーモン城が写っています。

ショーモン城があった町の名前はシューモン・シュル・ロワール(Chaumon sur Loire)のですが、その町の川沿いの景色を3枚紹介します。

中央に教会があります。

シューモン・シュル・ロワール側に渡る橋がありました。この先、ブロアまで橋はなく、深い森に覆われていて対岸に建物も見ることはありませんでした。

④



ブロアの町まで来てミッテラン橋でロワール川を渡りました。そのミッテラン橋の上から見た景色です。私はバスの右側に座っていましたが、その席からレンズの焦点距離260mmで左側を撮った写真です。一眼レフだから撮れたと思います。中央の建物がサン・ニコラ教会(Eglise Saint-Nicolas)で左にブロア城(Château Royal de Blois)の一部が写っています。サン・ニコラ教会の右側に写っているのはサン・ルイ大聖堂(Cathédrale Saint-Louis de Blois)です。ブロア城は13世紀から17世紀にかけて造られた建物が中庭を囲むような形で構成されています。クリックすると文字なしの拡大写真を表示します。

⑦

バスの前方に石造りの高架が見えてきました。直感的に水道橋ではないかと感じました。Googleの航空写真で水道橋のようなの構造物の痕跡がある部分に橙色ライン(━━)を引いてみました。

原型を留めている部分で最も長い水道橋と思われる部分です。

さらに水道橋と思われる部分に近づきました。バスは速いスピード走っているのでこれ以上鮮明な写真を撮ることは出来ませんでした。

この橋が水道橋かどうかを確認するために断面となる部分をGoogleのストリートビューで探してみました。水を流すような構造に見えることから水道橋の可能性が高いと思われます。したがって、これ以降は水道橋と呼ばせてもらいます。この水道橋は、私にとって小さな発見でした。

この水道橋はロワール川を渡っていました。現在は、川の部分では橋脚のみが残っています。航空写真上のアイコン

水道橋からシャンボール城(⑧

立派な建物もありました。

住宅地に入ってきました。

長い石積み塀がありました。おそらくシャンボール城の境界の塀だと思われます。シャンボール城はロワール地方の城の中で最も広い敷地なのです。

石積みの塀とつながって建物がありました。シャンボール城に関連した建物だと思われます。

シャンボール城の駐車場に到着いたしました。ここでも小さな子供たちが沢山来ていました。

待ちに待った洋ナシを2週間目に食べました。 ル・レクチエ [土産]



長野県の蓼科高原に住んでいる学生時代(サイクリング部)からの友人が2016年11月21日に我家に泊まってくれたことを紹介しましたが、彼は沢山の長野県のお土産を持ってきてくれました。4つお土産の内、蕎麦と山芋とジャムの3つのお土産は紹介させてもらいました。今回、最後の洋ナシを紹介させていただきたいと思います。遅くなったのは理由がありました。上の写真が頂いた洋ナシで、傷がつかないように丁寧に梱包されていて気持ちが伝わってきました。
土産品 記事のタイトル (タイトルをクリックすると記事を表示)
蕎麦 お土産でもらった鴨セイロをいただきました。
山芋 とろろご飯
ジャム 完全自家製ブルーベリージャム
洋ナシ 待ちに待った洋ナシを2週間目に食べました。
洋ナシの品種は高級ブランドの ル レクチエ でした。食べごろシールの袋に入っており、濃い黄色に変わると食べごろです。まだまだ食べ頃は先のようなので黄色くなるまで待つように友人からも念押しされました。

下記の大きな方の円グラフは2010年の日本での洋ナシの栽培面積ですが、ラ・フランスが圧倒的です。ル レクチエ は、Wikipediaに掲載されていた左のグラフのように2004年には3位(6.5%)でしたが2010年は2位(7.9%)になったようです。和梨の栽培面積が10,805.7ha(2013年)or13,500ha(2013年)に対して洋ナシの栽培面積は1705.8ha(2010年) / 1650ha(2013年)です。洋ナシの国内生産量は約23,900トン(2013年)です。それに対して世界一の生産国のイタリアは日本の52倍の125万トンです。



2 ル レクチエ
3 バートレット
4 オーロラ
5 ゼネラル・レクラーク
6 マルゲリット・マリーラ
7 シルバーベル
8 バラード
9 マックス・レッドバートレット
10 フレミッシュ・ビューティ
11 プレコース
12 ブランデーワイン

14 メロウリッチ
15 レッドバートレット
16 パスクラサン

数日後に一番黄色になったものを一つ食べてみました。上品な味わいの洋ナシで美味しかったけれども、友人が念押ししたように我慢して、もっと待った方がいいとの結論で、じっくりと待つことにいたしました。



全体が黄色くなったので2016年12月5日に食べることにいたしました。洋ナシをいただいたのが11月21日なので、14日目(ずばり2週間目)に食べることが出来たわけです。洋ナシは木で完熟させるのではなく固いうちに収穫して追熟させて食べるのが特徴の果物であることを初めて知りました。

袋から出した洋ナシ・ル レクチエ です。
ル レクチエ (Le Lectier)は名前のイメージからわかるように原産国はフランスです。果皮に「さび」が少なく外観が美しいのも特長であることも、よくわかりました。ル レクチエ は1902年に新潟県中蒲原郡茨曽根村の庄屋小池左右吉が、ロシアのウラジオストクへ旅行した際にセイヨウナシに出会って、栽培を決意し、翌1903年に原産地フランスから苗木を直輸入したのが発祥とされています。一旦食べごろを迎えると一気に熟成が進むので注意が必要なところが日本の梨と違うようです。これは追熟によって生じるエチレンの作用により果実に含まれるデンプンが分解されて果糖、ブドウ糖などの糖となるとともに、ペクチンのゲル化により、甘みと滑らかさが増加するためだそうです。

やはり2週間ほど待った甲斐ありました。他の洋ナシも黄色くなっているので、これからは毎日食べることが出来そうです。分類学的区分を記載します。食感と違う別の果物のような和ナシとはナシ属まで同じです。
界:植物界 Plantae
:被子植物 Angiosperms
:真正双子葉類 Eudicots
:コア真正双子葉類 core eudicots
:バラ類 Rosids
目:バラ目 Rosales
科:バラ科 Rosaceae
属:ナシ属 Pyrus
種:セイヨウナシ P. communis
品種:ル レクチエ Le Lectier

クロ・リュセ城(Château Clos Lucé) [ロワール]



先日の記事で紹介した通りフランス旅行6日目のロワールの城めぐりで洞窟レストランでの昼食の後に行ったのがクロ・リュセ城(Château Clos Lucé)です。本記事でクロ・リュセ城を紹介したいと思います。この建物は15世紀半ばに建てられ、1490年にシャルル8世のものとなり王妃アンヌ・ド・ブルターニュが王族として最初に住みました。このクロ・リュセ城はフランス王フランソワ1世が幼年期を過ごした城でもあります。しかし、最も有名なのはフランソワ1世がイタリアから招いたレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)が1516年から晩年の1519年まで住んだことだと思います。
ヴァロワ朝フランス国王
第7代 シャルル8世 1470年生まれ 在位:1483年~1498年
第8代 ルイ12世 1462年生まれ 在位:1498年~1515年
第9代 フランソワ1世 1494年生まれ 在位:1515年~1547年
クロ・リュセ城の説明(Wikipedia) → フランス語 日本語翻訳
離れて広い庭の方からクロ・リュセ城を撮りました。
こちらのクロ・リュセ城には11年前の2005年12月4日にも訪れたことがあり、その時は「ダ・ヴィンチが暮らした家」というタイトルで記事を掲載いたしました。2005年はクルーの館(Manoir du Cloux)と呼ばれていたと思います。

広い庭が南南東方向に広がっていました。

城の敷地を紫色ライン(━━)で囲いました。ただし敷地境界線は航空写真で控えめに判断いたしました。森さらに広がっていることから、もっと広い範囲が城の領地である可能性があります。


━━ 駐車場~クロ・リュセ城(クルーの館) クロ・リュセ通り 337m
民家のような建物も敷地内にありました。こちらの建物も歴史がありそうです。

見学は右の塔から入り2階の渡廊下を通って建物の中に入りました。

2階の渡廊下は、このように城につながっていました。

建物の反対側からの写真です。

城に付属した建物を撮りました。

角度を変えて撮ってみました。

上で紹介した写真の場所が判るように、航空写真を3Dにしたものを紹介します。
城の中に入るために見学ルートの入口である塔を登り、2階の渡廊下を進んでいるところです。

2階の渡廊下には可愛らしい小学生たちが並んでいました。

レオナルド・ダ・ヴィンチの寝室(La chambre de Léonard de Vinci)
いきなりレオナルド・ダ・ヴィンチの寝室(La chambre de Léonard de Vinci)に入りました。立派なベッドが印象的でした。

暖炉の上の紋章が印象的でした。

暖炉の上の紋章を拡大いたしました。王冠があることから、この紋章はヴァロワ朝の紋章だと思われます。ヴァロワ朝は中世フランス王国の王朝で1328年から1589年まで続きました。1328年にカペー朝が断絶したため、カペー家の支流でヴァロワを所領とするヴァロワ家からフィリップ6世が即位してヴァロワ朝が始まったそうです。

マイバス社のツアーのガイドの方がいろいろと説明してくれました。ここにはルネサンス時代のベッドや戸棚がそのまま保存されているそうです。

こちらの椅子もルネサンス時代だと思います。

今回のバスツアーで最初に訪れたシュノンソー城と同じように生花が各部屋に飾られていました。

沢山の見学者が来られていました。

こちらの戸棚も見事でした。

マルグリット・ド・ナヴァルの寝室(La chambre de Marguerite de Navarre)
レオナルド・ダ・ヴィンチが亡くなった後のことですが、フランソワ1世の姉のマルグリット・ド・ナヴァルが住んでいた時代もありました。こちらの部屋は壁のレンガが印象的でした。

天井の梁やシャンデリアが特にすばらしい部屋でした。

マルグリット・ド・ナヴァルはクロ・リュセ城でエプタメロンを執筆したそうです。エプタメロン(七日物語)は72篇の短編から成る物語で、彼女の代表作でもあります。マルグリットはエプタメロンを1542年から執筆し始めたそうです。

見事な皿や壺も展示されていました。クリックすると拡大いたします。

美しい窓も印象に残りました。

立っているのはガイドの高橋保さんです。
フランス文化・歴史、言語学に詳しい方でした。

折りたたみの椅子が珍しくて写真に撮りました。これもルネサンス時代のものだと思われます。

錫製の皿や蓋つきジョッキも展示されていました。このジョッキでビールを飲んでみたいです。

1階の最初の部屋
2階から1階に降りました。

階段を降りたところに置かれていた棚の説明も受けました。

これが、その棚です。

壁には見事なガラスの皿が飾られていました。

その見事な皿を2つ紹介します。

もう一枚の皿です。

真白の生花です。

廊下の天井の梁やレンガの壁や窓も芸術的です。

天井の梁には飾り模様が描かれていました。

小さな礼拝堂がありました。これは幼い子どもを亡くし悲嘆にくれていたアンヌ・ド・ブルターニュのために建設されたチャペルだとされています。壁にレオナルドの弟子にあたる人物が4つのフレスコ画を描き、そのフレスコ画のひとつが、城の名称である「クロ・リュセ」の由来ではとの意見もあるそうです。

1階広間(La grande salle)
居間として使われたのでしょう。

こちらのテーブルの上の生花も見事でした。


下の写真は上の写真と反対側です。
レオナルド・ダ・ヴィンチを紹介します。
正式 レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ
Leonardo di ser Piero da Vinci
誕生 1452年04月15日 フィレンツェ共和国 ヴィンチ
死没 1519年05月02日 フランス王国 アンボワーズ

フランソワ1世の像も置かれていました。

こちらの飾り棚も見事です。

こちらの椅子も写真を撮りたくなるほどの物でした。

沢山の昔の家具が置かれていました。

キッチン(La cuisine)
こちらはキッチンです。子供たちも沢山見学に来ていました。

広いキッチンでした。

歴史を感じさせてくれるものばかりでした。

こちらの金属の食器も印象に残りました。

子供たちも印象に残りました。

さらに下の階に降りる階段がありました。

歴史を感じさせてくれる窓ガラスでした。

レオナル・ド・ダビンチに関わる展示
半地下の階にはレオナル・ド・ダビンチに関わる展示が行われていました。
沢山の発明品がありました。こちらは大砲でしょうか。

斬新な発明品に溢れていました。左は自転車のようです。

子供たちは特に熱心に見ていました。

建造物の設計図も展示されていました。

地下に降りる階段がありました。レンブラントが住んでいたクロ・リュセ城とフランソワ1世国王が住んでいたアンポワール城は地下通路でつながっています。

クロ・リュセ城(

━━━━━━ パリ→シュノンソー城 239km





スパムフィルターは有効でした。 [SNS]


2016年12月3日から4日にかけて突然に迷惑メールが入ってきました。上のリストの1行目と3行目以降のコメントです。2行目は迷惑コメントではありません。迷惑コメントは一つの記事「自分の記事へのコメントでも画像認証コード入力」に集中していました。それも2013年10月31日に掲載した3年前の過去記事にです。
2014年1月にも英文(半角英数)のコメントが多数入って来たことがきっかけで、スパムフィルタの「半角英数のみのコメント」の設定を「受付しない」にしていました。→ポチッ
ところが2016年12月2日に自分記事にトラックバックが出来ない事象があったことからテスト的に「半角英数のみのコメント」と「半角英数のみのトラックバック」を「受付」にしてみました。すると翌日の12月3日から迷惑コメントが入り始めたのです。つまりスパムフィルターは有効だったことを証明したことになりました。

すぐに半角英数のみのコメント」と「半角英数のみのトラックバック」を「受付しない」に戻しました。

こちらが今回の全ての迷惑コメントの内容です。迷惑コメントは全て同じ記事に入ってきました。すでに迷惑メールは削除したので記事を見ても迷惑コメントはない状態です。

迷惑コメントが入ってきた記事「自分の記事へのコメントでも画像認証コード入力」の内容を紹介します。ラインから下がその記事を転記したものです。迷惑コメント防止をテーマにした記事だけに迷惑コメントが入ってきたのは、皮肉だし不思議です。オリジナル記事→ポチッ

もちろん正常なことですが他の人の記事にコメントする場合も認証コードが要求されます。 問題なのは自分の記事へのコメントまでコードを入力しなければならないことなのです。 ②で線のところに文字が来ると文字が判らなくて何度入力しても入力ミスになることがあるので、仕方なく線に文字が重ならないよう認証コードは9桁(a758k968q)のものを1文字(9)にいたしました。③の部分に自分の認証コード「9」を入力すると、やっと受け付けてもらえました。

私の場合はすぐに認証コードを無効にしましたが、認証コードを入力しなければ受け付けてもらえないのです。


どうやら説明の中の「接続サービスID」はいつも入力している「So-netユーザーID」とは違うようです。もし違うのであればSo-netのWhat's new?の記載内容には間違はないのですが、何らかの改善が無ければ、いつまでも1文字の認証コードとなることからセキュリーティーが格段に落ちた状態で使うことになってしまいます。
調べた結果、接続サービスIDを取得するためにはSo-netインターネット接続サービスに入会するか、「こんてんつコース」へ入会する必要があるようです。→ポチッ
原因は分かったので画像認証の設定だけは「有効」に戻しました。
初期詳細設定

個別記事の設定 (記事の編集画面)

さらに記事の一覧表でコメント(CMT)の数値が2ケタの場合は画面認証を無効にすると見えにくくなる不具合もあります。記事「きのこ畑」のコメントは29ですが9の字が読めないのです。「公園に巨大キノコ出現」のように有効に設定している場合は表示に関して問題はありません。

もう一つ不具合がありました。
画像認証が表示されない方の記事にコメントすると「認証コードが一致しませんでした。」と表示されて入力が受け付けられませんでした。→現在は入力可

参考に下記の枠内がSo-netのWhat's new?の内容を転記いたします。
【重要】コメント投稿での画像認証表示の仕様変更 [pickup]いつもSo-netブログをご利用いただき、誠にありがとうございます。
コメント投稿でのスパム行為により、サーバー負荷やブログ開設者への迷惑行為が多発しておりますので、コメント投稿時における画像認証の表示方法を変更しました。
記事投稿時の詳細設定で画像認証を
・「有効」を選択時には、全員の方に画像認証が表示されます。
・「無効」を選択時には、コメント投稿者が接続サービスIDでログインしている時のみ、コメント投稿時の画像認証が無効(非表示)となります。
コメント投稿時にお手間をかけるようになりますが、スパム行為を減少させる為の仕様変更ですので、ご了承ください。
大変ご迷惑をおかけしますが、今後ともよろしくお願いいたします。
2013-10-29 11:32
2013-11-01 09:45 改正
タグ:迷惑コメント
完全自家製ブルーベリージャム [土産]



すでに「鴨セイロ」や「とろろご飯」の記事で紹介した通り、学生時代のサイクリング部の友人からのお土産の中にブルーベリージャムがありました。


門:被子植物 angiosperms
:キク類 asterids
:コア真正双子葉類 core eudicots
目:ツツジ目 Ericales
科:ツツジ科 Ericaceae
亜科:スノキ亜科 Vaccinoideae
属:スノキ属 Vaccinium
節:シアノコカス Cyanococcus
すぐにパンにつけていただきました。すごく新鮮で果実がそのままの形で残っていて、美味しかったです。

ブルーベリーの元になった植物は南アメリカにあり、その植物がカリブ海諸島を経て北アメリカに渡って進化しブルーベリーとなったそうです。抗酸化物質として知られているアントシアニンを豊富に含んでいることが有名です。

カスピ海ヨーグルトにも入れていただきました。やはり市販のジャムとは一味も二味も違うすばらしいジャムでした。
ブルーベリーは6系統があり、食用として重要なのは下記の3系統だそうです。細かい品種は数百種にも及び、日本で導入されている品種だけでも約100種になる

ハイブッシュブルーベリー系統(栽培種)
ラビットアイブルーベリー系統(栽培種)
ローブッシュブルーベリー (野生種)

クアドラプル・ナイン(Quadruple nine) 9999 累計閲覧数 [SNS]





999をトリプル・ナインと言うので、聞きなれない言葉ですが、9999の呼名はクアドラプル・ナイン(Quadruple nine)といたしました。クアドラプルは覚えにくいけれども クアドラ と プル を分けると覚えやすいと思います。
稀にしか更新されない総閲覧数で、4つも9が並ぶのが珍しくて上のように画面のハードコピーを残しました。
この時の累計閲覧数(累計アクセス数)は9,229,999でした。記事ごとの閲覧数は頻繁に更新されますが、総閲覧数は3時間ごとにしか更新されないため、私の場合の数値は約500づつ上がっていきます。したがって9が4つ並ぶ数値になるのは非常に珍しいと判ってもらえると思います。次に見た時(5時53分)には累計閲覧数は+532の9,230,531になっていました。表示は9,229,999の次は、いきなり9,230,531なので、間の数値は表示されないのです。
クアドラプルで話題なのがフィギアスケートの4回転ジャンプです。クアドラプル・トウループ(4回転)やクアドラプル・サルコウ(4回転)やクアドラプル・ループ(4回転)やクアドラプル・フリップ(4回転)やクアドラプル・ルッツ(4回転)やクアドラプル・アクセル(4回転半)は発音しにくそうですが、いろんな種類の4回転をみんながやるようになると使われるかもしれません。現在は男子の4回転ジャンプのほとんどが、簡単と言われているクアドラプル・トウループだそうです。羽生結弦選手はすでに何種類かのクアドラプル・ジャンプを飛んでおり、難しいクアドラプル・アクセルにもチャレンジするようです。
1 シングル Single
2 ダブル Double (Twin)
3 トリプル Triple (Triplets)
4 クアドラプル Quadruple (Quadruplets)
5 クインティプル Quintuple (Quintuplets)
6 セクスタプル Sextuple (Sextuplet)
7 セプタプル Septuple (Septuplet)
8 オクタプル Octuple (Octuplet)
9 ノナプル Nonuple (Nonuplet)
10 ディカプル Decuple (Decuplet)
参考に累計閲覧数(累計アクセス数)が500万に到達した時の記録をグラフにしたものを紹介します。累計閲覧数(累計アクセス数)に関しては3時間ごとに更新されていることが判ってもらえると思います。このグラフを作るためのデーターの記録は2度とやりたくないほど大変でした。累計nice数の変化から、記録したデーターの数が多いことが判ってもらえると思います。

今日、2016年12月2日5時5分時点の累計閲覧数は9,234,840になっていました。本記事掲載後、記事数だけ2,097となりました。

累計nice!数 269,047
今日閲覧数 436
累計閲覧数 9,234,840
読者数 308
ランキング 137位
nice!と思った人 8,377人
累計コメント数 56,848
ブログ継続年数 7年6ケ月26日(2,768日目) 2009年5月5日ブログ初投稿

累計閲覧数(累計アクセス数)と累計nice数の推移のグラフも添付いたします。

タグ:アクセス数
クロ・リュセ城(Château Clos Lucé)から見たアンポワール城(Château d'Amboise) [ロワール]



フランス旅行6日目のロワールの城めぐりで洞窟レストランでの昼食の後に行ったのがクロ・リュセ城(Château Clos Lucé)です。
少し前にはクルーの館(manoir du Cloux)と呼ばれていた時期もありました。フランス国王であったフランソワ1世が幼少時代に住んでいた、このクロ・リュセ城から見えるのが上の写真のアンボワーズ城(Château d'Amboise)です。この日は生憎の雨模様でした。
パリの旅行会社であるマイバス社さんの手配のバスで着いた駐車場(






━━ 駐車場~クロ・リュセ城(クルーの館) クロ・リュセ通り 337m
駐車場からクロ・リュセ城(クルーの館)までの道を紹介します。ただし駐車場に戻るときに撮ったのですべて振り返った景色です。そして道路の右側がクロ・リュセ城(クルーの館)の敷地です。正面に見えているのが駐車場です。

道の途中には古い民家もありました。この建物は売り出されていると言われていました。

右の高い建物はクロ・リュセ城(クルーの館)の一部です。道の名前はクロ・リュセ通り(Rue Clos Lucé)です。

クロ・リュセ城(クルーの館)への入口から、さらに奥を撮りました。この方向にアンポワール城があります。ここから少し先でレオナール・ペロー通り(Rue Leonard Perrault)とヴェクトル・ユゴー通り(Rue Victor Hugo)に分かれて、いずれもアンポワール城につながっています。

こちらがクロ・リュセ城(クルーの館)です。フランス国王であったフランソワ1世が幼少時代に住んでいました。さらにイタリアからフランソワ1世が呼び寄せたレオナルド・ダ・ヴィンチが晩年まで過ごした城でもあります。クロ・リュセ城に関しては近いうちに紹介したいと思います。→ポチッ

クロ・リュセ城(クルーの館)の敷地からは、この写真のようにアンポワール城が見えました。

ズームでアンポワール城を大きく撮ったのが冒頭の写真でした。

上の写真の右の方のアンポワール城の石垣あたりを拡大いたしました。

城らしい塔のある部分を拡大したのがこちらの写真です。奥にロワール川が流れています。

アンポワール城の敷地を航空写真で見てみました。左上に見えているのがロワール川です。
Googleマップのストリートビューで見たアンポワール城の敷地内の景色です。クロ・リュセ城から見えていた細い塔があるたてものが左端に写っています。
こちらはロワール川の対岸からストリートビューで見たアンポワール城です。