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豪快に伊勢海老を4匹 [ハノイ]

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2019年10月04日再掲載 タイトル:豪快に伊勢海老を4匹 3度目来店
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ザリガニ料理の記事(小龍海老と大龍海老)で中国での伊勢海老(イセエビ)の刺身の記事を紹介しました。ロブスターも含むイセエビはパキスタンやインドなど意外な国も含めて多くの国で食べましたが、刺身となると4ケ国のみです。4ケ国とは日本、台湾中国、ベトナムです。すでにベトナムの伊勢海老料理の記事は掲載していましたが、今回の中国の記事を機会に日付を最新にして再掲載いたします。

少し人数が多かったので大型の伊勢海老を思い切って4匹頼みました。下の2枚の写真が4匹の伊勢海老です。こちらのお店は3回目です。もちろん、目的は日本では食べることが難しい巨大な伊勢海老(正式名:錦海老/ニシキエビ)料理を食べることです。
ニシキエビ(Panulirus ornatus)はイセエビ(Panulirus japonicus)とおなじイセエビ属(Panulirus)に分類されていてイセエビ属の最大種で体長60cm・体重5kgに達する個体も稀に漁獲されそうです。
イセエビ科は現生種12属60種で、イセエビ属は少なくとも22種です。
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 門 節足動物門 Arthropoda
 綱 軟甲綱   Malacostraca
 目 十脚目   Decapoda
 科 イセエビ科 Palinuridae
 属 イセエビ属 Panulirus
 種 ニシキエビ Panulirus ornatus
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下記の沢山の写真はWikipedia Panulirusに記載されている順に22種を掲載しました。日本の伊勢海老は11番目で今回の錦海老は16番目です。日本周辺では6種類が獲れるそうです。一般的にあまり知られていない日本語名に関しては2014年のタクサ日本動物分類学会誌の「イセエビ・セミエビの和名について」を参考にさせていただきました。Panulirus meripurpuratusだけは命名年が2016年と新しいためか日本名は見つけられませんでした。代わりにポチッをクリックすることでPanulirus meripurpuratusの参考文献を表示するようにいたしました。写真をクリックすると拡大写真を表示します。
NO 学  名 日本語名
1 Panulirus argus アメリカイセエビ カリブイセエビ
2 Panulirus brunneiflagellum アカイセエビ
3 Panulirus cygnus オーストラリアイセエビ
4 Panulirus echinatus ブラジルイセエビ
5 Panulirus femoristriga アマミイセエビ
6 Panulirus gracilis パナマイセエビ
7 Panulirus guttatus ニシインドイセエビ
8 Panulirus homarus ケブカイセエビ 
9 Panulirus inflatus メキシコイセエビ
10 Panulirus interruptus カリフォルニアイセエビ
11 Panulirus japonicus イセエビ 
12 Panulirus laevicauda アメリカミナミイセエビ
13 Panulirus longipes カノコイセエビ 
14 Panulirus marginatus ハワイイセエビ
15 Panulirus meripurpuratus 参考文献(2016年)→ポチッ
16 Panulirus ornatus ニシキエビ
17 Panulirus pascuensis イースターイセエビ
18 Panulirus penicillatus シマイセエビ
19 Panulirus polyphagus クリームイセエビ
20 Panulirus regius インドイセエビ
21 Panulirus stimpsoni サガミイセエビ
22 Panulirus versicolor ゴシキエビ
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こちらのお店に初めて(1回目に)来たのは2010年10月28日で、クリックすると拡大2回目は2010年11月23日で、1回目と2回目の記事に追記する形で3回目の記事を掲載させていただきました。前にも紹介したように伊勢海老は5種類の料理になって出てきます。今回は右の料理を沢山食べたかったので4種類の料理にしてもらいました。「お刺身」に「海老の透明な血の料理」に右の写真の「クリーム煮をフランスパンに乗せて食べる料理」に「おじや」です。「クリーム煮の料理」が絶品ですが、すでに写真で紹介しているので大きな写真は省略いたします。初めて訪問の方は、この記事の後半の写真を是非とも見てください。


クリックすると拡大下の「海老の透明な血の料理」は前回までは味が薄い料理との印象でしたが、今回はライムが付けられて出てきました。ライムを入れてみると驚くほど美味しい料理になることが今回、わかりました。砕いたピーナッツも沢山入っていました。最後は右の「伊勢海老入おじや」で締めとなりました。


1回目と2回目はなかったイセエビを使ったベトナム風のスープです。見た目も味もタイのトムヤンクンに似ていますが、トムヤンクンほど辛くなく、素材の味が活きた、すごく美味しいスープでした。贅沢さも満喫できました。イセエビの量があったから出来たのかもしれません。
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今回は高級食材に合わせてワインにしました。ついつい、いろんなワインを飲んでしまいました。ワインの銘柄が分かるようにクリックすると拡大するように設定いたしました。
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ハーブも沢山出てきました。ベトナムに来ると沢山のハーブが味わえます。


定番の揚げ春巻きに
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生春巻きです。他にも沢山の料理が出てきましたが、今回は省略いたします。


こちらはサラダです。


野菜料理も頼みました。こちらにも砕いたピーナッツが、かけられていました。


おじやの締めの後はベトナムコーヒーにデザートです。私はアイスクリームにいたしました。
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お店の場所のGoogleストリートビューです。現在表示されているのは2014年9月に撮影されたものです。水平にスクロールすると周辺の雰囲気を感じてもらえるかもしれません。90度ごとに回転させたい方は右端のビュー回転アイコンの矢印をクリックしてください。現在は道路から南方向を見ている構図です。

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初掲載 2010年11月4日    閲覧:   0 nice:  0 CMT: 0
再掲載 2019年10月4日01時 閲覧:6,672 nice:401 CMT:78
2019年10月5日09時 閲覧:6,887 nice:425 CMT:88
2019年10月6日09時 閲覧:7,037 nice:430 CMT:90
次記事掲載 2019年10月9日11時 閲覧:7,388 nice:472 CMT:98
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本記事のniceを見てみると、9年間の間に401人の方からniceをいただきましたが、その中から76人の方が退会されたことが判りました。


2010年12月11日追伸 タイトル:また同じお店に来てしまいました。
クリックすると拡大 クリックすると拡大前回(2010年10月28日)、ハノイに来たときに大きな伊勢海老の料理を食べたことをすでに報告しています。そして一ヵ月後(2010年11月23日)にハノイに来る機会を得ました。
一ヶ月前の美味しさが忘れられなくて、また同じお店に来てしまいました。このときハノイに初めてきた人は活きた大きな伊勢海老を見て、料理を食べて大感激でした。
早速、生きた伊勢海老(正式には錦海老)の写真を撮りました。大きさがわかりにくいと思いますが、クリックして拡大したカメラの裏の画像で人と比べるとわかると思います。
前と同じように伊勢海老で5種類の料理を作ってもらいました。同じ料理なので、前回、撮れなかった写真を中心に紹介いたします。下の写真が前回も紹介した伊勢海老のクリーム煮です。こんな香ばしい感じで出てきます。
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これをフランスパンに乗せているところです。


これが完成した状態です。やっぱり一番美味しかったです。この写真は前回は撮れなかったので是非とも撮りたいと思っていました。念願がかないました。美味しいパンと伊勢海老の美味しさがあって初めて味わえる料理でした。
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もちろん今回も沢山の刺身が出てきました。伊勢海老のクリーム煮と刺身、どちらが美味しいかは人によって意見が分かれるところですが、もちろん刺身も文句なしに美味しいです。
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こちらが、前回は写真がうまく撮れなかったハーブです。あらゆるハーブが入っています。
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沢山のハーブが出てきますが広い葉っぱにいろんなハーブと前回紹介した伊勢海老の透明な血を乗せた後、巻いて食べました。
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こちらは揚げ豆腐です。ピリットとたケチャップにつけてたべます。
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そして、今回、特別に頼んだハーブと野菜だけの生春巻きです。もちろん普通の生春巻きも頼みましたが前回にすでに紹介しているので写真は省略いたします。
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2010年11月4日掲載 タイトル:一匹の海老が5種類の料理に変身
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今回のベトナムは実施的に1泊だけでした。成田からハノイに着いたのが2010年10月28日で帰国が29日の23時30分のハノイ発のや夜行便だったからです。到着した10月28日は当然ベトナム料理を満喫するために、ハノイのことが詳しいベトナム人を誘ってお勧めのベトナム料理店に行きました。シーフードのベトナム料理店です。一泊だけなので思いきって上の写真のロブスターを頼みました。
実はこの一匹からいろんな料理を食べることが出来ました。

最初のセッテングです。なかなかセンスのある器や小皿が使われていました。


伊勢海老(正確には錦海老ですが、ブログ内では伊勢海老と呼ばさせていただきます。)料理が出来るまでに頼んだのがベトナム式の揚げ春巻きです。
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何種類かのタレが用意されて出てきました。これは春巻き用です。
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もちろん生春巻きも頼みました。こちらの生春巻きは大きかったです。
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やっぱりベトナム料理にはビールです。ハノイなので、ずばりハノイビール(HANOI BEER)を頼みました。


ウォッカも頼みました。 ロシア語ではводкаですがベトナム語ではウォッカのことをVODKAと書きます。銘柄はVODKA HANOI(ウォッカハノイ)です。ベトナムでウォッカは意外な感じがしましたが、ベトナムとロシア(ソ連)は縁が深かったので強いお酒としてウォッカがベトナムに浸透しているのだと思います。アルコール度数29.5%と本場のウォッカより飲みやすいため、日本の焼酎のような存在ではないでしょうか。
クリックすると拡大2002年3月11日にカンボジアとの国境に近いハティンの町の屋台のような焼肉店で飲んだのもウォッカだったと思います。そのウォッカの値段は100円でした。その時代は2リッターの地ビールも100円だったので、ウォッカは高い飲み物との印象でした。その時の記事はこちらです。→ポチッ
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①伊勢海老の最初の料理がこちらです。伊勢海老の血です。血と言っても赤くはなく半透明でゼリー状に固まっており、その伊勢海老の血の上にナッツや身が乗せられていました。これをそのまま食べるのではなくハーブに乗せて食べるのです。ピーナッツも沢山使われていました。
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こちらがハーブに伊勢海老の血を乗せたところです。いろんなハーブを載せて巻いて、タレにつけて食べました。
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②伊勢海老はベトナムでも刺身が好まれます。ベトナムの人も大好きだと言われました。やっぱり伊勢海老の刺身は美味しいですね。
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③最もベトナム風だったのが、この伊勢海老のから揚げです。いろんな香辛料がかけられていますが、主体は塩味で、それも薄味なので、これも美味しくいただきました。
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ここでパンが突然出されました。ベトナム料理でパン?
実はベトナムはフランス支配の間にパンが浸透したのです。ベトナムでは、美味しいフランスパンがどんな田舎でも食べることが出来るのです。ただし、こちらのレストランでは単にパンがご飯代わりに出たのではなく、伊勢海老料理の一部だったのです。ここで絶品の伊勢海老料理に出会えたのです。
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④これが、その伊勢海老料理です。クリームに煮込んだ伊勢海老とクリームを、先ほどのパンに乗せて食べるのです。この美味しさには驚かされました。今まで食べた伊勢海老料理の中で一番に位置するくらいに美味しかったです。これは是非とも皆さんに経験してもらいたい味でした。
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お店の人に手本で乗せてもらっているところです。ほんとすばらしかったです。
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⑤最後の伊勢海老料理は"おじや"です。これは説明不要の美味しさですね。結局一匹の伊勢海老で5種類り料理が楽しめました。
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デザートはザボンでした。ご存知の通りスッキリとした味わいのデザーでした。
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やっぱりお店を紹介する必要がありますね。お手拭の写真を撮っておいたので掲載いたします。ネットで電話番号や住所で調べると店名が一致とませんでした。
  店名 Biennbo Ⅱ (Biển Nhớ II / Nhà hàng Biển Nhớ II)  
  住所 15B TRANG THI - HOAN KIEM - HANOI
  電話 04-3936-8462


クリックすると拡大電話番号「3936 8462 HANOI」で検索して出てきたのが下記の地図です。観光名所のホアンキエム湖の近くです。
「Nhà Hàng Nhật Bản」はベトナム語で日本食レストランの意味です。ちょっと不思議だし、お店の名前も違いますが場所はこちらで間違いないので、ご安心を。
ネットからレストランの写真を探したので紹介します。
左上のマークはホーチミン廟タンロン遺跡旧監視塔です。

より大きな地図で レストラン を表示
ベトナム語ですがお店のネームカードをもらっていました。Biennbo Ⅱのベトナム語と思われる文字Biển Nhớ IIが並んでいます。

不思議と帰国する日は日本食になってしまいます。 [ハノイ]


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以前にインドネシアのジャカルタから夜行便で帰ってくる日の最後の夕食は日本食だったことを掲載させてもらいました。実はベトナムのハノイからの帰国も夜行便なのです。翌日には日本に居ることになるのに、なぜかその日の夕食は日本食を食べてしまいました。
これが日航ホテル・ハノイの日本食店・弁慶の刺身の盛り合わせです。

もちろん飲み物はビールです。やっぱり雰囲気が盛り上がります。


鯛の兜煮を頼みました。
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だし巻き玉子も、つい頼んでしまいます


サラダも頼みました。


これはカツオのたたきです。


さらに焼肉も頼みました。


漬物は日本からの輸入物です。そのほかの物も日本からの輸入したものが多いと思います。


最後は締めの茶蕎麦です。食べ終わった後は帰国便に乗るために空港に向かいます。

ハノイのごみ箱 [ハノイ]



ベトナムの芸術感覚はヨーロッパに通じるところがある気がします。

イタリアのミラノのごみ箱も緑色でした。ゴミ箱が沢山あるのもイタリアと同じでした。

ハノイの普通の街並み [ハノイ]



フランス統治時代のきれいな街並みが沢山残っていますがベトナムの街の景色はなんといってもバイクなくしては語れません。インドネシアのジャカルタも多かったけれど今まで行った町の中ではハノイがもっとも多いです。ものすごい数です。それにヘルメットはほとんどかぶっていないのも特徴です。その替わり野球帽の人が多いですね。
昔は車はほとんどいなくてバイクばかりでした。

バイクの洪水です。


お巡りさんも大変です。


緑も沢山あります。でもバイクは多いです。


ヘルメットの代わりが帽子!帽子屋さんも欠かせません。


ハノイには意外と池が多いんです。


jinnさんコメントで「水曜どうでしょう」の『原付ベトナム縦断1800キロ』と言う企画を紹介されたので調べてみました。下記がその企画の縦断のスケジュールのようです。 リストから読み取れる場所はヴィン、フエ、ハイヴァン峠、ダナン、ホイアン、クイニョン、ニャチャン、ファンラン、ダラットと懐かしい名前が並んでいますが、ハノイ⇔ホーチミンの間は飛行機での移動で寄ることはありませんでした。ハノイより北東方向、ホーチミンより南西方向の町にはよく行きました。

ハノイのパトカー [ハノイ]

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意外とパトカーは洒落ています。汚れていなければヨーロッパのパトカーかと思ってしまいます。ベトナムは美的感覚が優れている国なんです。

夕方の通勤ラッシュの交通整理のために来ているんです。


交通整理(手信号)のお巡りさんを拡大いたしました。よく見ると2人で交通整理をされていました。


mimimomoさんからコメントがあったアメリカのパトカーを掲載させてもらいました。
このパトカーはピッツバーグで撮ったものですが、確かに横の青いラインがそっくりです。ベトナムのパトカーのデザインは先進国並なのですね。 

ハノイのタイ料理 [ハノイ]


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ベトナムのハノイでは、いつもベトナム料理ばかりを食べていたので、ちょっと違う料理を食べるという意味でタイ料理店に入ってみました。ファミリーレストランのような雰囲気でしたが、外国の人が多かったです。
皿もプラスチックで我々から見ると非常に安いと感じる値段でしたが地元の人にとっては高目なのかもしれません。上の写真は海老や烏賊が入ったシーフードのピリ辛の料理です。

スープは2種類頼みました。左はトムヤンクンです。右のスープは辛みは少なかったです。


タイ料理と言えば、やっぱりビールが合います。生ビールは何杯も追加で頼んでしまいました。


豆腐料理です。辛いタレにつけて食べます。完璧にビールのつまみです。


こちらも豆腐料理です。唐辛子と思ったらインゲンでした。意外と辛くなかったです。


野菜炒めも頼みました。料理の値段は一皿120円~200円でした。こちらでは高い値段です。


ベトナムのお土産をゲット [ハノイ]

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ホーチミンで買った袋物のお土産を紹介したので、今度はハノイで買った袋物のお土産を紹介します。ベトナムは雑貨が全般的に人気あります。ハノイのパトカーハノイのゴミ箱で紹介したようになんとなくセンスがあるんです。ベトナム旅行の人気の一つが雑貨の買い物です。食事と観光と買い物の三拍子がそろった場所ではないでしょうか。
かばんのお土産を買おうとSONGにいきました。デザインは確かにいいのですが値段で断念しました。その三軒隣のかばんを売っているお店があったので、そこで買ったのが写真のかばんです。日本の女性や欧米の女性が沢山入っていました。お店の名前は「ipa-nima」でした。ネットで調べると結構有名のようです。「SONG」をあきらめたので新しいブラントを手に入れることが出来ました。

かばんを入れてくれた紙袋も洒落ています。ipa-nimaをネットで調べると「イパニマとは香港出身のデザイナー・Christina Yuがベトナムで優れた職人技術と素材を使って彼女のオリジナリティあふれるデザインで展開するブランドです。アメリカやヨーロッパにも輸出され各地で注目されています。トラディショナルなものをベースに生まれた新しさ・アクセサリーのように着飾るバックはいつも違いを感じさせられます。」と書かれていました。


こちらは街に買い物に出れないこともあるので念のためにホテルで事前に買ったビースのかばんです。
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ベトナム戦争のユニークなモニュメント [ハノイ]


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10年以上(諸説により10~14年)続いたベトナム戦争が1975年4月30日にサイゴン(現在のホーチミン)が陥落して終戦となってから39年が経ちました。最新の近代兵器を沢山投入したアメリカが負けた戦争としても有名です。ハノイには敵国の兵器の残骸で作られたユニークな戦勝記念モニュメントがありました。上の写真はクリックすると拡大します。

クリックすると拡大ここは以前紹介した右の写真のフラッグタワーのそばの軍事博物館で、いろんな昔の兵器が飾られていました。悲惨な戦争だっただけにいろんな思いが込められたモニュメントのような気がしました。戦争のことを忘れかけていたことを思い出させてくれるモニュメントでした。単にユニークという表現は適切ではないのかもしれません。ベトナム戦争の悲惨さを感じていただくために犠牲になった数値を紹介します。下記は死者の数ですが負傷者は膨大な人数になると思います。北ベトナムに対する北爆は約223万トンの爆弾が投下され死者5万人以上の被害が出ましたがアメリカ側も1000機の航空機を失いました。戦闘で失った数を含めると2700機を失いました。
ちなみにWikipediaによると太平洋戦争での日本の犠牲者は1,740,955人(戦闘員)+393,000人(民間人) =2,133,955人です。一方、厚生労働省は戦没者を240万人としており、1963年の閣議決定および同年8月15日の全国戦没者追悼式のでは、戦没者を310万人(戦闘員230万人+民間人80万人)としています。原爆を含む本土空襲では588,561人(Wikipedia 一説では100万人)の命が失われました。沖縄戦では94,000人の住民が亡くなりました。
                南側        北側         合計    アメリカ軍
   推定戦死者     285,000   1,177,000    1,462,000    58,245
   行方不明者   1,490,000     604,000    2,094,000    約2,000 
   民間人死者   1,581,000   3,000,000    4,581,000
   合計        3,356,000   4,781,000    8,137,000


モニュメントの近くには中世の石の砲弾と大砲も置かれていました。
史上最大の死者数の戦争は戦闘員+民間人総計で5000万~8000万人の死者となったとされる第二次世界大戦です。民間人が3800万~5500万人と戦闘員の死者2200万~2500万人よりも多く亡くなったのも第二次世界大戦です。数値からも近代兵器の恐ろしさを感じます。石を大砲の弾に使っていた昔には戻れない、戦争は起こしてはならない域になってきたと実感いたします。
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ハノイのベトナム料理 [ハノイ]

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このときはハノイは2泊だけです。後悔しないように詳しい人に教えてもらっていったお店です。ここでもやっぱり海老を注文してしまいました。でもメニューを見てもなかなか判らなかったです。

ベトナムはやっぱりこれらの調味料ですね。好みでいろいろ混ぜます。


鳥料理です。丸いのは揚げパンです。
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これは豚肉料理です。


生春巻きを頼んだつもりでしたが揚げたものが出てきました。これも名物ですね。これがおいしいお店は他の料理もおいしいですね。
ベトナム料理はいろいろあるんです。宮廷料理とか海鮮のシンプルな料理などがありますがこのお店は最もオーソドックスなベトナム料理でした。
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店内の雰囲気がわってもらえると思います。フランスの雰囲気があるような気がします。お客さんはベトナムの人が圧倒的に多かったです。
      

ハノイのビールです。これで! ビール×6本と上の料理合計で2500円でした。
お店のネームカードをもらってきました。ベトナム料理のお店でした。
  店名 Lan Vien (Lan Viên)
  種類 Vietnamese Restaurant
  住所 37 Ly Thuong Kiet Hanoi → 地図
  電話 042-936-1789

旧市街 [ハノイ]

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現在、カザフスタンウクライナの記事を掲載中ですが、7月31日からベトナムに行く予定です。そこで前回行った時(2011年6月8~12日)のハノイの町の様子を紹介します。前を走っているのはハノイの観光用の自転車タクシーです。このあたりは旧市街地と言われている場所で、ベトナムらしい風情に出会えることで観光客にも人気の場所です。この自転車タクシーはシクロと呼ぶそうです。ちゃんとナンバープレートが付いています。

こちらは旧市街地近くの路地です。こちらもベトナムらしい風情のある場所でした。
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旧市街地の比較的大きな道です。沢山のお店がありました。土産物屋さんや仏具のお店が目立ちました。
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4kmのタイル画 [ハノイ]



空港からハノイ市内に入る道沿いに気になるタイル画がありました。このタイル画は、2010年がハノイ遷都1000年にあたることから、いろんなイベントの一つとして建設されたそうです。空港からハノイの町の中心に向かうと左側に見えます。総延長は4kmにもなり一番長いところは2kmを超えると聞きました。

反対車線側なので鮮明な写真ではありませんが、何枚か紹介いたします。
タイル画もすごいけれども建物が印象的でした。5階建の建物が密集している様子は迫力があります。


タイル画は川の昔の堤防に描かれていました。今は堤防の向こう側にも家が建っておりこの堤防は昔のなごりです。


夕方に近く暗くなりかけていたのでシャッタースピードは長くなるため反対車線のバイクの画像は流れています。


いろんなタイプの絵があるのに驚かされました。


いろんな団体の方々が、それぞれの区画を担当して競い合って作ったと聞かされました。中には芸術的なタイル画も沢山ありました。


ホアンキエム湖の湖畔で生ビール [ハノイ]

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上の写真はホアンキエム湖の中の小島に建てられている亀の塔 (Tháp Rùa) です。ライトアップされた亀の塔は昼間と違った雰囲気を出しています。
ホアンキエム湖はベトナム・ハノイの人気スポツトで沢山の外国の観光客が訪れています。ベトナムに到着した当日に、そのホアンキエム湖の湖畔を散策しました。日本からのフライトがついてホテルのチェックインを済ましてすぐに散策に出ましたが、すぐに暗くなってきました。やっぱりライトアップされた景色を見ると、のんびりとビールを飲みたくなります。そこで、散策しながら湖畔のレストランを探して入りました。

体重200kgの大亀が住むホアンキエム湖の湖畔のレストランで、湖のすぐそばの屋外のテーブルで飲むことにしました。
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夕食は別の仲間と約束したレストランがあるのでその時間までここでゆっくり過ごすことにしました。食事は別のところで食べるのでこちらのレストランではビールだけでした。この日の成田からハノイへの飛行機の中でもワインやビールを飲んできましたが、やっぱり有名なホアンキエム湖の湖畔でTiger Beerを飲むのは格別でした。


では~~!乾杯!
やっぱり湖畔で飲む生ビールは美味しかったです。現地通貨ドンをあまり持ってきていなかったのと、メニューには値段が書いていなかったので、支払いに関して心配しましたが一杯が200円程度で手持ちのドンで十分に足りました。でも一般的なレストランと比べるとかなり高いと、後で食事をしたメンバーに言われました。確かに、この湖畔のレストランは観光客と思われる外国人ばかりでした。でも我々にとっては200円は安かったので大満足でした。
タイガービール(Tiger Beer)はオランダのハイネケン(Heineken)社とシンガポールのフレイザー・アンド・ニーヴ(Fraser and Neave)社が合弁で作ったアジア・パシフィック・ブリュワリーズ(Asia Pacific Breweries)社のビールです。シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、カンボジアに醸造所を構えており、東南アジアを代表するビールですが、中国、ニュージーランド、パプアニューギニア、インド、スリランカでも造られています。


湖畔のレストランの正面には玉山祠 (Đền Ngọc Sơn) が建っている島が見えました。玉山祠 には13世紀の元に対する戦いで活躍した陳興道、文昌帝や1864年に寺の修理を担当した儒者者で作家の阮文超らが祭られています。
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湖畔のレストランに来る前には、その島にある玉山祠にも行ってみました。そこからの対岸の景色です。つまり湖畔のレストランがあるあたりが見えています。

ハノイのイタリアン Osteria IL GRILL [ハノイ]

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クリックすると拡大このお店の紹介なくしてはベトナムの掲載は終わらないです。2階の席から入口を撮りました。ここのイタリアンは評判なんです。初めて食べた時は美味しさに驚きました。ネットで調べるとイタリア人夫婦がやっているお店だそうです。
料理だけでなくてお店の雰囲気もいいのです。このときは我々が最初で一番いい席に座りましたが欧米人の人が沢山食事に来られました。

最初は生ハムを頼みました。
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肉系の別のものを頼んだつもりが、またもや生ハムとハムの盛り合わせになってしまいました。この次は十分に研究してから前菜を頼むことにします。沢山の種類があるのに残念でした。
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生ハムばかりでは! と追加でチーズを頼みました。イタリア料理では定番の前菜ですね。モッツァレラチーズとトマトとバジルにオリーブオイルをかけただけのシンプルな料理です。イタリア国旗の色です。名前はカプレーゼです。本格的でした。
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もちろんピッツア(ピザ)も頼みました。
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この席がもっとも気に入っている席です。2階で見晴らしがいい席なんです。
ここでハプニングが!! 隣の席に数年前に会ったことのある日本の人が来られました。こちらから声を掛けると、もちろん驚いていました。広いようで狭いです。やはり人気店なのだと改めて関心してしまいました。その人は何度も来ているようなので料理の選択を頼むと良かったのですがこちらの方はもう終わりかけでしたので頼む訳には行きませんでした。
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最後はパスタです。 オリジナル麺の酸味の効いたトマトソース味です。パスタの味でお店の評価が決まります。是非、ここのパスタを食べてみてください。
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笑顔が素敵な店員さんが応対してくれます。


お店の名前は「Osteria IL GRILL」と言います。お勧めの、お店なので紹介しておきます。メニューはすべてUS$表示なのでクレジットカードをお忘れなく。もちろんドル札でもOKですね。
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お店を紹介いたします。
 店名 : Osteria IL GRILL
 住所 : 116 Ba Trieu Str,Hanoi
 電話 : (ハノイ)-822-7720
 営業 : 10:00-14:00, 17:00-22:30
 休業 : 日曜日午前中

ホアンキエム湖の大亀 [ハノイ]

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前記事でホアンキエム湖の大亀のことを記載しましたが、その一か月後の11月23日から11月25日までベトナムのハノイに行っていました。一ヶ月前の10月28日~10月30日のホアンキエム湖を散策では肝心な場所に行っていないことをネットを調べていて知りました。今回、ハノイに来る機会があったのでその場所に行ってみることにしました。その行き忘れた場所は玉山祠(Đền Ngọc Sơn / ゴック・サン・テンプル)です。
そこには、このホアンキエム湖(還剣湖 / Hồ Hoàn Kiếm / 湖還劍)で捕獲された巨大な亀の剥製(はく製)が保管されているのです。その亀の剥製が上と下の写真です。
伝説では、「15世紀に農民出身の反乱指導者レ・ロイ(Le Loi)は魔力を持つ剣を駆使して中国軍を追い返し、自らの名をつけた王国を築いた。王となったレ・ロイがある日、ホアンキエム湖で小舟に乗っていると1匹のカメが姿を現し、レ・ロイから魔剣を受け取ると、湖底に消えて行ったという。カメはベトナムが次に存亡の危機に立たされるときまで魔剣を安全な場所に保管している。」と伝えられています。

この剥製の亀は1968年にホアンキエム湖で捕獲されたシャンハイハナスッポンと推定されている大亀で、捕獲時の体重は250kgだったそうです。大きさは長さ210cm、幅120cmで、伝説の亀とされて、ここに祭られたそうです。湖に生息していると言われているシャンハイハナスッポンおよびいくつかの種の大型の軟殻亀は絶滅の危機にあると言われていますが、湖面に大型の亀の浮上が確認され、現在はシャンハイハナスッポン(あるいはホアンキエムハナスッポンという説)の雄の2頭が生息していることが定説なっています。シャンハイハナスッポンは中国・蘇州の動物園のつがい2頭と合わせて世界で4頭しか確認されていない貴重な亀です。野生ではホアンキエム湖の2頭だけです。このうちの1頭が釣り針などでケガを負い、首と脚の皮膚に潰瘍ができている事から、2011年に治療目的のため捕獲されました。
クリックすると拡大200kgの個体を捕獲するのに軍の特殊部隊50人がかりだったそうです。治療後は元の湖に戻されてたそうです。2014年4月にも治療のために捕獲もされました。その亀の推定年齢80~100歳で、体長200cm、体重は200kgでした。右の写真はホアンキエム湖で治療のため捕獲した時の大亀です。
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はく製(剥製)が保管されている建物です。シャンハイハナスッポンの分類を記載します。
   門      : 脊索動物門  Chordata
   亜門    : 脊椎動物亜門  Vertebrata
   綱      : 爬虫綱  Reptilia
   目      : カメ目  Testudines
   亜目    : 潜頸亜目  Cryptodira
   上科    : スッポン上科  Trionychoidea
   科      : スッポン科  Trionychidae
   亜科    : スッポン亜科  Trionychinae
   属      : ハナスッポン属  Rafetus
   種      : シャンハイハナスッポン  Rafetus swinhoei
   学名    : Rafetus swinhoei
   日本語   : シャンハイハナスッポン (上海ハナ鼈)
   中国語   : 斑鱉             鱉(中国語) = スッポン(鼈)
   ベトナム語 : Rùa Hồ Gươm


ここは玉山祠(Đền Ngọc Sơn)と呼ばれている場所で、10000ドン(55円)の写真のチケットを買って中に入ります。


左の写真がチケットの表紙に使われている玉山祠の入口です。右の写真が玉山祠の内部です。


玉山祠の、さらに奥の内部です。玉山祠は18世紀に建てられたそうです。そこには13世紀の中国・元との戦いで活躍した陳興道、文昌帝や1864年に寺の修理を担当した儒者者で作家の阮文超らが祭られているそうです。


この赤く塗装された木製の橋が島と岸を結ぶフク橋(Cầu Thê Húc, 棲旭橋)です。


水面がざわついているのでフラッシュを使って写真を撮ると沢山の小魚がいることがわかりました。亀さんは餌には困らないようです。夕刻の暗くなった時間帯でした。この後に湖の周りを歩いて対岸の湖畔のレストランに入り生ビールを飲みました。


玉山祠とフク橋を航空写真で紹介します。地図内のアイコンを数回クリックすると、この位置が判ってくると思います。

かつてはシャンハイハナスッポンは中国の長江・太湖・雲南省およびベトナムの一部地域で広く生息が確認されていましたが人間による乱獲(食用&漢方薬)および開発による自然環境の変化により、激変してしまいました。現在は世界で中国2頭、ベトナム2頭の計4頭しか確認されていないことから国際自然保護連合のレッドリスのト絶滅危惧種の区分で CR 絶滅寸前に分類されています。4頭の内、雌は中国・長沙動物園から人口繁殖の目的で2008年5月に中国・蘇州動物園へ移送された1頭(約80歳)のみのため2008年から懸命に人工繁殖を試みて産卵は何度か行われましたが孵化にはいたっていない状況です。そして4頭の亀たちはいずれも高齢(80~100歳)であることから予断が許されない状況のようです。下の写真はネットから拝借したホアンキエム湖の大亀です。ベトナム語「"Rùa Hồ Gươm" "Hồ Hoàn Kiếm"」で検索すると沢山の写真や動画が表示されます。 → 写真 動画
  EX  絶滅
  EW  野生絶滅
  CR  絶滅寸前
クリックすると拡大  EN  絶滅危惧
  VU  危急
  CD  保全対策依存
  NT  準絶滅危惧
  LC  軽度懸念
  DD  データ不足
  NE  未評価

巨大な亀の住む還剣の湖 ホアンキエム湖 [ハノイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ベトナムのハノイでシーフードを食べた後、泊まっているホテルまで歩いて帰ったときの写真です。ベトナムの街の中は沢山のイルミネーションで飾られていました。特に有名なホアンキエム湖のあたりはきれいです。この写真は10月28日に撮りました。

この写真の左の遠くに見える青い光がホアンキエム湖の周りのイルミネーションです。あのレストランはホアンキエム湖の近くにあったのです。ただしこれがホアンキエム湖のイルミネーションであることは翌日の夜に知りました。その時は車に乗っていたので残念ながら写真を撮ることが出来ませんでした。
もう一つ、写真が撮れなかったけれど、すごいものが作られていました。道路沿いにある昔の堤防跡にタイル絵が作られたのです。そのタイル絵のある道を車で走りましたが、きれいないろんな絵が永遠と続いていました。ベトナムの人に聞くと総延長は4kmだそうで、確かにそれくらいの長さがありました。このタイルアートもハノイ遷都1000年事業(2010年)で作られたそうです。
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夜のホアンキエム湖のイルミネーションは撮ることが出来ませんでしたが、翌日の朝の景色を撮ったので紹介いたします。こちらの写真は2010年10月29日のものです。
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ホアンキエム湖の周りはウオーキングの人たちが沢山来られていました。不思議なことに、ほとんどの人が湖の周りを反時計回り歩かれていました。
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エアロビクスや体操をしている方が多いいのにも驚かされました。ほとんどが音楽に合わせて体を動かされていました。
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湖の真ん中に亀の塔があります。ホアンキエム湖(Hồ Hoàn Kiếm)はハノイの主要な景観スポットです。伝説では、黎利が湖の宝剣を手にし、その剣によって明との戦いに勝利し、その後、黎利は湖の上で金の大亀 (Kim Qui) から平和になったので持ち主である竜王に剣を返すように啓示され、湖の中心近くにある小島で剣を返しました。それゆえ、湖は「剣を返還した」と言う意味のホアンキエムと言う現在の名前で呼ばれるようになったそうです。漢字表記では還劍湖となります。現在のベトナム語と漢字の関係は、おそらくHồ(湖) Hoàn(還) Kiếm(劍)ではないでしょうか。小島にはその後、亀の塔 (Tháp Rùa) が建てられました。
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航空写真でホアンキエム湖を紹介します。下の方(南側)の小さな島に亀の塔が建っています。湖の北岸の近くにあるもう一つの島には、18世紀に創建された玉山祠 (Đền Ngọc Sơn) が建っています。それは13世紀に、中国・元との戦いで活躍した陳興道、文昌帝 (Văn Xương Đế Quân)、1864年に寺の修理を担当した儒者者で作家の阮文超 (Nguyễn Văn Siêu) らを祭っています。島と岸の間には、赤く塗装された木製のフク橋(Cầu Thê Húc, 棲旭橋)が架けられています。
地図内のアイコンを数回クリックすると、この位置が判ってくると思います。

湖の中のシャンハイハナスッポンなどの大型の軟殻亀は、皇帝の名誉たる "Rafetus leloii" と名づけられています。その種は危機にさらされていて、湖の中の個体数は不明です。1968年には湖で体重250キログラムの大亀が発見され、伝説の亀とされて玉山祠に剥製が祭られています。その剥製の大きさは長さ210センチメートル、幅120センチメートルです。2014年4月には、体重約200キロの傷ついたシャンハイハナスッポンが治療の目的で捕獲されたそうです。海亀では200kgを越える亀は珍しくはありませんが、淡水では珍しいと思います。シャンハイハナスッポンは淡水亀の最大種で、世界にはベトナムの野生の雄2頭と中国・蘇州の動物園のつがいの、計4頭のみしか確認されていません。
下の写真がネットに掲載されていたホアンキエム湖で治療のために捕獲されたシャンハイハナスッポンです。ホアンキエム湖に住むんでいるシャンハイハナスッポンは、別種であるという説があります。仮に本当であれば、野生のシャンハイハナスッポンとされる個体はいなくなり、シャンハイハナスッポンは野生絶滅している事になります。ホアンキエム湖のカメは雄だけなのでホアンキエム湖のカメは絶滅してしまうことになります。ホアンキエム湖のカメには、Hà Đình Đứcによって2000年に Rafetus leloii という学名が付けられており、ベトナム語名 "Rùa Hồ Gươm" に基づけば「ホアンキエムカメ」または「ホアンキエムハナスッポン」という名になります。別種であるという主張は形態や遺伝子の差によって示されていますが、その反論として、形態の違いは個体差や年齢に起因するものであるという主張や、遺伝子配列の決定の妥当性に疑問が残るという主張もあり、今のところ結論は出ていません。
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卒業記念写真 [ハノイ]

ハノイで出会った風景です。ほほえましい感じなので撮らせてもらいました。
卒業写真を撮っているところです。もちろんプロのカメラマンです。
ベトナムではプロのカメラマンに写真を撮ってもらう風景を良く見かけます。台湾でもよく見かけました。
有料プライベートビーチでもベトナムの女性が水着姿をプロのカメランに撮影してもらっていました。
それ以外でも教会の周りでは結婚式衣装で何組もプロによる撮影をしている風景を見かけました。何れも2人だけなので、ここで結婚式をしているわけではなく撮影だけだと思います。
この卒業写真撮影では風船が使われていました。可愛らしい雰囲気を出していました。
Dscf0018 卒業記念写真撮影風景-960.jpg

ハノイは相変わらずバイクは多いです。道を渡るのに苦労しました。
Dscf0022 ハノイ-480.jpg

民族博物館にあった建物です。日本の縄文時代にもこんな建物があったような。⇒三内丸山遺跡
Dscf0021 ハノイ民族博物館-480.JPG


こちらは日本食店を紹介したホーチミンです。同じ場所からの夜と夕方の景色です。
   夜のサイゴン川                      夕方のサイゴン川
Dscf0002-230.jpg DSCF0001 サンゴン川 昼230.jpg

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ハノイ市内の踏切 [ハノイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハノイから南に105kmの位置にあるベトナムの踏切を以前の記事で紹介したことがありますが、今度はハノイ市内にある踏切を紹介いたします。ハノイの名所である旧市街あたりを散策している時に偶然、列車が通る踏切に出会えました。反対車線(対向車線)にまでバイクで溢れています。

同じ場所から動画も撮ったので掲載いたします。ここからハノイ駅まで700mの距離です。この列車は北から(左から)ハノイ駅(右方向)に向かっているところです。
興味のある方はプレーボタン( )をクリックしてみてください。


列車が行き過ぎて遮断機が開くと対向車線側に入り込んだ沢山のバイクも一気に渡ろうとするので大変な混雑となっていました。


踏切から北の方向(ハノイ駅と反対方向)を撮りました。このように民家の軒先を電車が走るのです。実はベトナムの鉄道はハノイ駅の近くでも単線なのです。ネットで調べてみると営業キロは合計2,600kmの中で複線なのが2kmだけだそうです。これには驚きました。おそらくですが、ベトナムの鉄道は建設当初のまま、現在に残っている貴重な鉄道だったのです。ベトナムの最初の鉄道はハノイから北北東の方向に直線距離で550kmにある中国の昆明からハノイまでを結ぶ線路でベトナム国内で最初に開業したのは1905年だそうです。昆明~ハノイの全線(764km)が開業したのは1910年だそうです。この踏切の部分の景観は開業した1905年当初のままなのかもしれません。
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上の写真と同じ方向ですが少し角度を変えた写真です。この線路が中国の昆明につながっています。今でも走っているようで32時間だそうです。週に2便で金曜日と日曜日の出発だそうです。一方南側のハノイ - サイゴン(現、ホーチミン)間を結ぶ南北鉄道が1935年に全線開通したそうです。電化区間はまったく存在しないため全てディーゼル機関車だそうです。


こちらはハノイ駅の方向の線路です。ここから700m進めばハノイ駅です。
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航空写真で、今回の踏切の場所を紹介いたします。クリックすると地図を表示します。
ハノイ駅の近くの踏切

世界遺産 旧ハノイ城跡 [ハノイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックするとパノラマ
上の写真は旧ハノイ城跡の端門(Doan Mon)です。端門は城を囲む第1城壁に一つだけ配置された正門で見るからに立派な門でした。敬天殿への入口とされています。
世界遺産という文字をタイトルに入れましたが、旧ハノイ城跡と言う名の世界遺産はありません。でも今回紹介する建物などは世界遺産なのです。世界遺産の名称は「タンロン遺跡」です。
実はタンロン遺跡は、旧ハノイ城跡周辺とタンロン城跡をあわせたエリアを指し、7世紀から19世紀頃にハノイの行政中心地だった場所なのです。ベトナム諸王朝がここに都を置いたため各時代の遺跡が重なっているのです。
ベトナム最初の長期王朝を築いた李太祖(リー・タイトー)が1010年に今のハノイへ遷都を行った際、1匹の黄金の龍が現れたことから、都をタンロン(昇龍)と名付けたことに由来しています。つまりタンロン(昇龍)はハノイの旧称です。タンロン遺跡のベトナム語は「Di tích Hoàng Thành Thăng Long」です。ベトナム語として漢字が使われていた時代(1945年以前)では「遺跡皇城昇龍」となります。漢字の正式廃止は1954年で比較的最近でした。この年から紙幣から併記されていた漢字も消えました。

タンロン遺跡そのものは現在発掘中で時々公開されているようなので、その敷地の周りを廻りましたが残念ながら入口はありませんでした。今はだめだったようですが塀越しに写真を撮りましたが工事現場のような雰囲気でした。タンロン遺跡は一番下に掲載している地図のレーニン廟と後楼の間にあります。
基本的には自分で撮った写真しか掲載しないようにしているのですが、現在のタンロン遺跡を紹介するためにネットの写真(下記2枚)を使わさせていただきました。
タンロンの王城は11世紀に李王朝によって築かれたものであり、大越の独立を示すものだそうです。紅河のハノイのデルタ地帯を埋め立てた干拓地の上に7世紀に建てられた、中国の要塞跡の上に建設されたそうです。13世紀の間絶えることなくこの地域の政治的権力の中心であり続けたそうです。北は中国、南はチャンパ王国の影響がある交差点に位置していることから、紅河渓谷下流に特徴的な、独特の東南アジア文化が生まれたのであり、タンロンの王城の建築と18のホアン・ディエウ遺跡がそれを反映しているそうです。

[発掘場所は大きな屋根で覆われています。]       [屋根の下の発掘場所です。]

近くから見た端門です。門は3段になっており一番上まで上がってみました。


端門の前から左側の城壁を撮ったものです。右側も同じでした。
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分厚い木の門の下には車がついていました。


内側から門の通路を撮ったものです。城壁の厚みが実感してもらえると思います。
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門の上の建物に上がる階段です。


門の上は広い庭のようになっておりそこに2階建ての建物が建っていました。


2階(地上からだと3階)に上がるとなにかが祭られていました。


部屋の中からの景色です。国旗掲揚台が広場の向こうに見えます。


屋根には龍が飾られていました。
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2階(地上からだと3階)に上がる階段です。急な階段でした。


歴代の皇帝が居を構えた宮殿跡である敬天殿(Dien Kinh Thien)には1467年につくられた写真の龍の階段が残っています。この階段を登ったところは龍の丘と呼ばれているそうです。その丘に建っている現存の建物はフランス統治時代のフランス軍司令部だそうです。
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敬天殿の後ろ側の後楼との間に、このようなものがありました。クリックすると拡大昔は地下に入る入口だったのでしょうか。関係は不明ですが、近くには右の写真の「D67の家」と呼ばれる建物があります。ベトナム戦争時に重要な会議が行われた建物には大きな地下室があったそうです。「D67の家」の写真は撮っていなかったのでネットから拝借いたしました。


これは後楼(Hau Lau)です。皇帝に仕えた側近たちが控える場所とされたところです。この建物はフランス統治時代に復元されたそうです。
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後楼の屋根の瓦も趣があるので掲載いたしました。
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後楼の中にも、なにか祭られていました。


クリックすると拡大最も北側の壁です。小さな門の出入口はコンクリートで塞がれていました。このような壁で敷地全体が囲まれていました。この塞がれた門の奥に北門があります。一旦、外に出て道路を歩いて行くと右の写真の北門に行けたのですが、そのことを知らなかったために写真を撮ることが出来ませんでした。右の北門の写真はネットから拝借いたしました。
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紹介の建物の位置関係を地図で紹介します。すでに紹介したホーチミン廟も近くにあります。クリックすると航空写真を表示します。
クリックするとGoogle地図を表示

ホーチミン廟 [ハノイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
クリックすると拡大4月28日に訪れた右の写真のモスクワのレーニン廟を前記事で紹介いたしましたが、こんどは6月11日にホーチミン廟を訪れました。帰国の飛行機が23時30分だったため、こちらに来る時間が出来ました。
ホーチミン廟(ホーチミンびょう)はハノイにあるホー・チ・ミンの霊廟です。

ホーチミン廟(ホーチミンびょう)は、広い広場の中にありました。ホーチミン廟の左右にはレーニン廟と同じように観客席が設けられていました。


現存している霊廟は次の4つで、撤去された霊廟は2つです。
上の段の左側の写真のモンゴルのスフバートル廟は2004年遺体撤去され2005年に解体され、右側のブルガリアのディミトロフ廟は1990年遺体撤去され1999年に解体されました。下の段の左側が毛主席紀念堂で、右側が錦繍山太陽宮殿です。年数は建立された年を示しています。ここの4枚の写真はネットから拝借いたしました。
  撤去 1921年 モンゴル   スフバートル廟
  現存 1930年 ロシア     レーニン廟
  撤去 1949年 ブルガリア  ディミトロフ廟
  現存 1975年 ベトナム   ホー・チ・ミン廟
  現存 1977年 中国      毛主席紀念堂
  現存 1995年 北朝鮮    錦繍山太陽宮殿
クリックすると拡大クリックすると拡大
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ホーチミン廟の正面です。
このホーチミン廟は2年の歳月をかけて1975年9月2日に完成したそうです。兵士によって厳重に警備されていて、一年中冷房の効いた内部の部屋にホー・チ・ミンの遺体がガラスケース中に安置されています。廟の中は軍人により警護されており、クリックすると拡大私語厳禁で立ち止まることは許されないそうです。また、事前にカメラなどを預けておく必要もあるそうです。
初代の主席であるホー・チ・ミン(Hồ Chí Minh / 胡志明)は1890年5月19日に生まて植民地時代からベトナム戦争まで、ベトナム革命を指導し、1969年9月2日に亡くなりました。ホー自身は存命中に自己顕示的行動におよぶことは殆どなく、その死に際しても本人は火葬および北部(トンキン)、中部(安南)、南部(コーチシナ)に分骨を望んでいたそうです。
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全体がわかるようにパノラマ写真を掲載します。この写真もクリックすると拡大します。2010年はハノイに遷都して1000年になることを記念する行事の一環として、公式発表で約4万人が参加の最大規模な軍事パレードが、このホーチミン廟の前で行われました。共産党幹部らはホーチミン廟の上に設けられた席から、行進する兵士や警察官らに手を振っていたそうです。そんな点で赤の広場に似ています。
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広場の前には道路があり沢山のバイクと車がひっきりなしに通っています。上の写真はバイクが途切れる瞬間に撮ったもので、気にせずに撮るとほとんどの写真にバイクや車が写るはずです。
クリックすると拡大pg

レーニン廟と決定的に違うのが訪れる人の数です。
クリックすると行列を表示霊廟を中心に左側(南側)に長い行列が出来ていました。この写真をクリックしてもらうと、そのすごさがわかってもらえると思います。
ホー・チ・ミン(Hồ Chí Minh 胡 志明)は1890年5月19日に生まれて1969年9月2日に突然の心臓発作によって死去し79年の生涯を閉じたベトナムの革命家であり政治家です。植民地時代からベトナム戦争まで、ベトナム革命を指導して、初代ベトナム民主共和国主席、ベトナム労働党中央委員会主席となり、多くの人に、したわれた人です。
クリックすると行列を表示

航空写真でホーチミン廟を紹介します。クリックするとオリジナルの航空写真を表示します。
Iクリックすると行列を表示

バスの数も圧倒されました。一つの場所でこれだけ沢山のバスを見たのは初めてでした。この写真に写っているバスは、ほんの一部です。


子供たちも沢山見に来ているようでした。
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巨大な駐車場の奥からホーチミン廟を望んでいます。
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ちなみにベトナム戦争は1960年12月~1975年4月30日(サイゴン陥落)でした。

ベトナムで和食 サブタイトル:日本酒 SAKE [ハノイ]



ウクライナカザフスタンの記事を書いているころにベトナムに行きました。やはり帰国の日には日本食を食べたくなります。泊まっていたホテルで入った日本食店は日本でも有名な弁慶なので料理は定評があり満足でした。

日本酒(SAKE)も飲もうかとドリンクメニューを見て驚きました。久保田の万寿(萬寿)の720mlが800万ドン、つまり約3万8千円でした。日本でネットで購入すると4000~5000円で買えると思うと、かなり高い気がしました。
八海山の純米吟醸酒の720mlだと約2万8百円でした。こちらは日本でネットで購入すると1800~3000円程度です。それでは焼酎の値段はというと「いいちこ」の720mlで7880円でした。この程度なら、頼んでみようかなとも思いましたが明日には日本に着いていると思うと、やっぱり高いかなと思い、焼酎や日本酒を飲むのは、諦めて最後までビールにいたしました。日本酒や焼酎が高い理由は関税です。この価格に、+5%(サービス料)+10%(消費税)が支払う価格です。つまり久保田・萬寿・720mlであれば44490円になるというわけです。 
 久保田  萬寿    720ml 800万ドン 38690円
 久保田  千寿    720ml 340万ドン 16440円
 八海山  純米吟醸 720ml 430万ドン 20800円
 男山    本醸造   720ml 195万ドン  9430円
 黒霧島  芋 焼酎  720ml 195万ドン  9430円
 二階堂  麦 焼酎  900ml 190万ドン  9190円
 神の河  麦 焼酎  720ml 163万ドン  7880円
 いいちこ  麦 焼酎  720ml 163万ドン  7880円




食べた料理を紹介いたします。
弁慶なので輸入食材を使った高級料理もあるのですが、この日は日本酒の値段にショックを受けて値段の手ごろな料理ばかりを選んでしまいました。


こちらは野菜の肉巻きです。野菜はアスパラとネギとニンジンでした。料理に関しては大満足でした。


鶏の照り焼きが乗ったサラダです。これもヘルシーでよかったです。


冒頭の海老の天婦羅を食べると野菜の天婦羅も食べたくなりました。


地元で人気のベトナム料理店 [ハノイ]


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ここはベトナム・ハノイのベトナムの人が案内してくれたベトナム料理のシーフード・レストランです。我々がよく行く外国人向けのレストランとは趣が違うので紹介いたします。そして、ここはどくだみの生春巻き鰻とハーブの生春巻きを食べたお店でもあります。外国人は少なく地元の人が利用しているレストランのようでした。料理を選んでくれたのはベトナムの人でした。先ずはアサリのスープです。シンプルで素朴な味わいの美味しいスープでした。アサリとハマグリの中間のような貝でした。

こちらも野菜をゆでただけの素朴な料理で、ベトナムでは初めての経験の料理でした。


何種類かのベトナム独特のタレが用意されていていてそれにつけて食べます。今、つけているのはピーナッツを砕いたものです。これ以外に塩にライムをかけたものもあります。


これはジャガイモの葉を炒めたものです。何でも料理にしてしまうのがベトナムでした。


これは見ての通りイカリングのフライです。上ので紹介したタレをつけて食べます。ベトナムの近海では南洋イカが沢山獲れるのでスルメも沢山あります。日本料理店では新鮮なイカの刺身も食べれます。
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クリックすると拡大地元で人気の秘密の理由の一つが、これです。
こちらのレストランの売りにしているのが、チェコ(Czech)の生ビールです。実はベトナムの人もビールが好きなのです。銘柄はČeská KORUNAです。私がビールが好きなことを知っていてくれました。
右の写真はネットに掲載されていたお店のビールサーバーです。この写真が掲載されていたことからもビールを売りにしているお店であることが、うかがえました。


黒ビールもありました。もちろんこちらも生ビールでした。


やっぱり鶏料理は美味しいです。新鮮な鶏がたべれます。こちらも自分の好みのタレをつけて食べます。
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酸辛湯(サンラータン)とトムヤンクのような味のスープでした。これはお薦めのスープです。名前はわからなかったのですが、この写真を見せれば注文できると思います。
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小さなお椀にスープを移してご飯を入れるのがベトナム風です。ご飯がスープの下に見えるのがわかってもらえると思います。


すでに紹介したウナギとハーブの生春巻きです。本当は、両サイドのライスペーパーを折り曲げるのですが、具が長すぎたので巻くだけにいたしました。
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こちらがお店です。日本人だけで行くのは難しいお店ですが紹介しておきます。
括弧( )内はベトナム語です。
 名前 Song Loc Restaurant (Nhà hàng Song Lộc)
 住所 35 Lac Trung street, Ha noi
     (35 Lạc Trung, Hai Bà Trưng Ha Noi )
 電話 04-3636-7307


ネームカードをもらってきましたが全てベトナム語でした。


地図の緑色マーク付近に今回のレストランNhà hàng Song Lộcがありました。今回のレストランNhà hàng Song Lộcはハノイの中心部からは少し離れた場所にありました。
空色マークは以前に伊勢海老料理を食べたレストランBiennbo Ⅱです。
黄色マークは外国人にも人気のベトナム料理店Lan Viênです。

より大きな地図で ハノイ レストラン  を表示

鰻とハーブの生春巻き [ハノイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事でどくだみの生春巻きを紹介いたしましたが、本来は今回紹介する鰻とハーブの生春巻きでした。

これが出来あがった生春巻きです。本当は、両サイドのライスペーパーを折り曲げるのですが、具が長すぎたので巻くだけにいたしました。
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今回の生春巻きの具のメインはこの鰻です。カラット揚がって、生春巻きに入れないでライムと塩あるいは醤油で食べても美味しかったです。この写真はクリックすると拡大します。
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これが鰻と一緒に入れる野菜とハーブです。野菜としてはモヤシも入っていました。野菜と一緒にライスペーパーも乗って出てきました。
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ライスペーパーに鰻と野菜とハーブを乗せて巻きます。すでに紹介したとおりドクダミを一枚(半枚)入れると独特の香りがついて美味しくなります。
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ドクダミの生春巻き [ハノイ]



ベトナムには何度か来る機会がありました。レストランの客が外国人中心のレストランが多いのですがベトナムの人が中心のレストランも経験いたしました。そんな中で印象的な料理を紹介いたします。地元のベトナム料理店ではいろんなハーブや野菜とライスペーパーが出されます。シーフードなどと一緒に包んで生春巻きにして食べます。それらのハーブの中に、必ずドクダミが入っています。1枚程度入れるのが普通ですが、試しにドクダミだけの生春巻きを作ってみました。
写真はライスペーパーにドクダミを乗せたところです。これを巻くとドクダミ生春巻きの出来上がりです。

これらのハーブの中からドクダミを使ったのです。ベトナムのドクダミは日本のドクダミと同じですが匂いはソフトなので作ってみました。今までにも何度か生のドクダミ料理を食べる機会がありました。
  中国 成都       → サラダ
  中国 九寨溝      → サラダ
  ベトナム ハティエン  → 生春巻き
  ベトナム ハノイ    → 生春巻き (今回)


IMG_2204-50.jpgこれがドクダミ生春巻きです。これだけ沢山入ると決しておいしい物ではないことが判りました。ただし、食べれない代物でもないことが判りました。やはり右の写真のように一枚または半枚を入れるのが正解です。少し入れると、不思議と、おいしく感じられます。

ハノイ~ホーチミンの列車 [ハノイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハノイの近くの踏切を2つ紹介いたしました。一つはハノイ駅からホーチミンの方向の南に105.4km行った場所で、もう一つがハノイ駅から北に700m行ったハノイ市内の踏切でした。今回、ハノイで泊まったホテルはハノイ駅か650mの位置にあるホテルで、目の前にハノイ~ホーチミンの線路が見えました。是非とも、その線路を走っている列車を撮りたくて窓の近くでカメラを持って構えていましたが、まったく列車が通りませんでした。通る列車の本数が極端に少なかったのです。結局、諦めました。
でも、ある理由により上の写真を撮ることが出来ました。その理由は後で種明かしをいたします。

地図で場所を紹介いたします。赤色マークの位置がハノイ駅です。緑色マークの位置が上の写真の列車の先頭です。空色マークが写真を撮った場所です。あと800m走るとハノイ駅に着きます。
半透明の赤色ラインは上の写真の列車の位置をイメージしたものです。

より大きな地図で 列車の先頭 を表示
動画も撮ることが出来ました。この動画はホーチミンの方角から来た列車です。この動画のプレーボタンをクリックしてもらうと、先ほど種明かしをすると言った列車がほとんど通らないのに写真や動画を撮影出来た理由が判るかもしれません。
幹線道路のように車が沢山通る踏切にはゲートや遮断機が設置されていますが、ほとんどの踏切がない上に線路の側は民家の軒先で沢山の人が行き来しているために警笛を鳴らし続けるのでした。つまりホテルの部屋の奥に居ても列車が来たことが判るためカメラを持ち出して撮ることが出来たのです。列車のスピードも遅いため間違いなく撮ることが出来ました。


こちらの写真はハノイ駅を出発して、これから南(ホーチミン方向)に向かう列車です。今回、掲載している写真はすべてクリックすると拡大するように設定しているので是非とも拡大写真を見てください。
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列車の最後尾を撮りました。民家の軒先を走っていることが判ってもらえると思います。
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私の部屋と反対側にハノイ駅がありました。エレベーターホールからハノイ駅を撮りました。こちらも目の前にあることがわかってもらえると思います。
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列車の先頭のディーゼル機関車ですが1800~1900馬力クラスのものだと思います。機関車の向かっていく方向に踏切がありますが遮断機がないことがわかってもらえると思います。
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先ほどの動画は南から来た列車でしたが、今度は南に向かう列車の動画も紹介いたします。ベトナムの鉄道は総延長2,600kmのうち2kmを除くほとんどが単線なのが特徴です。1905年に初めて開業してから109年が経ちますが、電化も行われず、昔のままを今に残しているのもベトナムの国鉄の特徴でもあります。


航空写真でも位置関係を説明いたします。緑色マークの位置が上の写真の列車の先頭です。空色マークが写真を撮った場所です。右下の方にはすでに紹介したトンニャット公園が広がっています。


トンニャット公園のエアロビクス [ハノイ]



早朝に散歩したトンニャット公園のバトミントンダンスを紹介いたしましたが、もう一つ大規模に行われていたものがありました。それが動画と写真で紹介するエアロビクスです。公園のいろんな場所で行われていましたが、ここのが最も大規模に行われていました。

バトミントンとダンスは普段着で行われていましたが、エアロビクスは専用の服を着ている人も沢山見かけました。エアロビクスをやっている人は、ほとんどが女性でした。
トンニャット公園(Cong vien Thong Nhat)は、2003年10月にレーニン公園から名称が変更になったそうです。現在のレーニン公園(Cong vien Le Nin)は、軍事博物館があるディエンビエンフー通り沿いの旧チラン庭園(vuon hoa Chi Lang)で通りを見下ろすようにレーニン像が建っていました。
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乗り物上の写真の線路が気になりませんか。
今は走っているかどうかわかりませんが、気になったのでネットで探して見ました。
右の写真がネットに掲載されていたので紹介のために拝借いたしました。
記事は2005年10月に書かれたものでした。
トンニャット公園内を一周するエンジンが乗った機関車風の乗り物だったようです。
乗り物こちらの写真は2007年11月の記事に掲載されていました。2012年9月20日の記事にも乗り物の後ろ姿の写真が掲載されていました。もしかしたら今でも動いているかもしれないですね。

トンニャット公園は巨木の森でした。 [ハノイ]

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ベトナム・ハノイにあるトンニャット公園は早朝からパトミントンダンスエアロビスク太極拳なのどために沢山の人が訪れる公園でした。その公園は緑豊かな公園で、こんなに幹の太い木も生えていました。

公園の中に、こんなに大きな木があるのには驚かされました。いつからあったのか気になりますね。
世界の巨木コースト・レッドウッド、ジャイアント・セコイア、屋久杉には及ばないと思いますが幹回りはかなりのものでした。根元の感じから800種類あるガジュマルの一種のような気がします。
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トンニャット公園の太極拳 中国だけではありませんでした。 [ハノイ]



中国各地では早朝に太極拳を行なっている風景によく出会います。ゆっくりとした動きが体にむりがないようでお年寄りが沢山参加されています。ベトナム・ハノイのトンニャット公園ではバトミントンダンスエアロビクスが盛んに行なわれていましたが太極拳をやっている人も多くおられました。
この風景は、まさに中国です。

剣を使った太極拳(?)も行なわれていました。これも中国で見たことがある光景でした。太極剣かな。扇を使った太極拳も見かけることがあります。太極拳には、いろんなタイプがあるようです。一見、中国のようですが、こちらもベトナム・ハノイのトンニャット公園の風景でした。

トンニャット公園のダンス [ハノイ]



ベトナム・ハノイのトンニャット公園のバトミントンを紹介いたしましたが、朝のトンニャット公園(Cong vien Thong Nhat:統一公園)ではダンスも行われていました。日本ではちょっと考えられない光景だったので紹介いたします。6月の土曜日の7時12分のことでした。

上の動画と同じ場所の写真です。動画を見てもらえれば判りますが、右回転で踊りながら大きな木を中心に左周りに移動していっていました。こちらの写真はクリックすると拡大いたします。
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同じ場所を少し遠くから撮ったものです。

200年前のレンガ造りの監視塔 [ハノイ]

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帰国する日に時間があったのでハノイの町を散策していると趣のあるレンガ造りの塔があったのでさっそく行ってみました。ここはザーロン帝によって1805年から7年間かけて作られた宮殿のための監視塔でした。今は国旗掲揚塔(旗の塔)として残っていました。八角柱が印象的な塔で高さは33.4メートルです。国旗掲揚台(フラッグタワー)とも呼ばれていました。

塔はレンガ造りの正方形の2段の建物の上に建設されています。建物の1段目は1辺が42メートル、2段目は1辺が15メートルで東西南北の4面に扉があります。
インドシナ戦争末期の1954年3月から5月にかけてのディエンビエンフーの戦いでフランス要塞が陥落し、同年10月10日にベトナム軍が首都を解放しました。その際にベトナム軍及びハノイ市民により、この塔に現在のベトナム国旗である金星紅旗が掲げられました。この国旗は当時のベトナム民主共和国の勝利の証であり、ベトナムが独立・自由・幸福を得た新たな歴史の幕開けを飾ったそうです。


この塔はレンガ造りで、塔内には54段の螺旋階段あり、上に登れるとのことなので、さっそく登ってみました。右の写真は親子が登ってくるところです。写真のように螺旋階段は狭いために登る人と降りる人のすれ違いが大変でした。この写真は降りるときに撮ったものですが、なんとか登りきることが出来ました。一番上に展望室の八面からはハノイ市内や目の前にある遺跡を見ることが出来ました。


こちらが展望室です。


展望室内は沢山の人でいっぱいでした。


展望室からハノイ市内の方向の景色です。


これは目の前のハノイ城跡の端門です。この左側に最近発見された世界遺産のタンロン遺跡がありました。ちなみに正面の端門も含めて世界遺跡に認定されました。
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端門から見た国旗掲揚塔です。


タンロン遺跡や旧ハノイ城跡の端門との位置関係は下記の地図でわかると思います。軍事歴史博物館がすぐそばでした。


監視塔の前には昔の大砲と石の砲弾が展示されていました。
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ベトナムのワンチャンとバイク [ハノイ]

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ベトナム・ハノイの平日の夕刻です。セントバーナードとグレートデンですね。どちらも超大型犬ですがグレートデンは放して散歩させていました。さすがに驚きです。ベトナムでグレートデン? グレートデンを放して散歩?

さらにバイクで別のグレートデンを散歩させている人を見ました。


こちらも放して散歩ですがバイクに乗って車道をワンチャンも一緒に走っていきました。バイクにも驚きです。上も同じですが一般庶民ではないですね。


セントバーナートやグレートデンに関しても同じなのですが、ベトナムで、このようなバイクに出会えるとは思ってもいませんでした。バイクが気になったので、クリックすると拡大する写真を掲載いたしました。
バイクに詳しい方、このバイクに関してコメントをお願いします。
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こちらは庶民のワンチャンです。元気です。上の大きなワンちゃんの近くで走り回っていました。背景がベトナムらしいです。


そして、こちらが庶民のバイクです。さすがハノイです。新しいバイクが多いです。