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太陽の塔の内部見学 第77回ハイク [大阪]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事で大阪モノレールの万博記念公園駅から太陽の塔の内部への入口までの景観を紹介しましたが、いよいよ太陽の塔の内部を紹介したいと思います。右の入口は地下にあるのですが、本記事の説明上は統一するために1階と表現させていただきます。1階(実際には地下)あるいは1階(地下)と表現している場合もありますが、すべて同じ最下部の階です。

太陽の塔の内部見学を予約していただいた方が手に持っているのか予約確認のQRコードをプリントした紙です。もちろんQRコードをスマホ画面で出して入館券と交換もできます。受付を行うのは代表者1名のみで他の人は待っています。


これが入館予約QRコードです。もちろん個人情報の保護のためにコード模様は変更しております。
建築基準法による安全確保のため入館できる人数は30分で80人(16人 X 5回)としていることから、10時~17時で1120人(1日)になります。貴重な体験だと言えると思います。


そしてこちらが我々の入館券で、人数分の11枚をもらい各自が持ちます。入館時間は「10時30分から11時00分」と書かれています。裏面に入館開始時刻の20分前には太陽の塔受付窓口に来るように書かれています。入館開始時刻は10時30分なので、10時10分までに受付をする必要があります。したがって、余裕を見て10時に受付に来れるように駅での待ち合わせ時間を9時45分にしたのでした。入館すると記念のスタンプを裏面に押してもらいました。
太陽の塔の英文はWikipedia にも書かれていませんでしたがTOWER OF THE SUN MUSEUMであることが判りました。
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皆で改札を通るところです。この時、10時13分でした。


入ってすぐに岡本太郎の直筆の太陽の塔の構想図が展示されていました。
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クリックすると拡大その構想図を紹介します。1967年06月01日の時点では現在の太陽の塔とは違うイメージですが、徐々に似てきて来るが判ります。7月17日で初めて近いものになり9月09日の構想図は現在の太陽の塔に近くなったことが判りました。6枚の内5枚はクリックすると拡大いたします。
 1967年06月01日    1967年06月20日    1967年06月26日
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 1967年07月17日    1967年08月08日    1967年09月09日
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1967年09月09日の額付きの構想図を紹介します。クリックすると面積で16倍に拡大するように設定しました。拡大してみると沢山の落書きが書かれているのが判ると思います。
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構想図が展示されていたトンネルを過ぎると第4の顔が展示してある部屋に出ました。地上には現在、未来、過去を表した顔(太陽)が表現されていますが、内部の1階(実際には地下)に第4の顔がありましたが、万博終了後は閉鎖され行方不明となったそうです。解体業者の証言により1977年頃に神戸市立王子動物園内の施設に移設され、その施設が解体された1984年に夢洲に埋め立てられた説が有力だそうですが、それ以上は判っていないそうです。元の図面は残っていないので、写真や関係者の聞き込みを元に
 第1の顔 正面の白い顔 現在の顔
 第2の顔 金色の顔 太陽の顔 未来の顔
 第3の顔 黒い太陽 過去の顔
 第4の顔 地底の顔 地底の太陽 太古の太陽
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残念ながら第4の顔は、元の図面は残っていないため、写真や関係者の聞き込みを元に復元されたそうです。この場所には万博開催時には世界中から集められた神像や仮面が展示されていていました。現在はその一部が展示されていて残りは国立民族学博物館に展示されています。
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この場所は生命の樹のある中央の吹き抜けエリアに入る待機場所でもあるのです。中央のエリアには16名単位で入ります。中に入ると各階におられる方から説明がありその説明が終わると、上の階に上がっていくのです。我々より先の16名の人が説明を受けて上の階に上がるまではここのエリアで待機するのです。単に待機するだけではなく自由に写真撮影や動画撮影が出来ます。列から離れて作品と列の間のスペースを自由に使って撮影することも許されています。ただし、フラッシュと三脚は禁止です。先ずは、ここで撮った写真を紹介したいと思います。
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ここの展示物のことを説明していただいた方から自由に撮影してよいことを聞いて私も含めて皆さん撮影されていました。
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暗いので露出調整してみました。
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左右のコロナが写った写真です。人が沢山いるので難しいのですが、やっと取れました。
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万博開催中の第四の顔の写真を見たい方も多いと思いますので写真をネットから転用させていただきました。女性のユニホームで昔の写真であることが判っていただけると思います。色は金色のように見えます。復元された第四の顔の形はコロナも含めて正確に再現されているようです。


顔の部分と背景の部分は色んな模様と色に変わります。左右のコロナの部分には背景のプロジェクトの色が映し出されないので、顔の部分と背景は別のプロジェクターが使われているようでした。背景はコロナの下に置かれている装置から映されているものと推測されます。
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色んな模様に変わりました。
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顔の部分を拡大いたしました。
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動画でも紹介します。


自由に撮れるので左側からも撮れます。
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展示されていた像や仮面の写真も沢山撮りました。
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こちらは大きな像でした。
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世界中から集められたそうです。
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こちらも不思議な像です。
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鮮やかに色付けされた仮面もありました。
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集められた数は650点にもなるそうです。その一部が万博開催中も太陽の塔の内部に置かれたそうです。
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我々の前の16人が階段を登り始めましたので、我々も中央のエリアに入る順となりました。我々のグループは11人でタイミングが悪ければ2つのグループになってしまうのですが、幸いにも1つのグループになることが出来ました。他に5名の人が16名の中に入ったわけです。手ぶれもありますが、人が動いているので、ぶれたようです。


これが生命の樹です。現在は太古からの生命の模型が183体ついています。生命の樹の高さは45mです。左側には40mまで上がる階段が沢山見えます。
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木の根元にはポリプやアメーバーや海ユリが配置されていて、幹の最下段には三葉虫が取り付けられていました。
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内側の壁が赤いろであり照明も赤色のようでした。
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写真が撮れるのは1階(地下)のみのためか、皆さん写真を熱心に撮られていました。1階以外が写真禁止なのは安全のためです。吹き抜けの部分を高さ40mまで階段を歩いて昇るので、写真撮影に気をとられて転倒や転落をすると怪我だけでなく命にかかわるからです。


動画で太陽の樹を紹介します。


1階の景色を紹介します。
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中央の白いものはアメーバーを表しているようです。入館前にエレベーターを使うことを伝えるとシールを服に貼ってくれます。シールが貼ってあると説明が終わると係りの人がエレベータに案内してくれます。高さ40mを上る自信がない方は事前に申し出て、シールを貼ってもらうことも忘れないようにしてください。エレベーターを使用する場合は、すべての説明が聞けません。エレベーターの止まらない階でも説明があるからです。説明が抜けるのは1回か2回だったと思います。
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耐震強度を上げるために壁は200m厚くしたそうです。内側の音響効果のための凸凹のパネルは当時の最新のものが、使われているそうです。いろんな場所で使い分けられているとの説明もありました。
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こちらが三葉虫です。
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右の説明板はネットから転用させていただいた当時のものです。
クリックすると拡大 三葉虫時代
  三葉虫 サソリ オーム貝 巻貝
  アンモナイト
  オルトセラス・ペルキドウム
  キルトセラス・デクリオ
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三葉虫時代より上の部分でクラゲや魚類があります。うえ
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当時は292体(33種)の生物模型があったそうです。安全性を考えて現在は183体にしたそうです。29体を修復し、153体を新規に制作したそうです。合計すると182体(=29体+153体)ですが、1体は長い年月を感じてもらうために修復しないでそのまま取り付けたそうです。是非とも探してみてください。自分で見つけることは難しいと思いますが、心配いりません。ちゃんと説明してもらえます。当時の生命体の模型は電動で動くものが多かったそうです。292体のうちの約40体が動いていたそうです。現在は動く模型はありませんが、当時よりもリアルに作られているそうです。
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より上も入れて撮った写真です。
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上の写真と同じ場所を撮った写真でも壁の色が違うので、照明が変化しているのだと思います。
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写真撮影が許されている1階(実際には地下)から精一杯のズームで首長竜(水生爬虫類)や恐竜時代を撮った写真です。これより上にはブロントザウルスなどの大型恐竜や哺乳類や類人猿や人などが展示されていたのですが、さすがに1階からは撮ることが出来ませんでした。
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最も大きな恐竜ブロントザウルスの写真をネットから転用させていただきました。これは現在ではなく修復前の写真ですが、この模型の重さは1トンにもなり、口もパクパクと動いていたそうです。今のブロントザウルスの口は動きませんでしたが、大きなブロントザウルスは他の模型と比べても抜きんでた存在感がありました。


生命の樹上部のゴリラのみは経年を表すため頭がもげ、内部機構が出た状態で展示されています。本写真は内部が改装前に撮られたものですが、この状態で展示されています。こちらの写真もネットから転用させていただきました。
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太陽の塔の内側の一番頂部の写真をネットから転用させていただきました。


クリックすると拡大当時は階段ではなくエスカレーターでした。耐震性を上げるために重量のあるエスカレーターは階段に付け替えられました。エレベーターは当時と同じように設置されているので足の不自由な人や車椅子の人でも見学は出来ます。エスカレーの写真はネットから転用させていただきました。当時のエレベーターは国賓専用でした。
 当時 エスカレーター+エレベーター   見学後は大屋根展示室へ
 現在 上り階段+エレベーター+下り階段 見学後は下り階段で下りる
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当時の国賓用のエレベーターの写真もネットから転用させていただきました。エレベーターはB1、1F、2F、3F、4F、5F、6Fの7ケ所に止まりました。当時の1F(地下)が今回の記事で1階(地下)と表現している場所と同じ階です。写真の右の図は当時の太陽の塔の内部を表しています。ネット内の昔の写真を見ていると1Fから2Fへは現在と同じようなカーブした階段で上がり2Fから6Fに4本のエスカレーターを乗り継いで昇っていたように感じます。
現在、第四の顔(地底の太陽)は1階(地下)に展示されていますが、当時はさらに下の階のB1にあった地下展示室にありました。
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クリックすると拡大右の図のように当時は太陽の塔の右腕の内部にはエスカレータが設置されていて大屋根に作られた空中展示室に移動するのが見学ルートでした。現在は右腕のエスカレータは撤去されていて見ることが出来ませんが、左腕に設置されていた非常階段は現在も残されているので腕の内部構造も含めて見学中に見ることが出来ます。ただし、1階(地下)しか写真を撮ることが出来ないので、下のエスカレーターと非常階段の2枚の写真はネットから転用させていただきました。
  右腕のエスカレーター        左腕の非常階段
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現在の太陽の塔の内部の図です。左腕部の非常階段は描かれていますが、右腕部のエスカレーターはありません。クリックすると万博開催中の内部の図を別画面で表示するので比較してみてください。面倒ですが内部見学には事前予約が必要ですが、その予約の前にユーザー登録が必要です。尚、予約に空きがある場合に限って当日券の販売も行っているそうですが、休日は予約の空きはないようです。平日の朝早くにぶらっと行ってみるのはいいかもしれません。
 予約方法説明 → ポチッ
 ユーザー登録 → ポチッ
 内部見学予約 → ポチッ (クレジットカード必要 支払完了で予約成立)
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見学が終わって下り専用階段で1階(地下)に下りてきました。1階の展示室が下のように、ちらりと見えました。写真を撮っている場所の左側にお土産などを売っている売店があります。入館券が無くても売店には入れたと思います。
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入った入口と同じところから外に出ます。ガラス戸に地上までの階段が写っています。
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入口ドアから階段側を撮った写真も紹介します。ここを下りてきて内部見学の後に上がっていきました。QRコードで受付を行ったのが10時07分で、受け取った入館券で内部に入ったのが10時13分で、見学後にこの場所に出てきたのが11時00分でした。したがって47分間の内部見学ツアーであったことになります。
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地上に出て太陽の塔を見上げた景色です。
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世界遺産 2200年前の治水設備 都江堰 [四川省]

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安倍首相が2019年12月25日に都江堰を視察するとの話があるので記事を新しい日付で再掲載いたしました。

2009年8月4日掲載 タイトル:世界遺産 2200年前の治水設備 都江堰

四川省の世界遺産の一つである都江堰(とこうえん 中国読み:デゥジャンイェン)に行ってきました。都江堰はすごい建物があるわけでもないし自然のすばらしい景観があるわけでもありません。それでも世界遺産になったのは、2200年前に造られた大規模な治水施設が今でも洪水を防止しているからです。

水量も半端な量ではないし治水設備も規模が大きすぎて写真では判りにくいので衛星写真で説明いたします。川の名前は岷江で長江(揚子江)の支流です。先ずの部分で水を分流します。増水すると左の方に流れます。の部分で川が絞られており都江堰市内や成都市に流れていく川の水を一定量にして、それらの市街地が洪水になるのを防いでいます。そのために前記事で紹介した通り365日、濁流が流れながら洪水にならないのです。さらに増水するとから水が逃げます。クリックすると拡大さらに増水するとカラ川のに水が逃げるシステムのようです。南橋水門橋はすでに紹介したものです。治水の水は成都平原一帯の灌漑用水となっています。つまり、治水システムは水の分流と制限と放流を巧みに利用しているのです。
Google航空写真→ポチッ(位置を で表現)


都江堰市内を流れる水の動画です。
これは前記事でも紹介した動画ですがで365日一定量に制限された水だったのです。是非ともプレイボタン( )をクリックして見て下さい。


都江堰市は、もとは灌県(かんけん)と呼ばれていましたが、世界遺産にも登録された秦漢時代の治水施設・都江堰にちなんで改名されたそうです。都江堰は成都平原一帯の灌漑用水を取り入れる施設で、2000年間にわたり四川省の広大な範囲を潤しています。都江堰市は成都平原一帯端にあたり北西部は険しい山岳地帯になります。そこからの水です。都江堰市は成都平原の西北の縁に位置し、北西部は四川盆地の西部に聳える龍門山脈という高山地帯になっています。市域は成都平原と龍門山脈にまたがり、地勢は西北が高く、東南が低く、山地と丘陵が面積の65.79%を占め、平地や水面は34.21%であります。平野部の最も低い場所は海抜592mですが、山岳部の最高地点は海抜4,582mにも達し、標高差は4,000m弱と高低差が非常に激しいことが衛星写真からもわかってもらえると思います。。


最初の(魚嘴)の水を分量する部分の写真です。手前の本流の広さが150mで、奥の灌江の幅は130mです。


ここが正に水流を2つに分流する魚嘴()の部分です。
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上の写真のの部分は判りにくいと思うので看板の写真を掲載いたします。四川大地震で塔が崩れたのでこの写真は直には撮れませんでした。鉄製の水門はもちろん現代のもので1992年製と書かれていました。設備は近代化されましたが、基本的な治水の構造は昔のままだそうです。
都江堰の管理と修繕は歴代王朝において重要な職務で、当時の最新技術によって補強工事が行われ、洪水や地震が襲った後には修繕が繰り返されたそうです。蜀漢の諸葛亮は、蜀の穀倉地帯の要である都江堰を重視して1200人の兵を常駐させていたほどです。


こちらがの部分です。ここから街に水が流れていきます。狭くなっているのがわかると思います。こんなに狭くても南橋のところは激流でした。街に流れる水の量を制限しているは両岸も川底も岩盤で出来ているために勢いのある水が流れても広がることは無くいつまでも一定量の水を流し続けているのです。右の岩には「離堆」と書かれています。その岩山の上の建物は老王廟です。この水の流れ出る部分は「宝瓶口」で、玉壘山の断崖に切り抜いて作られたそうです。宝瓶口は頂上部の幅が28.9mで、底部の幅は14.3mだそうです。
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こちらの写真はの部分を下流側から撮ったものです。すごい流れであることがわかってもらえると思います。
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2枚上の写真を遠くから撮ったものです。このカラ川がに相当します。いざと言う時には大部分の水は右のカラの川に流れていきます。この放流するシステムを「飛沙堰」と呼びます。飛沙堰( ③ ④ )はそれぞれ約200mの幅があります。この辺りは(水量を制限)も含めて岩盤で出来ていることが判ってもらえると思います。


昔は水の流れを変えるために写真の「榪槎」と呼ばれるものを川に沈められたそうです。外を竹に覆われもので、中に土砂がたまる仕組みだったそうです。


怖い吊り橋もかかっていました。名前は安瀾橋です。


動画でつり橋の揺れを体感してみてください。これだけの流れですから落ちたら命の保障は無いと思います。YouTubeが見れない方(中国国内や一部の企業の社内LAN)のためにSo-netにも動画を登録いたしました。

上の吊橋とは違う、もう一方の吊り橋の写真を掲載します。の街側ではない方の流れにかかった吊り橋で、こちらも向こう岸まで渡りました。

最初に目指したのは太陽の塔 第77回ハイク [大阪]

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9時45分に万博記念公園駅に右の奢侈をの11名が集合して最初に目指したのは太陽の塔でした。今回の第77回ハイクのメインイベンとは太陽の塔の内部の見学でした。事前予約の結果は入館受付は10時で内部見学は10時30分から約30分間と設定されていたのです。そのために太陽の塔に直行したのでした。ちなみに太陽の塔の内部の入館料は700円でした。これは予約した時に11人分をまとめて払っていただいたので、その人に700円をアドで渡しました。
クリックすると拡大万博記念公園(自然文化公園 兼 日本庭園)の入園料は260円なので合わせると960円が必要となる予定でした。

本記事では万博記念公園駅から太陽の塔()までの航空写真に書き込んだ薄紫色ラインを紹介したいと思います。昔の大屋根(108m X 290m)があった場所を薄緑色に着色いたしました。大屋根の位置は右の昔の航空写真から判断いたしました。


万博記念公園駅から地上に降りるスロープを進みました。
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スロープからはモノレールの車両や軌道を見ることができました。真っすぐが南茨木駅方向で、左に曲がっていくラインは阪大病院前方向です。
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地上に近づいたあたりから撮った太陽の塔です。
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地上まで下りると万博記念公園の案内図があったので撮りました。その案内図から今回の記事の範囲を切り取って掲載いたしました。現在地と書かれた場所から中央橋を通って、先ずは公園の中央口に向かいます。
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案内板の近くから見える観覧車REDHORSE OSAKA WHEEL(レッドホース・オオサカホイール)です。
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こちらが中央橋の入口です。自然文化園と書か菊書かれていました。その奥に万博記念公園中央口と書かれた看板もありました。
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中央橋の上からの景色です。左側は帰る人のためのスペースです。皆さんきちっとマナーを守っておられました。
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公園の中央口です。自然文化園中央口と書かれていました。
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改札機の間を通って入ります。
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この日はラッキーなことに無料デーで260円は必要ありませんでした。調べてみると毎年3回(3月、9月、11月 計4日)行われているそうです。偶々、その日に当たったわけです。今後の参考に2019年の無料開放デーを紹介します。
 2019年03月10日(日)
 2019日09月14日(土)
 2019日11月16日(土)と17日(日)
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中央口を入ると太陽の広場で、正面に太陽の塔が建って(立って)いました。正面の白い顔は現代を表し、金色の顔は未来を表しています。
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さっそくみんなで記念写真を撮りました。
クリックすると拡大第76回に引き続き小形の三脚を持ってきたので11名全員の記念写真を撮ることができました。私は右端です。今まではコンパクトカメラ(コンデジ)で撮っていましたが、正月に9名が実家に集まるので今回と兼ねて、重たいけれでも一眼レフのカメラを実家に持ってきたのでハイキングにも持参いたしました。
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入場した時は沢山の人だったので写真に人が入ってしまうので、帰るときに撮った太陽の塔の写真も紹介します。
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少し角度が違う写真も紹介します。今は太陽の塔は単独で立っていますが、万博開催当時は大屋根がありました。赤い稲妻はガラスモザイク製だそうです。
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大屋根があったころの写真をネットから転用させていただきました。太陽の塔と大屋根の諸元を紹介します。大屋根は太陽の塔の左腕とはエスカレータで結ばれ展示室(空中テーマ館)が設けられたそうです。その空中テーマ館は世界的な建築家である黒川紀章が担当いたしました。大屋根は1979年に解体されました。大屋根の一部が右下の写真のように保管されていました。
 太陽の塔
  設計者  岡本太郎
  構造設計 坪井善勝、吉川健、植田昌吾などのプロジェクトチーム
  構造形式 鉄骨鉄筋コンクリート構造、鋼管シェル構造
  施工   大林組、竹中工務店、藤田組
  階数   2階
  高さ   70m
  着工   1968年12月
  竣工   1970年2月
 大屋根
  設計者  丹下健三
  構造   鋳鉄のボールジョイントでパイプをつないだトラス構造
  構造形式 鉄骨鉄筋コンクリート構造、鋼管シェル構造
クリックすると拡大  施工   大林組、竹中工務店、藤田組
  高さ   30m
  幅    108m(東西)
  長さ   290m(南北)
  重量   約4200t
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金色の顔(未来)の部分を拡大いたしました。
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記念写真を撮り終わると太陽の塔に向かいました。
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太陽の塔も少しづつ横向きになってきました。
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斜め横から見た太陽の塔です。
万博開催25周年記念の目玉として1994年に表面の汚れを落とすなどの大規模改修が行われたそうです。その際は取り外された赤色の稲妻と緑色のコロナのタイルは、2006年7月に大阪城公園で2007年10月に万博公園でそれぞれ開催されたイベントで、ストラップとして限定販売されたそうです。2007年からも再び内部・外部の改修・補強が行われ外面は現在の姿になったそうです。
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真下近くまで来たので見上げた写真も紹介します。
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金色の顔を拡大いたしました。太陽の顔と名付けられていて軽量化のためにガラス繊維強化プラスチックで作られているそうですが、今でも金色に輝いています。
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太陽の塔の裏側にも顔が描かれていています。この顔は黒い太陽と名付けられ過去を表しています。そのため過去の顔とも呼ばれています。この黒い太陽の顔は信楽焼の陶板製だそうです。周囲のコロナは表の赤いコロナとおなじくガラスモザイク製だそうです。
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遠くから撮った過去の顔(黒い太陽)の写真も紹介します。
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裏側にある黒い太陽に興味を持たれた方が多いので、顔の部分を拡大してみました。クリックするとさらに特別に大きく拡大するようにいたしました。
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内部に入る入口まで来ました。階段とスロープがありますが、こちらの写真はスロープです。
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こちらが階段ですが、到着した10時の時点で「本日の当日券は完売いたしました。(Today's tickets are all sold out.)」と張り出されていました。
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階段を下りていくと建物の入口ドアに着きました。太陽の塔の内部に関しては次の記事で紹介したいと思います。
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立てようの塔をいろんな角度から紹介したので真横からの写真も紹介します。
太陽の塔は万博終了後に取り壊される予定でしたが、撤去反対の署名運動などもあり、5年後の1975年1月23日に永久保存が決めたそうです。その後は老朽化の進行と、その維持費が増加し維持費の確保も難しくなっていましたが、懸命の努力が払われてきたそうです。そんな中で内部の再公開のために2016年10月から耐震補強・内部復元工事が実施され、2018年3月19日より再公開が実現して有料化も行われました。有料化により太陽の塔の維持に少しでも助けになることを期待しています。
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上の写真は遠見の丘にある展望タワーから撮った写真です。こちらは遠見の丘展望タワーから肉眼で見た時のイメージの写真(焦点距離:24mm)です。上の写真は105mmで撮った写真を切り取って拡大した写真だったのです。400mmのレンズだと上の写真はもっと鮮明に撮れたと思うのですが、重たいので今回は実家には持ってきていませんでした。
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追伸
2019年12月20日~2020年1月8日まで関西に行ってきます。12月22日には母と山口県に墓参りに行き、12月26日には神戸の人達との忘年会が神戸駅の近くの居酒屋であり、年末年始は子供や孫たちが実家に集まることから長い期間の関西滞在になります。その間は皆様のところへの訪問が難しくなると思います。
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万博記念公園まで山田駅から歩きました。 第77回ハイク [大阪]

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先日、私にとっては2回目の参加となる第76回ハイクの記事を掲載させていただきましたが、その1ケ月後に第77回ハイクがあり、私にとっては3回目の参加となりました。第77回ハイクのメインイベントは大阪の万博記念公園の中にある太陽の塔の内部に入ることでした。太陽の塔の塔の内部に確実に入るためには事前にネット予約をしておく必要があるので、7月に神戸三宮で行われた飲み会で参加者を募って、11名が参加いたしました。代表の人に11名の予約をしていただいて実現したわけです。下記は第70回からのリストです。私は第72回に初めて参加させていただきました。
先頭の☆マークが参加あるいは参加予定のハイクです。ハイキングに参加するきっかけは2018年12月26日の忘年会への参加でした。
    ☆2018年12月26日(水) 忘年会 権太
 第70回 2019年01月19日(土) 兵庫七福神巡りハイク
 第71回 2019年03月16日(土) 金比羅宮参拝と讃岐うどんを賞味するハイク
☆第72回 2019年04月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
 第73回 2019年05月18日(土) 奈良斑鳩の里での散策ハイク
 第74回 2019年06月15日(土) 神戸にある世界の宗教寺院巡りハイク
    ☆2019年07月16日(火) 夏の親睦会 燦(SUN)
 第75回 2019年09月20日(土) 神戸鶉野飛行場跡各種設備など散策ハイク
☆第76回 2019年10月19日(土) 京都洛西の竹林と古墳巡りハイク
☆第77回 2019年11月16日(土) 太陽の塔の内部見学(予約)と周辺散策ハイク
    ☆2019年12月25日(水) 忘年会 権太
 第78回 2020年01月16日(木) 神戸井植記念館と周辺散策ハイク
 第79回 2020年01月30日(木) 京都迎賓館と周辺散策ハイク
☆第80回 2020年02月15日(土) 丹波篠山散策ハイク

このハイキングに参加できるのは、関西に来ていて実家の宝塚に泊まるときですが、7月にこのハイキングが決まっていたので、関西に来る日を調整してあわせました。待ち合わせは大阪モノレールの万博記念公園駅で9時45分でした。実家のある逆瀬川から万博記念公園駅に行くのは蛍池駅(阪急・宝塚線)で大阪モノレールてに乗り換えていくのが唯一の方法と考えていましたが、今回のまとめ役の方から南茨木駅(阪急・京都線)で乗り換える方法もあるとの連絡が来たのでさらに調べてみると山田駅(阪急・千里線)で乗り換える方法もあることを知りました。9時30分着でまとめてみたところ出発を5分早めれば130円安く行けることが分かったので、一旦は山田駅で大阪モノレールに乗り換えて万博記念公園駅に行くつもりでしたが、山田駅から万博記念公園駅は1駅だけなので山田駅から下記の橙色のライン(━━)を歩いて行くことにいたしました。歩くことで、さらに200円節約できて蛍池駅経由と比べると合計で330円節約となりました。歩く距離は1.66kmのみでした。逆瀬川を8時13分に乘ると山田駅に9時6分に着くので万博記念公園駅には9時30分には着けますが、余裕を見て10分早く実家を出ました。紫色のアイコンは万博開催時の臨時駅(万国博西口駅、万国博中央口駅)があった場所を示しています。
          逆瀬川から       神戸三宮から
 蛍池駅・経由  650円(8:38発 乗換2回) 760円(8:30発 乗換2回)
 南茨木駅・経由 570円(8:33発 乗換3回) 650円(8:30発 乗換2回)
 山田駅・経由  520円(8:33発 乗換4回) 600円(8:30発 乗換3回)
 山田駅から徒歩 320円(8:13発 乗換3回) 400円(8:10発 乗換2回)


実家の家から逆瀬川駅まで行く時の宝塚駅方向(北方向)を撮った写真です。この日が快晴だったことが分かっていただけると思います。
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こちらが逆瀬川駅です。左に逆瀬川が流れています。
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逆瀬川の上流方向の景色です。
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逆瀬川駅を8時3分の電車に乗って4つの路線を使って山田駅に行きました。
 逆瀬川→(阪急今津線)→西宮北口→(阪急神戸本線)→十三→(阪急京都本線)
 →淡路→(阪急千里線)→山田
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今津線から神戸本線への乗換駅である西宮北口駅に隣接してある阪急の車両基地です。
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武庫川を渡っている時の写真です。左端に見えている山は六甲山の東の端にあたります。山が途切れている辺りを武庫川が流れてきます。
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十三駅の京都本線です。
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淡路駅です。この電車で十三から淡路にに来ました。
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淡路駅は大阪メトロ(旧大阪市営地下鉄)と相互乗り入れを行っている起点の駅です。写真の右の方向が阪急京都本線で、左に別れているのが大阪メトロ堺筋線です。大阪メトロの正式名は大阪市高速電気軌道です。つまり大阪メトロ堺筋線の正式名は大阪市高速電気軌道堺筋線になるわけです。市営からの民営化は2018年4月1日に行われました。大阪市高速電気軌道株式会社の株は大阪市が100%所有(資本金:2500億円)しています。
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5分待っていると大阪地下鉄(大阪メトロ)の堺筋線からの電車が来ました。この大阪メトロの車両に乗りました。千里線には阪急の車両と大阪メトロの車両が走っているのです。
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堺筋線の阪急乗り入れ部分の路線図です。大阪メトロの電車は千里線全線(淡路~北千里)と京都線の一部(淡路~高槻市)に乗り入れています。クリックすると堺筋線を含めた全線の路線図を表示します。
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山田駅に8時54分に着きました。地下通路を使って反対ホームにある東改札口に向かいました。1970年3月15日~1970年09月13日に開催された大阪万博(日本万国博覧会)のために今の山田駅の北720mの場所に臨時で万国博西口駅が作られ、大阪万博が終わった翌日(1970年09月14日)に廃止されましたが3年後に現在の山田駅ができた経緯があります。
 1969年11月10日~1970年09月14日 万国博西口駅(309日間)
 1970年03月15日~1970年09月13日 大阪万博開催(183日間)
 1973年11月23日~現在        山田駅(46年以上)
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万博開催中の臨時駅であった万国博西口駅が気になったのでネットから写真を転用させていただきました。この駅が現在の山田駅の北にあったわけです。
クリックすると拡大49年前の当時の電車や服装も興味深いです。私の伯父さんが宝塚の家に長く泊まって何度も万博を見に行ったと母が今でも話してくれますが、逆瀬川から阪急だけで行けるので、この駅を利用していたのだと思います。
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道路まで出て山田駅の東口を撮った写真です。券売機の左側に「阪急のりば(東口)」と書かれています。
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駅の前の道路から大阪モノレール方向を撮りました。大阪モノレールの山田駅が写っています。
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こちらが大阪モノレールの山田駅です。
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大阪モノレールの山田駅の方に行くと少し遠回りなってしまうので検索して出てきた最短ルートを歩きました。
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モノレールの下が遊歩道になっていました。
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こちらがモノレールの下の遊歩道です。
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最初は殺風景でしたが紅葉したイチヨウがあると癒されます。
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太い道路を横切りました。
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竹林もありました。千里は沢山の竹林があることで有名です。竹林を見ると一か月前に歩いた洛西の竹の径を思い出します。
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ここから先のモノレールの下には歩道が無くなるので横断歩道を渡ったところを右に曲がりました。
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横断歩道を渡ったところで進行方向を撮りました。大阪モノレールの車両基地の上に架かる橋を渡りました。
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大阪モノレールの車両基地の上に架かる橋の上から太陽の塔の方向を撮りました。写真が少し霞んでいるのは橋に取り付けられた安全柵の金網です。
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橋を渡り切って大阪モノレールの車両基地を撮りました。左端に写っているのが渡った橋です。
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少し歩くと高さ日本一の大観覧車REDHORSE OSAKA WHEEL(レッドホース・オオサカホイール)が見えてきました。 観覧車の仕様等を紹介します。
クリックすると拡大 高さ 123.0m
 直径 114.7m
 重量 2130トン
 乗員 424名
 耐震 免震構造(観覧車としては世界初)
 施工 阪和興業
 開業 2016年7月1日
左に見えている建物は大阪モノレールの車両基地内に建てられている本社ビルです。大阪モノレールを運営している会社は大阪高速鉄道(株)です。資本金は約145億円で、株主は大阪府(65.1%)、阪急(2.7%)、京阪(2.7%)、近鉄(2.7%)、他自治体(豊中市、茨木市、吹田市、摂津市、守口市、門真市)、他17社(銀行3、関電、大阪ガス、他鉄道会社4、商社2、家電3、三井住友海上、日立、川重)です。日立と川重は車両を納入しています。
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万博記念公園駅の前にある駐車場まで来ました。
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待ち合せている駅が見えてきました。
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クリックすると拡大万博記念公園駅に到着いたしました。
到着時間は9時20分で、集合時間の25分前でした。
万博記念公園の正式名は日本万国博覧会記念公園ですが、我々は短く万博公園と呼んでいるので記念の文字が入った万博記念公園の呼び方には少し違和感を感じます。日本万国博覧会記念公園と呼ぶ人はさすがに少ないと思います。
右の図は日本万国博覧会のシンボルマークです。
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階段を上って改札口のフロアーから歩いてきた方向を撮った写真です。陸橋の下を抜けてきました。そこに駐車場の入口があったのです。
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こちらが改札口です。時計が9時20分を指しているのが分かっていただけると思います。
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待ち合わせ時間の9時45分までは時間があったので駅から公園に向かうスロープから太陽の塔を撮りました。
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ズームを最も引いた形で撮った写真です。直接目で見た時のイメージに近い写真です。公園と駅の間には遠い方から大阪中央環状線上り(道路)、クリックすると拡大中国自動車道、大阪モノレール3線があります。写真に写っていませんが大阪モノレール3線の真下に大阪中央環状線下り(道路)があります。大阪万博が行われた49年前の1970年の時は右の写真のように大屋根から太陽の塔の首より上が突き出している景観でした。当時を思い出しました。
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驚いたことに万博開催中は北大阪急行電鉄(北急)によって千里中央駅から臨時線(1970年2月24日~9月14日)が引かれて、この場所に万国博中央口駅が作られていたのです。臨時線は中国自動車道上り線の敷地を一時的に借りて作られたそうです。最も間隔の狭いときは2分半間隔で運転されていたそうです。本写真はネットから転用させていただきました。
万博会場へのアクセスは万国博中央口駅に加えて、すでに紹介した阪急千里線(当時は千里山線)の万国博西口駅(臨時駅)と阪急京都線の南茨木駅(当時は臨時駅)からのシャトルバスの計3ケ所があったそうです。3ケ所だと思っていましたが、かずのこさんのコメントで4ケ所であることが分かりました。万博開催中は国鉄茨木駅に万博東口駅の副称が付けられ、会場までバス連絡をしたそうです。万博前は茨木駅には快速電車は停まりませんでしたが、開催中は臨時に快速列車を停車させ、万博終了後に正式な快速停車駅に格上げされたそうです。3年後に作られた山田駅の場所は万国博西口駅跡から南720mです。
 北急 万国博中央口駅 臨時駅    直結・徒歩 万博終了翌日に廃駅
 阪急 万国博西口駅  臨時駅    直結・徒歩 3年後に山田駅新設
 阪急 南茨木駅    新設駅    連絡バス  現在も南茨木駅
 国鉄 万博東口駅   茨木駅の副称 連絡バス  現在は茨木駅
写真の中のモノレールは会場内を環状に走っていた万博モノレールで現在の大阪モノレールではありません。電車が停まっている場所が現在の中国自動車道の上り線ということになります。上の写真と位置を比較してみてください。
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太陽の塔を拡大いたしました。是非とも大屋根を想像してみてください。
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太陽の塔を撮ったスロープです。
私を除く10名の内9名は9時30分の電車で来られました。残りの1名が9時40分の電車で到着して全員がそろった時の写真が右です。
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平砂浦海岸(へいさうらかいがん) [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大前記事で紹介の通り2019年11月30日(土)~12月01日(日)は1泊ゴルフに行きました。ゴルフは11月30日に行い。その晩にパーティー兼夕食とカラオケを行って、翌日に帰るのです。場所は南房総の館山でした。ゴルフ場は館山カントリークラブで宿泊場所は館山リゾートホテルでした。今回は29回目の伝統あるコンペで、私は21回目から参加させていただいたいます。今回を入れて7回参加しました。宿泊ゴルフに参加した場合は必ずゴルフの翌日の朝食前に散策をするのが習慣になっています。その中で4回の散策に関して下記のように記事を掲載いたしました。前回の伊香保温泉に関しては3つの記事を掲載させていただいたので計6つの記事を掲載したことになります。今回の早朝の散策に関しても本記事で紹介いたします。上の写真は早朝の散策で歩いたクリックすると拡大平砂浦海岸(へいさうらかいがん)からの朝日です。ゴルフコンペに参加し始めた以前の宿泊ゴルフでの朝の散策も一部ですがリストアップしてみました。着色タイトルをクリックすると掲載した記事を表示します。
 ゴルフコンペでの早朝の散策
  21回 2015年11月28日(土) 養老渓谷 中瀬遊歩道(奥房総)
  22回 2016年06月04日(土) 未掲載(木更津)
  23回 2016年11月19日(土) 未掲載(那須)
  24回 2017年06月10日(土) 早朝の九十九里浜
  25回 2017年11月18日(土) 参加できず
  26回 2018年06月17日(日) 本須賀ビーチ 早朝の散策(九十九里)
  27回 2018年11月25日(日) 参加できず(九十九里)
  28回 2019年05月26日(日) 早朝の伊香保温泉の石段街
               伊香保露天風呂までの景色
               伊香保露天風呂から宿までの景色
  29回 2019年12月01日(日) 平砂浦海岸(館山)
 プライベトゴルフでの早朝の散策の例
     2009年05月31日(日) 水上高原でゴルフ
     2011年07月02日(土) 八ヶ岳の別荘地の散策
     2013年07月23日(火) 鷲倉温泉周辺の散策(猪苗代)
     2013年10月21日(日) 早朝の千本松牧場(那須)

館山リゾートホテルからの散策ルート(━━)をGoogle地図に書き込みました。先ずは真直ぐに海岸近くまで出て海岸沿いに西方向(左方向)に歩いた後に砂丘の高いところに上がり東方向(右方向)に歩いてホテルに戻りました。黄色のラインは冒頭の写真の撮影場所からの日の出方向です。


ホテルを出るところから順番に紹介したいと思います。写真はホテルの入口正面です。この時の時刻は6時11分でした。2019年12月1日の館山の日出の時刻は6時29分34秒でした。したがって日出時刻の18分前でした。ただし、雲が多いのでホテルを出た時から日出時刻に太陽を見るのは難しいとは感じてはいましたが期待しながら海の方に出ることにいたしました。左側の工事足場は台風15号の強風による被害を受けたところの修理工事用です。
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台風の被害に関しては、写真の本館と北側にあるコンベンションホールが特に大きな被害を受けていました。コンベンションホールの地下1階には大浴場「潮騒の湯」と露天風呂があります。露天風呂自体には被害が無いけれども、露天風呂辺りには工事用足場を建てる必要があるため、この時は露天風呂は閉鎖されていました。
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県道257号線(房総フラワーライン)に出ました。西方向の写真です。海岸は左側になります。ホテルは道路の右側です。
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東方向の写真です。右側が海岸で、左側がホテルの方向です。横断歩道の所に海岸に出る道があります。クリック拡大して拡大してもらうと、横断歩道のところの道路の両側にバス停の標識があるのが分かっていただけると思います。
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こちらがバス停の標識です。この時に初めて、ここの海岸が平砂浦海岸であることを知ると共に読み方も「へいさうらかいがん」であることを知りました。
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保安林に関する説明板も立てられていました。ここに住んでいる人と千葉県が力を合わせて昭和24年(1949年)から黒松(くろまつ)を植えたそうです。それらの努力により平砂浦海岸の砂浜と松林はは「白砂青松百選」に選ばれ、南房総フラワーラインは「日本の道百選」に選ばれたそうです。
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ホテルから海岸に出る最も近い道です。道路と海岸の間は砂丘になっていて、道の左右は高くなっています。
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その道を抜けるあたりから見た海岸です。
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海岸に出て東方向を撮りました。岬の先端は白浜フラワーパークがあります。新しい足跡が2つ続いていました。
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ズームで拡大してして撮りました。沢山の人が立っています。釣りをしているように見受けました。
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さらに拡大すると釣り竿が分かりました。
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岬の先端の方を撮りました。
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今度は西方向を撮りました。
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やはり釣りをしている人がおられました。こちらに歩いてくる人に聞く、釣りの狙いは平目(ひらめ)でした。皆さんヒラメ狙いですが、釣れる時間帯は短いと言われていました。皆さん釣り竿以外は持っておられないので、釣れたら車に戻ってクーラーボックスに入れてすぐに家に帰るのではないかと感じました。
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砂浜の中の岩場の写真を撮りました。岩がある砂浜の長さをGoogleマップの航空写真で測ってみると950mでした。
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波が岩場にあたっている写真です。
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砂浜の岩場が珍しくて、さらに撮りました。
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岩場の隙間の砂地を狙って投げ込んでいる人もおられました。
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少し荒い砂で出来た模様がきれいなので写真を撮りました。
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岩の上にも登って写真を撮ってみました。すこし明るくなってきました。岬に近くなると岩場が多くなってくるようです。この先には房総半島の最西端の洲崎(岬)があります。その洲崎(すのさき)は別名マーガレット岬と呼ばれています。この時6時24分なので日出の5分前でした。
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岩の上から釣っている人もおられました。
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近づくと意外と大きな岩でした。こちらで岩の上で釣っている人もヒラメ狙いだと思います。
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岩場がある辺りから東を見た景色です。まだ冒頭の写真のような太陽の赤い光はありません。
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海岸から離れて砂丘の上に登ることにいたしました。砂丘部分には防砂用の柵が設置されていました。
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砂丘の上から西方向を撮った写真です。中央の建物は平砂浦ビーチホテルです。
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砂丘の上を散策しながら待っていると太陽の光が見えてきました。雲が多いので直接は見ることが出来ませんが、雲を通して赤い光が見えます。釣り人の人達の車が沢山とまっていました。この時丁度、日の出の時刻の6時29分でした。
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砂丘の高いところから撮った朝日です。左の屋根が茶色で壁が白い建物が我々が泊まっている館山リゾートホテルです。この時、6時31分です。
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ここから太陽に向かって歩きながら、写真を撮っていきました。
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少しづつ拡大した写真も紹介していきます。この写真をクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。平砂浦海岸は磯の多い安房地方では珍しく砂浜が写真のように弓なりに5~6km続く海岸です。夕日もきれいだそうで長く続く海岸の中ほどあたりの砂丘の上の「夕日の丘」は隠れた景観スポットになっているそうです。
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クリックが面倒な方のために上の写真から切り取った写真を紹介します。沢山の釣り人がシルエットになっています。日の出(日出)と日の入り(日没)の定義を右に記載しています。単なる引き算ですが昼の長さ(日長)も紹介します。日の出の太陽は山の上から出ますが、この時期の日の入りの太陽は海に沈むので夕方には、また違った景色が見れると思います。日出と日没と方位角はCASIO計算サイトに撮影場所の経度(139.78921)と緯度(34.9534)を入力した値です。標高は撮影高さではなく0mを入力いたしました。仮に標高10mを入力すると日出時刻は37秒早くなります。前日の11月30日の日の入りは同じ場所で16時19分39秒でした。残念ながらゴルフの幹事役のために日の入りを見に行く余裕はありませんでした。
クリックすると拡大 日の出時刻   6時29分27秒
 写真撮影時刻  6時34分
 日の入り時刻 16時29分29秒
 昼の長さ   10時間00分02秒
 日出方位角  116.1510度
 日没方位角  243.7656度 
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日出や日没の数値のCASIO計算サイトの画面を参考に紹介します。この画面で経度(139.78921)と緯度(34.9534)と標高(0)mを入力しました。自分の家や旅行先や山頂の日出や日没を知りたい場合は、Googleマップで調べた経度と緯度を入力するれば求めることが出来ます。Googleマップの経度と緯度と標高にリンクしたサイトはこちらです。→ポチッ
試しに、神戸市で小学校の時に住んでいた家の近くの保久良山の鳥居の位置(経度:135.278141 緯度:34.734881 標高:185.133224m)を入力すると2020年1月1日の日出時間は7時3分15秒と出ました。
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防砂用の柵が完全に砂丘に埋もれていました。雲が高い位置まで覆っていて、当分は太陽を直接見ることが出来そうにない上に、朝食は7時からなのでホテルに戻ることにいたしました。この時、6時33分でした。
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砂丘の上から見た館山リゾートホテルです。左側のホテルは全面的に工事が行われていました。
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そのホテルはペットと一緒に泊まれるドッグホテル「わん楽」ですが、修理工事のために閉鎖されているようでした。
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ホテルに戻ってきて撮った写真です。プールを見てリゾートホテルに戻ってきたことを実感いたしました。
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昨晩は人が多くて撮れなかった4階の展望風呂に行ってみることにいたしました。
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こちらが、前記事ても紹介した展望風呂です。
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部屋に戻ってから朝食の時間になったのでフロントがある本館(レストラン棟)の1階のレストランに行きました。
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朝食はバイキング形式で沢山の種類がありました。
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こちらが私が食べた朝食です。
カレーがあったのでつい食べてしまいました。この後、和食コーナーで美味しそうなのがいくつかあったので、さらにおかず系統だけですが、食べてしまいました。
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最後はデザートにパイナッブルをいただきました。
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場所を紹介しておきます。
 :館山リゾートホテル :館山カントリークラブ
 
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南房総でお泊りゴルフ 館山カントリークラブ&館山リゾートホテル [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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今年の6月の記事で28回続くお泊りゴルフコンペへ参加したことを紹介いたしましたが、その伊香保温泉お泊りゴルフで、優勝したことから第29回目のお泊りゴルフの幹事をすることになり、2019年11月30日~12月1日に千葉県南房総の館山で1泊のゴルフコンペを行いました。本コンペは全て1泊で18年間続いているそうです。今回は29回目でした。私は21回から参加させていただいているので「18年間続いているそうです。」と書かせていただきました。
今回はネットの宿泊付きゴルフパックを利用して実施したので紹介したいと思います。今回の宿泊付きゴルフパックは株式会社パルツアーが企画販売したものです。宿泊付きゴルフパックで最終的に「館山カントリークラブ&館山リゾートホテル」を利用させていただいたわけですが、実はコンペメンバーは喫煙者(私は禁煙者)が多いことから別のホテルで契約していましたが、クリックすると拡大そのホテルが台風15号の強風で大きな被害を受けてしまい年内の営業が出来ないとの連絡が入ったことから、全室禁煙ではありますが館山リゾートホテルへ変更いた経緯がありました。今回の参加人数は右の写真の16名=4名×4組でした。下記が私が参加してからのコンペで、着色文字をクリックすると、その時の記事を表示します。右端の数値は参加人数です。
クリックすると記事表示クリックすると記事表示 21回 2015年11月27日(金)~28日 奥房総   11名
 22回 2016年06月03日(金)~04日 木更津   11名
 23回 2016年11月18日(金)~19日 那須    10名
クリックすると記事表示クリックすると記事表示 24回 2017年06月09日(金)~10日 九十九里  10名
 25回 2017年11月17日(金)~18日 参加できず 10名
 26回 2018年06月16日(土)~17日 九十九里   9名
クリックすると記事表示クリックすると記事表示 27回 2018年11月24日(土)~25日 参加できず  9名
 28回 2019年05月25日(土)~26日 伊香保温泉 16名
 29回 2019年11月30日(土)~01日 館山    16名

館山カントリークラブと館山リゾートホテルの周辺をGoogle地図の航空写真で紹介します。東京や神奈川からアクアラインを通って来る場合はアクアラインに乘る前の渋滞がひどいのでかなり余裕を見る必要があることが分かりました。幸いにもプレーに遅れる人は出ませんでしたが、多くの遅延者が出てもおかしくないほど非常に危なかったのです。もみじマークは南房総の紅葉の名所(12月初旬が見ごろ)
 館山カントリークラブ
  住所 千葉県館山市坂井772-54
  電話 0470-29-1111
  SV → ポチッ
  ━━  穴川IC→館山CC
  ━━  東京駅→館山CC
 館山リゾートホテル
  住所 千葉県館山市小沼352
  電話 0470-29-2100
  SV → ポチッ
  ━━  ホテル周辺の朝の散策ルート


こちらがクラブハウスです。
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クラブハウスの全景を撮っていなかったので、クラブハウスが写ったプレー中に撮った写真を紹介します。
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クラブハウスの部分を拡大いたしました。
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上の2枚の写真はこちらの写真から切り取りました。2つの黄色の枠が切り取った部分です。写真を撮ったのは中コースの2番ホールのティーグラウンドです。右の白い四角い建物の方向にティショットしているところです。赤色の2つの丸い球を結んだ線が女性用のレディースティー(Ladies tee)です。
館山カントリークラブのティーショットを打つ場所の設定は次の4つでした。Friend teeの表現は初めて見ましたが、位置的にシニアティー(Senior tee)のことではないかと想像しました。
 赤色:Ladies tee  橙色:Friend tee  白色:Ragular tee
 青色:Back tee
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クラブハウスからの景色です。このゴルフ場を選んだのはハワイのゴルフ場のような雰囲気だからです。ハワイにゴルフに行った人から館山カントリークラブを薦められました。
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伊豆大島が見える景色も紹介します。快晴のおかげでクリヤーに見ることが出来ました。写真をクリックすると下の写真が入った右のように細長い拡大写真を表示します。是非ともクリックしてみてください。クリックすると拡大縮尺的には2倍ですが面積的には11倍の写真を表示します。写真を撮ったクラブハウスから大島の三原山山頂までの距離は45.7kmです。
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海抜30mの表示がありました。Google地図でゴルフ場入口の県道257号線(房総フラワーライン)の標高は8mで、クリックすると拡大クラブハウス玄関の標高が31mと表示されていました。クラブハウスは最も高いところにあるので、ゴルフ場全体が高低差23mに入るのも、このゴルフ場の特徴の一つです。地震で津波が発生した場合はクラブハウスの2階(海抜40m)に避難すれば安全なのだと思います。
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スタート前のリラックスしている時間帯の写真も紹介します。顔が分からないように小さな写真にさせていただいております。クリックすると左下の写真が拡大しますが顔の部分にはぼかしを入れております。最初の写真が我々が中コースでお世話になったカート(111)です。
クリックすると拡大クリックすると拡大 クリックすると拡大クリックすると拡大

中コースと東コースと西コースの計27ホールがあり、我々は中コースからプレーを始めて昼食後に東コースをプレーしました。クリックすると拡大写真は中コースのスターテングホールの1番です。こちらで右の記念撮影をいたしました。1人が写真を撮っているので1枚の写真に15人しか映っていないので、2枚の写真を交互に表示しています。私は左端の白っぽいズボンの方です。私のティーショットは左に流れて、いきなり池に入ってしまいました。
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プレーの雰囲気を感じていただきたくて、一緒にプレーした方で顔が写っていない後ろからのクリックすると拡大スイングの連続写真があったので掲載させていただきました。写真をクリックするとインパクトの瞬間の25cm手前の拡大写真を表示します。シャッタースピードは1/1250秒でしたがクラブはぶれているのでヘッドスピードが速いことが分かりました。
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中コースのレイアウトです。5番ホールのグリーンから6番ホールのクリックすると拡大ティーグラウンドへは道路の下のトンネルを通りました。クラブハウスから左下方向に延びている緑色の細線は右の写真の大島の三原山山頂方向を示しています。航空写真内のマイナス(-)のアイコンを7回クリックすると大島が表示されます。


中コースを回ったところでクラブハウスのレストランで昼食を食べました。レストランからの景色が下の写真です。ここでもテーブルごとに右の4組の記念写真を撮りました。左上のからの順番でプレーをいたしました。私は最初の組なので左上の写真に写っています。
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車を運転する時はいつもノンアルコールビールですが、今日は車に乗せていただいているので生ビールをいただきました。非常にきめ細かな泡だったのでクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。興味のある方はクリックしてみてください。
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私は天ぷらそばを食べました。天ぷらはかき揚げ以外は塩をつけていただきました。クリックすると拡大私以外の3人の方は偶然ですが右の写真の料理を選択されていました。料理の内容はお刺身、天麩羅、茶碗蒸し、野菜の煮物、味噌汁、御飯であることから検索した結果、料理の名前はたぶん館山御膳だったと思います。これも美味しそうでした。
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天ぷらの部分を拡大いたしました。
大きな海老の天ぷらに舞茸と茄子と紫蘇の天ぷらに大きなかき揚げまで入っていたのでビールのつまみにピッタリでした。房総半島のほぼ南端で太平洋を見ながらの食事は最高でした。これで1250円は安かったです。
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途中からですが、かき揚げの半分は蕎麦に入れていただきました。
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昼食後の東コースは、少し離れているのでバスでの移動でした。
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東コースに着いたバスです。
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こちらが東コースの1番です。
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我々が東コースで乘ったカート(26)も紹介します。クラブバス移動なので中コースのカート(111)とは別のカートになります。
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クリックすると拡大東コースのレイアウトです。5番ホールのティーグラウンドの近くに、元禄16年11月23日(1703年12月31日)に発生した巨大地震(元禄大地震)で海岸が隆起して出来た落差4mの右の写真の洲宮川の滝(すのみやがわのたき)があります。クリックすると拡大右の図のように元禄大地震の震源は館山のすぐそばで、館山の震度は7、青森でも震度3~4であったと予想されています。東コースは台風19号(10月12日通過)の影響がまだ残っているように感じました。台風15号に加えて台風19号と大変だったと思います。


クラブハウスに戻ってきて撮った写真です。この時、15時42分です。日帰りの場合はゴルフ場でお風呂に入ってから帰りますが、ホテルにも浴場と展望風呂があることから、ゴルフ場ではお風呂に入らないで、ホテルで入浴することにいたしました。すぐに移動したいところですが、幹事をやっているので全員のプレーが終わってプリントアウトされた成績表を持ち帰る必要があるので、少し待ちました。
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今回はプレーしていませんが、参考に西コースのレイアウトも紹介します。両端が切れていますが、ドラッグで画面を左右に移動すると確認出来ます。マイナス(-)のアイコンを1回クリックすると全体を表示します。


こちらがプレーをした2019年11月30日の館山カントリークラブの天気予報の抜粋です。クリックすると0時から23時までを表示します。紹介の写真でも分かっていただけるようにこの日は一日中快晴でした。前後は雨が降る天気が続いていましたが前日の11月29日と当日の11月30日は快晴に恵まれました。
現在の予報を知りたい方はこちらです。→ポチッ
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こちらが成績表です。とりあえず出してもらった成績表を見るとGROSSスコアからハンディー(HDCP)を引いたNETスコアが1位と2位が同じ(74)で、3位と4位も同じ(80)で、5位と6位と7位も同じ(81)で、さらに8位と9位も同じ(84)という結果になりました。賞品は1位~3位以外に飛び賞もあるので順位を決める必要がありました。NETスコアが同じ場合は一般的に、ハンディー/年齢/性別の上位を上にするのですが、幹事の権限により年齢のみを配慮して成績表を作ってもらうようにお願いしたのがこの成績表です。次回のHDCPは1位が30%、2位が20%、1位が10%を引きますが、さらに我々のルールとして4位以下は+1するようにしています。ただし上限の人と、今回は参加できなかった人は変更なしとしているのです。私の順位は秘密ですが、次回の幹事は免れることが出来ました。最近はカートで他の組のGROSSスコアが分かるのでひやひやでした。ドラコン賞は中コースの6番と東コースの9番で行い、ニアピン賞はショー(Par:3)の4ホールの全てで行いました。幸いにも私はニアピン賞を1つ頂くことが出来ました。
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クリックすると拡大こちらが館山リゾートホテルです。台風15号の強風で窓カラスが割れたり、屋根の瓦が飛ぶなど大きな被害を受けたそうです。このような姿を見ると台風15号での風の被害や停電が長期間続いたことを思い出します。台風が通過した2019年9月9日から2ケ月21日が経過しているのにも関わらず、修理工事がまだ続いいていることからも被害の大きさを実感いたしまし。
ホテルに着いて皆さんの部屋割りをしたあとは夕食までお風呂に入るなどゆっくりと致しました。
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クリックすると拡大本来の姿の同じ角度の写真をGoogleのストリートビューから転用させていただきました。台風の被害を受ける前の姿です。右の写真は航空写真です。沢山の施設が備わったリゾートホテルであるようです。クリックして拡大すると判りやすいと思います。
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停電復旧に時間がかかったことが思い出されたことから復旧状況の確認のために東電のサイトで発表されている各県の停電数をグラフにしたものを掲載いたします。クリックすると拡大東電グリッドのホームページ上で停電が解消したのは台風15号が通過してから16日目の9月24日18時49分でした。ただし、その後も停電は発見されいました。グラフをクリックすると縦軸を対数にしたグラフを表示します。
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私が入った展望風呂の写真を紹介します。私が入った時は人が入っていたので写真が撮れないために翌朝に撮りました。湯気でレンズが曇っていますが雰囲気は分かっていただけると思います。私は入っていませんが、展望風呂とは別に地下1階に、めぐり湯と呼ばれる右の写真の大浴場があるそうです。右の大浴場の写真はネットから転用させていただきました。自家源泉を温めて使用していて泉質はナトリウム-演歌物冷鉱泉(低張性・アルカリ性・冷鉱泉)だそうです。
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外の景色を紹介したくて脱衣場から外の景色を撮りました。
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4階からのプールがある景色がきれいだったので1階から展望風呂のある方向を撮りました。
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6時30分から夕食兼パーティーです。食事が始まって10分程度経ってから成績発表に入りました。最後に優勝者を発表し終わったところで上で紹介した成績表を配りました。この後、食事をしながら賞品を受け取った人からの挨拶をしてもらいました。台風15号の被害のために宴会場が使えないということで、カラオケラウンジで夕食兼パーティーをしていただけました。ゴルフは16名でしたが、1名に急に海外出張が入ったことから日帰りで帰る必要があったことからホテルに泊まったのは15名となりました。その人だけはゴルフのフレー代の宿泊割引(3300円)が無くなってしまいました。
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ビールで乾杯です。 焼酎は結果的にボトル4本を頼みました。ビールの正確な数値は判りませんがドリンク代は1名あたり約1700円なので沢山飲んだのだと思います。
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夕食を紹介したいと思います。夕食は和洋折衷・潮騒会席でした。これに、白御飯と赤出汁味噌とデザーが付きます。
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料理のおしながきです。責任者は石本慎之助副料理長でした。クリックすると読める大きさに拡大いたします。
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こちらが、おしながきに書かれていた食前酒の「みかん酒」です。
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こちらが先付の「もずく酢」です。
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こちらが「前菜三点盛り」です。右から「豆腐の鶏そぼろあんかけ」、「イワシの甘露煮」、「秋刀魚の南蛮漬け」です。イワシの甘露煮に乗っているのは「梅クラゲ」です。
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こちらは「小魚のアクアパッツア」です。温かい料理はいいですね。アクアパッツアは魚介類をトマトとオリーブオイルなどとともに煮込んだナポリ料理だそうです。
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クリックすると拡大肉好きの人が何人かおられたので、この「里美牛の陶板焼き」があったのは良かったです。里美牛は茨城県常陸太田市の里美地区の和牛のようです。野菜は椎茸とジャガイモとズッキーニが入っていました。
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クリックすると拡大デザーの前に赤出汁味噌と白い御飯が出されました。香り物は右の2品ついていました。
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デザートは焼き菓子とフルーツでした。
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こちらが優勝カップです。優勝した本人が手に持っています。コンペ名とリボンに書かれている名前には、ぼかしを入れております。
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2時間のパーティー後に予約していたカラオケも同じ部屋で行いました。カラオケタイムのアルコールやつまみは持込OKと確認していたので準備していたものを並べました。
カラオケ代は5500円のみなので1名あたり366円でありながら、たっぷりと楽しめました。
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今だけなのかもしれませんが、館山リゾートホテルのカラオケにアルコール類の持込が許可されたことから、買い出しのコンビニを探していると南房総ではコンビニよりも、スーパー「おどや」が多いことが分かりました。調べてみるとおどやは南房総の20ケ所にお店を24店舗展開していました。クリックすると拡大参考に地図を紹介します。オレンジのマークがコンビニ(セブンイレブン、ローソン、ファミリーマート)で黄色いマークが「おどや」です。スーパーの方が飲み物もつまみも充実しているのでホテルから最寄りのおどや 大神宮店に飲み物とつまみを買いに行きました。

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13年10ケ月通って初めて降りた十三駅の居酒屋 漁師めし [京都]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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上の写真は2019年10月19日に行われた第76回ハイクで通ったクリックすると拡大竹の径(たけのみち)です。右の写真は竹林公園に植えられていた金明孟宗竹です。第76回とすごい回数のハイキングですが私は第72回に初めて参加して、今回が2回目でした。会社で初めて配属になった神戸事業所の人達とのハイキングなので、最後はやっぱり打ち上げ飲み会となります。阪急京都線・東向日駅についたのは14時10分のため開いている居酒屋がありません。幸いなことに阪急京都線から神戸方面および宝塚方面への乗換駅である十三(じゅうそう)は、朝から居酒屋が開いていることで有名な場所なのです。ハイク参加者全員が、十三駅で乗り換えて帰ることもあり、十三で打ち上げ飲み会をすることになりました。実は私が宝塚の逆瀬川に住んでいた学生時代の4年間は通学で電車(逆瀬川→西宮北口→(十三)→梅田)が停車した駅ですが、1度も改札から出たことが無かったのです。さらに神戸事業所から大阪事業所に組織ごと転勤になって結婚して住んだ神戸から大阪事業所に通う電車(神戸三宮→(十三)→梅田)も十三を通りましたが1度も改札から出たことがなかったのです。学生時代と結婚後を合わせた13年10ケ月と15日間に1度も改札から出たことのなかった十三で初めての飲み会であったことから本記事で紹介したいと思います。

今回のハイクの記事は下記の通りです。竹の径(たけのみち)の記事で最後に紹介した桓武天皇の皇后である藤原乙牟漏(天之高藤広宗照姫之尊)の御陵である高畠陵から坂を下りてきたのが下の写真です。写真の中央に石碑(石柱)があるので本写真を撮りました。写真の左端には道案内の柱も建てられています。
右の写真は物集女車塚古墳です。クリックすると拡大
 物集女車塚古墳(もずめくるまづかこふん)
 次は「竹の径」を目指しました。
 洛西の竹林公園(BAMBOO PARK)
 竹の径(たけのみち) 洛西
 初めて降りる十三駅の居酒屋 漁師めし
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こちらが上の写真の左端に写っていた道案内の柱です。竹の径、竹林公園、阪急東向日駅、五塚原古墳などの文字が読み取れました。クリックすると読める大きさに拡大します。
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こちらが2枚上の写真の中央に写っていた石碑(石柱)です。石碑には桓武天皇皇后御陵と書かれています。写真を撮った時はこの辺りが桓武天皇皇后御陵なのだと思いましたが、よく考えると坂の上で見て来た高畠陵が桓武天皇皇后御陵なので、広大な御陵なのだとその場を離れました。
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記事を書くために撮った写真を見ていると石碑の一番下に「北ニ」の文字があることに気が付きました。つまり昔に建てられた道しるべだったのです。北二の下は埋もれて分かりませんが、「北ニ上ガル」のような意味が書かれているのだと思います。建てられた年代は判りませんが、道しるべに「ひらがな」ではなく「カタカナ」が使われていたころだと思われます。元々の計画では桓武天皇皇后御陵の後は五塚原古墳→文化資料館→東向日駅と歩く予定でしたが、雨模様でもあり五塚原古墳と文化資料館は省略して、まっすぐに東向日駅に向かうことにいたしました。
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駅に向かう途中に、このような「願徳治宝菩提院跡」などの遺跡に関する表示などがいくつもありました。ここは例慶公園で寺戸城跡でもあるようです。
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寺戸城跡の横には神社もありました。このようなものを見ていると真直ぐに駅に行ってしまうのはもったいなくなってきました。この時まだ13時24分であったこともあり五塚原古墳に行ってみることになりました。
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五塚原古墳へ行く道標もありました。ただし、この後、雨が本降りになってきたことからカメラは服の中に袋に包んで懐にしまったので途中の道の写真は撮ることが出来ませんでした。
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ここが五塚原古墳(いつかはらこふん)に隣接した芝山公園です。かなりの雨でしたが雨が掛かりにくい木の下から撮りました。
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五塚原古墳と書かれた石碑だけは、なんとか撮りました。この後は駅に着くまでは写真は撮りませんでした。
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 長さ 91.2m
 高さ 8.7m(後円部)
 埋葬 竪穴式石室
 築造 3世紀中葉-後半
 史跡 国の史跡
 分類 乙訓古墳群(おとくにこふんぐん)
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こちらが阪急京都線の東向日駅です。ここで打ち上げ飲み会を十三で行うことにしたわけです。この時が14時10分でした。
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ハイキングのルート(━━)は最終的に次のようになりました。緑色ライン(━━)が今回のハイクのメインイベントである竹の径(みち)です。
洛西口駅(阪急)→物集女車塚古墳→竹の径→竹林公園→竹の資料館→子供の広場(昼食)→竹の径→高畠陵→桓武天皇皇后御陵→五塚原古墳→東向日駅(阪急)


こちらが我々が降りた阪急・十三駅の西改札口です。この写真は、第76回ハイクの時の写真ではなく、太陽の塔の内部見学をした第77回ハイクの2019年11月16日の写真です。
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こちらが開いているお店を探した十三の居酒屋街(通称:しょんべん横丁)です。しょんべん横丁は第2次世界大戦後に闇市や飲食店が集まって出来たそうです。名前の由来を調べてみると、昔はトイレすらない店舗が多く、クリックすると拡大あたり一体がションベン臭かったことから呼ばれたそうですが、現在の正式名はトミータウンだそうです。驚いたことに、しょんべん横丁と呼ばれる場所が新宿にもあります。そちらの正式名は「思い出横丁」です。開店前のお店もありましたが、確かに14時56分にもかかわらず沢山のお店が開いていました。十三に着く前から候補のお店がありました。ぐじら料理や鯨焼肉が食べれる「くじらや」でしたが、そのお店は残念ながら開店前だったので、写真に看板が写っている「漁師めし」にはいることにいたしました。「くじらや」は写真に写っている「玉一」の手前隣にあります。
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こちらが我々が入った居酒屋「漁師めし」です。こちらのお店は12時開店でした。驚いたことに後日に十三駅の写真を窓から撮った磯丸水産は24時間営業の居酒屋でした。クリックすると拡大
 店名 漁師めし
 住所 大阪府大阪市淀川区十三本町1-2-6
 電話 06-6302-0208
 営業 12:00~24:00
 定休 年中無休
 最寄 阪急十三西改札口 徒歩1分
 開店 2016年10月1日
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おすすめのメニューを紹介します。クリックすると裏と表の両方を拡大して表示します。クジラもありました。
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さっそくビールで乾杯です。
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こちらはお通しの枝豆です。
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先ずはおでんを頼みました。
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よく炊かれておでんは柔らかくて味がしみて美味しかったです。
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もちろんクジラを頼みました。これは鯨の尾の身の刺身です。
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この鯨の尾の身は美味しかったです。
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こちらもクジラです。オバケと呼ばれる部位です。オバケは尾っぽの部分で尾羽毛と書くそうです。クリックすると拡大2つ以外にくじら料理として本日のおすすめには鯨ユッケ、鯨トロ鉄板焼き、せせりポン酢がありました。実は上で紹介の「くじらや」と関係があったのです。食べログでの説明に「2軒隣の【くじらや】は姉妹店でございます。」と書かれていました。
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定番の唐揚げも頼みました。唐揚げはビールに合います。
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本日のお刺身も頼みました。8種類が乗って580円はお得でした。クジラの刺身も入っていました。
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厚揚げも美味しかったです。
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これもなかなかの銘品でした。名前は山芋の鉄板焼きです。
最近行われた神戸のメンバーのハイキングと予定のハイキングを紹介します。☆マークが参加あるいは参加予定です。
 第70回 2019年01月19日(土) 兵庫七福神巡りハイク
 第71回 2019年03月16日(土) 金比羅宮参拝と讃岐うどんを賞味するハイク
☆第72回 2019年04月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
 第73回 2019年05月18日(土) 奈良斑鳩の里での散策ハイク
 第74回 2019年06月15日(土) 神戸にある世界の宗教寺院巡りハイク
 第75回 2019年09月20日(土) 神戸鶉野飛行場跡各種設備など散策ハイク
☆第76回 2019年10月19日(土) 京都洛西の竹林と古墳巡りハイク
☆第77回 2019年11月16日(土) 太陽の塔の内部見学(予約)と周辺散策ハイク
 第78回 2020年01月16日(木) 神戸井植記念館と周辺散策ハイク
 第79回 2020年01月30日(木) 京都迎賓館と周辺散策ハイク
☆第80回 2020年02月15日(土) 丹波篠山???ハイク
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お店の場所を地図で紹介します。翌月の「太陽の塔の内部」と「万博記念公園の紅葉」を見るハイキングでも16時の時点で十三以外では開いている居酒屋が見つからなかったことから十三の居酒屋で打ち上げ飲み会をしてしまいました。
 2019年10月19日 漁師めし 第76回ハイク 竹の径+竹林公園+古墳
 2019年11月16日 磯丸水産 第77回ハイク 太陽の塔+万博記念公園

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