ベトナムとカザフスタンとウクライナの共通点 [ベトナム]
下記は最近4ケ月の間に行った国です。
黄緑色の文字はクリックすると記事を表示します。
2011年 4月07日~4月09日 中国
2011年 4月25日~4月29日 ロシア
2011年 6月08日~4月12日 ベトナム
2011年 6月28日~6月30日 中国
2011年 7月07日~7月10日 カザフスタン
2011年 7月10日~7月14日 ウクライナ
2011年 7月31日~8月05日 ベトナム
この中の直近のカザフスタンとウクライナとベトナムで共通していることがありました。それがロシアの車が走っていることでした。上の車はカザフスタンのアクトベという町を走っていました。ロシアのUAZ製の車です。
さすがに都会のアルマトイ(アルマティー)では見かけませんでしたが地方都市では沢山見ることが出来ました。
こちらの写真の車はロシアのサンクトペテルブルグから西に300km行った時に見つけたUAZのバンです。ロシアでも見る機会が少なくなっていますが1958年の形で今でも売っているそうです。その時の記事です。→ポチッ
そしてこれがベトナムで撮った写真です。UAZのマークはありませんが、まさにUAZの車です。長い年月の間にマークが取れてしまったのではないかと思います。カザフスタンとウクライナとベトナムで最もロシアっぽい車が沢山走っていたのがベトナムでした。
こちらもベトナムで撮ったUAZのバンです。こちらの車にはUAZのマークがちゃんと付いていました。それにしても屋根の上の荷物の量はすごいです。
ベトナムの中では最も多いロシアっぽい車の種類はトラックでした。このような感じのトラックが沢山走っていました。と言ってもロシアっぽいトラックは、走っている沢山のトラックの中では希少価値があります。
ウクライナでもUAZのバンが走っていましたが、ウクライナの特徴はロシアっぽい乗用車が多かったことです。ただし首都のキエフではあまり見かけませんでしたが、地方都市に行くと沢山走っていました。このような車がタクシーとして使われていました。右の写真のメンバーで乗りました。
6月は火炎樹の季節でした。 [ベトナム]
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
ベトナムに6月8日から6月11日まで行っていましたが、真赤な花が沢山咲いていました。調べてみると火炎樹(フランボワイヤン Fire Tree )でベトナム語ではHoa Phượng(ホアフォン)です。日本語の正式名は鳳凰木とネットに書かれていました。
花の形が判るように上の写真を拡大いたしました。右の花の写真はWikipediaから拝借しました。似た感じで赤い花をつけるシソ目ノウゼンカズラ科の火焔木(カエンボク)とは別の種類です。葉っぱの形で違いがわかります。今回の木は明らかにマメ科と判る葉っぱでした。
目 : マメ目 Fabales
科 : マメ科 Fabaceae
亜科 : ジャケツイバラ亜科 Caesalpinioideae
属 : ホウオウボク属 Delonix
種 : ホウオウボク D. regia
俗名 : 火炎樹
英名 : Royal poinciana
学名 : Delonix regia
火炎樹の花の季節は5~7月で6月が最もきれいになる時期です。ベトナムでは6月が卒業式で7月が入学式で、ちょうど、その時期に咲くことから日本の桜にも例えられます。それほどベトナムでは沢山咲いているし有名な花でした。車の中から走りながら写真です。
上の写真の一部を拡大いたしました。このように街路樹としてよく見かけました。
この写真より、もっと沢山の木で道の両側が見事に真赤になっているところもありました。
ネットで調べてみると鳳凰木(ホウオウボク、学名:Delonix regia)は、ジャケツイバラ科の落葉高木で、原産はマダガスカル島でした。やはり熱帯地方では街路樹としてよく植えられているそうです。日本では沖縄県でよく見られて、台湾でも1896年に種子が入れられ、台南市や廈門市では市樹となっているそうです。
樹高は10~15mで樹形は樹冠が傘状に広がり、葉は細かい羽状複葉。直径10cmほどの5弁で緋紅色の蝶形な花が、総状花序につくそうです。
MUKUさんの火炎樹と火炎木にトラックバックしています。
追伸
今日、2015年8月1日に上海から帰国します。家に着くのは19時頃となります。日本を出発した7月27日から皆様のところに訪問できていませんでしたが、明日からは今まで通りに訪問できると思います。
先ほど帰国したので、搭乗券を掲載いたしました。
ベトナムは田植えの季節でした。 [ベトナム]
7月31日からベトナムに行っていたときの写真です。その間に車で約800km走りました。家がないところは、ほとんどが水田の景色で、田植えを行っている景色によく出会いました。機械は使われておらず、全て手作業でした。
すでに田植えが終わった水田も沢山あり草抜きなのか、沢山の人が農作業を行っている景色も沢山出会えました。8月は雨の多い時期なので稲の生育にはいい時期なのかも知れません。ちなみに雨季は5月~10月です。
全て車の中から撮影したものですが、道が悪く振動が多いので写真は鮮明ではありませんが雰囲気わかってもらえると思います。いずれもハノイから200km圏内の写真です。
車を停めてじっくりと撮るとといい写真が撮れそうでした。
農作業をしている人のほとんどが、あの三角笠・ノンラーをかぶっていました。ノンラー(Nón lá)とは、ベトナム全土で用いられる円錐形の藁でできた帽子でベトナム人(キン族)の伝統的な葉笠です。Nónは笠でLáは葉の意味です。
ベトナムの水田と三角の笠は不思議と似合っている気がします。
ベトナムらしい風景でした。
ベトナムは南北に長い国なので場所によって天気の傾向は違います。
今回、訪れたハノイ辺りでは1月が雨が最も少なく18.6mmに対して8月は318mmと最も雨の多い月です。8月の降水量は東京の2倍です。
ハノイから南に下ると桂林の景色に出会えます。 [ベトナム]
石灰岩の景観で有名なのが中国の桂林で、ベトナムでは「海の桂林」とたとえられているハーロンが有名です。桂林からハーロンそしてハノイのすこし南まで石灰岩が連なっていることから、ハノイから国道1号線を南下すると写真のような景観に出会えます。特に観光案内にはないので有名ではないけれども、じっくりと見る価値がありそうです。写真をクリックするとパノラマ写真を表示します。
近くに見える山並みも石灰岩が風化して桂林的な形になっていました。クリックするとこちらもパノラマを表示するので是非とも見てください。
こちらの写真はクリックすると広範囲のパノラマ写真を表示します。3枚の写真ともパノラマのでかたが違います。
追伸
2015年6月16日から関西に来ていました。17日に初孫に会って、17日と19日の夕刻に友人と神戸で飲んで20日にゴルフをして、今日6月21日に家に帰ります。伊丹空港が8時のフライトに乗ります。今は空港にいます。
ベトナムでは牛さんでした。 [ベトナム]
ベトナムの国道1号線での車からの風景シリーズを続けておりますが、今回のテーマは牛さんです。荷車を引いている家畜と言えば中国やパキスタンさらにはエジプトでロバさんでした。ところがベトナムではロバを見ることはありませんでした。その代わりに荷車を引いていたのが牛さんでした。
沢山の牛さんが活躍しているところを知ってもらうために4枚の写真を紹介いたします。
いずれも走っている車の中からの撮影なので鮮明さはありませんが雰囲気はなんとなく出ています。
牛さんが沢山通っていても、走りながらなのでシャッターチャンスは多くはありませんが、それでも沢山撮ることが出来たことで牛さんが活躍していることが伝えられたでしょうか。
後ろの真赤な花が咲いている木は火炎樹です。
ベトナムの三角笠 [ベトナム]
上の写真はサトウキビを自転車で運んでいるところだと思います。右の写真の巨大なトレーラーも避けて行く迫力でした。
農作業で使われている三角笠・ノンラー(Nón lá)を前記事で紹介いたように暑い夏の時期は、いつもより三角笠が目立っていたと思います。
三角笠が似合う風景は農作業以外では自転車に乗っている姿だと思います。
なぜか3人で自転車に乗っている姿をよく見かけました。
こちらも3人でした。
こちらは5人の女性が立ち話をしていますが、不思議と3人が三角笠でした。
後ろ姿ばかり紹介してきたので、前からのスタイルも紹介いたします。ノンラーのかぶり方が判ってもらえると思います。
町から離れと多く見かけました。すでにお気づきだと思いますが、みなさん長袖です。
暑さや太陽から体をまもっているのでしょうね。
ハノイの街中でも見かけました。バイクの三角笠はさすがに見かけませんでした。やっぱり自転車が似合いますね。
三角笠を使う人は女性が圧倒的に多かったけれども子牛を連れた男性も見かけました。
三角笠のもう一つの姿が天秤棒で荷物を運ぶ姿です。
天秤棒で荷物を運ぶ姿はハノイ市内でもよく見かけました。 外国人だけが半袖で肌を出していました。ちょっと不思議な光景でした。
ホーチミンは一年中暑いのに対してハノイは日本ほどではないけれども時期により気温が変化します。それでも東京よりもハノイは暑いです。ただし8月は雨が多いので雨の日は暑さが和らぐので8月は意外と東京とベトナムの気温は近いです。またハノイとホーチミンの気温の違いから、ベトナムが南北に細長い国であることを実感させられます。
最高気温は毎日の最高気温の一ヶ月の平均値です。最低気温も同様です。
椰子 [ベトナム]
ベトナムの国道1号線沿いでパイナップルと鳥を売っているお店を紹介いたしましたが、比較的に広範囲で売っていたのが椰子でした。
でも椰子だけを売っている専門の露店はパイナップルと鳥のお店と同様に数km範囲だけに集中していました。これはハノイなどの町の中でも見られました。帽子店が並んだ通り、電気店が並んだ通り、仏具だけが並んだ通り、と!
そうすることで、お客を集めているベトナム流の商売の方法のような気がしました。
食用および飲料のためのようなので種類はココヤシだと思います。
ココヤシ(学名:Cocos nucifera L.)は、単子葉植物ヤシ科の高木で、ヤシ科植物の中で最も有名だと思います。
ココヤシの樹高は大きいもので約30メートルにまで成長します。雌雄同株で大きな円錐花序を着け、その先端部は雄花で、基部に雌花をつけます。果実は熟すと30センチメートル程にもなり、やや先がとがった楕円形で、緑色。その外側は丈夫な繊維を含む厚い層からなり、その内側に非常に固い殻に包まれた種子があります。果実は海水によく浮かび、遠距離への種子の散布が可能だそうです。
ポリネシアから熱帯アジアが原産とされるが、現在では世界中の熱帯地方で栽培されているそうです。果実はココナッツと言われ、主として食用とします。固い殻の内部の周縁部には固形胚乳の層があり、中心近くには液状胚乳が入っている。液状胚乳はそのまま飲用されます。これは、熱帯では多くの場合に野外の生水は衛生的に危険なことから、非常に重宝されるそうです。1個の果実には約1リットルの液状胚乳が入っているそうです。
胚乳はそのまま食べられるほか、料理にもよく使われます。
パイナップルの名産地を通りました。 [ベトナム]
ハノイとホーチミンを結ぶ国道1号線沿いには場所場所により特徴的な露店があると、前記事で鳥を売っている露店を紹介いたしました。鳥を売っていた露店はハノイから200kmの距離でしたが、今度はハノイから110kmの場所で売っていたものを紹介いたします。ここではパイナップルでした。お店の人の呼び込みも盛んに行われていました。車を止めて買っている人も沢山おられました。
山のように積み上げられたパイナップルは少し小ぶりのようですが色合いから甘さが伝わってきます。実際に食べたことのある人に聞くと、すごく美味しいパイナップルだそうです。写真は2店しか掲載していませんが数kmの間に沢山のお店がありました。
道からは見ることは出来ませんでしたが、このB地点のあたりは少し峠になっており沢山のパイナップル畑があると説明されました。パイナップルは、ここと、ここ前後にあった町以外では売られていませんでした。
やはり同じ物を売っている露店が集まっていたのです。下の青字の>広範囲の地図を表示をクリックするとハノイ駅の前からのルートが表示された地図に切り替わります。
鳥を売る露店 [ベトナム]
ハノイから南に国道1号線を往復で560km走ったことをすでに紹介いたしました。ハノイから南に230km走り、翌日に、その場所から5時間半かけてハノイに戻ってきました。国道沿いには露店でいろんな物がいろんな物が売られていますが、不思議なことに近い場所で同じものが売れれいるのです。
ハノイから200km離れたところでは鳥が売られていました。比較的大きな鳥が1羽づつ鳥籠にはいって売られていました。中国で見たガビチョウ(画眉鳥)のように鳴き声を楽しむ鳥だと思います。どれくらいお店が集中しているのかを実感してもらうために撮影時間を紹介いたします。上の写真が14時04分20秒に撮ったお店です。以降の写真の括弧内の時間は最初(上の写真)の撮影してお店からの経過時間です。
こちらは14時04分56秒(36秒後)に撮影した露店です。こちらも沢山の鳥が売られていました。ガビチョウ(画眉鳥)と思われる鳥も居ましたが、それよりも大きな鳥も小さな鳥も売られていました。
14時05分01秒(41秒後)です。この写真だけはクリックすると拡大します。拡大写真は道路の雰囲気が伝わってくると思いますし、次の鳥の露店も写っていることが判ってもらえると思います。
こちらは14時05分08秒(48秒後)です。まだ1分経っていませんが4店目です。こちらのバイクは上の写真で小さく写っていたバイクです。
少し距離があいて14時05分32秒(1分12秒後)に撮りました。これらの写真はハノイに戻る時に撮りました。戻る方向の方が鳥を売るお店が多かったです。お土産として買いやすいのかもしれません。
次は14時06分39秒(2分19秒)です。撮れなかったお店もあったので、かなり集中していたと実感してもらえつつあると思います。
これは14時08分20秒(4分後)に撮ったお店です。
最後は14時10分32秒(6分12秒後)でした。もちろん反対車線でも鳥が売られていました。撮れなかったお店や反対車線のお店を計算に入れると6分12秒間に15店以上はあったと思います。50km/hで走っていたとすると5.2kmの間に15店ほど鳥を売っているお店があったことになります。不思議なことに鳥以外のお店はこの間にはほとんどありませんでした。そして、このあたり以外では鳥は売られていませんでした。
むかし買ったお土産も紹介します。 [ベトナム]
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
前記事でハノイで買ったipa-nimaのバッグを紹介いたしましたが、むかしベトナムで買ったお土産も紹介いたします。小物でもセンスがあるものが沢山あったために、お土産もつい多くなってしまいました。上の写真は、一番のお気に入りの石の箱と銀のアクセサリです。写真の銀のアクセサリ以外にも沢山の銀のアクセサリを買いました。
こちらが石の箱の蓋を開けたところです。
上の箱以外に、いろんな石の箱を買いました。六角形の箱には蝶番がついています。初めてベトナムに行ったのが1998年3月1日で、それから数回訪問の間に買ったお土産です。したがって16~17年前のお土産です。現時点で、ベトナムには16回ほど訪問いたしました。
袋物も人気があるようです。これが今回買えなかったSONGのバックです。
右上のもの以外はSONGのバックです。この頃は安かったのですが、今回は高かったために断念してipa-nimaのバッグにしたわけです。
SONGのものは十数年の間に有名になりすぎたようです。
ホーチミンのSONGの場所→地図
サンダルも洒落ていると思いませんか。
いくつか買ったエプロンもなかなセンスがありました。こちらのエプロンもSONGです。ベトナムのブランド物なのです。ここで紹介したお土産はホーチミンのドンコイ通り周辺で買ったものです。この写真は是非ともクリックして見てください。
追伸
今日、上海14時発のフライトで帰国いたします。成田空港に着くのが17時45分の予定です。中国14時は日本時間で15時です。
久々に美味しいシーフード料理に出会えました。 [ベトナム]
今までベトナムのホーチミンとハノイの高級なシーフード料理をいくつか紹介しました。
今回は安くて美味しいシーフード料理に出会えました。ベトナムは海岸線が長い国なので本来シーフード料理が美味しい国なのです。
上は写真は二枚貝のスープです。水管長い種類の新鮮な貝の身が沢山入った美味しいスープでした。貝のダシだけのシンプルなスープでした。また食べたい料理の一つになりました。
変った形の二枚貝の身でした。この身がぎっしりと入っていました。スープも貝の濃いだしが出ていてすばらしかったです。これだけ濃い貝のスープは初めての経験でした。
場所はベトナムのハノイから国道一号線を約160km南に走った町のレストランでした。町の名前は以前にベトナム戦争で有名になった鉄橋の町として紹介したタンホアです。
これはシンプルにイカを茹でたものですが、新鮮なためかこれも美味しい料理でした。料理と呼ぶのは正確な表現ではないくらいシンプルな料理でした。これをベトナム独特のタレや塩やコショウやライムをつけて食べるのです。
これがイカを食べる独特のタレです。
やっぱりビールを飲みたくなります。
キュウリのサラダです。ベトナム流の食べ方が新鮮でした。
牡蠣の入った玉子焼きでするこれも美味しかったです。
この不思議な香辛料に付けて食べました。コショウと塩とキナコを混ぜたようなベトナム独特の味わいのものでした。もちろん他のタレに付けても美味しいです。
冬瓜のスープだと思います。シンプルな味わいがベトナムの特徴です。
これがメインデッシュの魚です。生簀で泳いでいた魚を唐揚げにしたものです。
上と同じ写真ですが魚の部分を拡大しました。
ハサミで食べやすく切ってくれました。いろんなタレに付けて食べます。シンプルにライムと塩とコショウを混ぜたもので食べるのも美味しいです。
ハゼのような魚の唐揚げも出てきました。
最後は締めでゴハンとスープが出てきます。ごはんにスープをかけて食べるのが標準的ですが、スープにごはんを少し入れて食べても美味しいです。
デザートはザボンでした。剥いて出てくるのがいいですね。すっきりとした味わいが良かったです。
この生簀の中の新鮮な食材を料理してくれました。
お店の入口です。お店の名前はda lanでしょうか。
飯店の漢字が書かれているのも印象的でした。
地図の住所からレストランを探し、お店全体の写真をネットから転用させていただきました。
店名 Công Ty Cổ Phần Dạ Lan ( Restaurant Dalan )
住所 01 Phan Chu Trinh, tp. Thanh Hoá, Thanh Hoá
電話 037-385-2004
URL http://thanhhoaonline.net/threads/nha-hang-da-lan.4331/
ベトナムのチキン専門店 [ベトナム]
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
上の写真はベトナムのハノイに1泊2日+機中泊の旅で2日目の昼食に鶏料理専門店で食べた鶏料理です。これが非常に美味しかったので報告させていただきます。
場所はハノイから東に車で2時間程度ほどの場所です。国道5号線沿いの、この青い建物全体がレストランで沢山のテーブルは満席でした。すごい人気のお店でした。写真は車の中から別の時間帯に撮ったものですが、昼時は車がレストランの前にあふれているほどの人気でした。料理は鶏をシンプルにボイルしたものと鍋料理だけです。みなさんどちらかを食べていました。
テーブルに出てきた順番に紹介いたします。先ずは調味料である塩にハーブを入れて小皿が各自に出されます。いろんなものに、これを漬けて食べます。
ハーブが多量に出されてきました。これはベトナム料理ではどのお店でも同じで、このハーブを生のまま食べるのがベトナムの習慣です。
先ほどの塩にライムを搾ってハーブを沢山食べました。ここではミント系のハーブですが前日の夕食では若いドクダミでした。切った唐辛子を入れるとピリッとしたタレの出来上がりです。ハーブだけでなく、あとで出てくるチキンにもつけ食べました。
次に、ご飯が出てきました。ご飯は、もち米でした。そのまま食べても美味しいのですが、右上に写っている茶色い粉をかけると香ばしくて美味しかったです。
茶色い粉は、すりゴマとピーナッツを砕いたものを混ぜたものでした。日本のお米以外では、ここで食べたご飯が一番美味しく感じられました。もち米の食感は日本人に合うのかもしれません。
ついに出てきました。これがメインのチキンです。丸々ボイルしたあとに油で揚げてハサミで切って出されてきました。油で揚げずにボイルしただけのものも1羽頼んだので2種類食べれました。油で揚げた方が皮がパリパリで香ばしくて美味しかったです。味付けはされていないのですが、これが驚くほど美味しいのです。濃い鶏の本来の味わいのためだと思いました。上の塩をつけて食べるのもいいのですが、何もつけなくても美味しくいただけました。このお店を選んでくれたベトナムの人も、この鶏は美味しいと自慢されていました。どうやら、このお店の鶏肉を我々日本人に食べさせたたかったようです。驚きました。
これが食べた"もも"の部分です。胸肉の部分も美味しかったです。自然な濃厚な肉の味でした。完璧に地鶏の世界でした。
沢山の量だったので食べ切れませんでした。これが最後に残った残骸です。ボイルだけのものと揚げたものと両方、一つのお皿に乗せて撮りました。揚げてあると足も、ボイルだけのものと比べると、さほど生々しくなく、かじることが出来ました。
料理の最後にスープが出てきました。中には鶏の砂肝など筋肉系のものと麺が入っていました。鶏を無駄にしていないと感じる一品でした。新鮮な鶏肉だから出来るのだとも感じました。
デザートは「みかん」でした。写真では大きさがわかりませんが、キンカンを一回り大きくした程度の小さな小さなみかんで皮を剥いて丸まま口に入れて食べました。その食べ方で、ちょうどいい大きさなのです。我々が食べているミカンの原種かもしれません。タイから輸入しているそうです。甘くて美味しかったです。
お店が出してくた手拭です。ベトナム語がわからないので、想像でお店を紹介いたします。間違をご指摘いただいたら修正いたします。ちなみにGaはベトナム語で鶏肉のことだそうです。Nhà HàngはレストランでGà Tươiはフレッシュチキンです。Vuaはキングの意味だそうです。
ネットで調べると4店舗あるようでハノイにもお店がありました。
店名 Mạnh Hoạch (Manh Hoach)
住所 Ga Phạm Xá Kim Thành - Hải Dương(ハイズオン州)
電話 0320-729-335
携帯 0904-552485
住所からGoogle地図で場所を検索しました。青色マークの近くに今回のチキン専門店Mạnh Hoạchがあります。ハノイとハイフォンの間です。Ga Phạm Xá駅が近くにあるようです。4店舗の住所も照会しておきます。4番目のお店が今回のお店です。
1: 265 Tô Hiệu – Cầu Giấy – Hà Nội ハノイ
2: 1 Nguyễn Quý Đức - Thanh Xuân - Hà Nội ハノイ
3: 783 Nguyễn Văn Linh – Hải Phòng ハイフォン
4: Ga Phạm Xá – Kim Thành - Hải Dương ハイズオン
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追記 ハロン湾の海上レストラン [ベトナム]
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
昔の記事でベトナムのハロン湾あるいはハーロン湾(Ha Long Bay / Vịnh Hạ Long)にある海上レストランを紹介いたしましたが、その場所をgoogle地図で探しても、なかなか見つけられませんでしたが、やっと航空写真で見つけることが出来ましたので、記事を追加掲載させていただきました。表示が航空写真ではなく地図の方はアイコンをクリックすると航空写真に切り替わります。
航空写真のイカダの上の配置は、その時の記憶通りでした。巨大な四角い生簀が沢山あるのがわかってもらえると思います。
地図上には「Ba Hang Bar」と書かれています。レストランの中のバーの名前だと思います。最初に掲載した記事で紹介しているように大きなイカダの上にレストランが作られており、建物も立てられており屋外でも屋内でも食べることが出来ました。もちろん屋外で食べました。マークの位置のテーブルで食事をいたしました。
食事に訪れたのが夜であったことから、海のレストランの写真を撮っていなかったので、以前から海上レストランの写真の写真を探していましたが見つけることができませんでしたが、場所がわかったことから写真も見つけることが出来ました。これが海上レストランの全景です。イカダの下の巨大な生簀から魚をすくって料理してくれました。
我々が行ったのは非常に大きいな海上レストラでしたがネットを見ていると小さな海上レストランや水上住宅が沢山集まった場所がありました。→ポチッ ポチッ
こちらの写真はクリックすると拡大いたします。
広範囲が見える航空写真も掲載いたします。3つの島に囲まれる場所に海上レストランがありました。航空写真上のアイコンを数回クリックすると、この場所がわかってくると思います。
ワンピースの海上レストラン「バラティエ」も「どーん!」と紹介しておきます。
2010年9月19日掲載 タイトル:海の桂林・ハーロン湾
今、先日(2010年9月7日~10日)に行っていたホーチミンの記事を掲載中です。
ベトナムということで以前に行ったベトナムの北の端のハーロンの景色を紹介いたします。上の写真が海の桂林と呼ばれているベトナムのハーロン湾!です。霧にかすんだ島影がまさに桂林のような景観です。この写真は末尾に紹介している宿泊したホテルの窓から撮ったものです。
この手前の船で島の間を走り景色を楽しみます。 ハーロン湾は1994年にユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録された幻想的な場所です。007のロケ地であることも有名です。乗り合い船に乗ってもいいのですが交渉すれば一隻チャーターしても安くなるので仲間がいれば自分達だけで乗るのも楽しいですよ。もちろん食事付きなので食事を楽しみながらのんびりすごせます。途中で小船が追いかけてきて高級食材も売りにきます。(これで儲けているのかも!)
ハロン湾(Vịnh Hạ Long,)は、ベトナム北部のトンキン湾北西部にある湾です。カットバ島のほか大小3,000もの奇岩、島々が存在します。カットバ島以外の島は現在は無人ですが、約7,000年前の新石器時代にはわずかに人が住んでいたそうです。数世紀前までは海賊の隠れ家として利用され、また モンゴル軍の侵攻の際には軍事的に利用されたそうです。
北は中国の桂林から、南はニンビンまでの広大な石灰岩台地の一角であるため石灰岩台地が沈降し、侵食作用が進んで、現在の姿となったそうで「海の桂林」と呼ばれています。こちらの写真はクリックすると拡大とします。
と、ここまでは普通の観光案内 で、実はお勧めなのが海上レストラン
海上レストランと言えばワンピースの海上レストラン「バラティエ」を思い浮かべる人が若干名いると思います。バラティエは船でしたがここは大きなイカダをいくつもつないだ上にレストランを作っています。
写真の景色の中の小さな島に固定された高級なレストランです。かなりの広さがあり室内でも食べれますが屋外で月明かりの中で食べると開放感があります。ここには専用の船で行きます。名前は忘れましたがホテルで聞けば判ると思います。残念ながらレストランの写真は残っていません。メニューは、すべてベトナム語だったので料理が判らないし、魚介類の英語の単語は通じないので身振り手振りとなり、出てくるまでの楽しみとなります。幻想的な食事が楽しめると思います。イカダの下が海で巨大な生簀になっていました。シーフードが主体ですが雰囲気が最大のご馳走です。
こちらはハーロン湾の中の市場の風景です。
右の小さな写真のように写真の右側に私が立っていますが大きな写真ではカットさせていただきました。沢山の人がベトナム特有の三角笠をかぶっていました。何気なく撮っているように見えますが、こちらの女性に頼んで自然な感じの記念写真を撮らせてもらいました。
下は南のカンボジア国境近くの暖かい地域の市場での一こまです。 雰囲気が違いますね。市場全体の写真はクリックすると拡大します。電線が沢山なの気になってしまいます。
ハーロン湾で宿泊したホテルHeritage Halong Hotel(ヘリテージ ハロン ホテル)です。朝にビーチに散歩に出て撮りました。冒頭の幻想的な写真と3枚目の写真は、このホテルの窓から撮ったものです。そして4枚目の写真は、この写真を撮った同じ場所から海を撮った写真です。ハーロン湾には3度来る機会がありました。海上レストランに行ったときは、この辺りのホテルが満席であったことから、少しは離れた小さな町の小さなホテルに泊まりました。その場所が海上レスランに近い場所にあったことから海上レストランを知ることが出来たのです。
ハーロン湾の衛星写真も紹介しておきます。写真の中の島々が桂林のような景観を見せてくれることから海の桂林と呼ばれています。
赤いマークが鍾乳洞です。黄色のマークは泊ったことがあるホテルで緑のマークが夕食をした大きな海上レストランです。青のマークは大きなホテルが満席で、なんとか探した小さなホテルがあった町の場所です。空色のマークは小さな海上レストランや水上住宅が沢山あるところです。
耀
牛さんが放し飼いでした。 [ベトナム]
ベトナムはお米の国、水田の国です。今でも水田で牛さんが活躍しています。
それだけに沢山の牛さんが飼われていますが、働いていない時は牛さんが自由に歩き回っているのです。
荷物を運ぶ荷車も牛さんがほとんどでした。前回の記事です。→ポチッ
道を自由に歩いているので車が止められてしまう場合もあります。この時も牛が道路を渡りきるまで待っていました。
道端で草を食んでいる姿をよく見かけます。いずれも飼い主の人はそばにいないのです。
一番不思議だったのが、この写真です。道を牛が行列を作って歩いているのです。人はまったくついていないのに行儀よく歩いているのには驚かされました。
道路の中央分離帯ですが、こちらでも牛さんはくつろいでいました。稲が長く伸びてくる時期は牛さんは仕事がなくなって、のんびりと出来る時期なのだと思います。阿蘇山でも沢山の牛さんを見かけました。牛注意の標識も見かけました。→ポチッ
ベトナムではいたるところにいるので標識を立てることは出来そうにありませんでした。
国道1号線 ハノイ~ホーチミン [ベトナム]
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
ハノイとホーチミンを結ぶ鉄道を紹介したので、今度はハノイとホーチミンを結ぶ国道を紹介いたします。ハノイから南に230kmの町まで車で走る機会がありました。走る国道はベトナムで最も交通量の多い国道1号線でした。距離は230kmですが、所要時間は5時間半ほどで休憩も入れると6時間のなかなかハードな旅でした。
そして、翌日は、その国道1号線を同じ車でハノイに戻りました。この国道を紹介したいと思い、ハノイへの帰りは運転席の横に乗せてもらいました。上の写真が国道1号線です。
左に2段の頑丈そうなガードレールがありますが、その左がすでに紹介したベトナムの国鉄の線路です。こちらもハノイとホーチミンを結んだ路線で、国道1号線と平行して走る機会が多かったです。
昔は大きな川に架かる橋は鉄路と道路の兼用だったので道路と線路が平行して走ることになったのだと思います。ここでは線路は右にありますが左を走っている場所もありました。入れ替わるところでは、すでに紹介した踏切がありました。
この写真と近い場所の動画も撮ったので紹介いたします。気になるのが頑丈なガードレールです。車を守ってくれているのか、線路をまもってくれているのかはわかりませんが、これほど頑丈なガードレールをつける理由が走っているうちにわかってきました。その理由は、下の方で説明いたします。
下の写真のように鉄道が鉄橋となっている場所や線路が離れている場合は普通のガードレールでした。線路が見当たらないところではガードレールもありませんでした。今回の道沿いには、すでに紹介したタンホア鉄橋もありました。ただし、この写真はタンホア鉄橋ではありません。
国道1号線はほんとうにバスが多い道路でした。鉄道が安全だと思うのですが、本数が少ない上にハノイからホーチミンまで33時間かかるそうなのでバスの方が便利なのだと思います。全てがホーチミンまでではなくて途中の大きな町までの表示のバスが多かったですが、見ていると運転手さんが二人乗っているので、ほとんどが長距離バスのようでした。
ほんとうにバスが多かったです。それも続けてどんどんと別の色のバスがすれ違っていきました。実は国道1号線ではバスが最も荒っぽい運転をするとベトナムに長く住んでいる人が話してくれました。
一般道で大形車両にも関わらず、すごいスピードで走っていました。
その原因の一つが国道1号線が交通量が多いのにも関わらず片側1車線にあるそうです。遅い車も走っており、競争各社がある中で走行スケジュールのあるバスは追い抜き行いながら走行をすることになるためだと思います。
当然、追い抜きは反対車線を走行することになります。車の追抜きは対抗車との間で余裕があるときに行うのが普通ですが、時にはこの写真のようにぎりぎりのタイミングになることが何度もありました。右のバスが追い抜きを行っているところで我々の正面に向かってくる感じでした。これはかなりの恐怖感があります。最終的にはこちらが路肩に逃げて避けることも何度かありました。当然、路肩には人が歩いていたり自転車やバイクが走っていることもありえるのです。我々が乗っている車も、他の車より早く走っていたのですが、それを追抜いていくバスもありました。バス同士でも追抜きを行っていました。安全運転を心がけるバス会社(たいがいは大手のバス会社)もあるそうです。そのバスを追抜いていく荒っぽいバス会社があるのです。
バスの次に荒っぽい追抜きを行うのがトラックです。トラックはこのようにぎりぎりの追抜きになるケースは少なかったけれどもバス以上に迫力がありました。この時は最終的にこちらがスピードを落として路肩側に逃げました。前にバイクが走っていたので路肩に逃げるためにはスピードを落とすしかありませんでした。
このようなことが頻繁にあることから冒頭の写真のような場所では線路に突っ込んでしまう車が出る可能性が高いのだと思いました。だから頑丈なガードレールで線路が守られていたのだと気がつきました。
今回の記事とは関係ありませんが、トラックに追抜かれている左側の白っぽい趣のある車は1958年当時のデザインのままのロシアのメーカーUAZ(ワズ)のバンのようです。この車は昨年ロシアで見かけて記事に書きました。→ポチッ
遅い車が多いので、もちろんこちら側も追抜きを行う必要があります。我々の前を走っていた車が追抜きを行っているところです。
前に遅い車が前を走っていると我々の車も追抜きを行う必要が出てきます。追抜きのタイミングを計っているところです。この車を追抜いているところが次の写真です。
追い抜き中の写真です。これもなかなかの迫力でした。我々の車は慎重で直線でしか追抜きは行わなかったし、対向車線に車が見えるときは基本的に追抜きを行いませんでした。ベトナムでは日本と反対で車は右側通行です。国道の走行風景を紹介したいことから運転席横の助手席に座りましたが、初めての知らない車でベトナムの国道を走るときは後部座席でシートベルトをすることをお薦めします。今回の車は長年にわたって、日本人を乗せて長距離を超安全運転で走ってきた車なので、心配はありませんでしたが、迫力はすごかったです。
国道1号線は高速道路ではないところでも料金をとられます。何箇所かにこのような料金所がありました。
ハノイに近いところには高速道路もありました。ただし5時間半の内40分だけでしたが距離的にはかなり稼げました。中央分離帯もあるし片側2車線なので追抜き時の恐怖感もありませんでした。
国道1号線は正式には国道1A号線(Quốc lộ 1A)と呼ばれています。下記の青いラインが国道1A号線の全路線です。ライン上の小さな丸は通過点を指定しているところです。通過点を指定しないと国道1号線から外れるルートが表示されます。国道1A号線は中国との国境近くのランソン省ドンダン( A )からベトナム最南端のカマウ省カマウ市ナムカン( B )までを結ぶ全長2,301kmの国道です。国道1A号線は20世紀初頭にフランスによって建設されたそうです。
通過点を指定しないでハノイからホーチミンのルート検索を行ってみました。
青い線がハノイ( A )からホーチミン( B )までの最適と検索されたルートです。上の地図の全て国道1号線のルートと比較してみてください。フエやダナンの手前から国道1号線から離れて内陸ルートになります。
距離は下記のポチッをクリックしてもらうと判りますが1709kmで車の平均所要時間は30時間)と表示されました。これだけの距離を紹介したような走行を行うバスでの移動はハードであることが判りました。 ルート表示→ ポチッ
ポチッをクリックして地図を表示させて左に表示されるルート13をクリックするとラオス国内の詳細なルートが表示されます。ラオス国内を走るルートだと1489kmで24時間と表示されました。タイ国内を走るルートも3番目に検索されていました。ラオスとタイとカンボジアを通るルートです。それにしてもルート検索は面白い機能です。このルートでは出来ませんでしたが徒歩や列車でも検索することが出来ます。ダナンまでは検索されたルートですが1号線はその後も海岸線を走ります。
ベトナムで一番長時間、車に乗ったのは11時間でした。ホーチミンからカンボジアとの国境の町ハティエンに行った時でした。
素朴なベトナム料理 [ベトナム]
が表示された写真はクリックすると拡大します。
先日は海の近くのカンボジア国境近くのレストランを紹介したので、今回は内陸部のカンボジア国境近くのレストランの報告です。
ホーチミンから北北東に車で3時間ほど走るとカンボジア国境近くの小さな村に着きます。近くまでは車では片側3車線あるいは2車線が続きます。しかし突然に片側1車線になり風景も田舎に変わりました。
場所はBình Phuoc省(ビンフオック省 / Tỉnh Bình Phước)でネットから拝借した右の地図の緑の部分がBình Phuoc省です。動画も撮ったので掲載します。
道端には水牛や牛が沢山いる地域でした。
ここに来るまでは一般道路ですが料金所が数箇所ありました。
そんな小さな村にも洒落たレストランがありました。2階の屋外テーブルです。
趣のある茅葺の個室で食べることも出来ますが、結局は冷房のある個室で食べることになりました。こちらのレストランはベトナムの家庭料理です。
卵豆腐を揚げた料理です。衣に玉子をつけて揚げているそうです。
生野菜はハーブです。このまま食べます。
茹でた野菜です。味には覚えがありました。おそらくオクラです。オクラの葉にオクラの茎にオクラの実です。茎や葉は香りが強いです。健康にすごくいい感じがしました。
これは鰻です。味で判りました。日本の蒲焼とは料理の仕方が違いますが、蒲焼に近い味には驚かされました。完食でした。写真には残っていませんが、この鰻のぶつ切り料理は10年以上前の1998年にホーチミンからはティエンに向かう時に道端のお店でも食べました。衝撃的でした。
メインデッシュは鶏料理です。完璧な地鶏です。
このオレンジ色の塩にライムをかけて上の地鶏を食べました。オレンジ色は唐辛子です。
普通のゆで卵も出てきました。香辛料の入ったナンプラか上のオレンジの塩をつけて食べました。茹で加減が絶妙で、やわらかくて美味しかったです。もちろん地玉子です。
最後は鍋です。沢山の野菜がすでに入っているところに新鮮な生野菜を入れます。
鍋には沢山の種類の野菜に、お米の麺が入れられました。なかなか美味しい料理でした。それぞれの土地には美味しいものがあることを実感いたしました。たくさんの麺が入れられるので日本料理での最後の締めのようなものですね。なかなか美味しい料理でした。
これが鍋に入れられた麺です。麺の鍋物は初めての経験でした。
お店の場所は車の走った道の記憶をたどって見つけました。
お店を紹介いたします。お店の入口の看板に書いてあったHen yao Lauは店名かどうかは判りませんが住所と電話番号は正しいです。
店名 不明 ( Hen yao Lau )
住所 An Loc Binh Long Bình Phuoc
電話 0651-3682989
地図内のアイコンを数回クリックすると、この位置が判ってくると思います。
ベトナムの焼肉 [ベトナム]
ベトナムのBIA HƠI(ビール)に関しての記事を書いたことで、昔のことですが、この記事を掲載することにいたしました。この中で出てくる2リッターの地ビールがBIA HƠI(ビアホイ)だったのです。そのため再度、この記事を掲載いたします。
上の写真はカンボジア国境の町ティエンHaTienの近くのtt. Kiên Lươngという町(村)でNO.2のレストランです。
プラスチックの椅子はショボイけれど味はバッグン
右の写真の地ビールは2リッターボトルで100円、もちろん焼肉は炭火焼きです。
牛肉以外は野生動物の肉でした。日本では珍しい肉が5~6種類ありました。意外なことに牛肉よりもおいしかった肉がいくつかありました。
どれも一皿150円で野菜も豊富!
確か、右のウォッカも1瓶100円だったと思います。
10人で飲んでも全員で2000円は超えませでした。つまり一人200円以下でした。
お店を忘れないように看板の写真を掲載しました。
どれがお店の名前かな。GIĂN HĂNGかな それともBI VAかな?
GIĂN HĂNGをネットで訳すと「ブース」「売店」「仮小屋」「露店」が出てきました。看板の中にBIA HƠI(ビアホイ 生ビール)の文字があることを今回見つけました。
焼肉店の場所を紹介いたします。緑色のマークの場所が紹介の焼肉店です。黄色いマークがすでに紹介したフーコック島です。緑色のマークの下に赤色と空色のマークが隠れていますが、赤色マークがすでに記事で紹介したtt. Kiên Lương村でNO.1レストランで、空色が宿泊した場所の近所です。
赤色ラインはホーチミン空港からの車でのルートです。ホーチミンからは335kmで車で8時間ですが、初めてここに来たころはメコン河に橋が無く、フェリーで渡ったために11時間かかりました。フェリーの場合は青色ラインです。
より大きな地図で ベトナムの焼肉店 を表示
橋が無いころには2度フェリーで渡りますが、それぞれで1時間待ちだったのです。でも可愛い子供たちが飲み物を売りに来るので退屈することはなく、かえって楽しかったです。もちろん冷たいビールを頼みました。買い物をするとすごく喜んでくれて、笑顔が清々しかったです。2度のフェリーの内、大きい方のフェリー渡し場の航空写真を紹介します。タンホア鉄橋 [ベトナム]
6月9日にハノイから南に車で230km走った時ですが、途中にタンホアという町がありました。その町の近くに写真の鉄橋がありました。この橋はソンマ川に架かっているタンホア鉄橋です。この橋はベトナム戦争で大変に有名になった橋なのです。ただし、これは当時のものではなく再建されたものです。昔の写真を見る限り形は、当時の鉄橋と同じです。
この鉄橋がベトナム戦争中、北軍の兵站輸送路であったため航空機の最重要目標の一つであるタンホア橋(Thanh hoa)でした。第1回目のアメリカの攻撃が1965年4月3日に、下記通りの総数79機の大攻撃部隊編成で、このタンホア橋に対して行われましたがほとんど被害を与えることは出来ませんでした。
F-105x46機(15機:防空網制圧, 31機:橋への攻撃)
F-100x21機(4機:MIGCAP, 2機:天候偵察, 7機:防空網制圧, 8機:RESCAP)
RF-101x2機(写真撮影)
KC-135X10機(空中給油)
翌日には第2回目が、ほぼ同じ編成での攻撃が行われましたが、一ヶ月後には鉄道路が修理開通する程度の被害しか与えることが出来ませんでした。一方で米軍側も3機のF-105が失われました。
第3回目の攻撃は1965年5月7日に行われました。さらに半月後には第4回目が行われ、この時点で合計1000発の爆弾とミサイルが投下されました。
その後、1968年の空爆停止(パイロットの被害が大きすぎたため停止)までの3年間に延べ800機の攻撃が行われたにもかかわらずタンホア橋はソンマ川に存在しつづけ「不死身のドラゴンジョー(龍の顎)」と呼ばれました。
下の写真の右側にタンホア鉄橋が写っています。旗が立った丘も有名です。この丘の上に対空砲やミサイルが設置されタンホア橋を守り続けたのです。そのために遠くからの攻撃になり、周りの地面が右の写真のように月面のごとくクレーターだらけのようになりましたが、橋には致命的な損害を与えることはありませんでした。
撃墜されたアメリカ側の航空機の数も40機を越えたと、ベトナムに長く住んでいた日本人が話してくれました。ベトナム戦争全体では米軍機は約2700機(海軍1000機 空軍1700機)を失っているので、不自然な数字ではないようです。この写真はクリックすると拡大します。
この丘の上に対空砲AAAや対空ミサイルSAMが設置されていたそうです。
タンホア鉄橋は米軍呼称で、場所がタンホア省にあるのでタンホアにある鉄橋というような意味です。ベトナム側ではHam Rung(ハム・ラン)橋と呼ばれており、英訳された"Dragon’s Jaw"(竜の顎)の方がよく知られたそうです。
この丘は記念の場所らしくベトナム国旗が立てられていました。
多くの攻撃を受けながら橋が7年間も存続出来たのは防衛網だけではなく橋自体が極めて頑丈だったことも一因だったそうです。他の橋はフランスの技術によって作られたために強度的な無駄がなかったことから簡単に破壊されたそうです。この橋はヨーロッパの技術で作られたのではなく中国の設計によることから極めて(無駄に)頑丈なため小さな爆弾が当たっても橋が落ちるほどの危害にはならなかったそうです。
当初の精密誘導兵器はミサイルに頼っていたので弾頭威力が足りなかったそうです。この橋が破壊できたのは4年間の北爆停止後の1972年4月27日の最新鋭のTV誘導弾とレーザー誘導弾を使った攻撃でした。上空には雲がかかっておりレーザー誘導弾は使えませんでしたが5発の大型のTV誘導弾(AGM-62「ウォールアイII」EOGB)が発射されて初めてタンホア鉄橋の橋桁を落すことに成功したそうです。攻撃機も当時最新のF-4DファントムIIでした。4年前以前の攻撃でも2000ポンドのTV誘導弾が使われても破壊できなかったことから見て4年間でTV誘導機能が進歩したものと想像されます。
しかし三年後の1975年4月30日に北ベトナム軍によって南ベトナムの首都サイゴンが陥落してベトナム戦争が終わりました。
現在の航空写真です。丘と鉄橋が判ってもらえると思います。2本の橋の上側がタンホア鉄橋です。下側は道路用の橋で、この橋の上を車で通過する時に冒頭の写真を撮りました。
Google地図でタンホア鉄橋(Thanh hoa Bridge)とポールドゥメ鉄橋(Paul Doumer Bridge)の場所を紹介いたします。
タンホア鉄橋 Thanh hoa Bridge
ポールドゥメ鉄橋 Paul Doumer Bridge
より大きな地図でタンホア鉄橋 を表示
ベトナム戦争の悲惨さをわかってもらうために死者および不明者数を紹介します。死者および不明者は合わせて813万7千人になります。この内、アメリカは58,245人の戦死者と約2,000人の行方不明者が出しています。南ベトナム側 北ベトナム側
推定戦死者 285,000 1,177,000
行方不明者 1,490,000 604,000
民間人死者 1,581,000 3,000,000
合計 3,356,000 4,781,000
ネットの記事よれば1972年6月8日に撮られた有名な右上の写真の少女キム・フック(9歳)はナパーム弾により、顔を除く全身に医者に見放されるほどの火傷を負っていたそうです。写真を撮った写真家のニック・ウトさんの医師への説得で治療が行われて、幸いにして一命を取り留め、現在は56歳となるカナダ在住の2人の母だそうです。
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フーコック島 [ベトナム]
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
この雲の写真が気に入っています。普通の雲なのが特に!
これはホーチミンからフーコック島(Phú Quốc)へのプロペラ機から撮った雲です。ジェット機と違いプロペラ機は低い高度を飛行するので雲が横に見えます。
実はフーコック島への着陸回数は4回になります。当然飛び立った回数も4回なので、この辺の海は上から8回見ていることになります。
信じられないかもしれませんが空気と海がきれいなので飛行機から海の中の海亀が見えるんですよ!
気をつけていると何匹も見ることが出来ます。
海亀はベッコウの材料になるタイマイという種類だと思います。
初めて、この島に初めて来たときは一週に2便でしたが、今は毎日で一日に4~5便も飛ぶようになりました。リゾート地として注目され始めたのだと思います。初めての時は、もし飛行機に乗り遅れると次のフライトまで3日間ほど島で、過ごすことになるので緊張しました。写真の飛行機が飛びました。
フーコック島の空港の待合室は欧米人ばかり、このゆったりとした時間の雰囲気は、あこがれます。
フーコック島? 知らないのは当然ですね。ベトナムの西の端にある島です。
記事「ビーチでシーフード料理」で紹介したビーチから真西の位置にあるしまです。
タイランド湾(シャム湾)に浮かぶベトナム最大(561km²)の島でベトナムでありながらカンボジアの沖合にあります。ハティエンと書かれたところの白い線がカンボジアとベトナムの国境です。
人が少ないところをご希望ならば、このフーコック島(Dao Phu Quoc)を、お勧めします。ここは魚醤ヌックマムの産地で、年間600万リットルが生産されているそうです。胡椒の産地であるとともに漁業が盛んで、特に南洋イカ漁が有名です。南洋イカのスルメは美味しいですよ。プライベートビーチの木陰て寝そべっているとスルメ焼きのおばさんが来ます。そこでビールを飲みながら焼きスルメを食べるのが最高の贅沢な時間です。(値段は、めっちゃ安いけど)
のマークがフーコック島の飛行場の場所です。
ベトナムの巨大手長エビ [ベトナム]
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
ベトナムの記事を掲載中です。そこで前にベトナムに行ったときに、食材で印象的な記事を再掲載させてもらいました。
この手長エビが出てきたのは、ホーチィミンから車で1時間くらいの場所にあるミト(Mytho)と言う場所で大きなバスが沢山訪れる有名なレストランです。日本人の人も沢山、見かけます。この大きな手長エビが印象的でした。この手長エビはビックリするほど大きいのがわかりますか。つめだけ持って帰りました。つめの長さは30cmくらいありました。写真をクリックしてもらえると迫力が判ってもらえると思います。エビの種類は、おそらく「オニテナガエビ」です。生きている姿をネットから拝借して右に掲載いたしました。手の長さを入れた大きさでは世界最大の淡水エビだそうです。ネットでは手の長さを入れた大きさは1mとかかれていましたが、確かに私の食した手長海老も1m近くありました。
車で走った記憶で想定されるレストランです。
店名 Nhà hàng Trung Lương (Trung Luong Restaurant)
住所 Ngã ba Trung Lương, Phường 10, Mỹ Tho Tiền Giang, Việt Nam
丸いお餅の風船も有名です。どうやって食べるのかな?
行った人は知っていますが、壊して食べるしかありません。生春巻きに入れたりして食べたと思います。ここはいろんなものが食べれます。近くにヘビ園もあり、大きなヘビで有名なニシキヘビだって食べれます。もちろん食べてはいません。首に巻いて写真を撮っただけです。右の写真が私で、ビルマニシキヘビを掛けてもらった記念の一枚です。場所はレストランから車で9.6kmの場所にあるDong Tam Snake Farmだと思います。すでに紹介したエリファントフィッシュも、こちらのレストランで食べました。でも写真を撮り損ねたので、下の方で別のレストランで食べたエレファントフィッシュを紹介いたします。
餅の風船を作っているところです。 油で揚げながら丸くしていきます。すばらしいテクニックです。薄い皮だけの丸いボールになります。グレートボールという名のようです。
Googleマップでのお店の航空写真です。SV
ここまでで紹介したのが緑色マークのミトのレストランです。ここから下で紹介する料理はカンボジアとの国境の町であるハティエンに近い「tt. Kiên Lương」にあったレストランです。こちらは赤色マークで場所を表示しました。赤色ラインがハティエンからホーチミンに車で戻るときに走ったルートで、ミトの町が丁度、昼食時間になるのです。青色マークはこの辺りでよく利用したカントーのホテルです。黄色マークはハティエン近くで、よく利用したホテルです。
Mythoのレストラン
tt. Kiên Lươngのレストラン Nhà Hàng Trung Lương
宿泊したカントーのホテル
宿泊したハティエン近くのホテル
シーフードを食べたビーチ
蟹を食べた蟹の養殖場
カンボジアとの国境
Dong Tam Snake Farm
有料プライベートビーチ
より大きな地図で ベトナムのレストラン を表示
このあたりでもう一つ有名なのがエレファントフィッシュです。エレファント・イヤー・フィッシュとも言われています。パーティーでは必ず出されます。ここからが赤色マークのレストランでした。
これも有名でどこに行っても食べれます。メコンデルタのどこにでも中に住んでいるのだと思います。
やっぱり生春巻きで!!
シーフード+ハーブの生春巻きもおいしいけれど、ハーブだけの生春巻きが絶品です。
これを食べた人は少ないと思います。お皿の上にその生春巻き山盛り出てきますが見た目もおいしそうなのです。
もちろん癖のないハーブ(沢山)+癖のあるハーブ(少し)
ただしお店の人に組み合わせを頼んだ方がいいですよ。
生のドクダミのように強烈なのもあるので!!
日本でハーブだけの生春巻きを作るとしたらレタスとハーブを適当に巻いたら出来きそう! でもタレが重要ですね。
ハーブの乗った皿の上に日本製のワサビがあるのに気が付かれましたか。?
実は海老の刺身と一緒に出されたものです。カンボジアとの国境近くのレストランでも、あるものだなと関心していました。
それよりエビの刺身? もちろん海のエビですがチョット抵抗感あり!氷の上にラップを引いてその上に並べてありました。
生牡蠣もありました。南国で生牡蠣?
でも良く考えるとここの海はものすごくきれいな海です。だから大丈夫なのだろうと自分に言い聞かせて沢山食べてしまいました。
これだけの料理が並ぶと飲みたくなるのが、やっぱりビールです。ビールを飲みながら、わいわい食べると楽しさも増しますね。
ハチィエン近くのレストランはお祝いごとの昼の大宴会でした。
宴会の雰囲気をお伝えしたいので掲載写真を追加いたしました。
こちらは一緒に苦労した人たちだけの夜の宴会です。4枚目の写真で真中に座っているのが私です。
一番、お世話になった人たちです。特に真中の人(Vice Director)にはいろんな面で助けてもらいました。美味しくお酒が飲めました。
宴会の動画を紹介します。MP4とQuick Timeの動画も登録しています。
カンボジア国境のハティエン辺りの地図です。訪れた場所にマークをしています。国境の検問所は残念ながら写真は撮らせてもらえませんでした。
フーコック島は近いうちに紹介します。
tt. Kiên Lươngのレストラン
宿泊したハティエン近くのホテル
シーフードを食べたビーチ
蟹を食べた蟹の養殖場
カンボジアとの国境
有料プライベートビーチ
フーコック島の飛行場
より大きな地図で ハティエン辺り を表示
ホテルで見つけたミトへの日帰りツアーのパンフレットです。値段は25ドルと50ドルかなり違います。25ドルは団体(集合場所に集合)で50ドルの方はプライベト(宿泊ホテルまで送り迎え)に近いイメージだと思います。50ドルの方には{ビエンチャン寺見学」と「手漕ぎボートで島の周り巡り」が入っています。パンフレットを見ていて上で記載していた「御餅の風船」の名前がわかりました。グレードボールです。
上が「アオザイツアー」で下が「チュウちゃんツアー」です。ツアーでは行ったことがないのでどちらがよいかわかりませんが一応両方の電話番号を紹介しておきます。どちらも現地からの電話番号で、日本語OKだそうです。
アオザイツアー 08-3823-5405 チュウちゃんツアー 092-338-4649
ビーチでシーフード料理 [ベトナム]
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
この写真は船を借り切って食事を持ち込んだもの。シーフードはビーチで料理してもらいました。すべて活きた素材です。
クリックすると拡大→
一人50円x20人乗りの海の鍾乳洞の観光船。だから借り切って1000円。もちろん料理代は別ですが70%はビール代かな!シャコ、蟹、海老、魚をシンプルに焼くか蒸したものを胡椒の入ったライム(レモンのようなもの)で食べます。一度試してみてください。いけてますよ。
船の上からこんな景色を見ながらの食事です。 緩やかな岩礁の方は天辺まで登ることができます。別の日に登りました。
有名な巨大シャコ 蟹はこん棒で割って!
チャーハンや魚も頼みました。
生簀の前で記念写真ビーチのシーフード店の、さわやかなお姉さんと記念撮影をさせてもらいました。後ろの地面の青いものが、魚介類が入った生簀です。美味しいシーフードを選んで料理してくれました。写真をクリックすると拡大するので生簀であることがわかると思います。
船は、この3人が操作してくれました。そのうち2人は子供たちでしたが、その子供たちも楽しそうでした。
ビーチの近くのホテル(Milan Hotel) に泊まりました。
写真のような平屋の建物が沢山並んだリゾートホテル。一つの建物に6部屋があり、その建物が10棟程度ありました。
こちらのホテルでも新鮮なシーフードを食べることが出来ます。生牡蠣も食べました。
ホテルの前は写真のビーチです。
遠くに見える岩のところで船に乗って食事をしたわけです。場所はカンボジアとの国境の町ハティエン(ベトナム側)の近くのビーチです。水のきれいさには驚かされました。
上の写真のビーチから撮った動画です。MP4とQuick Timeの動画も登録しています。
航空写真です。このあたりの海に船を出して船上でシーフード料理を食べました。航空写真上のアイコンを数回クリックすると場所がわかってくると思います。
ベトナム・カントーのリゾートホテル [ベトナム]
ここはベトナムのカントーにあるリゾートホテルです。
今回の沖縄旅行で沖縄のリゾートホテルに泊まったことで、昔、ベトナムで不思議なリゾートホテルに泊まったことを思い出しました。さっそく、記事を掲載いたしました。フランスの雰囲気のあるホテルでした。
ここは不思議な場所でした。
ベトナムの南の地域は暑いところですがなぜかホテルの廻りは涼しいのです。
ホテルは沢山の緑に囲まれていました。
普通ならばとても屋外で食事をする気にならないはずですが写真の通りです。沢山の人が泊まられていました。
大きな川のほとりで沢山の水と沢山の緑に囲まれていることが涼しい環境を作り出しているのだと思いました。
カントーの町の中心からは少し離れた場所にありました。川の向こうに見やるのがカントーの町です。
窓からの景色もきれいでした。木の窓に花が飾られたベランダはいいですね。
夕方の窓からの景色です。昔のフランスの雰囲気が残ったリゾートホテルの雰囲気を満喫いたしました。
ホテルの航空写真を紹介いたします。
名前 Victoria Can Tho Resort
住所 92 Cai Khe Ward, Can Tho, Vietnam
電話 +84 (0)710-381-0111
地図 http://goo.gl/maps/OV9T8
HP http://www.victoriahotels.asia/en/our-hotels-in-viet-nam/can-tho-resort
1000個目の記事はベトナムの踏切 [ベトナム]
記念すべき1000個目の記事には、なにを取り上げるかと悩みましたが、先日行ったベトナムの、車で移動中に出会った踏切を紹介させていただくことにしました。
この線路は日本で言えば、東京と大阪を結ぶ東海道線です。つまりハノイとホーチミンを結ぶ幹線なのです。そしてそれを横断している道路がハノイとホーチミンを結ぶ1号線です。日本でも東京と大阪を結んでいるのは国道1号線なのでまったく同じです。踏切は上から降りてくる遮断機ではなくてゲート式でした。本写真はクリックすると拡大します。
待っているとディーゼル機関車が引く貨物列車が通りって行きました。走っている間に横を走る機関車を撮りたかったのですが、往復560km車で走って、今回の踏切での写真以外では右の写真のみで滅多に出会えなかったのですが、やっと念願がかなって写真を撮ることが出来ました。
驚いたことに踏切ゲートは4人の方が開閉されていました。ゲートは左右と手前と向こう側で4つあり、それぞれ担当の方がおられました。4人とも女性の方でした。そして作業をされている方は服、帽子、マスクとさらにスタイルが4人とも同じでした。他の踏切でも同じだったような気がします。
幹線が一時ストップしていたので大変な渋滞です。ゲートが開くと同時に沢山の車とバイクが走り始めました。
片側一車線なので横断するのも一苦労でした。でも、この日、踏切で止められて列車に出会えたのはほんとうに偶然でした。線路の横を走っていても簡単には列車には出会えないので貴重な経験だったと思います。そんな経験だったので1000個目の記事にさせていただきました。
驚いたことにハノイとホーチミンを結ぶ幹線が単線だったのです。これには驚かされました。ハノイ駅が見下ろせるホテルに泊まっていましたがハノイ駅を出た時から単線でした。
ハノイから南に230km走りましたが、このような踏切は1~2ケ所でした。その踏切の場所を紹介いたします。航空写真をクリックすると地図を表示します。表示された地図の中のAのマークの位置が今回の踏切の場所です。左から右に車まで上がっていくときに上の写真を撮りました。ハノイ駅前から南に105.4kmの距離にある踏切でした。→ポチッ
2009年5月5日に最初の記事を掲載してから1000個目の記事を掲載したのが778日目なので一日あたり1.29の記事を掲載したことになります。その間に頂いたnice!は80201のため一つの記事に対して平均で80nice!をクリックしてもらったことになります。累計のアクセス数(閲覧数)は1,674,265となりました。
最初の記事を掲載してからの推移のグラフも紹介いたします。