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NHK連続テレビ小説「らんまん」が終わりました。 [植物]

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2023年4月3日に始まったNHK連続テレビ小説らんまんが2023年9月29日に終了しました。主人公の槙野万太郎(まきの まんたろう)は、実在した植物分類学の権威の牧野富太郎(まきの とみたろう)をモデルとしていたことから、植物に興味がなかった人も含めて牧野富太郎博士を広く知られることになったと思います。
牧野富太郎博士は1862年5月22日(文久2年4月24日)生まれで、多くの新種を発見し命名も行った近代植物分類学の権威で「日本の植物学の父」と言われ1957年1月18日(昭和32年1月18日)に94歳で亡くなった偉大な方です。
実は私自身が牧野富太郎博士を知ることになったのは、私が10歳の時の小学校4年の夏でした。おそらく10歳で牧野富太郎博士を知った人は、少ないと思うので、その経緯を紹介したいと思います。

小学校4年生の夏に広島市井口町の広島市立井口小学校から神戸市東灘区岡本の神戸市立本山第一小学校に転校した時に、右下の写真の中に出てくる担任の先生から職員室に呼ばれて、クリックすると拡大野口英雄の伝記と牧野新日本植物図鑑の携帯版の2冊の本を餞別にいただきました。広島の担任の先生に戴いた携帯版の牧野新日本植物図鑑がボロボロになったので買い替えたのが下の写真のフル版の牧野新日本植物図鑑です。
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こちらが上の牧野新日本植物図鑑(二十三版 1972年11月30日発行)の684ページですが、4種共に学名の中に「Makino」文字が入っています。4種共に「Makino」文字が入ってページは多くありませんが4種の内3種の学名に「Makino」文字が入っているページ沢山ありました。つまり日本の植物の学名の中に「Makino」文字が入った植物が非常に沢山あるのに気がつかされ驚きました。学名の中に「Makino」文字が入った植物は牧野博士が発見した植物であることを表しているからです。Wikipediaには命名植物は2500種以上(新種1000、新変種1500)と書かれていました。
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「Makino」の次に比較的目立っていたのが「Maxim.」です。これは牧野博士より35歳年上のロシア人の植物学者のマクシモビッチ(C.J.Maximowicz 1827年11月23日~1891年2月16日)で、クリックすると拡大日本に1860年~1864年に滞在していたこともあるそうです。マキシモヴィッチは東アジア地域の植物を系統的に分類し2,300種を命名したそうです。日本の植物学者と関係が深く牧野富太郎もマキシモヴィッチに標本を送って右の写真のマルバマンネングサ(学名:Sedum makinoi Maxim.) が新種と認められたそうです。牧野富太郎はロシアに渡りマキシモヴィッチの元で研究する予定でしたが、マキシモヴィッチの急死で留学は幻となりました。そのことは「らんまん」の中でも取り上げられていました。
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下の写真が小学校の入学式の新1年生の記念写真です。黄色い丸の部分が私です。この写真に写っている大人が、小学校の先生全員です。先生+職員は計9人で新入生は34人(男21人 女13人)で、1学年・1クラスの小学校でした。ただし、私が転校後に急激に生徒が増えて大きな学校になったそうです。右の写真は入学式の日に家の門の前で撮った記念写真です。住んでいた家の塀は板塀でした。小学校ま低学年の記憶は断片的なものになってしまっていますが写真を見ると小学校の頃のことを思い出します。下の写真の右端に座っている若い先生が私がクリックすると拡大1年生から4年生までを担当した担任の先生でした。同じ先生が4年間担任してもらえたのは1学年・1クラスだったからかもしれません。その担任の先生が判るように切り取って右に掲載しました。
写真をクリックすると大きな全体写真を表示します。


上の集合写真をクリックすると拡大しますが、クリックが面倒な方のために私を中心にして切り取りました。男児の学生服は2種類ありました。私はボタンがダブルの白い襟の服で、白い襟の学生服は21人中12人でした。
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引越してから初めて2003年9月13日に上の入学式の記念写真を撮った場所を見に来ました。位置から見て大きな桜の木が上の写真の花が咲いている小さな桜の木だと思われます。長い間に大きくなったようです。新しいシーソーも、ほぼ同じ場所にありました。クリックすると拡大します。3D航空写真
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こちらは広島から神戸へ引越し直前の小学4年生の時の写真です。
クリックすると拡大写真の中の2人の男の子の内で眼鏡をかけいてる方(左側)が私です。神戸に引越しすることが決まって親しい人達と男明神の鳥居のところで記念写真を撮ってもらいました。右の写真は2003年9月に撮った鳥居と男明神です。男明神は残されて、周辺の海は埋め立てられたので海側から写真が撮れたのです。
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私が持っている牧野新日本植物図鑑(二十三版 1972年11月30日発行)に掲載されていた牧野富太郎博士の93歳の在りし日の写真を紹介します。クリックすると拡大
右の写真はWikipediaから転用させていただいた1934年の71歳か72歳の牧野富太郎博士です。1番下の写真は右下の写真から切り取ったもので、写真をクリックすると切り取り前の拡大写真を表示します。江戸時代に土佐国佐川村の商家に生まれ、明治になった時は6歳でした。3歳で父を、5歳で母を、6歳で祖父を亡くしたそうです。その後は祖母と番頭に育てられ最終学歴が小学校中退でありながら22歳の時にクリックすると拡大東京大学の理学部植物学教室で植物分類学の研究に打ち込む機会を得て、25歳の時に友人と植物学雑誌を創刊し、50歳で東京大学の理科大学講師となり、65歳の時に理学博士となりました。大学辞任後の78歳に研究の集大成である牧野日本植物図鑑を刊行したそうです。歴史上の人物のイケメンサイトの161番目に牧野富太郎の右の写真が入っていました。右上の若いころの写真は、博士が亡くなられた翌年の1958年に開園した高知県立牧野植物園(17.8万㎡ 3000種)の所蔵なので見に行かれてはいかがでしょうか。
クリックすると拡大そして94歳で亡くなる寸前まで植物学を探求し続けて、命名植物は2500種以上、自らの新種発見は600種余りだそうです。
 生れ 土佐国佐川村(高知県高岡郡佐川町)
 生誕 文久2年4月24日(1862年5月22日)
 死没 昭和32年(1957年)1月18日 94歳没
牧野富太郎牧野博士が著者である新日本植物図鑑の初版は昭和36年(1961年)6月30日なので、この写真が撮られた時期は、図鑑や自叙伝などの書物の執筆もされていたのかもしれません。
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クリックすると拡大牧野富太郎博士が書いた「序」を紹介します。漢字とカタカナで書かれています。右はドラマの中で出てくる完成した植物図鑑の「序」です。本物の植物図鑑にもドラマの中の植物図鑑にも沢山の方へのお礼が書かれていました。クリックすると文字が読み取れる大きさに拡大します。
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連続テレビ小説「らんまん」の最終話タイトルの「スエコザサ」は笹の名前スエコザサ寿衛子笹すゑ子笹で、アズマザサ(学名:Sasaella ramosa Makino)の変種(学名:Sasaella ramosa Makino var.suwekoana)で、ドラマの中にあるように牧野博士が妻の寿衛子(壽衛)夫人に献名したものだそうです。下の画面はNHKの最終話の画面から転用させていただきました。ドラマの中での学名はSasa Suwekoana Makino.となっていました。クリックすると拡大
ドラマでは植物図鑑の「序」の最後に「終リニ、妻デアル槙野壽恵子ハ小生ト歩ムコト凡五十年、共ニ圖鑑ヲ完成サセル事ヲ夢見テキタ、幾多ノ困難ニ立チ向ヒテコノ圖鑑ノ完成ヲモタラシテクレタ壽恵子ニ特段ノ感謝ヲ捧グ、空ヘト還ツタ我ガ娘ノ園子ニ、本書ガ届クヨウ祈ル」と書かれていました。
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牧野博士の牧野新日本植物図鑑を引用して書いた記事を紹介します。着色文字または写真をクリックすると記事を表示します。
 マムシグサの花の写真を撮りました。
 ほうちゃくそう
クリックすると拡大 浦島草の雄花と雌花
 「ちごゆり」が咲きました。
 家に飾りたくなるイネ科の植物
 ネコヤナギの花は雄花(雄株)でした。
 つくはら湖の湖畔の散策
クリックすると拡大 熊谷草の花の見ごろはいつ?
 イカリソウ(錨草)とキンラン(金蘭)とギンラン(銀蘭)
 男明神と女明神
 NHK連続テレビ小説「らんまん」が終わりました。
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今までに牧野新日本植物図鑑から引用させていただいた画像です。
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クリックすると拡大 2891. こばんそう(たわらむぎ)   [いね科]
  Briza maxima L.
欧州の原産であるが、明治年間に渡来し鑑賞品として栽培した一年草で、現在では逸出して帰化状態を呈している。茎は細くて直立し、高さ30~40cmで上部は非常に細くなっている。葉は立ち、線状の長皮針形をなし、長さは8cm程あり、多少ざらつき、葉鞘は無毛である。小舌は卵形で先端が裂けている。6月に茎の頂にまばらな円錐花序を出し、非常に細い枝小数数本を分かち、各枝の先端に、大型の小穂を下げる。小穂は扁平であるが厚く、卵状楕円形で長さは1~2cm、幅1.2cm内外に達する。初めは緑色で熟してから後に黄緑色になり美しい。花15個内外が左右に並び、広大な護穎ははっきり麟次し上半部には毛がある。第1、第2の2包穎があって護穎と同様である。護穎は広い卵円形で長さ8mm内外で左右からたたまれて丸くなり、心臓の底のようになっている。内穎は護穎に比べて甚だ小型である。
[日本名]小判草および俵麦はともに花穂の形にる基づくものである。

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連続テレビ小説は第1作「娘と私」が1961年4月3日に始まって「らんまん」が第108作でした。最高視聴率62.9%を記録して海外でも有名になった「おしん」は第31作で、最近で一番人気だった「あまちゃん」は第88作でした。
制作局が、ほぼ東京・放送センター(JOAK)と大阪放送局(JOBK)の交互になったのは第16作の「おはようさん」からですが、それまでの15作の内14作は東京で、第4作「うず潮」の1作のみ大阪でした。今の放送の109作「ブギウギ」が大阪で110作「虎に翼」が東京で、111作「おむすび」が大阪の予定です。
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今までの連続テレビ小説を紹介します。
下の写真は1983年4月4日~1984年3月31日に放送され、1年間の平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%(11月12日)を記録した第31作の「おしん」です。
1 娘と私 2 あしたの風 3 あかつき 4 うず潮 5 たまゆら 6 おはなはん 7 旅路 8 あしたこそ 9 信子とおばあちゃん 10 虹 11 繭子ひとり 12 藍より青く 13 北の家族 14 鳩子の海 15 水色の時 16 おはようさん 17 雲のじゅうたん 18 火の国に 19 いちばん星 20 風見鶏 21 おていちゃん 22 わたしは海 23 マー姉ちゃん 24 鮎のうた 25 なっちゃんの写真館 26 虹を織る 27 まんさくの花 28 本日も晴天なり 29 ハイカラさん 30 よーいドン 31 おしん 32 ロマンス 33 心はいつもラムネ色 34 澪つくし 35 いちばん太鼓 36 はね駒 37 都の風 38 チョッちゃん 39 はっさい先生 40 ノンちゃんの夢
41 純ちゃんの応援歌 42 青春家族 43 和っこの金メダル 44 凛凛と 45 京、ふたり 46 君の名は 47 おんなは度胸 48 ひらり 49 ええにょぼ 50 かりん 51 ぴあの 52 春よ、来い 53 走らんか! 54 ひまわり 55 ふたりっ子 56 あぐり 57 甘辛しゃん 58 天うらら 59 やんちゃくれ 60 すずらん 61 あすか 62 私の青空 63 オードリー 64 ちゅらさん 65 ほんまもん 66 さくら 67 まんてん 68 こころ 69 てるてる家族 70 天花 71 わかば 72 ファイト 73 風のハルカ 74 純情きらり 75 芋たこなんきん 76 どんど晴れ 77 ちりとてちん 78 瞳 79 だんだん 80 つばさ
81 ウェルかめ 82 ゲゲゲの女房 83 てっぱん 84 おひさま 85 カーネーション 86 梅ちゃん先生 87 純と愛 88 あまちゃん 89 ごちそうさん 90 花子とアン 91 マッサン 92 まれ 93 あさが来た 94 とと姉ちゃん 95 べっぴんさん 96 ひよっこ 97 わろてんか 98 半分、青い。 99 まんぷく 100 なつぞら 101 スカーレット 102 エール 103 おちょやん 104 おかえりモネ 105 カムカムエヴリバディ 106 ちむどんどん 107 舞いあがれ! 108 らんまん 109 ブギウギ 110 虎に翼 111 おむすび

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小林綾子        田中裕子        乙羽信子

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